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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第六章 極寒の越境
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第十話 王都の闇に潜みし将

 ドミトゥスとの会見を終え、地下に向かうラ=ファイエット。

 一階の巨大倉庫の内部を抜け、奥にある小さな鉄扉に向かうと、手にした鍵を取り出し解錠。

 扉を開け中に入ると、中から厳重に施錠をする。


 次いで用意した燭台のロウソクをたよりに長く暗い階段を降り、通路を50mほど進むと、やや開けた部屋に出た。その内部に佇む神像。

 ハーミア教は、偶像崇拝を禁止する教義だ。この巨像の主は、1200年前より以前に大陸で信仰されていた多神教の一つ、カマンダラ教の主神だ。

 

 像の足元に赴くと、ラ=ファイエットは慣れた手つきで像の足の指を決められた順序で動かす。


 すると――。像の後方からズズッと石の扉が開く音が響いた。

 ラ=ファイエットは、ゆっくりとその扉の内部へ進む。


 そこは――ここに至るまでの古びた石造りの通路や部屋からは想像もつかない、瀟洒な造りの広大な一室であった。

 充分な高さと広さを持つ空間に、所狭しと並べられた蔵書。小規模の図書館と思えるほどだ。

 多くの松明が灯され、地下であっても充分な明るさだ。

 その中央に、書斎のようなつくりの大きく豪華な机と椅子、ソファを置いた空間があった。

 しかし――その主である人物は、不在のようだ。


 ラ=ファイエットは、歩みを進め、蔵書のひしめく本棚と本棚の間を移動する。

 約束の時間ゆえ、この部屋に会見の相手がいるのは間違いないのだ。


 歩いていると、ふと――本の一冊が目に止まった。

 それは、「リーランドの屈辱――その中立国家設立まで」と題された背表紙が巻かれている。

 ラ=ファイエットは、それを見て顔を強張らせ、やや手を震わせながらその本を手に取ろうとした――。その時。


「やはり、気になるう? その本。そうだろうねえ……。

かつて10年の昔、南部方面師団長であった君が犯したエストガレス始まって以来の大失態にして大犯罪――。『かつての自分を捨てた』今でもその傷は、君の心に深く、深く刻まれているだろうからねえ!?」


 猛烈な勢いで振り返ったラ=ファイエットの視線の先にいた声の主――。


 その若い男は、いつからそこにいたのか、本棚により掛かり、一冊の本をめくりながら視線を落としていた。

 齢の頃は20代半ば、であろうか。

 背は極めて高く、195cmはあるであろう。スマートではあるが相当な筋肉質の肉体であることは、その身につけた、軍服とローブの中間のような独特のデザインの赤い衣服の上からでも分かる。

 髪は鮮やかな金髪であり、癖のある髪質は長く伸ばした前髪と襟足を跳ね上げており、後頭部で束ねていてもそれが見て取れる。

 最も特筆すべきは――その容貌であろう。

やや下がった流麗な眉と目元、細く筋の通った鼻、冷笑を含んだ口を彩る整った唇。まさに絶世の美男子と呼んで差し支えない艶やかな容姿であった。


「ゼノン……。私が参ったことに気がついていたなら、なぜ声をかけぬ。

それと……リーランドのことは、金輪際口にするな。その秘密を知り、それに関して語って良いのは、この世でダレン=ジョスパン公爵閣下ただお一人のみだ……!」


 この清廉潔白、神仏のように温厚な人柄で知られるラ=ファイエットが、地獄の底のような憤怒の炎を両眼にたぎらせるのを見ると――。

 男、サタナエル“法力(ヒリング)”ギルド将鬼、ゼノン・イシュティナイザーは一度満足したような笑みを浮かべたあと本を閉じ、わざとらしく畏れおののいたようなそぶりを見せた。


「おお……怖い怖い。ご無礼、平にご容赦を、ラ=ファイエット将軍。

それならば、本題に入らせてもらおうかー? どうだったかな、ドゥミトス王太子殿下のご様子は? 見栄のためにあんな危険な最上階を占拠し、最近はこもりっきりみたいだし……。やはり大それたことを企んでおいでだったのかねえ?」


 ラ=ファイエットは、おどけた間延びした調子で問いかけてくるゼノンを、横目で睨みつけた。

 人を見下し侮るその態度以外共通点は全くないが、ドミトゥスと同じくらい、いやそれ以上にこの男は彼にとって生理的に受け付けないものがあった。

 元々大陸の暗部を支配し、各国に対し上位の力関係を持つサタナエルではある。が、ことに暗殺や動乱鎮静を歴史的にどの国より多く依存してきたエストガレスは、彼らに最も頭が上がらない国家である。

 スポークスマンの役割を負うラ=ファイエットも例外ではない。逆らうことは許されない。


「まず、間違いはないだろう。今までの動きは子供の遊びの範疇であったが、私が思うに何者か知恵者がバックについたのだろう。

なかなかに的確かつ早い動きで、オファニミス殿下とダレン=ジョスパン殿下を亡き者にすべく本格的な手を打ってくる。今回は、ファルブルクの国境警備軍の半数を王都に帰投させよとの無理難題だ」

 

「はっは、そうかあ。どうやら本当に危険な存在になってきつつあるようだね、王太子殿下は。

一昨日も、ファルブルク公爵領で両殿下を襲撃すべく子飼いの暗殺者を向かわせたようだよねー? まあ、あの化物公爵殿下の前には、塵にも同じだったみたいだけど。

まったくけしからんよねえ。あの小さく可愛らしい、春の蕾のような美少女――オファニミス殿下を亡き者にしようだなんてねえ。

あの愛しい愛しい、僕のオファニミス殿下は、誰にも傷つけさせないよ。

だから、公爵殿下がしくじっても大丈夫なようにエイワス副将をつけたんだからねえ」


 うっとりと恍惚に満ちた表情で舌なめずりするゼノンを、ラ=ファイエットは物騒な目で睨みつけた。


「何度も云っているが――。オファニミス殿下を貴様のような倒錯した性癖の危険な男の手に渡すつもりはない。

それは、公爵殿下も同じ思いのはず」


「どうかなあ? あの公爵殿下何を考えてるか本当わからないよ?

それに――君にだって、オファニミス殿下の父親面する権利があるのかい? 『あれだけの罪』を犯した人間が。

ああ、なるほど、『かつての君』にとって尊かった娘を重ねてるのかい? ねえ、元南部方面師団長『ルーデ……』」


 そのゼノンの言葉を耳にしたラ=ファイエットが――。それを最後まで云わせることなく――。

 悪魔のような獰猛なる表情で背中のマントの中に手を伸ばし――。

 三節棍のように鎖でつながれた三つに分割せし斧槍(ハルバート)を、取り出し振り瞬時に接続し――。一本の槍状とし――。

 ゼノンの心臓をめがけて刺突を繰り出す!


 その一連の動きは、常人の目にはラ=ファイエットの姿が消えて見えるほどの超高速だったが――。


 ゼノンはその動きに反応し、左手の素手で斧槍(ハルバート)の穂先を掴み、ギリギリ数cm手前でそれを止めた!

 掴んだ左手は裂け、血が大量に滴り落ちる。


「おお危ない危ない……。僕が“血破点開放”の使い手でなかったら、見事に心臓を一突きにされていたよ。

しかし、エストガレス王国将軍、シャルロウ・ラ=ファイエット。これはどういう了見だ?

エストガレスの、サタナエルに対する反逆、と受け取って良いのか?

場合によっては重大なる制裁が下されることになるが!?」


 ラ=ファイエットは、獰猛な表情のまま、斧槍(ハルバート)を下げることなく云い放った。


「エストガレス、ではない。このラ=ファイエット単独の反逆だ。

それをエストガレスの反逆、とみなすならばそれでも構わん。私が忠誠を誓うのは一にダレン=ジョスパン公爵殿下、二にオファニミス王女殿下。許せぬことの一は、お二人への危害、二は――このラ=ファイエットの過去に対する詮索と侮辱だ。それ以外は、最悪どうなっても構わん」


 その、ハッキリと云い放たれた宣言。場合によってはエストガレスという大国がサタナエルに反逆の意思を見せたとみなされ、どのような災厄が降りかかるか分からぬのにも関わらず。


 それを聞いたゼノンの表情が、一気に緩んだ。

 そして高らかに笑いながら云い放つ。


「はっはっは!! 何とも潔いというか、後先を考えぬというか……。

やっぱり、大した御仁だね君は。わかった、ラ=ファイエット。君のその一途な思いと恐るべき実力に免じて、今回のことは水に流そう。過去に触れないことも約束する」


 それを聞いたラ=ファイエットの表情からようやく憤怒の相が消え、斧槍(ハルバート)の関節を外し、背後に納めた。

 ゼノンは右手で、傷ついた左手を法力で治療しながら云う。


「一応云っておくと、今回の件により遠からずドミトゥス王太子は王権にふさわしくない、大陸に災厄を招く危険人物として、サタナエルに抹殺されることになるだろう。

あと云っておくと……オファニミスだけは諦めないよ、僕は。いずれ手中に納めて見せるからねえ」


  ラ=ファイエットは部屋を後にしながら、振り向きざまに、半分冗談の発言に付き合って云う。


「面白い、やってみせろ。王女殿下の許に辿り着く前に、口づけするための首が貴様に残っていればだが」

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