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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第七章 剣帝討伐
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第四話 地上最強の剣士(Ⅱ)~黒帝流断刃術

 仇敵“狂公”ダレン=ジョスパンを討ち果たす戦に向けて意気上がる、バルバリシア族の戦士達に突如として襲いかかった、最悪の災厄。


 極めて静かに現れたのち、およそ人間のものとは想像もできない殺気と、剣と呼ぶのもはばかられる殺人兵器を振るう一人の剣士によって大混乱がもたらされていたのだった。


 もちろん、バルバリシア族戦士の長たるベルベナウの耳に、ソルレオンの雇った暗殺者集団とやらが各地で暗躍しているらしいという噂は入ってはいた。

 しかし――他の大多数の部族同様、己の部族の戦士の強さに絶対の自信をもつベルベナウにとって、そのような外部の武力集団の介入など取るに足らない情報でしかなかった。


 実際、バルバリシア族に限らずドミナトス=レガーリアの各部族戦士たちは――。

 一人が数十の兵以上に比肩するとまで云われる豪傑どもであり、エストガレス国境軍の5万の軍勢に対し、彼らは常に千そこそこの集団で互角の戦いを繰り広げてきたのだ。

 

 並の兵が10人束になっても倒せぬはずの男たちが――。

 藁の人形のように、一瞬のうちに為す術なく斬り刻まれた。

 これまで目にしたことのない状況に、戦士たちは動揺しうろたえる。


 一瞬同様に恐怖にとらわれていたベルベナウだったが、我に返り戦士たちを鼓舞する。


「怯むなあ!!!! 右翼はベンサムを、左翼はダンガードを中心に固まれ! 中央は俺を中心に!! 両側から挟み込み、中央から叩き潰す!!!」


 戦士たちは流石の動きを見せ、剣を振り終えて一旦動きを止めるソガールから距離をとりつつ、三方向から包囲する体勢をとる。

 しかしながら――これまでの戦歴で「包囲される」ことはあっても、たった一人の敵を「包囲した」経験などない彼らにとって、大いに戸惑う状況ではあった。


 この状況に、またもソガールはバリ、バリと歯を噛み鳴らし、怒声を張り上げる。


「弱輩共が……。力でねじ伏せず、策を弄しに掛かるか!!!! 何を仕掛けようが、もはやうぬらには何も期待しておらぬ!!!

我は、予告する! 右翼を、攻める!!! 防ぐなり、背後をつくなり、できるものならして見よ!!!!」


 フェイントも、何もない。予告通りまっすぐに右翼の集団に向かって、剣を下げて愚直に歩み寄るソガール。

 その気になれば、先程のような疾風怒涛の攻撃を仕掛けられるにも関わらず。


 この相手を愚弄しきった態度に――。

 歩み寄られた右翼の中心たる手練の戦士、ベンサムの額に、憤怒の血管がピク、ピクと脈打ち始めた。

 彼が戦士として生まれ落ちて30余年、これほどの侮辱を受けたのは初めてのことだ。


「舐めやがって……。ならお望みどおり殺ってやらあ、バケモン!

お前ら、『(エイ)の陣形』だ! 叩き潰せ!!」


 ベンサムの掛け声とともに、陣形を取る戦士たち。

 敵側に向けて三角形に展開する戦士の最後尾に、一人最も強い戦士が突出する、海洋に棲む(エイ)に似た陣形。

 前衛が敵にプレッシャーをかけ、左右から徐々に展開して包囲しつつ、背後に控える最強の戦士が止めを刺す必殺の戦法。


 鬨の声をあげ襲いかかる、20人に迫る戦士たち。

 先頭の男が振り下ろす両手斧が、ソガールの無防備な頭部を捉えようとするその寸前。


「黒帝流断刃術――氣刃の参!!!!」


 ソガールの蛮声とともに先頭の男は――自分の視界が不自然に上空に浮き上がるのを感じ――そしてすぐに永久にその意識は失われた。


 それは、彼の後ろに続く男たち十数人にも――同様に襲いかかった。

 

 ソガールが声よりも一瞬早く繰り出したのは、両手をクロスさせた状態から一気に放つ二刀水平斬りだった。

 無論、それ自体のスピードと威力も常識を遠く逸脱していたが――何より驚異だったのは。


 その剣先から放たれた、白い巨大な光の刃だった!

 それは水平に放射状に幅を5mにまで広げながら数m先へまで放たれ――。

 十数人からなる戦士たちの胴を、薙いでいったのだ。


 彼らのその上半身は、手前の者は衝撃で高々と、遠くのものはズルリと地に、下半身と分離していった。

 あまりの異常事態に動きを止める、ベンサムほか生き残りの戦士3名の眼前に――。

 すでにソガールのその姿は、あった。


「黒帝流断刃術――雪華の型!!!!」


 気合とともに容赦なく繰り出される縱橫無尽、まさに雪の結晶のような型で繰り出される斬撃。

 戦士たちは流石の反応で防御体勢はとったものの――。

 その武器ごと、身体を断たれた。一人数個の断片となって、鮮血とともに四散する戦士たち。



「あ……あ……ああああ」


 その様子を目の当たりにした、左翼の将ダンガードは、顔面蒼白で後退りした。


「化物……いや、闇の精霊……暗黒神テオドルだ……! 俺は地獄に、堕ちたくねえ!!!」


 恐怖に駆られたダンガードは、そのまま踵を返し、全力で逃走を始めた!

 するとそれに追従するように、同様に恐怖に駆られた戦士たちが、一斉に逃走を始めた。

 10人――20人――。

 

 残されたのは、ベルベナウと側近の5人の戦士、そしてムウルだけとなった。


 恐怖に支配されつつも、さすが熟練の戦士たるベルベナウは、先程から敵の剣士――ソガール・ザークの攻撃を見極めんと目を凝らしていた。

 その鉄塊のごとき剣の重量にもかかわらず、ソガールの動作は疾風のごとき速さで視認ができない。それでいて剣筋はミリ単位の狂いもない正確さであり、標的の戦士の頭部・頸部・心臓といった急所の中心を捉えている。

 

 が、何よりも驚異的なのは、その超重量の剣が生み出すパワーだ。

 これだけの重量では通常、例え持ち上げることができたとしても遠心力を使った剣の運動に頼って直角に振り下ろすだけか、水平に円を描いて回転させ続けるのがやっとのはず。

 だがソガールは、これを振り抜いたのち怪物的な下半身の筋力と膂力のみで同等の速度で別角度に振り戻し続けることができているようだ。

 これは、鉄塊の落下パワーを損失なく隙なく剣撃に加え続けることを意味する。

 この攻撃の前には、大剣や両手斧による防御も意味をなさず、斧の柄を小枝のように折られるか大剣ごと切り裂かれているようだ。


 このパワーに加え――全ての物体を寸断する、ソガールが「氣」と呼ぶ光の刃の放出。

 恐るべき攻撃力の斬撃の射程が、さらに半径数mにわたって範囲を広げ、数十人の人間を一度に葬ることを可能にしている。

 もはやベルベナウから見て付け入る隙は全く見当たらない上、超常としかいえぬ力を操る、人間とは呼べぬ無敵の存在であり――まさに魔物、というほかない。


 ベルベナウは冷や汗をかきながら小声で、傍らで震えながら剣を構えるムウルに向けて言葉をかける。


「ムウル……聞け。お前は――ダンガードたち同様、今すぐ逃げろ」


「そんな……ベルベナウを置いて俺だけ、逃げるなんて……」


「あいつは魔物だ。俺たちに勝ち目はない。お前まで死ぬことはない、逃げろ!!」


 その言葉を合図のように――。

 側近の戦士たちと、ベルべナウはソガールに向けて決死の攻撃を仕掛ける!


 前衛の5人の戦士が攻め込み――。

 その強力極まりない攻撃も虚しく、武器ごとソガールに身体を寸断させる間に――。

 前衛の戦士の背中を足場に跳躍したベルベナウの、上段から真っ直ぐに大剣を振り下ろす強力無比な兜割りが、ソガールの脳天に迫る!


 しかし――。ソガールは戦士たちを屠り終えた右の剣を戻し、これを防御した。


 高らかな金属音とともに、ベルベナウは反対側に跳躍し、着地する。


「ほう……。初めて我に攻撃を加えたか。なかなかの精度、力の兜割りよ!

残りはうぬとあちらの小僧だけになったが……。

うぬは他の有象無象どもよりは、多少出来るようだな!」


 ストイックさの権化のようなこの魔物(ソガール)の口許が、これまでの激烈な怒りに彩られた凶悪なものから、若干ではあるが笑みのようなものを形作った。

 

 だがベルベナウには――勝機など見いだせていない。

 頭にあるのは、ムウルが逃げるまでの時間をいかに稼ぐか、だけだ。

 ベルべナウは必死で、ソガールに語りかけ挑発する。


「ソガール、といったか。サタナエルとかいう貴様の組織の力、侮っていたことは認めよう。

我らバルバリシア族戦士団としては、貴様に完敗を認める。

だがまだ、俺がいる。これまでの貴様の攻撃を見て、俺は俺なりの勝機を見出してきている。

どうだ? 先程の両手の剣から繰り出した光の刃――『氣』とかいったか。俺はそいつを破り、貴様の身体を両断できる術を見つけた、といったら信じるか?

信じられるならば、試してみろ。『氣』とやらを今一度発し、俺にぶつけて見せろ!!」


 胸をそびやかし、左手の甲をソガールに向け手招きするベルベナウ。

 ソガールは若干であはあるが目を輝かせ、構えをとった。


「面白い!! 破れるものなら破ってみせよ、我が創りし流派、黒帝流断刃術の奥義たる『氣』を!!」


 ベルベナウの狙いどおり、ソガールは両手をクロスさせ構えをとった。


 ベルベナウの見立てが正しいならば――。この「氣」を発するためにはいくらかの「溜め」を作る時間が必要なはずだ。先程攻撃先を予告し、わざとゆっくり歩いて近づいたように。

 そして放ったあとは、通常の振りに比べて「隙」が生じるはず。

 これらを突くことができればあるいは万に一つは――。


「ゆくぞ!!! 黒帝流断刃術――氣刃の参!!!!」

 

 ソガールの気合とともに放たれた「氣」に対し――。

 ベルベナウは、発するまでの僅かな時間を生かして近づき、そして極限まで身を低くし、その巨大な死の刃の「下」をくぐった!


 背中を削りとられ、鮮血の飛沫を上げながらも――。彼の身体は、ソガールに肉薄した。

 両の手を振り抜いた後で、今身体はガラ空きなはずだ。

 千載一遇のチャンスを生かし、下半身を両断するべく、大剣を振るう!

 

 しかし――その剣がソガールに到達する前に。

 ベルベナウの身体は、上方から斬りつけられた、「もう一つの氣」により――。

 頭から股下まで、一直線に両断された!


「うっ、ああああああーー!!! ベルベナウーー!!!!」


 ムウルの叫び声が密林に木霊する。


 地面に横たわる二つの肉塊となったベルベナウの頭にあたる部分を、ソガールはそのブーツの底で踏みつけ、擦り潰す。


「たわけがあ!!! 口程にもなし!!! 我は、期待させてそれに見合わぬ輩を最も忌む!!! 

うぬが予想した氣の発生と攻撃後の隙は無きに等しい。最初は『片手』で遅めに放ったが、もう片方をうぬの接近に備えておき、瞬時に縦に氣刃を発したのだ。

そのような戦法の変化も予測できなんだか! 所詮は鍛錬が足らぬ! 脆すぎるわ!!!!」

 

 そしてソガールの視線は――幾多の屍の向こうでブルブルと震えながら剣を構えるのがやっとの、唯一生き残りの少年――ムウルの方へと向いた。


 ムウルは感じていた。この男――完全に狂っている。

 人の命など自分の強さのための糧としか思っていない。さらには、自らの青天井かつ歪んだ向上心と強さへの妄執を満足させる相手としか他人を見ず、自分勝手な高い理想に達せぬ怒りを相手にぶつけ続け殺戮する、究極的な自己中心性。

 ベルベナウの死に対する怒りよりも、この男に対する恐怖に取り憑かれて動けない自分を、ムウルは自覚した。


「小僧……。うぬは実力こそないが、これだけの状況と我の力を前にして逃げぬとは、その勇気見上げたもの。

その勇気に敬意を表し、苦しむ間なく一撃で葬りさってやろう!!」


 その言葉も終わらぬうちに、ソガールの凶刃は真っ直ぐにムウルに向けて放たれる!


 自分の体内の血が一気に失われるかのような絶望と恐怖とともに、ムウルは完全に死を自覚した。


 だが――。


 キィィィイン!!!! という高らかな、金属と何か異質で固いものがぶつかりあった大音響とともに――。

 その鉄塊がムウルの脳天に降り注いでくることはなく、停止した!


 鉄塊を止めていたのは――突如として目前に現れた人物だった。


 ムウルに背を向けるその人物は、腰まで届く長い銀髪、しなやかなシルエットから、女性と思われた。

 しかしながら、女性としては大柄なその身体は、細く引き絞られた筋肉に覆われているのがボディスーツの上からはっきりと見て取れる。

 なおかつ最も驚異的なその特徴は――。ソガールの大剣を受け止めている、その両手だ。

 その手は全部の指と、小指側の掌が黒曜石のように黒い結晶と化し、刃のように鋭くなっていた。


 その女性の貌は全く見えないが――。背後からでも容易に感じ取れるその感情は――驚愕、その次に訪れた強い――とてつもなく強い、怨嗟といっていい「怒り」だった。


「ソ……ガール。ソガール……。ソガール……ザーク!!!!!」


 ギリギリと歯ぎしりしていた女性の口から、ムウルの知る神話にて、暗黒神テオドルが主神ドーラ・ホルスに向けて放つと言い伝えられる死の咆哮のごとき怒声が放たれた。


「ようやく、会えたぞ……! 私を覚えているか!!! レエテ・サタナエルだ!!!!

私の家族を獲物のように追い立て、無惨に殺してくれたその恨み……晴らす!!! お前を、殺す!!!!!」

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