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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第五章 ドゥーマ攻防戦
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第九話 決戦の処刑場(Ⅱ)~一万の憎悪の瞳【★挿絵有】

 レエテは、中央広場の西側街路――監獄方面より連行されてくるようだ。

 台に拘束された状態で直角に固定されたうえで、台車に乗せられ牽引されている。


 やってきた彼女の、その拘束の厳重度合いは目を見張るものだった。

 先刻の監獄地下牢での状態と同様、拷問台に何重ものオリハルコンの鎖で巻かれた上、両手両足、首に嵌められた枷からも鎖が伸びている。その鎖は、前後左右にそれぞれ一本あたり3人の屈強な男ががっちりと引いた状態を保持している。


 一般人が見れば女性一人を相手に、猛獣でも拘束しているかのように大袈裟で滑稽であり、一見理解できないであろう。

 しかしサタナエル一族の身体能力を知る者からすれば、至極当然の対策といえた。特に、両手結晶手はオリハルコンといえど破断しかねない硬度を持つこともあるため、手に対する拘束が特に厳重なのも、よく考えられている結果だ。


 レエテの姿が見えると――。

 観覧していた市民の様子が激変した!


「忌まわしい魔女め!! 呪われろ!!!」

 

「何が戦女神だ!! この血に飢えた悪魔め!!」


「我らが英雄を利用した、姑息な雌狐が!!」


「淫乱な売女が!!!」 「化物!!!」 「死ね!!! 地獄へ落ちろ!!!」 「首を落とせ!!!」


「殺せ!」 「殺せ!」 「殺せ!」 「殺せ!」 「殺せ!」


 ありとあらゆる、呪いの言葉、罵詈雑言が投げつけられ、「殺せ」のシュプレヒコールで広場が埋め尽くされる。

 足は踏み鳴らされ、一帯は戦場のような喧騒に包まれる。

 それだけでは飽き足らず、石やガラス片などが一斉にレエテに向けて投げつけられる。

 その一部が彼女の頭部や貌に直撃し、見る見る血に染まっていく。


 ルーミスは――愛する女性に対する、この集団による暴虐極まりない仕打ちに、衝撃と憤怒のあまり貌を歪め、血が出る程拳を握り締めて身体を震わせた。


「――こいつら……! 何てことをしやがる……!! 許せん……!!」


「落ち着きなよ、ルーミス。こうなることは想定の範囲内だろ。自分の仕事に集中しな」

 

 ルーミスを振り返り制止するナユタだが、その表情も険しかった。


(まあ正直、不愉快さは想定の範囲外だね……。

ここまですることはないだろうが!! 云いたいこと云いやがって……。

あんたらに、レエテの何が分かる、てんだ。

この、異様な憎しみ方。

多分、ラディーンへの敬愛の裏返し、というよりも――。

ラディーンの活躍でドゥーマの名声が上がり、感じられていた栄誉が、コロシアムの件で一気に地に落ちたことに対する逆恨みという感じだね。

人間、所詮は自分の都合でしか物を考えないってことだね……。)


 やがて台車が処刑台の下に到着し、兵士達数人に担がれてレエテの身体が拷問台ごと移動させられる。


 階段を登り、舞台に上がり――。

 ハーミアの聖印「|」と「X」の組み合わされた聖架の前、そしてラディーン像の正面に設置された斬首台の前に移動する。


 ここで、まずは首の枷が外され、四肢の鎖が厳重に四方の固定具に設置された。

 その上で、身体に巻き付いた鎖を一旦外し、拷問台を取り除いてから再び鎖を身体に巻き付ける。そして跪かせ、斬首台の上に首を置かせ、長い銀髪をめくり上げてうなじを露出させる。


 準備万端整ったところで――。

 広場に面した最も大きな建物――ドゥーマ庁舎の扉が開き、護衛の兵士に付き添われたこの都市の支配者、ドゥーマ伯ライオネル・グロープハルトが姿を現した。


 その不吉な影を背負う長身痩躯を、漆黒の儀礼用正装で覆い、首から背には――。

 決闘もしくは復讐の制裁に臨む者が身につけるとされる、真紅のマントが身につけられていた。


 ドゥーマ伯は、ゆっくりとした足取りで舞台の階段を登り、舞台の中央付近、銅像の前に建つ台の上に登った。


 そして市民を一瞥し、スッと右手を上げる。

 

 瞬時に――あれほどの喧騒の只中にあった市民が沈黙する。


 それを確認し、ドゥーマ伯が重々しく口を開き始める。


「親愛なる、ドゥーマ市民よ……。諸君の誇り高き心と、愛郷心にはいつも感謝している。

此度は、このように多くの民が我が英雄の為に集ってくれたこと、悦ばしく感謝の言葉も見つからぬ程だ。

忘れもせぬ。去る一月ほど前のことだ。

突然の早馬により、ワシのもとに衝撃的な報せがもたらされた。我が最愛の甥にして、諸君らの魂の英雄、ラディーン・ファーン・グロープハルトの訃報という報せが……な!」


 一度言葉を切り、市民を見渡すドゥーマ伯。

 見ると、何と涙ぐみ嗚咽をもらす老婦人や若者の姿がちらほらと見えた。


「ダリム公の生誕に因み開催された記念大会で、いつもどおりの戦果を上げようとしていたラディーンは、罪人の一人に紛れていたある一人の怪物と相対した。

ここに居る――憎きレエテ・サタナエルとだ!

その力を隠しラディーンを油断させ、他の罪人どもと協力の上卑怯にも彼の背後を取り!その首を怪しげな刃の手により斬り落としたのだ!!!

彼を殺したその目的は!! 己に大衆の目を向けさせ存在を大陸に、サタナエルなる組織に知らしめるため!!

そんな目的の為に! 5万の命を救い、一国の歴史的意義ある勝利をもたらした英雄の命を生贄にしたのだ!!!

これは、我らがドゥーマに対する、大胆な挑戦である!!! 我々はこの挑戦を受け、このとおり捕らえることに成功した!!

今ここに、この怪物レエテ・サタナエルの大いなる罪を断罪する!!!そしてその首をラディーンの剣の先に掲げよう!!!

この事実は、ローザンヌには知らせておらぬ!!! エストガレスの無知蒙昧、無能たる政府の者共に思い知らせよう!!!

我らドゥーマは、エストガレスを救った!! その上、大陸に災厄をもたらす怪物を屠る、歴史的偉業をも成し遂げたのだとな!!!

我々は前進する!!!!

我がドゥーマの栄光の為に!!!!! 我がドゥーマの栄光の為に!!!!!」


 ドゥーマ伯が絶叫し、右手拳を高々と上げると同時に――。


 ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!

 と、ドゥーマ市民の怒号が響きわたった。


 誰もが、正常な状態とは思われないほど、興奮し、熱狂し、駆り立てられている。

 危険なほど熱を帯び、不気味なほどに一つの方向に意識が揃い向けられた。


 そしてまた、シュプレヒコールが響きわたったのである。


「殺せ!」 「殺せ!」 「殺せ!」 「殺せ!」 「殺せ!」


 

 *


 その様子を、冷笑しつつ見守る一つの視線があった。


 場所は、庁舎の反対側の建物、地上30mほどの一室の窓際。


 架台にセットされた、重機のごとき重々しい装置で覆われた――“魔熱風(パズズ)”と名付けられた多機能クロスボウ。それをまさに射出できる姿勢で構え、片目で照準を覗く狙撃手(スナイパー)の女性。


 統括副将シェリーディアの姿がそこにあった。


「ハッ! よくもまあ、ご自分に都合のいい解釈でそこまでの名演説を仕上げたなあ、ドゥーマ伯。

詰まるところ、御託はどうであれ、自分らを評価しない祖国に対し見返してやりてえ、自分らのプライドを護りてえ、てことだろ?

その行動、アタシのよく知ってる女に、そっくりだな。

……あの(アマ)、どっかから同じように狙ってやがるのかな」


 気にはなったが、今は狙撃に集中するべき時。雑念を払い、再び照準を覗くシェリーディア。


「覚悟しろよ、レエテ・サタナエル……。処刑人が落とす前に、アタシの矢が、その素っ首を貫いてやる!!

頼んだぜ、“魔熱風(パズズ)”」


 

 *


 処刑台の方では、ついに刑が執行されようとしていた。


 処刑台の上に乗ったレエテの褐色の首に狙いを定めた、巨大なオリハルコン製の斧。


 執行する処刑人は、2mを大きく越える、筋骨隆々の大男だ。

 直撃すれば、細い枝のようにたやすくレエテの首を落とすだろう。

 そうなれば、彼女の半不死身の身体をもってしても、当然即死となる。


「殺せ!」 「殺せ!」 「殺せ!」 「殺せ!」 「殺せ!」


 シュプレヒコールの中、いよいよ斧が振り下ろされようとしたその時――。

 

 

「レエテ!!!!」


 絶叫とともに、舞台の上まで跳び上がり――ローブを脱ぎ捨て疾走するルーミス。

 その身体は、すでに自分の血破点を打ち、全身の筋肉が膨張し強化されていた。


 同時に、市民をかき分け階段から躍り上がる、ナユタ。

 素早くローブを脱ぎ捨てる。


挿絵(By みてみん)


 まずはルーミスが処刑人の元まで到達し――。

 跳躍し斧の柄を左手で掴んだ上で――。

 右腕の血破点に経穴導破法(ケイオン)を流し込む。


 一瞬で右肩が破壊され、腕が地に落ちる。


 

 そしてほぼ同時に――。レエテ・ナユタ・ルーミスを狙い合計「4」方向から襲い来る矢とボルト。

 ナユタが、レエテの前に立ちふさがり、すでに両の手に充填している業火を、身体を回転させながら一気に開放する!


赤雷輪廻(ノウンフェウル)!!」


 瞬間温度が数千度にも達する、直径3mにおよぶ恐るべき業火の輪がナユタとレエテを取り囲み展開する。

 これに、先行した1本のボルト、二本の弓矢が巻き込まれ、溶けあるいは灼き尽くされつつ軌道を変えた。


(……! しまった!! 一本だけタイミングが違いやがる!)


 明らかに、他の3本が放たれたのを見てから射出されたボルト――フェビアン・エストラダの放ったボルトだけは、すでにパワーのピークを過ぎたナユタの技では対応できない!

 それでいて、狙いは超精密で正確だ。

 1mmの狂いもなく、緊縛されたレエテの無防備なうなじを貫かんとする!



 ――その極わずか手前で――。

 ボルトは、大きな力で地に叩き落された!


 それは、一本の鞭の強力な打撃によるものだった。

 その黒い鋼線で編まれた鞭の持ち主を目で追ったルーミスは――。

 完全に我が目を疑った。


 何と、その鞭を振るい、レエテの危機を救ったのは――。

 他ならぬ、ドゥーマ伯ライオネル・グロープハルトだったからだ!


 それだけでは終わらなかった。

 ドゥーマ伯は、懐から鍵の束を取り出すと、レエテに駆け寄り、鎖・枷を解錠して外しながら、ナユタに向って云ったのだ。


「気をつけろ! ナユタ、第二波の狙撃が来る!」


「分かってるよ! 任せときな!」


「それと……ルーミス! 上がってくるぞ、敵が! まずは兵士を蹴散らしてスペースを作り、サタナエルを一人づつ相手取れ!」


 自分の名前を呼び、完全に仲間としてアドバイスを送ってくるドゥーマ伯。

 ルーミスは目を白黒させつつも、事実そのとおり舞台に上がってくる敵の群れを前に、迎撃するべく向っていった。


「あなたは……一体、何者なんだ……」

 

 呟きながら、渾身の腕撃を目前の兵士に打ち込むルーミス。

 3人まとめて吹っ飛んだのを確認すると、サタナエル兵員らしき男に目を付け、殺到していった。

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