第十三話 再会【★挿絵有】
ついに、このドゥーマにおける最後にして最強の敵、統括副将シェリーディアとの激闘を制し勝利したレエテとルーミス。
レエテはルーミスの法力により止血を終え、自分自身の体内の神経毒を同じく法力で浄化している最中のルーミスに肩を貸し、建物から中央広場に降りた。
無数の死体が転がる広場の向こうから、左脚を引きずりながら歩み寄ってくる一つの人影。
“ドゥーマ伯”であった。
「ありがとう。あなたの弓の一矢がなければ、今頃私もルーミスも死んでいた。
助けてくれて感謝してる」
レエテが言葉をかけると、“ドゥーマ伯”は小さくかぶりを振った。
「いいや、礼をいうべきなのは俺の方だ。
お前の復讐心からすれば、あのまま敵を攻撃してしかるべきなのに――。
命を捨ててまでルーミスの命を優先してくれて、心から感謝している」
ルーミスは目を細めてこの男を見た。
先刻から妙に自分を気遣うこの男――。
この男の正体について、ある人物の可能性が頭をかすめ、それは徐々に大きくなっていたのだ。
「なあ、あんた。あんたの正体は、もしや――」
ルーミスが云いかけた時――。
男の身体に、驚異の異変が起きた!
その貌が、まるで沸騰する鍋の中身のようにボコ、ボコと波打ち変形し始め――。
それは身体にも及んだのだ。
レエテもルーミスも、驚愕に貌を歪め、思わず半歩後ずさりした。
そのうち、金髪であった髪は徐々に――色素が抜け落ちたように純白となった。
驚くべきことに、長さも目に見えて伸びている。
そして、身体は、先程までの痩せた老人のものから、瑞々しい張りをもった逞しい肉体に姿を変えた。
身長は若干だが縮んだようだ。
最後にその貌は――。
若々しい男のものに変わっていた。
眉目秀麗な眼差しと、通った鼻筋の、凛々しい美男子であった。
その面差しには――レエテは見覚えがあった。
隣りにいるこのルーミス、さらにもっと云えば、法王府で命を落としたアルベルト司教、と共通するものを明らかに感じさせる、よく似た顔立ちであったのだ。
「――ようやく、『変異魔導』を解くことができた。
そうだ、ルーミス。
俺は、シエイエス・フォルズ。お前の兄だ」
ついに、正体を明かした、男――シエイエス・フォルズ。
アルベルト司教の長男にして、ルーミスの兄。
サタナエルによる彼らの母親殺害を機に、11年前に法王府を出奔して以来行方知れずと云われていたが、実は密かにアルベルト司教とコンタクトを取り、彼らをサポートし、現在ルーミスの姉ブリューゲルを預かる男。
そしてレエテら一行がルーミスのために探し求めていた、目的の人物。
ルーミスは、大きく目を見開き、レエテから手を放して、ふらつきながらも自力でシエイエスに近づいていく。
ルーミスは3歳までしか、この兄と一緒に過ごしていない。
よく遊んでくれたおぼろげな記憶はあるが、いざ出会っても所詮他人同然にしか感じないだろうと思っていた。
しかし、いざ当人を目の前にすると――。
視覚での記憶だけではない。抱き上げてもらったときの感触、遊んでもらった野原の草葉の香り、自分を呼ぶ声――。
ありとあらゆる懐かしく暖かな感覚がよみがえり――。肉親としての愛情が湧き上がり――。
自然とルーミスの目に大粒の涙が溢れた。
「シエイエス……兄さん。兄さん……うう……うう」
ルーミスは、シエイエスの胸に貌をうずめ、泣きじゃくった。
シエイエスは、それをしっかりと抱きしめる。
「すまなかったな、ルーミス。
大事な時期に俺が家にいないことで、本当に、お前には苦労をかけてしまった。
けれども同時に、家を護ってくれたお前のことを誇りに思う。よくぞここまで強くなり、成長してくれた。
こうして再会できたからには、これから兄として充分埋め合わせをさせてほしい。この11年、俺が培ってきたものでな」
再会を喜ぶ二人を前に、レエテも感動がこみ上げて思わず涙ぐんだ。
それを手で拭い、ルーミスに声をかける。
「よかったね……。ルーミス。ようやく、お兄様、シエイエスに会えて。
あなたは法力で、自分の身体を治し、シエイエスの脚を治してあげて――その舞台下で休んでいて。積もる話もあるでしょうし。
私は――ナユタの後を追うわ」
それを聞き、シエイエスがレエテを呼び止める。
「レエテ・サタナエル。俺がお前達に正体を明かしていなかったのは、『敵を欺くにはまず味方から』の論理でナユタと謀ったからで、申し訳ないと思っている。
が、お前たちに明かしていない事実はもう一つあって――」
「分かっているわ。あのミリディア候の軍勢といわれているものの正体、でしょう?
前にナユタがしていた話から、なんとなくそれは想像がついている――。
だからこそ、私は会いに行くの。その相手に」
*
城塞都市ドゥーマ、正面城門。
100年もの長きに渡り敵襲に備え強化されたその城門は、生半可な城門槌ではビクともしない。
事実、幾度もの戦乱において、この城門が破られたことは歴史上ただの一度もない。
その城門が――兵士の手により内側からゆっくりと――開けられ、堀の上を渡る橋に姿を変えていった。
城門上の城壁や、城壁内部には、3万の規模をほこるドゥーマ兵が、この場所へ向ってくるある軍勢を見守っている。
それは――およそ5万に及ぶと思われる、ノスティラス皇国の大軍勢だった。
無数に上げられた旗印は、その軍がミリディア候アイギスの率いるものであると示している。
まさしく、5年前にこのドゥーマを包囲したカール・バルトロメウスの軍勢と同等の軍勢だ。
それを見て肝を冷やす兵も多かったが――。その内心、彼らの中にある「怨念」よりは「憧憬」のほうが勝っていたのだ。
死の寸前まで苦しめられはしたが彼らノスティラス軍の手際は鮮やかであり、その神速の行軍、戦術の多彩さ、激突時の勇猛さは見事の一言に尽きた。
自分たちもかくありたい――と思わせたものだ。
それゆえに強軍ノスティラスを破ったラディーンの勇名が轟いたわけであり、その崇敬は今も顕在ではある。
が、事実ラディーンが卑しい殺人鬼として大陸での名声を地に落とした今、ドゥーマ軍とドゥーマ市民の思いは、ノスティラス軍に向いていたのだ。
彼らは、ノスティラス皇国の一員となることを望んだのだ。
自分たちを蔑ろにする、腐りきったエストガレスに反旗を翻し、奴らに思い知らせる。
そのために、ミリディア候と謀り、有利な条件でノスティラス皇国領に入るため、そのまま反乱軍として南下し中原を制圧する。
これが、ドゥーマ伯ライオネルとドゥーマ軍、市民の目論見であった。
ノスティラス軍は、行軍を続け、どんどん距離を縮めてくる。
そして陣形が変わり、中央の――総大将の旗頭を掲げる一団が、突出して近づいてくる。
ミリディア候アイギスその人とその側近だ。
豪華絢爛なる中央の馬車に掲げられた旗印から、間違いない。
ドゥーマ軍から歓声が上がり、やがてシュプレヒコールへと変わっていく。
「皇国!! 万歳!!」 「皇国!! 万歳!!」 「皇国!! 万歳!!」




