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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第六章 極寒の越境
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第一話 狂公の新たなる一手【★挿絵有】

 エストガレス王国、王都ローザンヌ、ローザンヌ城――。


 豪華絢爛、大陸で最も美しい建造物の名を欲しいままにするエストガレスの象徴。

 同時に、日々権謀術数が行われる伏魔殿でもある闇の領域。


 それを象徴するかのような、ある特徴がローザンヌ城にはある。

 その特徴とは国王の居室および謁見の間が、通常あるべき天守閣の最上階にないことだ。

 天守閣の頂上などという、下階以外に逃げ場のない場所に国王の領域があれば、万が一下階から火を放たれ炎上すれば一巻の終わり。

 かといって、本丸より低い他の棟上階にそれを設ければ、狙撃兵の格好の的。

 いきおい脱出の地下道を設けることができ、狙撃される危険の一切ない下階で窓もない、城壁を背にした最奥部に国王の居場所は設けられることになる。


 そんな、内部にすら信用を置くことが出来ないこの居城で、30年という歴代国王でも指折りの長きに亘り国王の座を守り続ける、現国王アルテマス・エストガレスⅡ世。


 すでに齢50を超え、白い部分の方が大勢を占めた豊かな顎髭と肩で切りそろえた髪。

 ストレスの賜物であろうか、若干骨が浮き出るほどに痩せ、青白く不健康な肌。

 170cmほどとあまり背が高くないことも相まって、お世辞にも威厳に満ちているとは言い難い。

 辛うじて、にじみ出る血の高貴さ、そして頭頂部に戴かれるあまりに眩い王冠が、この男を国王たらしめていた。

 

 日常、あまり笑みを浮かべることのないアルテマス国王であるが、この日はことさらに機嫌の悪い表情を隠すことがなかった。

 その理由は――謁見の間の正玉座に腰掛けながら、肘掛けについた腕に支えられた貌が向く先に鎮座する、ある尊大な謁見相手の存在だ。


 それは、謁見の間のカーペットの上に、無造作に椅子を置き、国王の正面に相対し脚を組んで胸をそびやかす、一人の男。

 冴えない不機嫌な見た目の国王と対象的に、際立った自信と忘れえない強力な印象を発散させ――口許は口角が上がり笑みを絶やさない。

 そしてその眼は、閉じているかのように極めて薄く開く。


 ファルブルク領公爵、“狂公”ダレン=ジョスパンであった。



「今一度聞こう。予の聞き間違いではないな? ダレン=ジョスパン。

ドミナトス=レガーリアへ和平交渉に赴く、と?」

 

 低く、倦怠感を伴った物言いで問うアルテマス。


「左様にござりまする、アルテマス陛下。

我が所領奉るファルブルクに接する隣国にして、国交が途絶えてはいないながらも小競り合いの絶えぬ、あのドミナトス=レガーリア連邦王国。

この新興国との関係をついに安定に導くべく、臣は直接に彼の国へ赴く所存。

現在においてそれを行わねばならぬ理由は……昨日我らが所領ドゥーマを卑劣なる計略によりせしめた、あのヘンリ=ドルマンめの率いるノスティラス皇国への包囲網を形成するため」 


 ダレン=ジョスパンの言葉を聞いて、アルテマスは深い溜め息を吐いて首を数度振った。


「まあ、予がどうせここで何を云ったところで、そちは自分の思い通りに事を運ぶだけであろうが……。

率直にいうて、自殺行為であるな。

奴らは、利害が一致したときは心強い味方であるが、根はハーミアならぬ邪教を信仰する蛮族である。

まして他の者が行くのであればともかく、これまで国境の領主として奴らと幾度となく戦端を開き、退けてきた張本人であるそちは、どれだけ恨みを買っておると?

まず十中八九、国王ソルレオンの元に辿り着く前に命はないであろう」


「左様。さすがは陛下。彼の国とこのダレン=ジョスパンとの関係についてよくご存知であらせられる。

まさしく、この策を実行するにあたり障害となるその要素を払拭すべく、陛下にお願いしたき儀がござりまする」


 顎を突き出しつらつらと口上を述べるダレン=ジョスパンに向って、アルテマスは上目遣いに睨みながら云った。


「どうせ、ろくでもないことであろう。

まず、先程『命はない』というたのは、あくまで普通のまっとうな人間に当てはめての話しじゃ。

そちのごとき化物であれば、奴らの首都、バレンティンの中心からであろうと単独無傷で生還するであろうに。

……近頃、城内で不穏な暗殺事件が相次いでおる。幾人もの貴族、子女が、音も姿もない暗殺者の手で喉や心臓を一突きにされてな。

被害者は皆、オファニミスの政策に反対し強硬な姿勢を見せておった都政府の高官、もしくはオファニミスに執拗に求婚しようとした若き候子や伯子などだ。

どうせ、この件も全面的にそちが関わっているのではないか?」


 これを聞いたダレン=ジョスパンの表情が、一変した。


 口角が一気に下がり、頬は引き締まり、限りなく細かった両眼が1/3ほど開き、中の三白眼が垣間見える。

 身体からは、ユラリ……と怒気を含んだ殺気が放たれた。


挿絵(By みてみん)


「陛下……。このような場所で、滅多なことを口になされますな。

これまで長期の王座を確保されてきた陛下としても、まだまだ安寧をご享受したいとお考えでしょう?

あまりお命を粗末になされますな。また、ここ10数年、陛下を危機から幾度もお護りしてきたのも、このダレン=ジョスパンであることをお忘れなく。

ああ、因みに臣が留守の間は、これまでどおりサタナエルのゼノンに依頼しておりますので警護に関してはご心配なく」


 これまで、ふてくされたような不機嫌な表情であったアルテマスの表情が、一変した。

 刮目し、眉は下がり、歯はガチガチと噛み鳴らされ、全身は震えた。


「す…済まぬ。よ、予の不見識、であった……。こ、今後は気をつける」


 

 そこへ――この陰鬱な会談に対する救世主のごとく、明るく高らかで、澄んだ女性の声が響いた。


「ご機嫌麗しゅう!! お父様、お従兄さま!!

第一王女、オファニミス、参上いたしましてよ。

突然のお呼び立て、いったいどのようなご用件ですの?」


 声、だけではない。

 その姿も、一段と鮮やかで可愛らしい。

 エストガレス王国第一王女、オファニミスの姿がそこにあった。


 そのロールの掛かった長い金髪、青く大きな瞳、陰の一切ない利発な表情はいつもどおり。

 それに加えて、身につける装飾品や、ドレスの選び方を見ると、あきらかに力が入っている。


 国王を前に謁見の間で話すべきことがある、とダレン=ジョスパンの遣いより聞いたのは早朝のことだ。

 ただでさえ、敬愛する従兄に呼び出されて嬉しくてたまらぬのに、よほどの重要な話であることに間違いないゆえ、彼女は朝から歌い踊り出したいような高揚した気分で、衣装とアクセサリーを選んでいたのだ。


 今現在まで、険悪な空気で談義していた二人の男のどちらにとっても、愛しい娘として、あるいは可愛がってきた従妹として、大事ないとおしい存在であった。

 自然と、彼らのあまりに張りつめた表情も緩む。


「おおお……。オファニミス。我が愛しき娘よ。よく来てくれたな……」


 声のトーンを1オクターブ以上上げながら、娘が赤子のころからの一つ覚えのような溺愛の言葉を投げかけるアルテマス。


「ご機嫌麗しゅう。オファニミス王女殿下。今日はまた、いつもにも増して美しく可憐であることだな。

まずは、話を始める前に、座っていただこうか」


 同時に、振り向いていつものように話しかけるダレン=ジョスパン。


 ダレン=ジョスパンからの賞賛の言葉に、すぐに貌を赤らめながらそわそわとしだすオファニミス。

 小走りになりながら、アルテマスの隣にある王女専用の玉座に着席する。


「急に呼び立てて、すまなかったな、オファニミス。お主に関して、国王陛下にある上奏をするため来てもらったのだ」


 オファニミスに声をかけた後、真っ直ぐにアルテマスに向き直ったダレン=ジョスパンは、高らかに云った。

 

「単刀直入に申し上げましょう。アルテマス陛下。

此度、ドミナトス=レガーリア連邦王国への和平・同盟交渉に赴くこのダレン=ジョスパンに、オファニミス王女殿下を同行させていただくこと、お赦しを願いたく存じまする」


 途端に――。

 アルテマスの青白い貌が一瞬にして赤黒く変化し、玉座を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がる。


 オファニミスは――両眼を見開き潤ませ、両手を口に当てて喜びの驚愕の表情を浮かべる。


 すぐに罵詈雑言で怒鳴りつけたい気持ちを強力に自制し――。

 何度も何度も深呼吸して、ようやく言葉を発するアルテマス。


「それは――それだけは、まかりならんぞ、ダレン=ジョスパン。

い、いかにそちの言であろうと……。

お主が行ったところで、彼奴らの怨念の的となって終わる。それを避けるため、他国にも“陽明姫”として人気の高いオファニミスを使節団の旗頭とする気なのであろう?

冗談も大概にせよ。この年端もいかぬか弱き娘を、異教の蛮族の蠢く、ジャングルと獣と虫で溢れた薄汚い地などに行かせてたまるものか……」


「お父様。このオファニミスとしては、和平・同盟の使節として、ドミナトス=レガーリア連邦王国への派遣、是が非でもお願い致したいですわ」


 強硬に反対しようとするアルテマスに最後まで云わせず、きわめてはっきりと明確に、オファニミスは断言した。


「わたくしも、子供ではございません。

すでに、政治の世界に参入を許していただき、数々の実績も残しております。

なれば、内政のみならず、外交においても経験を積むことはさらなるわたくしの成長につながると考えますわ。

異教であり、秘境であることは伝え聞いておりますけれど、お父様は実際に目にしたことがおありではないでしょう?

むしろどのような場所であるか見聞を広め、またそこで困難に遭遇し打ち勝つことで、これもまたオファニミスの国民を代表する王族としての大きな成長が得られるのではないでしょうか。

どこに、反対なさる理由がおありでございましょうか?」


 理に適った内容ではっきりと娘に断言され、アルテマスは目を白黒させた。

 そこへ、ダレン=ジョスパンが口を挟む。


「先程も陛下が仰せられたように、このダレン=ジョスパンの腕を存じ上げておいでであれば、これ以上の護衛はないとご信頼いただきたいところ。

また、和平・同盟以外にも――大きな我が国に利する要素が一つ。

あの、サタナエルの反逆者、レエテ・サタナエルがドミナトス=レガーリアに向っているとの情報を臣は得ておりまする」


 それを聞いたオファニミスは、目を丸くして破顔し、思わず儀礼抜きの言葉でダレン=ジョスパンに云った。


「本当!? お従兄さま!! レエテ・サタナエルがドミナトス=レガーリアに!?

もしかしたら会えるかもしれないの!?」


 その言葉にぎょっとした表情を浮かべるアルテマスを尻目に、ダレン=ジョスパンは答える。


「左様。あのドゥーマに潜り込ませた間諜からの情報だ。

昨日のドゥーマの無血開城の件にも、レエテ・サタナエルは関わっていた。あやつに付いておる有能な軍師が、ドゥーマ内のサタナエル壊滅を目論見、それを実現する一つの策として計略を用いたらしい。

現在あのアンドロマリウス連峰を超え、ドミナトス=レガーリア首都、バレンティンを目指すべく移動中との情報を得ておる」


 目を輝かせて聞いていたオファニミスだったが、はしゃぎすぎたことに気がついたのか、貌を赤らめて咳払いしアルテマスに向けて云う。


「コホン……お父様。

サタナエルという組織の存在は、現在このハルメニア大陸においてとても重要な要素。

その最大の鍵をにぎるレエテ・サタナエルという女性も、わたくしは確保し協力を仰ぐ必要があると思っておりますの。

このような奇跡的に貴重なる機会はそう巡ってくるものではなく、オファニミスは無駄にしたくはございません。

是非とも、わたくしに使節派遣のご勅命を!」


 アルテマスは、玉座に崩れ落ちるようにへたり込み、片手で貌を覆って力なく、呟くように言葉を発した。


「……好きにせい。

予ごときが何を云ったところで無駄であろう。

ただし、これだけは厳命する。無病・息災でな。無事生きて帰ってこねば、承知せぬ」


 この言葉に、オファニミスはこの日最大の破顔を見せた。


「感謝いたします!! お父様!!」


 するとダレン=ジョスパンは立ち上がり、オファニミスに向けて云った。


「それでは、オファニミス。出発は明朝だ。

王宮とは何から何まで違う環境に赴くゆえ、支度せねばならぬことが山ほどあるぞ。

知識については移動する車中にて余から授けるゆえ、近習に命じ、まず支度をさせよ」


 そして、密かにその胸中では、陰謀をめぐらすのだった。


(フフ……大方邪魔者は排除したとはいえ、余がおらぬ状況でオファニミスを王都に置けば命が危うい。そして折角連れ歩くのであれば、最大限に利用させてもらわねばな。

あくまで余の目的は、レエテ・サタナエル。お主一人だ。他はついでの口実にすぎぬ。

獅子身中の虫を宿したまま、何も知らずドミナトス=レガーリアまでやって来るが良い。

そこで、コロシアム以来の余の悲願を達成してくれる……)

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