第十二話 無敵の存在となりし、天才
レーヴァテインの宣戦布告に、両手を広げて返す刀を繰り出すナユタ。
「おやおや、申し訳ないねえ。ちょっと忘れかけてたよ、あんたのこと。
暫く見ない間に、随分偉くなったのは確かみたいだねえ、レーヴァテイン。
ただ今のあんたの様子、部下を連れた将ってよりは、どっちかって云うと貧相な猛獣使いって表現が正しい状況ではあるけどもね」
「相変わらず口の減らないことだねー。何日か前、その猛獣に殺されかかったノロマは、どこの誰だったかなー? そいつを今あたしは制御し、支配下に置いてるんだよ? 今のあんたになら、どこをどう取っても、負ける気はしないねえ。
因みに一つ云っとくと、あの時ナユタが襲われたのは一人になった所を狙われたからじゃあない。
明確な殺意をもった――現在の我が師“将鬼長”フレア様のご命令によるもの、さ」
その名を聞いたナユタは――。不敵な笑みは絶やさぬも、その額に青い血管を浮かび上がらせ、抑えきれぬ憤怒にわずかに身体を震わせながら言を返す。
「ほう……そうかいそうかい。レーヴァテインの情報でレエテに同行するあたしの存在を知ったあのクソ女が、自分の脅威になる芽を摘み取ろうと、この生命を狙ったわけか。納得したよ」
「キャハハハ!! あんまり笑わせないでくれる? あんた!
かつては大導師の姉妹弟子として競った仲とはあたしも聞いたけど――。今のあの方とあんたの実力は――まさしく『天地の差』だよ! フレア様にとってのナユタは脅威、じゃない。悪い虫を払いたい、ってだけさ。
あんたごとき虫――あたし一人相手でももったいない位だよ!」
その叫びとともに――。
レーヴァテインの第二撃が開始された!
自分の後方に爆炎を放ち、再び回転体となって襲いかかる。
疾い! 第一撃と比較にならぬスピードとプレッシャー。なおかつその身体には業火をまとい、回転に合わせて炎が撒き散らされている。
「ぐ……! 皆! 全力で耐魔しろ!!」
既に避けられるスピード、止められるエネルギーではないと判断したシエイエスが叫ぶ。
レーヴァテインは、自分の身体で直接彼らを切り刻むつもりはないようだった。
その業火の回転体は、襲撃者の攻撃を受けたことで離れた位置にいたレエテ以外の、5名のちょうど中心に着地し――。即座に四方への爆炎魔導を放出した!
「円輪炸裂弾!!」
「ぐああ!」 「きゃああ!」 「うあ!」
強烈極まりない爆炎を、各々が耐魔して受けるも、その威力に悲鳴を上げながら後方に飛び退る。
受けた左腕に強烈な火傷を負いつつも、倒れず持ちこたえたルーミスの身体に倒れ込んでくる女性の背中。
「キャティシア!!!」
最も魔力に劣るゆえに、キャティシアは炎の大部分を打ち消せず、首から下の身体の前面に火傷を負った甚大なダメージで意識を失っていた。
シエイエス、ナユタ、ランスロットは、その強靭な魔力で実行した耐魔が功奏し、それぞれ傷を負ったものの重傷でなく済んだようだ。
攻撃を終えたレーヴァテインは、反撃の隙を与えることなく再度爆炎魔導を噴射し、樹上へと飛び退る。
その強力かつ自由自在な魔導は、一流の魔導士――それも百戦錬磨の実戦を積んだ戦巧者のものだ。その変貌ぶりに舌を巻いたナユタが唸る。
「まったく妬けるね……。あんた、天才かい?
魔導の魔の字も知らなかった奴が、普通、たったの一月足らずでここまでの強力な魔導士になるものじゃない。
いや……あるいは魔導の才というよりは、他人の技術をたやすく再現する追跡の天才、てところかね。一目見ただけのあたしの爆炎を物にできているところからしてね」
この素直な賞賛に、樹上に戻ったレーヴァテインが尊大に胸をそびやかし答える。
「お褒めに預かりどうも。よく分かったろ? その強力な魔導と、従来の戦闘技術を組み合わせた今のあたしの戦法は、目下のところ無敵だ。
あの“魔人”ヴェルも認めるほどにね!」
“魔人”ヴェル――その名を耳にしたレエテが、憤怒をたぎらせながら、荒々しく一歩を雪の大地に沈める。
「おおっと、レエテ・サタナエル。今日のあんたの相手は、あたしじゃあないよ。
同じ一族の、こいつさ!!」
その言葉を合図に――。
近くの樹上で待機していた仮面の襲撃者が、樹が幹から折れんばかりの力で足元を蹴り、弩弓から放たれた一本の矢のごとくレエテに襲いかかる!
そして、直前で前転し勢いを付け、上空から強力な一撃を見舞う。
「ぐっ……」
レエテはこれに難なく反応し、襲撃者の攻撃を弾き返した。
襲撃者は数m後方へ着地すると、続いてやや芝居がかった仕草で結晶手を水平に振り、一直線に身を低くして近づくと、強力なアッパーカットを見舞う。
「……」
レエテはこれも、まるで読んでいたかのように正確に受け、上方に飛び退って受け流す。
先程から、奇妙だった。
ナユタが反応できなかったとおり、襲撃者のスピードは操り主であるレーヴァテインの現在のそれに匹敵し、一行の中では誰も、明らかにレエテですら付いていくことのできないスピードだ。
にも関わらず、レエテはまるで――どの方向から、どのような攻撃が襲うかを正確に「予知」しているかのように、あらかじめ防御を合わせている。
両者の攻防はまるで――長年にわたり組手を続けてきた、鍛錬のパートナー同士のように「息がピッタリ」であったのだ。
やがて、襲撃者の攻撃が激化する。
一旦、あの特徴的な下半身を沈めて力を貯める動作をしたあと、矢の如く前方に飛び――。
目にも留まらぬ結晶手の連撃を繰り出す。
一撃、二撃、三撃、四撃――。
恐るべき疾さで、上から、サイドから、下から、前方から、繰り出される斬撃と突撃。
周囲で見ているナユタには全く視認できない攻撃であったのだが――。
やはり、レエテは全ての攻撃を見切り、受けきっている。
その貌を見たナユタは、目を疑った。
レエテは、泣いていた。号泣していた。
攻撃を喰らってもいないのに、苦痛に貌を歪め口許は引き歪み、眉は眉間から大きく下がり、目には――大粒の涙が光っていたのだ。
「もう……やめて……やめて……お願い」
レエテが絞り出すように呟く。
襲撃者は、構うことなく、さらなる連撃を繰り出してくる。
徐々に、動揺が見えるレエテの防御が甘く、いくつかの攻撃を肩や腿に食らうようになっていた。
「やめてええええええ!!!! もう、やめてええええ!! 『ビューネイ』ィィィィィ!!!!」
その絶叫とともに放たれた名に――。
襲撃者の攻撃が、ピタリと、止んだ。
そして――その仮面の孔から覗く両眼が、明らかにニヤリ、と笑いを浮かべ――。
そのまま跳躍すると、再び樹上の枝にその身を着地させた。
「……あなた……。ビューネイなんでしょう……!? ビューネイ・サタナエル……。
私には分かる。そのスピードと攻撃の癖、攻め込む前のわざとらしい動き、切れ味のあるアッパーカット、型にはまらない、おそろしくプレッシャーのある連撃――。
どれも私が、10年の間受け続けた、あなたの攻撃そのものよ。ビューネイ……。
あの時、一年前、死んだと思っていたのに……生きていただなんて……本当に信じられない。
お願い、貌を、貌を見せて!!!」
その言葉を受けた、襲撃者は――。
ゆっくりと、不気味な鉄製の仮面に手をかけ、上に引き上げ――。
頭から、それを取り払った――。