第五話 暴走する怨念
バルバリシア族虐殺の現場に、突如として現れたサタナエル反逆者、レエテ・サタナエル。
その後を追うように樹々の間から現れた、シエイエス・フォルズとキャティシア・フラウロス。
そう、キャティシアがシエイエスに告げていた、レガーリア地域で懇意になった部族とは、バルバリシア族のことだった。
彼らの村に向かう最中、突然遠くより聞こえた悲鳴、怒声、混乱の喧騒。
これを聞きつけた彼女らは、全力で走り、ここへ駆けつけた。
その際、驚くことに――。
生ける屍のごときだったレエテが突如覚醒し、喧騒の鳴る方向へ走り出したのだ。
生死に関わる現場を察知してのことか、それ以外の何らかの嗅覚を発揮したのか――。
いずれにせよシエイエスやキャティシアの健脚でも全く追いつけぬ、サタナエル一族の身体による全力の走りは――。偶然幸いにもバルバリシア族のムウルの絶体絶命の危機を救うことができたのだ。
「レエテ・サタナエル……だと……? おのれ……おのれ……おのれええええ!!!!」
目の前に立ちはだかった相手を、過去の記憶と名前で認識したソガールは、その両眼をこれまで以上に見開き怒りの咆哮を上げた。
「うぬは――!! 殺しおった!!! コルヌー大森林で!! “剣”ギルド副将トム・ジオットを!!! 我が伴侶を!!!!」
そして、その手の大剣に力を込め、レエテの結晶手を押し下げていく。
「この身を引き裂かんばかりの恨み――! この忌々しい俄国の任務さえなければ、すぐにでもうぬを地獄に落とすために我みずから赴くところであった! そちらからやってくるとは、願ってもなき幸運!! いますぐその脳天、かち割ってくれる!!!!」
ソガールの力が、加速度的に増していく。これまでの戦いで、明らかなパワー負けした相手のいなかったレエテのサタナエル一族の腕力をもってしても、確実に押されかかっている。
通常の人間としては、あまりに桁外れな腕力だ。
ソガールは確実な斬撃を加えるべく、もう一方の大剣を振るおうとその手を上げるが――。
やにわに迫りくる、別角度からの何者かの――鞭と思しき攻撃を察知し、それを下から上に振り抜き弾く!
「ソガール・ザーク!!!! ついに!!! 会ったな!!! 我が母ルーテシア・フォルズの仇、ここで果たしてくれる!!!!!」
そう、ここにはもう一人――怨念を晴らすべき相手に出会った者がいた。
シエイエスである。
10年にわたって探し求めた仇敵、バレンティンに居ると思われていた仇敵が期せずして、このような場所に偶然現れ遭遇した。逃すわけにはいかない。
普段冷静な彼の目は見開かれ血走り、歯は噛み鳴らされていた。
レエテ、シエイエス、そしてはからずも敵であるソガール・ザークまでも含めた、怨念に満ちた3名が――。
愛するものを奪った仇敵を前にし、牙をむく虎と獅子のごとく対峙しているのだ。
そこへ、外部から攻撃をしかける人物――。キャティシアの声が響いた。
「レエテさん!!!」
声と同時に放たれる、剛弓の一矢。
まっすぐに飛来する矢を防ぐため、強引に体勢を変え、先程シエイエスの鞭を振り払った大剣で矢をはらう。
これら二撃によって――ソガールの剣圧が若干、緩む。
この隙を逃さずレエテは、大剣を押し返し立ち上がりつつ、動かせるようになった脚を繰り出しソガールの黒革のブレストプレートを蹴り飛ばす。
ソガールは1mほど後方へ飛ばされるものの――踏みとどまり、ダメージもほぼないようだった。
この隙に、キャティシアは全力で走り、地にへたり込むムウルの身体を抱え上げて退避し、安全を確保する。
「大丈夫!? キミ!? たしか……ムウルっていったよね」
「あ……ああ、山の案内人のお姉ちゃん……?」
その様子を振り返ることなく、ソガールを睨みすえ、結晶手を向けるレエテ。
「ソガール……お前は、お前たちは私の家族を殺しただけじゃない! 私の家族の一人を拉致し、宮殿で地獄の責めに遭わせた!!!! その家族は麻薬を使われ、未だ地獄の苦しみにいる! お前にはこれ以上の苦しみを与えなければ……殺す以上の目に遭わせなければ……気が済まない!!!」
ソガールは獰猛な表情を崩さぬまま、言葉を返した。
「拉致だと……!? ああ、あの短髪の散々暴れまわってくれた雌ザルのことか。あやつは我の剣とゼノンの血破点打、サロメの弓矢でようやく動けなくさせ、別の者が何やら連行していったわ。
あの時我が手で素首をはね得たのは、一番に貧弱な小娘ただ一人だ。不本意極まりなかったがな!」
それは――ソガールのその言葉は、あまりに決定的で重大な、情報であった。
聞いたレエテの殺気が――。
一気に爆発的に膨張し、離れた場所に居たキャティシアをも震わせた。
歯はバリバリと鳴らされ、全身が震えていた。
「……お……前が、お前がターニア……を!! ターニアを殺した……の……か!!!!」
ターニア・サタナエル。
家族の中でも最年少であり、レエテにとっても唯一人の年下として、妹のように可愛がっていた存在。
少しませた所もあり、いつもレエテに口うるさく指摘しつつも、とても彼女に懐いて愛情を向けてくれていたかけがえのない存在。
その思い出と、愛らしい笑顔の記憶が頭をかすめ――。次いで、凄惨な血の海の中を生首となって転がっていた忌むべき記憶がよみがえり――。
心臓は見る見る早鐘をうち、その怨念はどす黒い激烈な怒りとなって、レエテの脳を支配していく。もう――ダメだ。理性がもう少しで完全に吹き飛ぶ!
「ユル……セナイ……殺して……やる……! その心臓……えぐり出してぶち殺してやる!!!! うああああああ!!! コロシテヤルッ!!!!!」
まるで――獲物に襲い掛かる雌獅子のごとく獰猛に、両の手を広げて水平に振りかぶり、跳躍して襲い掛かるレエテ。
「ソガールゥゥゥーー!!!!!」
そして背後から絶叫を放ちながら、二つの鞭をもって襲い掛かる、シエイエス。
その鞭の両端には――いつの間にやら彼自身が太腿を切り裂いて取り出した鮮血が、べったりと塗られていた。
前後から襲い来る攻撃。だがソガールは、その直前に両目を閉じ、すでに頭に血が上り攻撃の予測が容易な二人の相手を追うことよりも、「あの」一撃に精神を集中していたのだった。
すぐにソガールの右手がレエテに向けて水平に薙がれ、左手がシエイエスが繰り出す鞭の方向にまっ直ぐに突き出されていた!
「黒帝流断刃術――氣刃の参と四!!!!」
ソガールの繰り出した右手の剣からは水平に、一直線に繰り出した左手の剣からは広く放射状に――。
白い巨大な光が放出されたのだった!
まるで、巨人が振るう大斧のごとく、視界をすべて覆うかのような圧倒的大きさの「氣」は――まずシエイエスの鞭を草葉のようにたやすく吹き飛ばした。
一方の鞭の先端が、完全に跳ね返されてシエイエスの残った左足を切り裂く。
そして水平に放たれた「参」の氣刃に対し――。
コンマ01秒の反応により急停止したレエテは、上体を思い切り左に倒し、首と心臓をかばった。
そして氣刃は、レエテの目を含めた頭部の右半分と、乳房より上側の胸部から右腕ごと吹き飛ばした!
体の一部を吹き飛ばされ、鮮血を噴き上げつつも――残った左目でギラリ! とソガールを睨みすえ再度跳躍し、左手の結晶手をもって襲いかかる!