第二話 討伐への幕開け
おそらく話しかけても反応はないだろうが、シエイエスはできるだけレエテに語りかけ続けることにした。
それも、他愛もない話はこの前失敗していたこともあり、思い切って本質にふれる話を。
「レエテ……。ビューネイ・サタナエルのことは、俺もとても残念に思ってる」
その名を聞き、毛布越しにレエテの身体がピクッ、と震えた。
シエイエスは慎重にそれを見極め――その後レエテが取り乱す様子がないことを確認すると、言葉を続けた。
「あまり安易に云うべきことじゃあないだろうが……。
死んだはずの、家族として育った人間があんな状態で現れたら――たとえば父さんが同じ状態で目の前に現れたら、俺も正気ではいられないと思う。
また、自分の過ちで死んだ人間――例えば前に話した、俺のせいで全滅した村で死んだ行商人の若者が、生きて苦しみを受けて目の前に現れたら――。罪の意識ですぐにでも死を選びたくなるだろう」
「……」
「けれども俺は思うんだ。
たとえそうだったとして、自分の立場として変わったことは?
失ったと思った相手は生きていた。が、死同然の苦しみを受け続けていて――ある意味、死んでいたほうが良かったと思えるほどにその状況はひどい。
それをもたらした仇敵に対する復讐を果たさねばならない目的は、変わっていないどころかより強まっている。そして、死んでおらず生きていた相手を解放することが新たに目的に加わる。
そういう、元の目的がより強いものに変わる、変化だと思うんだ」
「……」
「過ちの件は、すまない、例えが適切じゃなかった。
俺の場合は自分のミスが他人の死に直結した紛れもない過ちだが、お前の場合は――。
そもそもお前が原因で家族達は追われたわけじゃない。しかも必死でビューネイの、家族の心配をし、全力で彼女達を探した。そして家族二人の死を確認し、絶望的な状況の中大量の敵が迫り、魔人も息を吹き返すことが分かっており、もう逃げる以外に選択肢は全く無かったはずだ」
「……!!」
これにはレエテは、毛布の端をギュッと握りより強く丸まる反応を見せた。
「……ちがう、と思うか? そこまで自分を責めるほど、お前が純粋で優しすぎるのはもう俺もよく分かってる。だが……俺個人の意見としては強く思う。
お前は悪くない。お前のせいで招かれた事態じゃない。お前は起きてしまった事態に対してなすべきことをしきった。
そしてビューネイは知らないだろうが……。お前がこの一年の間辿ってきたあまりに孤独で過酷な運命は……形は違えど彼女に決して劣ることのない試練だったはずだ。恥じたり自分を責める必要はないだろう。
今、お前がすべきことは――。立ち上がって、この事態を生み出した将鬼たち、ビューネイを差し向けた将鬼長フレア、魔人ヴェル、サタナエルの全て。これらに立ち向かいビューネイを解放すること、だと思う」
レエテは、ぶるぶると震えながら、途切れ途切れの言葉を発する。
「…………が……じゃ……ない……」
シエイエスは今はこれ以上この話題を続けるべきでないと判断し、話を変えることにした。
「悪かった。この話は今日はここまでにしよう。
そうだな、俺がまだ法王府にいたころの話をしよう。十何年前の――。」
夜は更け、その夜は敵の襲撃もなく平和に過ぎ去っていったのだった――。
*
次の日の朝、シエイエスは全員に対して一行を二手に分ける方針と、その根拠と目的の説明をした。
レエテ、シエイエス、キャティシアで一つ。目的は、国内の情報収集。
ナユタ、ランスロット、ルーミスで一つ。目的は、首都バレンティンでの情報収集。
この方針に――ナユタの予想通り、唯一難色を示したのがルーミスだった。
「そんな……それは……。兄さんの云うことは尤もだが、過酷な密林での行軍にこそ、オレの強力な法力が必要じゃないかと……」
「バカなこと云うもんじゃないよ。『あっち』は、レエテは大体自力で回復できるし、シエイエスは負傷確率が低い。そしてキャティシアは、あんたより遥かに自然の中での立ち回りに長けてる。どう考えたってあんたは『こっち』なんだよ、ルーミス」
ナユタはそう云って、ルーミスの背中を叩くと、貌をニヤつかせながら寄せて囁いた。
「心配するなって。レエテとあんたの兄貴はおかしなことにはならないよ。何より愛しのレエテと離れるのが寂しいのはわかるけど、ここは男らしく潔く諦めるこったねえ。んんー?」
すぐにルーミスの貌が赤く沸騰し、数度首を振ってから鬼の形相でナユタを睨みつけるのだった。
「それじゃあ、すぐに出発しよう。ナユタ達は街道に出ない程度に沿ってバレンティンに向かってくれ。俺たちはまず海岸に近いレガーリア地域から廻り、情報収集を開始する。
無事を祈る。バレンティンで10日後、会おう」
シエイエスの言葉とともに、一行は初めて行程を二手に別れ、行動を開始することとなったのだった。
レエテは相変わらず虚ろな目で一言も発さず、寝不足のせいか少々ふらついて見える。憔悴した変わらぬ弱った状態は、未だ周囲の心配の種だ。
ナユタはレエテに歩み寄り、手を握った。ルーミスもおずおずと後ろに続く。
「レエテ。気をつけてね。あたしももう死にかける事がないように充分注意するけどね。
達者で。大丈夫、あんたなら出来るよ。必ず生きてバレンティンまで来なよ」
その言葉に――。
レエテがゆっくり貌を上げ、唇を動かし――。
言葉を、発したのだった。
「ナユタ……ルーミス……ランスロット……どうか……無事……で」
そしてすぐに貌を下げてしまった。
が、僅かながらもここ3日で初めてコミュニケーションの取れた状況に、一行が一斉に注目し、そして一様に安堵の表情を浮かべた。
「喋ってくれたじゃないか! 偉いよ、レエテ。
ああ、必ず、無事でいるよ。安心しな。じゃあね」
手を離し、歩み去りながら手を振るナユタ。追随するルーミスとランスロット。
シエイエスは、レエテを促し歩き始めながら、キャティシアに話しかけた。
「キャティシア。お前は、多少ここの部族について知識はあるのか?」
「はい、少しは。
ガイドするお客さんによっては、短いですがこの国の中を案内する必要があったので。
その中で、レガーリア地域で前に会って、とても良くしてくれた部族の方が居ました。
その方たちなら話もしやすいですし、情報をくれるかもしれません」
「そうか、分かった。それじゃあその部族がいるところまで案内を頼む」
これを受け先導するキャティシアの後ろから、シエイエスに背中を押されながら進むレエテが続く。
一抹の不安を抱えながらも、一行のドミナトス=レガーリアにおける“剣”ギルド将鬼、ソガール・ザーク討伐に向けた作戦は、幕を開けたのであった――。