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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第七章 剣帝討伐
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第三話 地上最強の剣士(Ⅰ)~二つの黒き大剣【★挿絵有】

 建国以降20年、国家として成長を続けるドミナトス=レガーリアだが、永きに亘り続いてきた部族制度の影響でその体制は必ずしも一枚岩とは言えなかった。

 その実情は――常に反乱の火種を抱え、各地に数多く潜む不穏分子を抹殺する必要性に迫られていた。


 よって国王ソルレオン・インレスピータは、建国以来積極的に暗殺組織サタナエルの力を借りて抵抗勢力を抹殺する方針を貫いており、彼らを常駐させるべく惜しみなく資産を投じた。

 結果、特にここ10年間においては、この国に留まり活動するサタナエル人員はエストガレスに次ぐ数となり――。

 それを指揮し、ソルレオンの要望に応える戦闘力を供給するため、サタナエルは組織最強かつ地上最強と云われる一人の剣士を送り込んでいたのだった――。



 *


 元レガーリア地域、南の海岸沿いに展開する密林地帯。

 ここに太古より生活する部族の一、バルバリシア族。


 この地の教え、シュメール・マーナにおいて、神は自然界に存在する精霊を司る存在である。数多く在る精霊は、万物の様々なものに宿ると信じられている。

 この影響を受け、ドミナトス=レガーリアに住まう部族はそれぞれ、特定の動物あるいは植物を守護神として奉ずる。そしてそれが象徴する元素(エレメント)を部族のエンブレムや魔導に反映する。

 バルバリシア族の守護神は熊であり、その元素(エレメント)は「大地」だ。

 よって代々一族に受け継がれる技も武具も、一撃の威力や鉄壁の防御を重視したものであり、重力の魔導を使う術者もいる。



 

 バルバリシア族の一人である少年、ムウルは、木々生い茂るジャングルを一人駆けていた。

 今年13歳になる彼の役目は、主に一族間の連絡役だ。今日は極めて重要な偵察役も含めて命じられ、その結果を持って、一族の大人の戦士達が戦闘準備を進める野営地に向かっているところだったのだ。


 脚力には自信のあるムウルは、狼にも匹敵するスピードで走り抜ける。その動きに追従するように、彼の燃えるように赤い髪が風に大きくなびく。


 やがて、視界の開けた広場に到着すると、そこは総勢50名に及ぶ屈強な男達が武器の手入れをする緊張感あふれる現場であった。

 その兜には一様に熊をかたどったレリーフが施され、身体は狼の毛皮に覆われ、武器は大剣かもしくは両手斧を使うようだ。

 すぐに、ムウルは声を張り上げ、己の偵察の成果を報告する。

 

「みんな!!! ムウルは帰ったよ!! 前情報どおりだった!

エストガレスの軍勢が、街道を通るよ! 数は2000ぐらい。

旗は教えられたとおり、王女のオファニミスと、あの『狂公』の奴にまちがいないよ!

たぶん、あと30分もすればおれたちの襲撃地点に来る!」


 その報告に、部族の戦士達は歓喜の声を上げ、それが収まると今度は怒りの怒号を上げ始めるのだった。


「“狂公”め!! 飛んで火に入る夏の虫とはこのこと!! 我が同胞幾千もの仇、ここで討ち果たしてくれる!!」


「長年血で血を洗う争いを経てきた我らと、今更和睦するなどという申し出を受けるとは、やはり我が身と身内しか眼中になし、ソルレオン!! 積年の恨み、晴らしてくれる!!!」


「ドミナトスの卑しい山猿が、掘られた一山を横取りした程度で『国王』などと、勘違いも甚だしい!! こんな茶番でしかない外道同士の会談など実現させぬ! “狂公”めの命運もここまで!!」


 何人かの威勢のいい男が叫ぶ勇ましい内容に、呼応するがごとく野太い歓声を上げ、己の中の血を沸き立たせていく勇士たち。


 野生の匂いを発散させ、毛皮と鎧を身に着けた筋骨隆々たる男たちの躍動する姿は大いなる迫力であり、エストガレスの兵士達もたじろぐほどであろう。


 これが、ドミナトス=レガーリア部族の者たちの姿だった。

 密林とともに生き、猛獣を狩り食糧とし、樹々を倒し住居を得て、自然の恵みに感謝する野生児たち。

 その知性は決して低くはなく、むしろ国王たるソルレオンのように大国の貴族たちも敵わぬほどの知性を誇る者もいるほどなのだが、やはりその国民性は野性味あふれるその勇猛さに象徴されている。


 ムウル自身は、生まれたときから既にあるこのドミナトス=レガーリア連邦王国という国家が成立した過程は、与えられた情報でしか知らない。

 それによれば、国王ソルレオンは悠久に続いてきたこの地の平和を乱し、私利私欲のために武力や謀略で部族を吸収してきた侵略者。

 国王となった現在でも自身や自身におもねる部族のみを優遇し、自分たちバルバリシア族のように独立性を尊び思うようにならない部族は、容赦なく排除する暴君であるというもの。


 また隣国エストガレス王国は、常に侵略をもくろみ国境を犯そうとする敵。

 その象徴たる国境の領主、“狂公”ダレン=ジョスパンは部族の戦士たちを無数に殺してきた怨敵。


 自分を育ててくれた両親や、家族のように育った戦士たちが語るその内容を、これまで疑う理由はムウルにはなかった。

 彼は、幼い時分から最も尊敬し慕う男であり、この戦士団のリーダーである戦士ベルべナウの元に向かった。


 ベルべナウは、広場の中心に居て、自慢の大剣――1m50cm以上の刃渡りと2cm以上の厚みを持つ怪物のような鉄の塊を勢い良く素振りしていた。それはあやうく周囲を風圧で吹き飛ばさんばかりの勢いであった。

 この部族の者に多い、燃えるように赤い髪と白い肌。その大剣を振るうのにふさわしい筋肉に覆われた190cmを優に超える巨体。そして極めて強い意志を感じさせる精悍な男らしい顔付きの偉丈夫であった。


「ベルべナウ! 戻ったよ! うまくいった! あなたのおかげだ!」


 満面の笑みで語りかけるムウルの貌を、素振りを止めて振り返るベルべナウ。

 大剣を地に突き立てると、ゆっくりと歩み寄って来、腰を落として視線を合わせた。そしてその大きな手でムウルの頭をつかみ、ワシャワシャと荒々しくかき回した。


「良くやったなあ!! ムウル! いや何の、俺は一言助言しただけだ。成功したのは誰のおかげでもない。お前の実力だ! よくぞあの危険な地帯を越えて、いち早く街道の偵察をしてくれた!

それで、見たか!? あの悪魔「狂公」ダレン=ジョスパンの貌を?」


 それを聞いたムウルの表情が、やや曇った。


「うん、馬車の窓ごしに見えたけど……。正直いってさ、ニコニコ笑っててすごく優しそうな、普通の貴族、て感じの男だった。

身体も細くて弱そうで――。おれたちの仲間を何千人、て殺した悪魔だっていうけど全然そんな奴には見えなくて――むしろ、いい人に見えたんだ。

そう思っちゃったおれって――おかしいのか、な?」


「はっはっは!! おかしくはないぞ、ムウル。

悪魔というのは、最初からわかりやすい、恐ろしい姿をしちゃあいない。大体はな、見た目は普通の人間、いやむしろ普通よりも優しそうな人間の姿をしているものなんだ。

それに騙されてはいかん。奴はその笑顔のままで、俺たちの仲間を残虐に殺し――何人かは奴自身の城に連れ帰り、悍ましい拷問や実験の生贄にしてきた悪魔の中の悪魔だ。

そんな犠牲をこれ以上出さないためにも、ここで悪魔の心臓を叩き潰す必要があるんだ!」


「そうなんだね、分かった。おれが正しい仕事をしたんだって分かって、安心したよ!

けど……奴と一緒に乗ってたあの……オファニミス王女、も殺すんだろ……?

あの(ひと)……すごく、目も髪もキラキラしてて、肌も透き通ってて――。澄んだ水の中の水元素精霊(ウンディーネ)みたいにきれいでさ……あの(ひと)だけは、悪魔にはさすがに見えない。

殺すのは可哀想だな、って思ったんだけど……」


 頬を赤く染めながら、少し小声になって呟くムウル。


「ほおお! お前、あの王女に惚れたのか!? お前も一端の男だな!

まあ確かに、“陽明姫”といわれるあのオファニミス王女は、“狂公”とちがい悪魔ではない。助けてやることに異論はないぞ。

何なら、捕らえて脅し、お前の妻としてあてがってやろうか!? はっはっは!!」


 ムウルは貌を真っ赤にして、首を振った。


「や、やめてよ……そんなつもりで云ったんじゃない!

それじゃあおれは、役目も終わったし、村に帰ってるよ。母ちゃんや婆ちゃん、妹たちのことも心配だし」

 

「いいや、ムウル。今日は帰らなくていい。

――今まで鍛えてきたその剣、今日も任務の中で振るってきたろう? もう十分だろう。

お前もついに、正式に俺たちとともに戦士として戦いに加わるときがきたのだ」


 そのベルべナウの言葉に――。呆気にとられ、目を大きく見開いたままムウルは声を漏らした。


「え――?」


 ベルべナウは、立ち上がってゆっくりと自分の大剣の元に歩み寄りながら、振り返ってニヤリとムウルに笑みを送った。


 そして大剣を引き抜き、天に高らかに掲げながら、戦士たちに向けて云った。


「勇敢なるバルバリシア族の戦士達よ!!

時は満ちた。これより我々は、仇敵たる“狂公”ダレン=ジョスパンを討ち取るべく、エストガレス使節団に攻撃を仕掛ける!!

敵は2000の軍勢。それも要人護衛の任を受けた精鋭。

だが!! 我らレガーリアのバルバリシア族戦士にとっては虫けら同然!

一人、50人は討ち取れ!! 将たるダレン=ジョスパンを討てば、蜘蛛の子を散らすように敗走を始めるだろうが、情けは無用!! 追いすがり確実に討ち取れ!!!

聖なる熊よ、大地の守護神よ!!!

我らバルバリシアに、祝福を与え給え!!!」


 その意気溢れる、士気を鼓舞される雄弁なる戦闘開始の宣言に――。

 

 バリバリシア族の戦士達の士気は怒髪天を突くがごとく、頂点を迎え、怒号がその場を支配するに至った!


「オオオオオオ!!! バルバリシア!!! バルバリシア!!!」


「討ち取るべし!!! 討ち取るべし!!! “狂公”に死を!!!」


 その怒号の中で、突如として初陣を宣告されたムウルは――。

 最初は戸惑いながらも、その怒号に身を任せ自分も声を張り上げると、不思議といける気がしてきた。

 自分も栄光を勝ち取る。戦士として一人前になる。そんな思いと覚悟が決まり、気分は高揚を始めていた。


 ベルべナウは同胞の戦士たちとムウルのその状況に満足し、いよいよ標的に向けて行軍を指示しようとした――。その時。



 彼の視線のまっすぐ先――。人垣の向こうの数mほど先の密林の樹々の前に。


 一人の男の姿が、あるのが、見えた。



  ベルべナウは――背筋に氷塊を突き当てられたがごとく、戦慄した。


 確かに、数秒前まで、そこには誰もいなかった。

 一瞬のうちにか――もしくは気づかなかったのか――いずれにせよ、まるで亡霊のように突如そこに現れた一人の男。


 なぜ、気づかなかった。

 バルバリシア族は、超一流の戦士。たとえ100m先であろうが、その殺気や僅かな気配も、見逃すことはない。

 まさに、殺気も、気配すら――一切を感じさせることなく、男は現れそこに佇んでいたのだ。


 全員が注目するリーダーたるベルベナウのその驚愕する異様な様子に徐々に皆が、ムウルが気づき、そしてその視線の先を辿り――。同じく、その男の存在に、戦慄した。



 その男は、身の丈180cmほどと、さほど大きくはない。

 しかし異様に太い首、盛り上がった肩、通常人の太腿を超える異常な太さの腕、圧縮しているかのように引き絞られた腹筋、通常人の胴回りを超える太さの脚。

 その黒い軽装鎧の上からでも容易にわかる、異常な超筋肉は――もしエストガレスのラ=ファイエット将軍を知る者がいれば、彼を縦にも横にもカサを増したようだと表現するだろう。

 髪は漆のような黒、毛量多くウェーブがかかり、胸や背中にかかるほどに長い。

 じっと目をとじるその貌は良く見えないが――。年齢は、30代半ばだろうか。太い眉に高い鼻、余りに強烈な自意識を感じる大きく引き結ばれた口。額、頬、アゴ周りには岩肌のように鋭い険が刻まれ、何らかの狂気的なものを見る者に感じさせる。


 しかし何よりもこの男を象徴しているのは、その両手に握られた大剣、に他ならなかった。

 通常、二刀流であれば、当然ながらその質量は片手で扱うに見合った軽量でなければならない。

 だがこの男の握る、その全身と同じく真っ黒な二本の大剣は――。

 湾曲し先端に向けて先細った円月刀の形はとっているものの――。あまりにも重厚で、巨大に過ぎる。

 その全長は1m20cmを超え、5cm以上は優にある厚みを誇り、合計で重量150kgは下らないであろう。

 このように軽々しく片手で一本ずつ持ち上げていること自体が脅威でしかなく、悪い冗談にしか思えぬほどだ。

 だがそれが冗談ではなく――。実際にこれを武器としてこの男が振れるということは、なぜかその場の全員には肌で理解ができた。



 歴戦の超一流のバルバリシア族戦士たちを、ただ現れただけで威圧せしめた、この魔物がかかった存在感を放つ謎の男は――。


 ゆっくり一歩を踏み出し――。同時に、今まで「0」に抑えていた「殺気」とそして「剣気」を一気に解放した!


 同時にその両眼がカッと見開かれた。

 緋色の瞳、そして充血した白目をもつその眼から放たれる狂気に満ちた眼光は、恐るべき刃となってその場の全員を切り裂いた。


挿絵(By みてみん)


 バリ、バリという歯ぎしりののち、引き結ばれた口はゆっくり開き――。地獄の魔物の咆哮のような怒声を放つ!


「何だうぬらはあ!!!! その程度か!!!! その程度なのか!!!!

わざわざ、このサタナエル“(ソード)”ギルド将鬼、ソガール・ザークが自ら出張ったというのに……。

この我が少々気配を殺しただけで、誰一人としてこの間合までの接近に気づかぬ、その体たらく。

仇敵に対する勝利を確信し浮かれたか!!!

ソルレオンめ……口先で我をたばかり、無駄足を踏ませおって……!

足らぬわ!!! 脆く!!! 弱い!!! 鍛錬が足らぬに過ぎる!!!

うぬらのような弱輩共は、今すぐこのソガールの眼前から消え去るがよいわあ!!!!!」


 その男――いや、サタナエル“(ソード)”ギルド将鬼、ソガール・ザークは――。


 怒声を終えると同時に、その姿を消し――。

 

 瞬時に数m先の、戦士の一団の中で、その二本の大剣をまるでレイピアのごとき、視認できぬ切っ先のトップスピードで縱橫に振り――。


 同時に、5人もの屈強なる戦士が、為す術なく鮮血とその首、身体の一部を宙に舞わされていたのだった!

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