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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第六章 極寒の越境
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第七話 死の淵

 ナユタ・フェレーインの生命は、今や風前の灯火だった。


 人体は――1/3以上の血液を失えば死に至ると云われる。

 動脈が集中し、心臓に近い左肩から胸を無惨に断たれ、左腕を切り離され失ったナユタ。

 その噴き出し流れ失った血液の量は、とうに致死量を超えているようにしか見えない。


 ランスロットが魔導により形成した氷で傷口を覆い、圧迫。

 さらにシエイエスが体勢を調節し、止血点を押した――というより、露出した動脈に合わせた位置を押さえることで出血は最小限になった。

 後は――ナユタの身体の前後から全力の法力を当てる、ルーミスとキャティシアの体力次第だ。

 まずは、切り離された左腕との血管、筋肉からつなぎ、次いで皮膚、次いで骨を再生・接続する必要がある。それも早急に。

 対象の細胞を活性化し急増殖させる法力は、その出力と放出時間に正比例して術者の負担を増大させる。

 云うなれば、術者の活力を対象に移植しているに等しい行為だ。死に至る傷を塞ぎ、死神に対抗しようとしているからには――術者も命を削る覚悟で臨まねばならない。


 先に体力が尽きようとしているのは――。ルーミスだった。

 当然キャティシアより遥かに大きい出力の法力を放つ彼は、持っているエネルギーがいかに大きいとはいえ、想像を絶する負荷を背負っていた。


 それを見たキャティシアが、右手をナユタの身体の前に出し、両手で前後から法力をかける体勢になり、ルーミスに声をかける。


「ルーミスさん! 私が継続しますから、一度、数分でいいですから呼吸を整えて!!

大丈夫、私、体力にだけは自信ありますから、任せてください!」


「あ……ありが、とう」


 云うと、ルーミスは一旦法力を消し、両手を地につき、咳き込みながら大きく肩で呼吸をした。


「ルーミス!」


「大丈夫、だ、兄さん。ここまでの重傷――父さんの時より……ひどい状態をどうにかできるか自信がなかった、が……死の淵は、越えた!」


 その力強い言葉に――涙ながら為す術なくナユタに語りかけるしかなかったレエテの表情が、変わった。


「本当!? 本当なの!!?? ルーミス!!!」


「ああ……。安心してくれ、レエテ。もうナユタの命は、つないだ。

父さんの時と違うのは――幸いすぐに敵が去り、あの時より多い人数の皆が……力を合わせられたことだ。

傷を……塞いでくれたランスロット、適切に処置をしてくれた兄さん、法力の加勢をしてくれたキャティシア……そしてナユタ自身の生きる力を引き出した、レエテ。

それらが……まさしく奇跡を……引き起こしたんだ」


 レエテは涙を悲しみから歓喜にかえ、笑顔で、支えていたナユタの左腕の手を握った。


「ありがとう……ああ……良かった、本当に良かった!! ナユタ……ナユタ!」


「ナユタ自身が若く……元の細胞活性力が強いことも、理由の一つだな。その腕は放さないでくれ、レエテ。ひとまず……主要な血管と、表面に近い筋肉の半分くらいはつないだが、まだ支えていないと腕が自重で落ちる。

もう少ししたら、オレも治癒を再開し、骨までつなぐ」


 歓喜のあまり、レエテの肩の上で震えながら叫んだのは、ランスロットだった。


「ありがとう ! ありがとう !!! ナユタを助けてくれて! 皆ありがとう! よく、頑張ってくれたよルーミス! 本当にありがとう。

けど、骨までつないだとしても、すぐにはナユタも動けないよね?」


「そのとおりだ……ランスロット。なにしろ失った血液が膨大だ。重症の貧血で起き上がることもできないだろう……。

これから時間をかけて、あらゆる場所の骨髄に……法力を加えて血を増やしてやらないといけない。

それには、オレ達法力使いの休息も含めて……2日は欲しい、ところだ」


 それを聞いたシエイエスは、すぐさまレエテに向き直り、云った。


「分かった。すぐに野営を張る必要があるな。

レエテ。お前が俺の代わりにナユタの身体を支えてくれ。

病人には焚き火が必要だ。風通しのいい洞穴はこの辺りにあるか? キャティシア」


「はい! 北東の方角を行ったところの山肌に一つあって、それがここから一番近いです!」


 顔面蒼白なルーミスに対し、法力をかけながらまだまだ血色も良く、元気に答えるキャティシア。自ら云うとおり体力はあるようだ。


「ありがとう。俺はそこで、野営の準備をしている。あとは意識が戻るまで見ててやってくれ、レエテ」


 シエイエスは、自分と位置を代わったレエテの肩に手を置き語りかけると、放置された荷物の場所に向って早足で歩いていった。


 レエテは、膝に置いたナユタの頭を、優しく撫で続けた。

 まだその貌は青白いものの呼吸は穏やかになり、先程とは明らかに異なる、内なる生命を感じさせた。

 ルーミスの云うとおり奇跡は起き、ナユタは死の淵を越えたのだ。


 ナユタの貌に、レエテの両眼から未だ枯れない大粒の涙の一滴が落ちた。


「ナユタ……ナユタ。もう大丈夫よ。私、ずっと一緒にいるからね。

あなたが目を覚ますまで、決して側を離れない……から」



 *


 襲撃から6時間あまり――。

 

 キャティシアが示した山肌の洞穴内に、シエイエスが野営の準備を整え、レエテが針葉樹を切り出し運んだ薪とベッド用枝葉で、ナユタの身体を暖めながら治療する状況が整っていた。


 今までナユタが指先一つで行っていた薪への着火はできず、火起こしにやや時間を要した。

 地面を緩やかに風が抜ける洞穴内に供給される酸素によって、赤々と燃え盛る焚き火。


 ナユタは、ひとまず最低限の骨の接続までが行われた時点で、レエテの手によって運びこまれていた。その身体は簡易ベッドに横たえられ毛布にくるまり、青白い貌のまま眠り続けていた。


 長時間での治療により疲労困憊していたルーミス、キャティシアは、それぞれベッドロールで眠りについていた。

 また心労激しかったランスロットも、身体を丸めてキャティシアの側で眠っている。


 起きているのは、15mほど離れた洞穴の入り口で見張りにたつシエイエスと、ナユタの頭を膝枕しながら見守り続けるレエテの二人だけだ。


 さすがに疲労からくる過度の眠気により、うつらうつらと舟をこぐようになってきたレエテが、一度目に手を当てて放し、貌を下に向けると――。


 眼下のナユタの両眼が、うっすらと開いていた!

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