第十三話 相まみえし亡霊と、魂への烙印【★挿絵有】
その、長く長く伸びた髪は以前と異なっているものの――。
整いつつもつり上がった眉、細長い目、薄い唇の気の強さを表現する顔立ち。
まさしく、アトモフィス・クレーターにおける、魔人ヴェルのマイエ・サタナエル家族襲撃時、5人の将鬼に死ぬまで追わせると宣言され――。確実に死んだと思われていた家族の一人、レエテと同年の親友たる、ビューネイ・サタナエルその人であった。
しかしながら――その雰囲気、表情、何より焦点の定まらぬその両眼が現す「心」は――。以前と別人のものであることが、言葉を発さずとも明らかだった。
落ち窪み隈で覆われた両眼の下は異様にこけた頬、その中央の口はだらしなく開き涎をたらし続けている。
正気を失い、操られているのか? 尋常な雰囲気ではない。
レエテは、留まることを知らない涙を流しながら、震えて首を何度も横に振った。
「生きてた……良かった……良かった……本当に……ビューネイ……!!」
これを横目で見ていたレーヴァテインが――ビューネイ、に向かって云った。
「そら、ビューネイ・サタナエル。共に育った大親友で家族との、感動の再会だよ!
ちょっと正気に戻んな!! もう『クスリ』が入って大分時間たってんだろ!」
その声に、一瞬ビクッと身体を震わせると、ビューネイの目に若干の光が戻った。
そしてその目に何か薄昏いものを宿らせつつレエテを睨みすえ、言葉を、発した。
「……ああ……。よ、お……レエテ。
久し、ぶり、だなあああ……。
そうだ、あたしだよ……ビューネイ、だよ……一年前……オメーに見捨てられた、なあ」
レエテが、全身を震わせて動揺しながら、それに答える。
「そんな――ちがう、あなたは死んだもの、と思っていたの! 見捨ててなんかいない、命がけで必死で探した! でもターニアと、アラネアの首を、見つけたところで……すぐ間近に敵が迫って……」
「うるせええええええええ!!!!! ご託はぁ、どーでもいーんだよおおおおおお!!!!!」
喉が爆ぜんばかりのビューネイの大絶叫に、レエテはビクンッ、と子供のように震えた。
「大事なこたあなあああ!! あたしが、あの地獄に!! 取り残されたって事実だ!!
なあ、あれから今まであたしがどんな目に逢ってきたか……教えてやろうか!?
あたしはなあ、捕らえられた。目の前でターニア達が殺されるのを見ながらだ!!!
そして宮殿に連行され、この世の地獄の攻めを味わった……!!
薄汚え野郎どもに、○○○も、○○も○○も四六時中犯され続け、なまじ死なねえのをいいことに、何度も全身を切り刻まれた!!!! 拷問、ですらねえ。終わりがねえ!!! 地獄の底の釜ん中だ!!!! ヒャはハハハははは!!!!!」
狂乱の様相で、凄絶な経験を叫ぶビューネイを前に――。
レエテは両手で口を押さえ、号泣し、地に両膝をついた。
「ふうっ、うぐううう……ビューネイィィィ……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……私が……ふぐうううう……ビューネイィィィ……」
「……それにひきかえ……オメーはなんなんだ、レエテ……!? キレイな髪してキレイなおべべを着て、仲良しの仲間や色男たちと、おしゃべりして酒のんで、皇帝とやらにも認められて手形もらって悠々楽しい旅路、かあ!!?? 一人だけ、あたしたちから外れ、一人だけ逃げ道を知って、一人だけでさっさとあたしを置いて逃げやがったくせによおおお……。
オメーは、人間のクズだ!! オメーを、あたしはぜってええに、許さねえ!!!!!
復讐だと!? 笑わせんな!!! あたしが、オメーに復讐してやる……。
あたしが味わった苦しみを、そっくりそのまま、オメーに味あわせてやらあああ!!!!
ひゃああああっははははははっっっっーーーー!!!!!!」
その大狂乱の様子に、レーヴァテインがため息をつきながら懐から青い瓶に入った液体を取り出し、ビューネイに向かって投げる。
ビューネイは目をギラリ! と光らせ、寸分たがわずその瓶を受け取ると、即座に喉に流しこんだ。
同時に浮かび上がりつつあった血管が収縮し、狂乱の表情が見る見る、魂が抜けたかのように緩み、病的な悦楽の表情を作りだす。
「さあ、もう仮面をかぶっておけ、ビューネイ。
どうだい……レエテ・サタナエル。あんたの脱出劇はあたしもよおく耳にしてるが、魂を分けた親友を、裏で見捨てることになってたとはねえ。
今や、ビューネイは我らサタナエルの生み出した合成麻薬、『メフィストフェレス』の重度の中毒者であり、それなしでは生きていけない身体だ。
これに縛られサタナエルを裏切ることは決して無いのと同時に、今は直前で止めたがこのクスリが完全に切れたときの禁断症状とともに発揮される身体能力は、通常時の二倍だ。
正直いうとね。今回は本当にあんたたちを皆殺しにするつもりはない。できればナユタの殺害、最大の目的は、このビューネイとレエテ・サタナエルを引き合わせること。
これこそがフレア様の策だったというわけさ。
なんで、今回はこれでおいとまするよ。次こそ!! 本気で殺しにかかるからね。ナユタ・フェレーイン!!」
凄みのある表情を最後に見せ、レーヴァテインは樹上をつたい、姿を消していった。
仮面を身に着けたビューネイも、ややゆっくりとその後を追う。
その後には――。
状況を呆然と見守りつつも、キャティシアへの回復を続けているルーミス。
歩み寄ったものの、声を発することができず岩のように固まる、シエイエス、ナユタ、ランスロット。
そして――。
いまや膝を屈し、地に貌を突っ伏し、延々号泣し続ける、レエテ。
彼女らだけが、残された。
誰も、死んだものはいない。キャティシアも治癒しつつあり、被害は軽い、と云って良いだろう。
しかし――。
今回の攻撃は、一行の心をえぐり、特に――。レエテの心、いや「魂」に、消せない烙印を刻んだのだ。
「あああああああ……うう……ふぐううううう……ごめんなさい、本当にごめんなさい、ビューネイ……!! 私が、身代わりになるべきだった……。もっと探して、探して……あなたが連れ去られる前に代わってあげなきゃいけなかった……私はあのとき逃げるべきじゃなかった……。取り返しがつかない……家族が、あんな地獄に……私は、本当に私は人間のクズだ……ふうっ、ぐううううう、うあああああ!!!!!」
いつの間にか――天候は悪化し、空は夕刻のような曇天に変わっていた。
そして吹き荒れる風に乗って、大粒の雪が彼女ら一行の身体を冷たく叩いていたのだった――。