第十四話 謁見【★挿絵有】
大歓迎のムードの中で、ミリディア候アイギスを乗せていると見られる馬車と、護衛する約1000の軍勢は、城門をくぐり、ついにドゥーマ市内へと足を踏み入れた。
「皇国!! 万歳!!」 「皇国!! 万歳!!」 「皇国!! 万歳!!」
完全に城門前広場に入ったところで――その異変は起きた。
突如、ノスティラス兵達が旗頭や身につけた紋章を引っ掴み、思い切り引き下げたのだ。
するとその下から現れたのは何と――。
ノスティラス皇国『皇帝』直轄直属軍であることを示す、紫色の錫杖の紋章、であった!
城壁外の軍勢も、一斉に旗印を翻した。
――騙していたのだ。
この軍は、ミリディア候アイギスの軍勢などではなく――。
正真正銘、ノスティラス皇帝、“紫電帝”ヘンリ=ドルマンⅠ世率いる正規軍だった!
呆気にとられ、静まり返るドゥーマ軍。
やがて騙されたことに気づいた兵士達は、怒声を上げてあるものは弓をつがえ、あるものは総大将が乗ると思しき馬車に向けて殺到した。
数百の兵士と無数の矢が迫った馬車の周囲に――。
突如、雷鳴が轟き、紫の巨大な稲妻が縦横無尽に走り、矢を焦がし、兵を焼き尽くした!
それは敵のドゥーマ兵に対してのみであり、馬車の周囲のノスティラス兵は何事もなかったかのように無傷だ。
そして馬車の扉がゆっくりと開いて姿を現したのは――。
紫の綺羅びやかな軍装に身を包み、流麗な長い金髪を高い位置で結わえ――厚塗りの白化粧と真紅の口紅は忘れない、極めて美しい「女性のような男性皇帝」ヘンリ=ドルマンⅠ世の姿だった。
装いこそ、美しいながらも何かの冗談のような見た目ではあるものの――。
その内面から溢れ出る圧倒的な高貴さ、そして見るものを震わせる剛毅なる威厳は本物であり、紛れもない真実の大国皇帝であることを如実に表していた。
そして、今しがた彼の身を護った紫の稲妻も――。
大陸最強の魔導士としても名高い、このヘンリ=ドルマン自身による超強力なる魔導であった。
その力は、一人で一個旅団を壊滅させるとも云われる。
彼は、トーンは高いながらも、威厳に満ち満ちた大声で、ドゥーマ兵に告げる。
「ドゥーマ軍、並びにドゥーマ市民!!!!! 聞くが良い!!!!!
我は、ノスティラス皇国皇帝、ヘンリ=ドルマンである!!!!!
お主らは我が皇国の裏切り者、ミリディア候アイギスと通じ、共に勝手にエストガレスに反乱を起こそうと目論んだ!!!!!
我らはこれを事前に察知し、すでにアイギスの身柄を拘束しておる!!!!! 我らはお主らにも制裁を下すべく、アイギスの軍勢と偽り、入城した!!!!!
すでに城門は開かれ、お主らに勝ち目はない!!!!!
なお申し伝えておくと、お主らの主君であるドゥーマ伯ライオネルも、我が手の者によりすでに拘束済みである!!!!! すぐに投降するが良い!!!!!
ノスティラス皇国への恭順を示しているお主らを、我は決して悪いようにはせぬ!!!!!」
その言葉に――観念したか、ドゥーマ兵3万が一斉に武器を放り捨て、ひざまずいた。
ヘンリ=ドルマンはふうっと一つ大きな息を吐くと、近くにいる側近二人に話しかけた。
「こんなところかしらね……。事前の話どおり、今後のここの事は貴殿に任せたわよ、レオン。
それともう一つ、今回の最大の功労者様にご挨拶しなきゃだから、その御仁を探してきてくれない? サッド」
サッドと呼ばれた、赤い髪を逆立てた荒々しく目つきの悪い若い騎士は、肩をすくめてヘンリ=ドルマンに言葉を返した。
「――どうやら、こちらから探しに行く必要はなさそうですぜ、陛下。
あの真っ直ぐ近づいてくる、俺より紅い髪の女が、そのお相手じゃないんですかい?」
ヘンリ=ドルマンがドゥーマ中央部に伸びる街路を見やると――。
サッドの言葉通り、一人の女が紅い髪をなびかせながら、こちらへ向ってくる。
ナユタ・フェレーインだ。
彼女は馬車の前数十m手前で止まり、片膝を深く着き、心臓に手を当て膝に着くまで頭を下げる、完璧なる最上の王宮儀礼でヘンリ=ドルマンに挨拶した。
「皇帝陛下に於かれましては、ご機嫌麗しゅう。
下賤の身で無礼にも拝謁奉るご無礼につき、ご容赦くださりますよう。
かような遠方、かような下賤の地までお越しを賜り、恐悦至極に存じまする。
不躾なる密書を上奏し、拙い計略を申し奉りましたご無礼は、いかようにも処罰賜りますよう」
これを聞いていたヘンリ=ドルマンは、貌をしかめて頭を振り、極めてくだけた口調でナユタに行云った。
「やめなさいよ、貴女らしくなさすぎて、寒イボが出そうなほど気持ち悪いわ。
どうせ今回は国家勲章ものの功績を上げたんだし、貴女と妾の仲だし、特別よ。
昔通りの調子で話しなさいな、ナユタ」
それを聞いたナユタは、ニッと笑いを浮かべて立ち上がり、何と尊大に胸をそびやかして話しだした。
「さすがはヘンリ=ドルマン師兄。相変わらず器がでかい。確かに堅苦しすぎて大変すぎますわあ。この方が楽で助かりますねえ」
これを見たもう一方の側近、レオンと呼ばれた中年の剛毅な騎士が気色ばんだが、ヘンリ=ドルマンは片手で制止した。
「一応紹介しておくわね。この女は、妾がアリストル大導師の弟子であった時分、妹弟子だった ナユタ・フェレーイン。今回の計略の仕掛け人よ。
ナユタ。この二人はカール・バルトロメウス元帥麾下、かの有名な“三角江の四騎士”の一員、レオン・ブリュンヒルドとサッド・エンゲルス。
ひとまず今回のことに最大限お礼を云わせて頂くわ。
見事というしかない計略だったわよ。情報の正確さ、タイミングの正確さ、あらゆる可能性の計算度合い。
前にも云ったけど、本当、今すぐにでも我が国の要職にほしい位の人材よ、貴女」
「そりゃどうも。お言葉だけ受け取っておきますよ。
ところで確認ですけど、ランダメリアのサタナエル勢力は同行しちゃあいないですよね?」
「貴女が書状で念押ししてたとおり、同行はお断りしたわよ。
どうしても付いてきたいようだったけどね。それはそうよね。あのレエテ・サタナエルが居る可能性が高いんですもの」
「感謝しますよ……おかげで、あいつもあたし達もアレ以上の脅威にさらされずに済みましたから」
「どういたしましてよ。ところで、今回の大功績の報奨が、こんなちっぽけなもので本当にいいの?」
云うと、一つの銅版レリーフの施された札をナユタに投げてよこす。
ナユタが受取り確認すると、それはノスティラス皇帝勅命の、大陸全国家への特例通行手形だった。
「結構ですよ……。というか、今のあたし達には一番ありがたい代物ですよ、こいつは。感謝します、師兄。
ところで、この後ドゥーマはどうするお積もりで?」
「そうね、まずはアイギスの奴を投獄して、次のミリディア統候になる者に、ダレン=ジョスパンへの絶縁状を書かせてやるわ。
あの爬虫類男、アイギスに送った秋波が功を奏さず、ドゥーマ伯を相手に選ばれ振られた挙句、今後ノスティラスに手出しできないとわかれば、吠え面かくわよ。それが楽しみでねえ」
「ダレン=ジョスパンは昔から嫌いでしたからね、師兄は」
「その後頃合いを見て、エストガレスにドゥーマの返還交渉を突きつけてみるわ。
まあ今回の反乱の意志が明るみに出た時点で、返還をお断りされる公算が大きいけど。
そうすれば晴れて、中原の6割を我がノスティラスのものにできる。長年の悲願が達成されるというわけよ」
「貌がニヤけてますよ、師兄」
「うるさいわよ。ところでナユタ、一つお願いがあってね。
妾はどうしても――レエテ・サタナエルに会ってみたいの。
何とか、ここへ連れてきてもらいたいのだけれど」
ナユタがそれに答えようとしたその時、その背後から高らかに声がかかった。
「それには及ばない。私はここにいる。ヘンリ=ドルマン陛下」
ハッとナユタが振り返ると、いつの間にか、レエテの姿がそこにあった。
「レエテ!!! 良かった……! あいつに勝ったんだね。ルーミスと、シエイエスも無事かい?」
ナユタがレエテの両肩を掴んで問うと、レエテはゆっくりと頷いた。
その身体には生々しい傷と大量の血の跡が残り、左脚にいたっては傷の再生中の様子がはっきりと見て取れる状態だったが――。
ヘンリ=ドルマンは、レエテの姿を上から下まで眩しい目で眺めた。
「なんと――美しく神々しい。まさしく“血の戦女神”ね。ちょっと妬けるわ。
その傷――本当に再生している。ほぼ不死身という噂は真実のようね。確かに、貴女達一族はこの大陸で希少なる得難い存在。貴女を組織が血眼になって殺しにかかるのもわかるわ。
今回のこと、貴女も功労者の一人という訳よね。
何か報奨を望むなら考えても良いけど、どう?」
レエテは真っ直ぐにヘンリ=ドルマンを見据え――口を開いた。
「それならばお言葉に甘えて。
陛下がご存知な限りでいいのだが……。このハルメニア大陸各都市に居る、サタナエル副将・将鬼の情報を教えていただきたい。
私は、故あってサタナエルの者全員をこの世から葬らなければならない。
特に……“将鬼”と呼ばれる者どもは」
ヘンリ=ドルマンは一度目を閉じ――。
再び目を開けると、答えた。
「……いいでしょう。妾が知ってる限りの情報を書き留めておくから、後でこのサッドから受け取って頂戴。
組織に対してリスクを負っても協力する訳はね……。妾にとっても一人、仇といえる女がサタナエル将鬼の中にいるからよ。そうでしょう、ナユタ?」
レエテがナユタを見やると――。
驚くべきことに、この飄々とした女性が見せたことのない、怨念を孕んだ憤怒の表情であったのだ。
「ええ……。レエテから聞いて知りましたが、今は“将鬼長”なんて大層な地位にふんぞり返っているようですよ、あの雌狐。
レエテ……云って無かったけど、あの女、フレア・イリーステスはあんたの仇であると同時に、師兄と私にとっての師、アリストル大導師を卑怯な手で殺した仇敵でもある……!」
「……!!」
「そう。そして、おそらく現在この大陸で最強の魔導士ということになるでしょうね」
「何をおっしゃるやら。大導師なき今、一番弟子のあなたが大陸最強でしょう、師兄?」
「妾は、実戦から離れて久しい。対して、フレアはサタナエルという超実戦組織の最前線に居る。この差は相当に大きいわよ、ナユタ。
まして当時三番手だった貴女が、二番手のフレアに勝つには今のままでは無理。さらなる実戦を積むことね」
「……でしょうね。肝に命じておきますよ」
「……何にせよ、妾は貴女達二人に会えて、今回の戦果以上に満足しているわ。
今後の貴女達の健闘を祈る。
何か困ったことがあったら、いつでも云って頂戴。できることは力になるわ」
その言葉を最後に、ヘンリ=ドルマンは全軍に進軍の指示を出し、城塞へ向けて兵を進めていった。
レエテとナユタは、それを見送りながら、次なる闘いを見据えていた。
心強い戦利品を得て。
*
ドゥーマへのノスティラス軍到着から、数時間後、中央広場庁舎裏手。
そこには、屋上から崩れた大量の瓦礫がうず高く、5m以上の高さに積み上がっていた。
その上部のごく一部に――変化が生じた。
ピシリッと一気に大きな亀裂が入ると、中から一本の炎をまとったボルトの先端が顔を出した。
――そして、一気に半径1mに渡って爆発した!
それによって生じた穴から――。
やおら一本の手が飛び出し、周囲の瓦礫をかき分け始める。
そして次第に大きくなった穴から――ボロボロの黒い帽子を冠った一人の女性が貌を出した。
「おおおおおお!!!」
怪力を振り絞り、右手に握った巨大クロスボウとともに全身を瓦礫から脱出させた!
そして膝をつき、ぜえ、ぜえと肺から息を振り絞る。
瓦礫の下敷きになり、死亡したと思われた、サタナエル統括副将、シェリーディア・ラウンデンフィルだった。
彼女は奇跡的に、落ちてきた巨大な瓦礫に身体を挟まれることなく、隙間に身体を埋めたまま気を失い、僅かな空気穴で呼吸を継続していた。
しかし時間が経ち、内部に充満した二酸化炭素により中毒になりかけた為目を覚まし、必死の力で脱出を果たしたのだった。
致命傷はないとはいえ、30mの高さから落下した打撲と骨折、何よりシエイエスに撃ち抜かれた左肩に強い痛みが走る。
落下の衝撃の中でも“魔熱風”は無事だったが、この場での戦闘の続行は不可能だった。
今、彼女に残された選択肢は二つ。
ここでサタナエルを裏切り、逃亡の人生を送るか。
今回の失態により死罪が待つと知りながら、報告のために「本拠」に戻るか。
しかし、彼女の心は、決まっていた。
「アタシは、サロメ様だけは裏切れねえ……。
このまま、『本拠』に、戻る……」
そうして、満身創痍の身体を引きずりながら、アトモフィス・クレーターへ向かう道を辿るのだった。