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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第六章 極寒の越境
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第二話 最高峰の山脈へ【★挿絵有】

 エストガレス王国ドゥーマにおけるノスティラス皇国“紫電帝”ヘンリ=ドルマンによる電撃的無血占領は――。ダリム公国コロシアムにおける「血の戦女神」事件以来の大いなる出来事として、瞬く間に大陸全土を駆け巡った。


 その出来事から、二日目を迎えた朝。


 ドゥーマ無血占領の影の主役であるレエテ・サタナエル一行は、ドゥーマの北東50㎞ほどにある村、セルシェにいた。人口約500人ほどの、大半の世帯が狩猟で生計を立てる小さな寒村である。


 ここは、エストガレス王国とノスティラス皇国の南北国境線を兼ねる、大陸で最高峰の山々が軒を連ねる大山脈、アンドロマリウス連峰の玄関口。

 標高5000mの最高峰マリウス山を始めとした3000、4000m級の山々が織りなすこの地は、大陸でも別次元の極寒の地であり、旅の最難所といわれる。


 すでにこのセルシェでも、大粒の雪が深々と降り積もっている。

 ドゥーマである程度の備えをしてきた一行であるが、この寒さの前には到底用を成さず、毛皮製の防寒具を大量に買い込むこととなった。他に、脂を多く含む干し肉などの食糧、暖をとるための葡萄酒(ワイン)小樽など、寒さに対抗する物品を豊富に揃えた。


 彼女らはこの極寒の難所、200㎞にもおよぶアンドロマリウス連峰を踏破し、エストガレス国境線を越え――。隣国であるドミナトス=レガーリア連邦王国への入国、さらにはその首都であるバレンティンへの行程を進まねばならないのだ。


 そのためには、山に関しては素人ばかりの一行だけでは話にならない。

 優秀な案内人(ガイド)を雇う必要があった。


 村の中心部から離れた、連峰への入り口である門。その前にある山小屋に案内人(ガイド)は居るとの情報を得て、彼女ら一行はそこを訪れることにしたのだった。


 

*


 建物も途切れ、一面の白銀の世界の中、辛うじて雪を避けられた道の上を歩む一行。


 先頭は、ドゥーマで一行に加わったばかりの、シエイエス・フォルズ。

 ドゥーマで変装を解いてから、長い白髪は後頭部で結わえ、丸眼鏡をかけるスタイルに戻っていた。 

 次いで、寒さから一刻も早く暖を取りたいと、なるべく前を歩くナユタ・フェレーインと、その肩でぶるぶると震える魔導リス、ランスロット。

 そして最後尾は、レエテ・サタナエルと、並んで歩くルーミス・サリナスの二人連れだった。


 ルーミスが、小声で突然呟いた。


「……きれいだ……」


「そうね、ルーミス。

私も、アトモフィス・クレーターでマイエと遠出したときに少しだけ見たことがあったけど……。

こんなに一面の雪の世界、見るのは初めて。視界全部が、透き通るような白。本当にきれいね」


「あ……い、いや……その。

そう、だな。オレは、実は雪を見るのは全く初めてなんだ……。

生まれてからほとんど法王府にいて、一番の遠出がローザンヌに一度だけ、ていうくらいだったからな」


 ルーミスは慌てふためいて云った。

 実際には、雪景色を背景に白銀の長い髪をなびかせて歩くレエテの横顔が、あまりに美しかったため思わず声がもれてしまったものだったのだが……。

 たまたま見るのが初めてだったため、うまく「きれい」の相手が雪であるとごまかせた。



 そのような会話をしている間に、二人の視界に山小屋と思しき丸太造りの建物が姿を現した。


 すでにたどり着いているシエイエスが、誰かと会話をしている。

 その相手は、主人と思しきがっしりとした体格、豊かな髭を蓄えた60歳前後の老人だった。

 難しい貌で話している様子の彼が、案内人(ガイド)だろうか。


 その横を――。

 通り抜ける一人の、少女。

 年頃は、16、7だろうか。おそらくは薪集めの帰りだろう。背に目一杯積んだ状態ながら、極めて足早に歩く相当な健脚の持ち主だ。

 しかしながらその身体は細身で小さく見える。加えて毛皮のフードから覗く茶色い長い髪と貌はとても可愛らしく、大都市でも仲々お目にかかれない美少女であった。


 少女は、レエテとルーミスに気づくと、薪を背負ったまま小走りに近づいてきた。


「おはようございます! 案内人(ガイド)をお探しのお客さんですよね。

私、ここの主人メイガン・フラウロスの孫で、キャティシア・フラウロスといいます。よろしくお願いします」


 声質も、年相応で耳清く可愛らしい。軽くお辞儀をしながら挨拶するその様子に、レエテはすぐに好感をもったようだった。


「こちらこそ、よろしく。

こちらは、ルーミス・サリナス。そして私はレエ――いや、レナス・フェンディルという。

とりあえず、小屋の中で休ませてもらっても良い?」


 レエテは、本名を危うく名乗りそうになったが、事前にナユタと示し合わせた偽名を名乗った。

 どのみち容貌などからゆくゆくはバレるし、明かさねばならない時があったとしても、“レエテ・サタナエル”は今や完全に大陸中で独り歩きしているほど有名で衝撃的な名前。


 相手が一般人の場合、最初から名乗って、無用の驚愕や好奇心、警戒心を抱かれるのを防ぎ――。またこれまでレエテが起こした行動によってどのような影響が相手に及ぼされているかも分からず、場合によっては敵対することまでもを防ぐための方策だった。


「もちろんです、レナスさん。すぐにご案内します。

ルーミスさんも、どうぞこちらへ」


 少女、キャティシア・フラウロスは、間近で見たルーミスの端正な容姿が気になったのか、少し貌を赤らめて彼の方をチラチラと見やりながら二人を山小屋まで案内した。


 小屋の内部は、壁際に所狭しと道具が並べられ、反対側には棚のような形状で押し込められた簡易ベッドが10ほど。

 中央には、その10人ほどが座って囲める大きなテーブルが置かれている。

 この部屋が所謂客室にあたり、奥に続くドアの向こうはおそらく厨房やランドリー、主人達の居住区があるのだろう。


 テーブルにはシエイエスと主人メイガン・フラウロスがついており、ナユタとランスロットは暖炉の側で毛布にくるまりガチガチと歯を鳴らしていた。

 レエテとルーミスは、椅子に座りテーブルについた。

 そして外で薪を降ろしてきたキャティシアもテーブルにつく。位置はルーミスの隣だ。


「さて、お客人。儂はここの主人、メイガン・フラウロス。

あなた方の名前と素性は、先程このシエイエス殿からあらかた聞いた。

そして目的地が、ドミナトス=レガーリアのバレンティンだということも。

そのために抜けねばならぬアンドロマリウス連峰の距離はおよそ200㎞。それも、平坦な道をゆくのとは訳が違う。天候など、諸々うまくいって2週間でいけるかどうか、と思っていただこう。

見て足りない装備は補い、最後まで先導させていただく」


 要領よく話を進めるメイガンの説明に、頷く一行。

 シエイエスが、それを受けて言葉を継ぐ。


「了解した、お願いしよう。報酬は前払いでいいな?

案内人(ガイド)として長期になるがよろしく頼む、メイガン殿」


 それを聞いたメイガンは、ゆっくり首を振った。


「いいや、案内人(ガイド)は儂ではない。孫娘のこのキャティシアが担わせてもらう」


 それを聞いた全員の目が一斉に、テーブルの末席に座る少女に向けられた。

 その視線に少し恥ずかしそうに肩をすくめるキャティシア。


挿絵(By みてみん)


「キャティシアはこう見えて物心ついた時より庭のごとくアンドロマリウス連峰を駆け回り、あらゆる危機回避法を知り、見た目よりずっと体力もある。

またハーミアの信徒として寺院で法力を学び、負傷者が出ても救護ができる。ほかに狩猟の達人で、弓も相当に使う。

今では、この儂などよりずっと役に立つ案内人(ガイド)であることは保証いたそう」


「なるほど、頼りになりそうだが……先程も少し云ったかもしれないが我々は少々『訳有り』なんだ。

途中、もしかしたら自然条件以外での危険にさらされるかもしれない。

もちろんその時は我々も全力で守り抜くが、彼女のような年端もいかない娘さんを、そういう危険にさらす訳には……」


 少女の同行に難色を示すシエイエスの言を、メイガンは手でやんわりと遮りながら云った。


「大丈夫だ。我々もただの観光客相手ではない。あなた方のようなお客も沢山来るし、キャティシアもそのような場合の案内人(ガイド)も何度か努めておる。

それに……儂は昨年、『訳有り』のお客を案内した折、背中と膝に矢を受けてしまってな。

今でも完全に思うように身体を動かせん。途中までならともかく、完全踏破となれば同行自体ができぬのだ。すまぬが、ご了解いただきたい」


 どうやら、彼らも完全な堅気の職ではなさそうだ。

 すでに危険な場合も折込済みであり、その上キャティシアしか案内ができる人間がいないのであれば、やむを得ない。


 シエイエスはメイガンに所定の料金を支払い、メイガンとキャティシアは仕事があると云って部屋を後にし外へ出ていった。



 *


「やれやれ……致し方ないとはいえ、あんなお嬢ちゃんを危ない目に合わせたくないねえ。

経験はあるとはいっても、あたし達の『訳あり』は他所と次元が違う。サタナエルを相手に守らきゃいけないんだからね」


 ナユタが暖炉の側から離れず、貌だけ後ろを振り向いて云う。

 これにシエイエスが渋い顔で頷く。


「そうだな……。万が一のことがあれば、俺たちで手分けして守るしかないだろう」


 ナユタは、手をこすり合わせながらテーブルにつき、話し始めた。


「ああ……寒い。この先もっと寒くなるかと思うと気が重いけどね……。

ここでひとつ、現状のあたし達の方針を整理させてもらっていいかい? レエテ」


 レエテは厳しい表情で頷いた。


「よし……。

ドゥーマ出発時点で話し合い、決定した今後のあたし達の目的地は、エストガレスの東の隣国、ドミナトス=レガーリア。さらにその首都、バレンティン。

目的は、ヘンリ=ドルマン師兄の情報メモにより存在が判明した――。

バレンティンを拠点とするサタナエル一団の長、“(ソード)”ギルド将鬼、ソガール・ザークの討伐」


 その名を聞いたレエテ、そしてシエイエスとルーミスの兄弟の貌が一瞬にして怨念の表情に変化した。


「まずそいつを討伐する、理由は――。

レエテにとっては、マイエ以外の『家族』を奪った仇敵。

シエイエスとルーミスにとっては、母ルーテシアをその手で処刑した、仇敵であること」


 テーブルの上に置かれたシエイエスの拳が、血が滲むほど握りしめられる。


「そうだ……。俺がエストガレス軍諜報部に身を置き、10年の情報収集の末割り出した。

奴、ソガール・ザークは、俺たちの祖父クリストファーをサタナエルに引き込む策について組織から全権を任せられていた。

母と、妹ブリューゲルを人質に取られてなお、首を縦に振らない祖父に対して、奴は自身の判断と手により――母の首を落とした。

祖父は組織に下り、ブリューゲルは気が触れ、10歳のまま精神の成長が止まった。

奴は――奴だけはこの手でその首を落としてやらねばならない――!」


 ナユタは、小さくため息をついて言葉を重ねる。


「ドゥーマでも云ったように、あたしは正直、今回の件には反対の立場だ。

あんた達の気持ち、復讐の重要性は理解しているが、如何せん道のりが厳しすぎ時間がかかる。その間、足取りを特定させる危険も増える。

その上、あたし達の中では誰一人、ドミナトス=レガーリアという国に土地勘のある者はいない。内情も含めて、全てが未知の場所だ。危険すぎる。

今回は、あんた達の意を汲んで協力するけど、その点はようく頭に入れといておくれよ?」


「わかっている。肝に命じておくよ――」


 シエイエスが、最後までナユタに答えるのを待たず――。


 突如、屋外から金切り声の悲鳴が響き渡った!


「きゃあああああああ!!!! あなたたち、誰!!?? ああっお祖父ちゃん!! お祖父ちゃん!!!」


 それは――キャティシアの悲鳴だった。


 瞬時にそれに反応し、ドアを開け外へ躍り出たのはレエテだった。

 その視界に入ったのは――。


 雪原に立ち尽くし、口を両手で覆って恐怖に震えるキャティシアの姿と――。


 その視線の先で、うつ伏せに倒れ伏し、白い雪原に鮮やかな赤い血溜まりを周囲に作るメイガンの姿。


 その周囲を取り囲む、5人の男たち。

 放たれる殺気、それぞれ手にした、兵士や傭兵などでは到底所持し扱い得ないレベルの凶器。

 明らかに、サタナエル、であった。


 なぜ、ここが?

 しかも、なぜこれほどまで早く辿り着いたのか―もしくは尾行されていたのか?


 先頭にいる、ざんばらな金髪の若い剣士の男が、レエテに剣先を向けて云い放つ。


「レエテ・サタナエル。俺はサタナエル“(ソード)”ギルド所属、ザリム・ベラスケスだ。

ドゥーマのシェリーディア統括副将の情報により、いち早くアンタを見つけ出せた。

この土地は、俺らの庭みてえなもんだ……。アンタらにとっては絶対的不利。

その首、『本拠』に持ち帰らせてもらうぜ……」


 この宣戦布告に対し――。

 背後に仲間たちの気配を感じながら、レエテは結晶手を両の手に出現させていた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  私もお前のような冒険者だった。膝に矢を受けてしまってな……。  それはさておき、当初はレムゴールの方から読んでいましたが、より深くシリーズを楽しむべくこちらから手を付けさせていただきまし…
2020/11/29 13:52 退会済み
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