第四話 交錯する苦悩
セルシェ村のメイガン・フラウロス所有の山小屋内は、重苦しい沈黙に包まれていた。
先刻の激闘の後、レエテらはザリム・ベラスケス率いるサタナエルの刺客5人の屍を簡易的に埋葬。
その後、山小屋の裏にある庭に、メイガンの遺体を運び丁重に埋葬したのだった。
簡単な墓標を立て、ハーミアの元司祭であるルーミスが正式な聖句を唱え、簡易的ではあるが葬儀も行った。
そしてその後、山小屋内に集まったレエテ一行と、キャティシア。
テーブルには、並んで座るシエイエスとルーミス兄弟の対面に、レエテに寄り添われるキャティシア。
その背後に、壁に寄りかかって腕を組むナユタ、その肩にランスロットという配置。
キャティシアは、両手で貌を覆ったままテーブルに突っ伏し、小さな嗚咽を漏らし続けている。
その様子に、この場の誰もが掛けるべき言葉を持ち得なかった。
しばらく、沈黙は続いた。そして――ついに嗚咽を途切れさせたキャティシアが、最初の一声で沈黙を破った。
「……あなた方、は……。一体、何者なんですか……」
先刻の、明るくハキハキとした利発な声の持ち主と同一人物とは思われぬ、低く呟くような声だった。
それに、苦悩を貼り付けた表情で答えようとするレエテを手で制し、シエイエスが質問に答える。
「俺たちは――。大陸の闇を支配してきた最強最悪の暗殺者集団、サタナエルを滅ぼそうとしている者だ。
同時に、追われる身でもある。先程の襲撃者は、サタナエルの手先だ。
君も聞いているとは思うが、ダリム公国のコロシアムで事件を起こし、“血の戦女神”と呼ばれた人物が、隣りにいるレエテ・サタナエルだ。
彼女がサタナエルへの復讐のため行動を起こしたのに端を発し――俺やルーミス、ナユタは、それぞれがサタナエルに恨みを持つ身として、彼女に同行した。
もちろん、ドミナトス=レガーリアに向かう目的もそれ――。あの国にいる、組織の幹部の殺害が目的だ」
それを聞いたキャティシアは、一度大きく首を振り、ハアッと大きなため息を吐いた。
涙をふき、鼻をすすって、また低く言葉を発する。
「つまり……私たちは、この世で一番関わってはいけない人たちに関わってしまい……そのせいでこの世で一番危険な人たちにお祖父ちゃんは殺されたわけですね……?」
被害者の立場として、これ以上なく要点を衝いた言葉で断じるキャティシアに対して、たまらずレエテが言葉を発する。
「ごめんなさい……ごめんなさい、キャティシア。こんなつもりじゃなかった、というのは通用しないのは分かってる……私達のせいで、あなたの……」
その言葉を強引にさえぎり、シエイエスがキャティシアの目を真っ直ぐに見て云う。
「そうだ、キャティシア。君の云う通りだ。
俺たちが君たちを危険に巻き込み、君のお祖父さんの死の原因を作った。殺したも同然かもしれない。
それに対して、俺たちは一人ひとり、全員がそれに心を痛め、その死を悔やんでいる。それだけは信じてほしい。
君が俺たちをどのように罵っても、俺たちはそれを甘んじて受ける。償えることは何でも償いたい。その上で、すぐにここを去り、君に危険が及ばないよう取り図らせてほしい」
その言葉に、キャティシアが下を向いたまま答える。
「ずいぶん、一方的で勝手なもの云いですよね……。いくらあなたの云うようにしたところで、私のお祖父ちゃんが帰ってくるわけじゃないでしょう。全部、何の意味もないことです」
そのキャティシアの言葉に、答えようとするシエイエスを、今度は彼女自身が手で制した。
「……いいんです。もういいんです。これは、きっと、お祖父ちゃんと私に神様が下した罰なんです。
私たちは、私のお父さんが王都での商売で作ってしまった莫大な借金を抱え――。
それを返すため、あえてあなた方みたいな危険な人たちの案内を始め、高い謝礼をせしめていっぱいお金を儲けてきたんです。
私、仕方ないって自分に云い聞かせてたけど、とても、後ろめたかった。
お金に目がくらみ、まっとうに働いて行こうとしなかった私たちの過ちへの罰だと、思ってます」
「……」
シエイエスは、あえて黙ってキャティシアの言葉の先を聞いた。
「それにシエイエスさん、あなたは……お祖父ちゃんを斬った男を殺して仇を取ってくれた。
あなた方は、悪い人たちじゃない。
だからもう……あなた方を責める気は、私には……ありません。
それよりも、私を……あなた方についていかせて、ください」
「……」
「お願い、ついてくるな、って云わないで……。
ちゃんと、案内しますから。その後も、隣の国でもどこに行っても、きっと役に立ちますから。
私たち、悪事に手を染めたせいで、この村では皆に蔑まれて……居場所がないんです。まだお祖父ちゃんがいるうちは良かったですけど、いなくなったら私……この先ひとりぼっちで、生きていけません。
お願いだから、私を一緒に、つれて行って……」
そして、彼女は再び両手で貌を覆い、突っ伏して号泣したのだった――。
*
不安定な状態になったキャティシアは、ナユタに促され、奥の自室のベッドで横になった。
それを確認したナユタは、ドアを閉め、客室に戻った。
「ふう……。こんなことになっちまったし、あの子もああ云うからには、一緒に連れていってやるしかないのかねえ。
どのみち、あの子がいなかったらアンドロマリウス連峰を越えることはできないしね……。
どうだい、レエテ?」
レエテは、沈痛な面持ちで言葉を発する。
「ええ……危険ではあるけど、私達の責任において、連れていきたいと思う。彼女は、絶対に守る。
けれど……ナユタ。私、正直、怖いの……。
今までは、私達の復讐に巻き込まれて死んだのは、アルベルト司教を除けばサタナエルや敵対する勢力の兵士のみ。けれど今、全く無関係な人が私達のせいで命を奪われてしまった……。
今後も復讐に向って進む中で、私達は否応なしに誰かと関わらざるを得ない。そうして巻き込んだ無関係な人々を死なせてしまうかも知れないと思うと……。怖くてたまらなくなってしまって……」
頭を抱え、苦悩するレエテの姿を目を細めて見ながら、ナユタは云った。
「……それに関しちゃ、あたしよりも、シエイエスが何かあんたに一言云いたそうだよ」
その言葉にハッと貌を上げて視界に入った、正面のシエイエスの目は真っ直ぐにレエテを見据えていた。
そして、重々しく言葉を発する。
「レエテ……お前が復讐にかける覚悟は充分理解してるつもりだ。
その上であえて云うが、お前は、甘い」
その言葉に、視線を落とすレエテ。シエイエスはさらに続ける。
「大陸を支配する、あれだけの闇の勢力を相手取るのに、犠牲を全く出さずに目的を果たすなど絶対に不可能だ。
犠牲、というなら……父さんの言ではないが、本来あのサタナエルの奴らですら、一つの命。
他者の命を奪うことを目的とし、それにより別のキャティシアのような『喪う』人間を生む、その時点で――。
俺たちはすでに業を背負っているんだ」
「……」
返す言葉のないレエテの前で、シエイエスは紫の小さなアメジストが嵌った、安物のペンダントを懐から取り出した。
「少し俺の話をしようか。すでに退役したが、俺は法王府を出奔後、闘う手段を得るためエストガレス軍特殊部隊に入隊した。
その訓練、任務は苛烈を極めたが、俺はそれにも飽き足らず変異魔導を執念で身につけた。
それを利用して何年もの間、独自にサタナエルの内情を探ってきたが――。
ある時エスカリオテとの国境にほど近い小村に、重要な情報を握るサタナエル暗殺者が潜伏しているのを発見した」
「……」
「俺は変装して村に潜入し、そいつの身辺を嗅ぎ回った。
その中で、一人の商人の若者と懇意になった。とてもいい奴で――故郷に婚約者を置いて行商に来ていたんだ。
ある時俺は、不覚にも変装を解く瞬間を村人に見られてしまい――。瞬く間に騒ぎになった。
サタナエルは仲間を呼び寄せ、俺もろとも葬り秘密も守るため、村に火を放ち数百人に上る村人を皆殺しにした」
「……!!」
レエテは貌を上げ、目を丸くしてシエイエスを見た。
「俺は脱出を試み、商人の若者を助け出そうとした。が、そいつはすでに斬られて虫の息になっていた。その時託されたのが、このペンダントだ――。自分が贈るつもりだったそれを、婚約者に渡してくれと云い、そいつは死んだ。
脱出した俺は、婚約者の元に辿り着き渡そうとしたが――。よほど愛し合っていたんだろう。彼女はショックで建物から身を投げ――自ら命を絶った」
「そんな……!」
「俺は、後悔と衝撃に打ちのめされ、何も考えられなくなった。俺一人の復讐とヘマのために、何百人もの罪もない人間が死んだ。耐えられなかった。すぐに死んで詫びるべきだと思った。
だが――ふと手に持ったこのペンダントを見て、思ったんだ。
今、俺が死んだら、こいつと恋人、村人達は完全な犬死にだ。だが俺があそこで手に入れた情報を活かし、サタナエルを滅ぼすことができたのなら――。わずかでも、その死はムダじゃない。
もちろん、そんなものは独善に過ぎないかもしれない。だが復讐という正常でない目的のために死ぬ無辜の者に対しては、人間の感情をもたない外道でない限り、そう考えることが必要なんだ。
犠牲になった者には、最大限の哀悼を示すが、そこまでだ。決して、振り返りも立ち止まりもしない。
自らの業に対する真の罪滅ぼしは、全てを遂げた後、その後で考え、実行するんだ。
それは自死を選ぶことかも、それ以外かもしれない。いずれにせよ、今罪の意識に囚われ立ち止まることは、メイガン殿の死をムダにする行為だと思う。
少なくとも俺はその意志、覚悟を忘れないため、このペンダントを肌身離さず持っている。
お前もよく考えてくれ。お前は俺たちのリーダーであり、結ぶ絆だ。お前が立ち止まってしまったら、俺たちも何もできない」
レエテは――目を潤ませながら、決意の表情でシエイエスの手を握った。
何かが、吹っ切れたようだった。
「わかった、シエイエス。ありがとう。
あなたの云うとおりかもしれない……。私も、最後の目的を果たすまでは、振り返り、立ち止まらないことにする。
前へ、進もう。キャティシアの様子を見て、可能なタイミングで出発し、ドミナトス=レガーリアに向けてアンドロマリウス連峰を抜ける」