第六話 死闘の終焉と、新たなる目的
「ソ……ガールーーーー!!!!!」
レエテが血塗れの欠けた貌のままなおも絶叫し、左手を突き出す!
ソガールは――驚異的なことに、これに見事に反応し――狙われた心臓をかわして見せた。
――が、僅かに想定より上回ったレエテのスピードにより、左胸から肩にかけて結晶手で切り裂かれ、初めてこの剣の魔物が血を流す事態となった。
レエテはそのまま、右腕を失ったバランスの欠如から、どうっと地に倒れ伏した。
素早く後方に飛び退り、安全を確保したソガールは、再度の“氣刃の参”を放つ。
白き光の刃に対しレエテも反応したが、到底かわしきれずに、今度は右足を吹き飛ばされた!
「ぐうっ……あああああ!!!!!」
突き抜ける痛み以上に、戦闘続行不可能となった事に対しての無念の叫びを上げるレエテ。
さらなる攻撃を加えようとしたソガールに対し――。
突如、周囲の密林の樹上から一つの影が飛び出し――。
背後からソガールを羽交い締めにする!
「そこまでです!!! 将鬼、“剣帝”ソガール様!!!!
今レエテ・サタナエルを殺めてはなりませぬ!!!!」
その影の主、男は――。
ソガールよりやや小柄な、短い金髪の若者だった。
その身体は――ルーミスと同じように血管と筋肉の膨張しきった、血破孔打ちの状態だった。
“背教者”だ。
「うぬは……! たしか、“法力”ギルドの……」
「左様です! 副将エイワス・ハーシュハウゼンと申す者。
レエテ・サタナエルへの攻撃を、お止めください。
もう勝負はついておりますし、我が主たる将鬼ゼノン様より、この女を生かせよとのご命令が」
エイワスの手を振り払い、ソガールは獰猛に云った。
「生かせよ、だと……! どういう了見か!!! サタナエル一族の血を継ぐ反逆者を野放しにせよとはあの小僧――もとより気狂いの男ではあったが、真に狂いよったか!!!」
「ゼノン様は、ダレン=ジョスパンに疑いを持っておいでです。あの男が、レエテ・サタナエルを利用し、我らに叛意を抱いているのではないかと。
その証拠をつかむため、あの男と引き遭わせるまで生かしておくのだ、と」
「何だと……そんな事情は知らぬな。それはエストガレスを任されたあ奴の責任においてどうにかすれば良い話。我が協力する謂れもなければ、ましてやあのような小僧に指図される謂れは更に無し!!!!」
ビリ、ビリと空気が震えるような怒気と気迫に、一瞬貌をしかめるエイワスだったが、すぐに平静な表情で毅然とソガールに告げる。
「良いのですかな……そのようなことを仰せになって。
サタナエル将鬼は、各々が大陸における戦術の最高責任者。その意志・作戦は互いに尊重されねばならず、協力し合うことは義務である筈。
ゼノン様に重大な過ちあらば別ですが、現在ソガール様の任務はソルレオン王の依頼によるバルバリシア族戦士の抹殺であり、レエテの抹殺にあらず。あるべき作戦を阻害する訳でもなく、これまでエストガレスに居た此奴の処遇を決めたゼノン様の意志は過ちに当たりませぬ。
その上でソガール様がなおご自分の意志をお通しになれば、禁じられた将鬼同士の争いとして――サタナエル戒律により両成敗の対象となり――。双方組織の敵とみなされ“将鬼長”および“魔人”に抹殺されることになるが、如何か!?」
エイワスの整然たる反論により――己の今の行為がもたらす事の重大さを理解したソガールは――。眉間にあまりに深いシワを刻み、低い唸り声を上げながら、渋々同意した。
「ぬうう……。極めて不本意ではあるが、止むを得ぬな。
良かろう。ここは我が身を引こう。
だが!!!」
ソガールが怒声とともに、右手の大剣をレエテに向けながら云う。
「条件が整ったそのときは――! 我が伴侶トム・ジオットの仇たるうぬを生かしてはおかぬ、レエテ・サタナエル!!!
あの恐るべきマイエ・サタナエルの弟子ならば!!! 半分の力でも発揮できるよう、その間せいぜい鍛錬を積み、精進するが良い!!!!」
そして―― 一気に跳躍し、密林の中に消え、その姿はまたたく間に見えなくなっていった。
「ぐっ……待て……ソガールーー!!!!!」
絶叫し、断ち切られた両足を震わせ立ち上がろうとするシエイエスに――。叱責する女性の毅然とした声。
「シエイエス!!! しっかりして! そんな場合じゃないでしょう! 何考えてるの!?
レエテの状態を見て!! それにあなた一人行って、あの魔物に勝てるの!!?」
それは――。
キャティシアの声だった。
これまで純朴な普通の少女としか思っていなかった彼女が、怒りを露わにして年上のシエイエスを叱責していた。
それもその筈、レエテは復讐の炎が尽きて意識を失っており――。もはや斬死体同然となって地に伏していたのだ。
キャティシアは、吹き飛ばされたレエテの右腕と右足を手に駆け寄り――。血まみれになりながらその切り口に押し当て、再生させようとしていたのだ。
「あ……ああ」
連れていくことを決めたとき、この少女を守り抜かねばと思ったにも関わらず、己の復讐心に囚われ、彼女にこのように危険でつらい凄惨な現場での救護を任せてしまっていたのだ。
「その……小娘の云うことは正しいな。目を覚ましたほうがいいぞ、シエイエス・フォルズ」
ハッとシエイエスが見やった先には――。
はからずも彼らの命を救ったともいえる男、副将エイワスの姿があった。
彼は、すでに血破孔打ちを解除し普通の体に戻っていたが、ガックリと両膝を地につき息も絶え絶えの状態だった。まるで百人の敵を相手取った直後のように。
「……恐るべし、“剣帝”ソガール・ザーク。なんという殺気、剣気か。
実ならぬ言葉の剣を交わしただけなのに、もう少しで意識を失うかというほどのダメージだ。
ゼノン様も引けをとってはいないが、やはり……将鬼。一個の魔物だ。
シエイエス。今は偶々貴様らを救う形にはなったが、いずれ条件が整えば、私も貴様らの前に立ちはだかろう。
仇たるあのソガール様を倒したいのならば、まずはダレン=ジョスパンに会え。
奴だけではない。同行するオファニミス王女も、レエテとの面会を強く希望している。
彼女と貴様らが会うことも、ゼノン様は所望しておられる。
それらが相成り、ゼノン様の目的が達せられれば――。おのずと、ソガール様から貴様らへの攻撃が始まり、貴様らの目的は達せられることになろう。
健闘を祈る。バレンティンか、他の場所で相まみえるか――。いずれにせよ、まかり間違って詰まらぬところで命を落とさぬようせいぜい気をつけるが良い」
云うとエイワスは、ふらりと立ち上がり、ダメージは残しつつもかろうじてその場を後にしていったのだった。
シエイエスも同様にフラフラと立ち上がり、バルバリシア族の屍の間を抜け、レエテとキャティシアの元に近づいていった。
「キャティシア……。すまない。俺は……どうかしていた。
レエテの手当てをしてくれて……本当にありがとう」
膝をついて、謝罪と謝意を示すシエイエスに、キャティシアはいつもどおりの口調に戻って云った。
危機が去った反動か――。その体は小刻みに震え、貌も青ざめていた。
「いいんですよ、私も必死になりすぎてちょっと云い過ぎました、シエイエスさん。
私も、正直怖かったんです……。あんな人間離れした魔物の前で、とても冷静にはしてられなくって……無我夢中で」
一旦、視界の下のレエテに目を落とす。
キャティシアが右腕と右足をあてがってから数分、すでに出血は止まり、ジュル……ジュルという余り気味の良くない音をたてて、切り離された組織を途轍もない早さで自らつなぎ合わせて再生しているのが分かった。欠損した右頭部に関しても、欠けた相手はなくとも細胞が再生を始めている。
「こんな特別な身体のレエテさんでも、命が危険だったんです。
私だって、本当は自分と……ムウルを助けるので気持ちは精一杯でしたよ」
ちらりと後ろを見やった先に――フラフラと近づいてきていたバルバリシア族少年、ムウルの姿があった。
彼も、危機が去ったことで現実を実感し始め――。
かけがえのない仲間と、兄のように慕っていたベルべナウを失った悲しみに涙していた。
「うう、うううう……! ちくしょう、何でこんなことに……!!
おれ達は、昔のレガーリアの自由が欲しかった、仲間を殺した仇を討ちたかった、それだけなのに……。
おれは……あいつを、あの魔物を許さない! あいつを、おれたちにけしかけたっていう、ソルレオンの奴も許さない!
なあ、あんた。頼む。おれも……あんたたちと一緒に行かせてくれよ」
言葉を自らに向けられたシエイエスは、ゆっくり首を横にふった。
「やめておけ。命を落とす確率は限りなく高いうえ、これだけの戦士を失ったバルバリシア族の守りはどうする? 村には、女や老人、お前より小さい子供たちもいるんだろう?」
「それは、あの怖気づいて逃げたダンガードたちがいる。あいつらが村に戻れば、あんな魔物が襲ってこないかぎり当面はなんとかなる。
それにあんたたちも、このレガーリアやドミナトスのことは何にも知らないだろう?
おれが案内してやったほうが早く目的にたどりつけると思うけど」
それを聞いていたキャティシアは、小さなため息をつくと微笑みながらシエイエスに云った。
「まるで、セルシェ村で私が加わった状況とおんなじですね。
観念しましょう、シエイエスさん。彼のいうとおりだし、そうすべきだと思います。
きっと、レエテさんも目を覚ましたら同じように云うと思いますよ。
もう少ししたら、あなたのケガも法力で治してあげますから、戦士たちを埋葬してあげてから彼をつれて行きましょうよ?」
シエイエスはため息をついた。自分はそんな柄ではないと思っていたが、すっかりこの少女の手の平で転がされている。
ただ、心は決まった。ひとまずこの部族の少年を連れていくことにして、その先のことに思いを馳せ始めるのだった――。
*
その頃――。舗装された街道沿いの、数kmエストガレス寄りを行軍する、エストガレス使節団。
“陽明姫”と、“狂公”の象徴たる二種類の御旗を高々と掲げ、2000からなる精強な兵士たちは、主たる二名の貴人が乗る馬車を護衛していた。
その車中にある――“狂公”ダレン=ジョスパンは、物憂げに窓に肘をかけながら窓の外を見ていた。
その様子に――対面に座る“陽明姫”オファ二ミスが、怪訝な貌で従兄に尋ねる。
「どうしたの? お従兄さま。難しい貌をなさって」
「うん? ああ、いや、何でもない。余もこのような奥地まで踏み込んだのは久々ゆえ、少々緊張しておったのだ。といって、特に心配することはない、安心せよ」
とは表向き云ったものの――。彼の胸中には一つの疑念があった。
(妙だ……。先程、確かに気配を感じた。部族の……おそらく子供だ。
あやつが余らの来訪を仲間に知らせ、遠からず襲撃があるものと予想しておったが……一向にその気配がない。
何か、あったな。間違いなくサタナエルがらみだ。
この国を取り仕切るソガール・ザークか、それともゼノンの奴か……。
いずれにせよ、この後バレンティンまでに一騒動あると予想しておいたほうが良いな)
そう結論付けると――。彼はここでの再会を心待ちにするレエテ・サタナエルに思いを馳せ始めるのだった――。