第二十三話 反逆の王子
反乱軍頭目、イオリア・ドライアードと、副頭目にして実はドミナトス・レガーリアの第二王子であった――ホルストース・インレスピータに先導され、レエテ、キャティシア、ムウルの3名は「不死鳥の尾」に足を踏み入れていた。
「信じられない……! あんな言葉も悪くて態度も悪い、変態の男が王子様、だなんて……。
本当に悪い冗談だわ……」
ぶつぶつと頭を抱えてつぶやくキャティシアに苦笑しながら、前方の巨大な岩山をみやるレエテ。
それは遠くから見るよりも、ずっと巨大な天然の要塞であった。
尾の形状の一部をなす切り立った岩壁に、数十の窓が開いている。先程はその中のいくつかから炊事の煙が出ていたが、よく見ると大半の窓には大型のクロスボウが備え付けられている。その高さからすれば密林を相当に遠くまで見渡せるはずであり、近くに寄る敵をじっくり視認しながら狙い撃ちができる。なおかつ、その窓の配置からしても内部には相当の空洞があり、数百人の人間が生活できる城塞であろうことを容易に覗わせた。
「大したもんだろ? レエテ。ここは元々内部に侵食された空洞をもつ岩山で、それをドライアード族が数百年かけてこつこつと岩を削り、城塞化していたんだ。
ドライアード族はここで生活し、その住居を同時に自分たちが率いる反乱軍の活動の拠点にした。
俺はまだここに入って五年だが、あんまり居心地がよすぎてここが故郷みてえになっちまってるぐらいさ。
ちなみに、中には女神マルゼ・ファロンの祠はねえ。巡礼の件もあって、少し離れたところに作られているんだ」
ホルストースがそう云いながら軽く手を上げて衛兵に合図すると、城門にあたる巨大な扉の閂が外され、音をたてて扉が開く。
促されて中に入る一行。
その内部は、亜熱帯であるドミナトス・レガーリアの気候からすると大分気温と湿度の低い、しのぎやすい涼しさが漂う空間だった。外から見て想像するよりもかなり天井も高く、広い。長い廊下にそっていくつも部屋に向かう扉があるのが見える。さすがに限られた窓からしか光は差さないため、壁には幾つもの松明の架台がある。
数十mを歩き奥の階段を登ると大きな扉があり、そこを開けると――。広大な空間の中央に巨大なテーブルと幾つもの椅子、床には赤い絨毯が敷かれている部屋だった。おそらくは、反乱軍の司令室に使われている部屋であろう。
だが、普段は重要な会議が行われる場であろうそのテーブルには、贅沢とはいえないながらも丁寧に作られた料理の皿と、葡萄酒と杯が置かれていた。
「さあ、座ってくれ。我々もなかなかに財政難でな、大したものは用意できないが、大事な客人をもてなしたい。遠慮せずに食べてくれ。そして酒でも飲みながら我々の意図について説明し、今後のことを話し合いたい。
……お嬢さん達、警戒することはない。毒など盛るつもりはさらさらないからな。君らには、葡萄酒ではなく上等なココナッツジュースを用意しているから安心しろ」
イオリア・ドライアードが笑顔で一行を促し、厳しい表情を浮かべるキャティシアの猜疑心に満ちた様子を見て警戒を解いた。
3人はやや居心地が悪そうに椅子に座る。すると給仕役の女性たちが寄ってきて、色々と世話を焼いた。
テーブルマナーが必要とまではいえない略式の会食ではあるが、ナプキンを広げてくれたり、レエテの杯に葡萄酒を注いでくれたり、キャティシア達の目の前に置かれた新鮮なココナッツにストローを刺したりしてくれた。
レエテは目元をほころばせて葡萄酒に口をつけ、前菜のパーチ料理を食べた。
キャティシアは、怪訝そうな表情でストローに口を付け、初めて味わうココナッツジュースを恐る恐る吸い込んだ。
「……何これ! おいしい!! 凄くおいしい!! こんな果物があったなんて知らなかった。見た目は硬そうで全然おいしくなさそうなのに……。ムウルはよく飲んでるの? これ」
キャティシアがココナッツジュースの美味ぶりに興奮してムウルに話すと、彼も少々貌を上気させて言葉を返した。
「おれはたまに祭りでふるまわれたのを飲んだくらいだけど……それとは比べ物にならないくらい上等なやつだよ、これ! ココナッツだけじゃない、めったに食えない牛のローストまである。こんなに分厚いの見たことねえや……!」
興奮気味に料理に口をつけはじめるムウル達を横目に、レエテは葡萄酒をもう一杯飲み干してから、向かいに腰掛けていたイオリアとホルストースに話しかけた。
「ご招待にあずかり感謝するわ、お二人。この葡萄酒も、最近初めて食べたばかりのパーチの料理も、とてもおいしいわ。長旅の疲れも一気に癒えるくらい」
「気に入って頂けたようでよかった。我が国の神聖な名物、パーチもお口にあったようで何より。
まあ生憎と我々ドライアード族は水元素精霊とは非常に関係が薄い、火元素精霊を信奉する部族で、なんとも皮肉なものだが、料理として得意素材でね。
まあお喋りはそんなところで……本題の話に移らせてもらっても良いかな?」
自らもパーチの煮付けを頬張り始めるイオリアに向かって、レエテは静かに頷いた。
「……よし。まず我々ドライアード族だが、もともとはドミナトス地域にあって、最大の部族だった。
それが22年前――。あの忌まわしい貴金属鉱脈が発見されたことで、周囲の部族を破りこれをいち早く所有したインレスピータ族に主導権を奪われ……。国家が成立しても隅に追いやられ、労働に狩り立てられ、理不尽な税を課された。我々搾取される側と、奴ら支配する側との身分差が生じ――しかも搾取される側が圧倒的に多い歪な体制に虐げられてきたのだ。
もともとこの『不死鳥の尾』という難攻不落の要塞を所有し、武勇を誇った我が部族は、この国を正しい姿にせんがため立ち上がった。これにレガーリア地域を中心に多数の部族――そこに居る少年のバルバリシア族も含め――が意を同じくし、反乱軍が結成された」
「そんな経緯があったのね。因みにそれから現在のことは……20年の間、各地で小競り合いが起きつつも、決定的な状況――つまり内戦を回避するため実際に大軍を結成することはなかった、ということはここにいるムウルから聞いているわ」
レエテの相槌に、今度はホルストースが話を始めた。
「ああ……反乱軍としちゃあ、強行な手段は望んじゃいねえ。話し合いの場を持つための努力は、これまでしてきた。だが親父――ソルレオン国王は、あくまで抵抗する勢力を力でねじ伏せるべく、今から10年前、最悪の決断を下しやがった」
「……サタナエルへの暗殺者派遣依頼、ね……」
レエテの言葉に、卓上においた右拳を握りしめるホルストース。
「そうだ。俺が親父に反逆の意志を固めた原因は、それだ。
俺ぁな、レエテ。生まれたばっかのときはまだ鉱脈も発見されてなかったが、物心ついたときには――。親父はもうドミナトス・レガーリアを建国してて、俺は首都バレンティンの宮廷で手厚く保護される王子様だった。
そのころの俺はむしろ、兄貴や姉貴たちよりも親父っ子で――尊敬してて、親父の云うことは何でも正しいと思ってた。
だが17になって――動ける自由を得て各地で見聞を広めていくうち、どんどん親父への信頼が不信に変わっていく情報ばかりが飛び込んできたんだ。
特に、俺が餓鬼の頃から宮廷を出入りするのを見ていた、ソガール・ザークや部下の“剣”ギルドの連中がいかに非道で、血も涙もねえ悪魔どもか知ったのが最大の衝撃だった。
たとえば反乱軍の鎮圧に呼ばれると、必要もねえのに投降する兵も含めて一軍皆殺しにする。ソガールの“鍛錬”という名の自己満足のためにだ。目撃者も殺す。殺した者の縁者がその場にいれば、禍根を断つといって、それが女子供だろうが首をはねて切り刻み殺す。内部にいたお前は良く、知ってるだろうが――血に飢えた殺人鬼、人の血が通わねえ悪魔以外の何物でもねえ」
「…………」
レエテは黙って、目を閉じる。もちろん云われるまでも無く誰よりも、知っている。自分はその狂気・暴力の刃の、最大の被害者の一人だ。
「俺はバレンティンに帰り、すぐに親父に直談判した。何度もだ。
あのサタナエルと今すぐ手を切ってほしい。あんな外道どもに頼って維持されたものは、国でもなんでもねえ、ただの悪魔の巣窟だとな。あんたは悪魔に魂を売っちまったのか、とな。
だが親父は――聞き入れなかった。最後にゃあ俺に云ったよ、お前には分かっちゃいねえ、これは『必要悪』なんだとな。
その時にもう、親父はダメだ、と俺は見切りをつけた。それで5年前――19のときに、反乱軍への参加を決意し、バレンティンを出たんだ。
それで腹いせ――といっちゃあ何だがそん時に、親父が接収してたドーラ・ホルスの宝物が収まった蔵から『太陽を貫く槍』ドラギグニャッツオを盗み、持ち出したってわけだ」
レエテは手からフォークを卓上に置き、目を開いて言葉を発した。
「なるほど……あなたがどんな人かや、反乱軍に加わった経緯は良く、分かったわ、ホルストース。
けれど、あのラルバの泉で初めて会った時、あなたは云った。
『ソガール・ザークを倒したければ、不死鳥の尾に来い』、と。
その答えを、まだもらってはいないわ」
それに対し、ホルストースはその優男の面持ちに笑みを漏らしながら答えた。
「なあに、話は簡単さ。お前も何らかの理由で、内部の人間でありながらサタナエルに反逆する人間。利害関係が一致する俺と、共闘しようじゃねえか、て申し出さ。
俺もお前を試したが、お前もさっきの闘いで俺の実力は十分分かってもらえただろ?」
レエテはじっとホルストースの目を見つめたまま、言葉を継ぐ。
「共に闘ってくれるのは、悪い話ではない。
けれど、あの人外の魔物に対する勝算に足る何かを、あなたは持っているの? いくつか、聞かせてほしい。
このドミナトス・レガーリアに存在する、サタナエル勢力の全容は?」
「俺の知る限り、駐屯するのは“剣”ギルドのみで、現在総員11名。
将鬼ソガール・ザーク。その下に副将が2名。
かつては3名だったが、1年前、俺がサシでの闘いの末一人殺した。
兵員は、8名。こっちもかつては10名だったが俺が二人、殺した」
さらりと云ってのけたが、副将1名を含めた3名を葬ったことになり、ホルストースの実力には信用が置けそうではある。
「その人数を相手取るのに、私達二人で十分と判断する根拠は?」
「2つ。まず1つ目は圧倒的な地の利。
俺にとっちゃバレンティンは庭そのもので、数々の入り組んだ隠し通路や、宮廷の最深部ですら詳細に知り尽くしている。これを利用して奴らを翻弄し、一人ひとり討ち取ることも可能だ。お前の協力さえあれば。
ちなみに、外部からいきなりバレンティン宮廷裏に通ずる最大の隠し通路も俺は知っていて、グラドを経由せずして侵入も可能だ。……親父は余裕をこいて、いつでも寝首をかきに来いとのたまいやがったが。
2つ目は、今バレンティンを目指してる、エストガレス王国使節団の存在。ダレン=ジョスパンだけならともかくオファ二ミス王女まで来るっていうからにゃあ、国賓として万全のお迎えが必要不可欠になる。このご来訪にタイミングを合わせれば、親父やバレンティンの軍の邪魔が入ることなくサタナエルの奴らを罠にはめることができる。
まああとは前提にしちゃいないがレエテ、内部にいたお前が知る奴らの情報や、お前とともに闘ってきたっていう4人と1匹の仲間、にも結構期待はよせてる次第だ」
レエテはもう一度目を閉じ、しばしの沈黙のあと、再度目を見開いた。
もう心は、決まった。
「分かったわ、ホルストース・インレスピータ。
私と手を組みましょう。動機はそれぞれ違うけれど、奴らを殺すという同じ目的を共有する仲間として。
おそらく、あなたが想像している以上にこの作戦、難しいと思う。だけど何があっても決して逃げないとだけは約束して。
必ず、斃しましょう――全ての元凶、ソガール・ザークを」




