第十一話 首都バレンティン
ナユタ、ルーミス、ランスロットの三名を乗せた行商団の馬車は、順調に行程を進んだ。
南街道の路面の悪さは全く解消することはなかったが、懸念していた道中での盗賊や反乱部族、ましてやサタナエルの襲撃もなく、レエテらと別れて国境付近から出発した三日目の朝には――。首都バレンティンの玄関口である、グラドの町に到着していた。
バレンティンのお膝元にあたるこの町は、首都へ運ばれる物流の仕分け拠点、入都しようとする人間に対する規模の大きな関所としての役割を担う。
したがって、行商団の最終目的地もこのグラドだ。
あとは自分たちの足で首都まで移動する。
町自体の規模は、二千人といったところか。
ナユタが道中に行商団の人間から仕入れた情報では、ドミナトス出自の、親インレスピータ族、親ソルレオンの部族が常駐して労働にあたっているようだ。
町長は、インレスピータ族の次席にあたる十の部族の一、ゴグマゴグ族の首長ネイザン・ゴグマゴグ。
ソルレオンとインレスピータ族は、レガーリアを中心とした国内の一部部族から反感を買い、反乱を企てられている状況だ。 不審な物品や人物が首都に入り込むことは十分警戒せねばならない。そのような事態を防ぐグラドでの検閲の全権を任されただけのことはあり、首長ネイザンは相当に油断のならない切れ者ということだった。
これまでの宿場や村を見る限りは、浅い歴史に違わず、国としての体裁を整えるにはまだまだいたらない未開の地の域を脱していなかった。
しかし馬車の荷台を降りたナユタたちの目前に広がっていたのは、おそらく手本にしたと思われるノスティラスの様式に沿った質実剛健な建物と、機能的に整備された街路と町並みをもった近代的な小都市だった。
「ほう、随分立派なもんじゃないか。なんかあたしとしては故郷ランダメリアを思い出して、ちょっと懐かしい感じだよ。
見なよ、ルーミス。もうここから大分見えるよ、目的地の首都バレンティンが、ね」
言葉を発したのは、すでに用意していたローブで魔導士の証アルム絹の衣装を覆い隠したうえ、黒いターバンでトレードマークの紅髪をすっぽり覆い隠したナユタ。
ランスロットについては、連れているだけで自分がナユタだと判別されてしまうため、背負った袋の中にすでに身を潜めさせている。
ルーミスも、自身の特徴となるハーミア印が施された白銀の特注伸縮軽装鎧を覆い隠すべく、茶色のマントですっぽりと身体を覆う。さらに首の後ろの“背教者”の烙印もけっして見られないよう、ケガを装って包帯をしっかり巻きつけている。
「ああ……そうだな。ついにここまで来た。
オレたちが斃すべき男――ソガール・ザークが潜むであろうバレンティンに。
しかしそれにしても――。あれは本当に『都市』なのか?」
ルーミスが右手で日光を遮りながら、目前に姿を現した驚くべき「都市」について驚きの言葉を発する。
それは、まさに異境の冒険譚にしか登場しないと思われていた、不可思議で幻想的な光景だった。
彼らが降り立った町グラドは、この平均標高の高い国ドミナトス=レガーリアの中では、盆地に展開する比較的なだらかな土地にある。だからこそ、ランダメリアのような町並みを再現でき、あまり他国と印象は変わらない。
しかしその北に展開するのは、切り立った山に囲まれた、突如標高が500mも上がったような土地。かつその土地が他と異なるのは――。「巨大樹の樹上に展開する都市だということ」。
山の中心にあるのは、幹の推定直径5km、高さ500m以上という「樹」というのも憚られる、馬鹿げた巨大さを誇る植物だった。見た者は、自分の目の遠近感が狂ったように感じ、一度目をこするだろう。――かのアトモフィス・クレーターにも、これほどの巨大樹は存在しないであろうと思われた。
その幹は陸地と表現するにふさわしくそびえ立ち、幹の上に形成する枝の高さも50~100m、生い茂る葉も相応に巨大、おそらく一枚1m以上はあると思われるサイズ。
その枝部を切り開いて間引き、なだらかに整地した場所に――家を建て、商店を建て、兵舎を建て、役所を建て――国王の居城を建てたのだ。
これこそが、ソルレオン・インレスピータが建国のシンボルとして莫大な財を投じて造り上げたドミナトス=レガーリア連邦王国首都――バレンティン。
巨大な樹の上に、都市が乗っかっている。幻想の産物が形を取って現れている様に、ナユタもルーミスもしばし見惚れるほかなかったのだった。
「すごい、の一言だね。行商団の連中の話をどんだけ聞いても、突拍子もなさすぎるというか全然ピンとこなかったけど、目にしてようやく理解できたって感じだねえ。
ごらんよ、樹の幹と根っこの形状をうまく利用して整地した、巨大な斜面が続いている。あれを登ってバレンティンに行くようだね」
好奇心に目を輝かせて話すナユタに、ルーミスも純粋な疑問を口にする。
「ああ……でも、あれだけの高地に一体どうやって水を供給しているんだ……?」
「それは行商団の連中が云ってたよ。あんだけ馬鹿げたデカさの樹だ。地下から吸い上げる水の量もハンパじゃないんだってさ。それで足りない分は、人力で地上から汲み上げているらしい。樹自体も、皮の内側に豊富な養分を含んだ樹液を内包してる。
これだけの地理的優位に、兵糧攻めも通用しない天然の水と食料。こりゃあ、たとえヘンリ=ドルマン師兄がどんだけノスティラス軍を率いて攻めても、びくともしないだろうね。この場所に目をつけて最大限に要塞化を考え実現したソルレオンって男、ただものじゃないね……」
「ナユタ……オレもまあ、感心するばかりになってしまうが……。これからの行動について話合う必要があるだろう?
ひとまず道中で話したのは、このグラドの町での情報収集だ。オマエの云うように酒場に行く必要があるんじゃないか?」
「そうだね。この町にいくらいたところで、得られる情報は高が知れてる。
まず酒場を探そうか。そして、いかにしてこの町の検閲を――ネイザン・ゴグマゴグの目をすり抜け、バレンティンに潜り込むか、だ。
まあぶっちゃけあたしの考えを云うと、安全な荷物の中に紛れこんで入り込むか――もしくは、犯罪人として刑罰を受けに行くかのいずれかしかないと思ってる。
おあつらえの衣装は買ったものの、シュメール・マーナの巡礼者を装おうのには、あたしたちには如何せん知識が不足しすぎているからね……。
とはいえ、もちろん犯罪人になるのは避ける。前者の方法を模索するため、まずは動こう」
云うが早いか、ナユタはまっすぐに歩き出し、それにルーミスも追従した。
グラドの町は、新興国の首都のお膝元だけあり、著しい活気に満ちていた。
行き交う人々、馬車の流れは途切れることがない。人種も、国外の行商団はもちろん、ドミナトスの部族と思われる荒々しい男女の姿も数多く見留められる。
現在ナユタたちが身をやつしている、シュメール・マーナの各地の神々を祀る祠「マナグラム」70箇所を巡る巡礼者も数多い。
本来、首都バレンティンに移設されたと云われる主神、ドーラ・ホルスの「マナグラム」に礼拝する巡礼者に紛れることができれば最も理想的なのだが――。理想的ゆえ、不穏分子である反乱部族が紛れることが多いのを警戒し、首都への入り口で数多くの質問を浴びせられる検問が設置されており、通過は困難だ。それを聞いていたナユタは早々とこの選択肢を除外していたのだ。
大通りを歩くと、すぐに目的の酒場は見つかった。
「知恵者ゴグマゴグ」、随分と権力者におもねった名前なのは気になるところだが……。
ナユタは勢い良く扉を開けた。
店内は50、60席ほどと広く、客は30人以上。大半が中年以上の男性だ。
それぞれが思い思いに麦酒や芋酒をあおり、世間話や愚痴に花を咲かせている。
そんな場に現れた、明らかに場違いな二人組――。巡礼者の若い女性と少年に、彼らの視線が一斉に集中した。
ルーミスは、不安を抑えきれない様子でナユタに耳打ちする。
「ナユタ……。こういう場所でオレたちは悪目立ちしすぎるし、第一オレも、オマエも酒が飲めないじゃないか。情報の宝庫かもしれないが、やっぱり他の方法を探したほうが……」
「心配するなって。あたしが今までどれだけ、こういう状況をくぐり抜けて情報や利益を得てきたと思ってんの? 却ってね、注目を浴びたほうがいいんだよ、こういう場所では。あたしに任せとけって」
「……わかってると思うが、ナユタ」
「わかってるって……『あたしを売る』手段だけは使わないから安心しなって」
最後は貌をしかめたナユタは、渋るルーミスを連れてゆっくりと、マスターが立つカウンターに向かって行った。




