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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第一章 邂逅 そして 闘いへ
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第五話 反旗~英雄の真の姿【★挿絵有】

 ノスティラス皇国軍に見立てられた罪人300名は、ラディーン率いる100名ほどの軍勢と相対した。


 数の上でこそ罪人側が有利に見えるが、その軍勢としての錬度・精強さ、何より装備の天地ほどにもなる差は絶望的である。


「なんだ……? 妙に油の匂いがしないか?」


 マルクが何かを感じ声を上げたまさにその刹那、ラディーン軍側から矢が数本、放たれた。


 火矢だ。

 罪人たちの左右の地面に着弾すると、そこに仕込まれた油によって瞬間的に爆発的な火柱――いや火の「壁」が、彼らの背後と側面を扇状に囲うように広がったのである。


「何だってんだ!! 俺達の逃げ場をなくし、前進するしかない状況にしようとしてるのか!」


 そうこうする間にも、ラディーン軍はじりじりと罪人たちに隊列を整えながら迫る。


 背中を冷たいものが流れ、改めて間近に迫る「死」を実感したマルクの脳が停止し始める。



 その時であった。


「皆、聞け!!! すぐに私の云うとおりにしろ!!!」


 突然鋭い――しかし高い、確実に女性のトーンでの怒声が響き渡った。その主は――あろうことか、マルクの隣に居たにも関わらず、しばし存在すら忘れていたローブの女であった。


「あ、あんた――? 喋れ――」


 マルクの呆けたような言葉を女は聞いていない。


「生き残りたくば! 槍を持つものはなまくらな切っ先を地面にたたきつけて柄の先を折れ!!! 剣を持つものは私の前に刃を差し出せ!!!」


 その言葉を聞き、軍人出らしき数人の男はすぐに目を見開き、自らの持つ槍を地面に力の限りたたきつけた。すると柄の先端の木が折れ、即席の木槍ができあがった。


 ローブの女は自分の剣を地に刺し、マルクの剣の柄を左手でつかんだ。そして右手を振り払い、皮のグローブを放り捨てた。

 中からやや逞しいが間違いなく女性の造形をした、褐色の右手が現れた。


 そしてさらに、マルクの眼前で驚くべきことが起きた。その右手の五本の指先と、小指側の手の側面が、見る見るうちに黒曜石のように黒光りする鉱石状へと変化していったのだ。


「お、おい、何をす――」


 言葉を継ぐ間もなく、ローブの女が右手をマルクの剣の柄から切っ先にかけてまっすぐに薙いだ。

 黒曜石状に形成された、幅広のダガーのようなその右手の「刃」で。

 すると鉄製の剣はチーズのようにスライスされ――鋭い細身の剣が一振り出来上がったのである。


「他の者の剣もこうしてやる!!! 武器を持った者は、まず数人一組で、左右の戦車の馬を攻撃!!! できるだけ暴れさせろ!!!」


 叫ぶ間にも今度は自分の剣、周囲の者の剣を次々と切れ味鋭い武器に替えていった。


 使える槍や剣を手にした者は、ローブの女の命令どおり、すばやく左右の戦車に鬨の声を上げて向かっていった。


「くっ、弓隊、すぐに迎撃しろ!!」


 ラディーンが左右の兵に命令をくだす。すぐに数十もの矢の雨が続けざまに降り注ぎ、罪人たちはばたばたと倒れる。

 が、数に勝る罪人たちは、数人がそれぞれ戦車にたどりつく。中には鋭さを取り戻した剣で、矢をなぎ倒していく元軍人らしき男たちもいた。

 そして馬達に攻撃を加える。体を切り刻まれ恐慌状態に陥った馬達は狂ったように暴れ、たちまち戦車は横倒しになる。10人以上の兵が地にどうっと投げ出された。

 そこを見逃さず、集中攻撃を加える罪人たち。次々に兵士達が討ち取られていく。


 そして、いつの間にかローブの女の姿はラディーンの戦車の直ぐ前にあった。

 一瞬大きく体を反らせ、息を吸い込む動作をしたかに見えた次の瞬間――。


「破ァッッッーーーーーーー!!!!!」


 女の喉から発されたのはとてつもない、大音量の雄叫びであった。大地が、空気が震え、距離を問わず多くの者は思わず耳をふさぎ、一瞬ひるんだ。何よりも――馬達が一瞬にして恐怖にとりつかれ、暴れまわった。


挿絵(By みてみん)


「ぐうううっっっっ!!??」


 ラディーンが苦悶の叫びを上げて空中に放りだされる。どうにか体勢を整え、音を立てて地面に着地する。そしてすぐに、膝を抱えるように大きく身を丸め、うずくまった。


「おお、今が好機!! ラディーンを討ち取るぞ!!!」


 地に墜ち罪人たちの前で一人うずくまる英雄の姿に叫びを上げたのはローブの女ではなく、元軍人と思われる男だった。矢を落としつつ真っ先に馬に攻撃を加えた人物だ。


「待て、駄目だ!!! あなた達はそいつに近づくな!!!」


 ローブの女が制止するのも聞かず、武器を得た20人ほどの罪人の集団は、敵の総大将を前にして殺到する。

 無理もない。

 この英雄はこれまで過去の剣闘において常に髪も乱さず、返り血も浴びず、いかなるときも剣舞でも披露するかのように極めて美しく、余裕で罪人を切り伏せ続けてきた。それがここまで追い詰められた様を晒すのは、5年近い彼の戦歴の中で誰の目にも初めてのことだからだ。


「絶好の好機だ、殺せ!!! この血に飢えた殺人鬼だけは、せめて地獄へ落とせ!!!」


 元軍人の男が扇動の叫びを上げる。先頭の数人の突き出す剣の切っ先が、まさにラディーンを捉えた。


 とその刹那――! ビュッ!! という鋭い風斬り音とともに、ラディーンのシルエットが一瞬ぶれた後に消えた。


「ど……どこだ?」


 先頭にいた元軍人の男が振り返ると――その10m近く先には。

 抜き身のブレードを右は順手、左手は逆手に持ち、両手をクロスさせた体勢のラディーンが背を向け立っていた。

 その2本のブレードは――彼の腰にあった時とは別物のように異様に長く伸び、彼の姿は羽を長く左右に伸ばした隼のごとく見えた。


 その姿に驚く間もなく――元軍人の男の視界が、急に右方向へ直角へ倒れだし――そして永遠に何も見えなくなった。


「何て……こった」


 驚愕のうめきを上げるマルクの前で、20人からの罪人たちの首が――ある者は目から上の頭部のみが――いっせいに胴から離れ、地にごろりと転がり落ちていった。


「まさか、初太刀でこの斬撃を繰り出すことになろうとはな」


 ゆっくりと、噛みしめるように、そして怒気を含めてラディーンが言葉を発した。


「この軍神とも謳われたラディーンが、油断し、よもや戦術において貴様らごときゴミに後れをとり――力ずくで地に足をつけさせられるとは……! 断じて、許すことはできぬ」


 先ほどの柔和な美男子ぶりはどこへやら、一滴の血も通わぬかのような酷薄な眼差しと引き歪んだ口元をさらし――。英雄は右手に握ったブレードを、罪人たちの中心にいるローブの女に向けた。


「そこの女、何やら妙な技を使うようだが……見たであろう。

この私の斬撃の前では、貴様らごときがいくら武器など手にしようが何百人寄ろうが同じ、紙人形同然に切り裂かれるのみ。

おとなしく木偶(デク)木偶(デク)らしく、華々しく血を噴き流して散るがいい。一人でも多くの血肉を、この刃に切り裂かせ、私を満足させよ」


 ――この男は明らかに、無抵抗の人間を殺して肉を刻み、血潮をみることに快楽を得るおぞましい殺人鬼であった。

 金や権力や栄光も理由にあったであろうが、おそらくは純粋に殺戮を楽しみたいがためにこの地位を引き受け、技の研鑽に励んだのであろう。

 これがダレン=ジョスパンの云った「己の理由」だった。また、先ほど討ち取られた元軍人はかつてこれを知る立場にいたのであろう。

 本能でこれを感じ取ったマルクの背筋を、嫌悪の怖気が走った。


 そして一連の出来事を目の当たりにした罪人たちに、目に見えて動揺が走っていた。

 一度はローブの女の鼓舞と技と戦術によって軍勢としての力を発揮しつつあった彼らが、一気に烏合の衆へと成り下がっていくのが分かった。

 徐々に起き上がり、集まり始めた兵達に、端の者から槍で、あるいは弓で仕留められていく。

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