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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第五章 ドゥーマ攻防戦
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第八話 決戦の処刑場(Ⅰ)~獅子身中の虫【★挿絵有】

 エストガレス王国領ドゥーマは、元々小さな農村であったものが、戦争の兵站拠点としての機能を人工的に与えられ形成された都市である。


 その面積は、都市化の前の20倍以上に増加し、その受け皿に元々の50倍もの人口を収容することとなった。

 現在5万人を超える市民は、戦乱の厳しい状況を生き抜く伝統を受け継いでいる。実際に戦場に出ることがなくとも、後方の役割を担う意識、皆兵意識の高い民なのだ。


 それゆえか、もう一つの伝統的意識が彼らにはある。それは、祖国であるエストガレス王国国王と政府に対する不満、である。


 中原という要衝を護り預かる拠点であるにも関わらず、自分たちには相応の待遇と名誉がない。

 国王、貴族、政府は、自らの利権と権謀術数に明け暮れ、ろくに国防方針も示さず、金も、兵も出し渋り、腐りきっている。

 自分たちはこれほど使命感に燃え戦い続けているのに、割に合わない危険を常に押し付けられている。

 そんな不満と彼らにとっての正義感が、数十年にわたり引き継がれているのだ。これは、市民たちだけでなく、軍属の兵士、将校、都市政府の首脳にも共通する意識だ。


 実際、5年前の戦乱は、そんな王国政府の無関心と無策により引き起こされた。当時、即位したばかりの敵国ノスティラス皇国新皇帝、「紫電帝」ヘンリ=ドルマンⅠ世は、手薄になっていたドゥーマ周辺の拠点や農村を次々に電撃的な制圧により占拠。周囲の流通を断ち、兵糧攻めを行い、ドゥーマ市民は餓死寸前の危機となったのだ。


 そんな状況を、彗星のごとく現れた一人の英雄が救った。

 ラディーン・ファーン・グロープハルトである。

 西部方面師団2万を率い、ノスティラス軍総司令官カール・バルトロメウス元帥率いる5万の兵を退けた。

 ――実際には、元帥であるラ=ファイエット付きの将官として参加していた、「狂公」ダレン=ジョスパンの入れ知恵と噂する者もいたが――。

 ラディーンのその戦におけるあまりに劇的な登場、戦術の強さ、その外見の美しさ、全てがドゥーマ市民の魂を掴んだのだ。


 戦後その偉業を讃え、彼の銅像が造られた。

 それは――かつての農村の中心部に建設された、中央広場に高々と鎮座している。前足を跳ね上げた馬にまたがり、長い髪をなびかせ、勇ましく剣を高く掲げたラディーンの姿。神話の一ページのような見事な銅像だ。



 この中央広場こそ――。


 もう間もなく行われる、「血の戦女神」レエテ・サタナエルの公開処刑の場、であった。

 すでに、百人以上の兵士が作業にあたり、処刑に使われる舞台、市民の立ち入りを制限する柵などが建てられていた。


 

 戦後、ダリム公国の剣闘士に転身した、ラディーン。

 それを、どこからともなく現れ、一刀のもとに斬殺した、人外の怪物、レエテ・サタナエル。

 英雄を自らの目的の贄にした、憎き仇敵だ。


 全てのドゥーマ市民が、早朝の兵士のお触れによって、この仇敵が捕らえられたことを知った。気の早い者は、すでに中央広場に陣取っている。

 ラディーンの銅像、その目の前で、レエテ・サタナエルの首が切り落とされること――。それを、ドゥーマ市民5万全てが、今か今かと待ち望んでいるのだ。

 


 *


 中央広場を臨む、高さ30mほどの石造りの建造物。

 都市政府機関の出張所であるその建物の、最上階の部屋の窓際に、一人の女性の姿があった。


 石で造られた窓枠に、クロスボウの架台を設置し、椅子に腰掛けて長大なクロスボウの整備を行っている。

 その黒光りする銃身の、内部機構の清掃。弓と弦の動作チェック。ウインドラス機構による弦巻き上げレバーの状態点検。可動部への給脂。

 非常に手慣れた、繊細で高度な技術だ。

 

 公開処刑が迫る中、来る使用本番に向け、職人顔負けの技術で熱心に道具を整備する――“投擲(スローン)”ギルド副将、フェビアン・エストラダの姿だった。


挿絵(By みてみん)


 彼女の目的は、二つあった。

 一つめは、処刑に合わせてレエテ・サタナエルの息の根を自分の矢によって止め、サタナエル組織内に自分の実力を認めさせること。

 二つめは、おそらく同じ標的を狙い、いずれかの建物に身を潜めているであろう統括副将、シェリーディア・ラウンデンフィルの位置を特定し、その眉間に矢を突き立て命を奪うこと。



 フェビアンは、自分の実力であれば、“将鬼”の座を得るのが当然だと思っている。

 その彼女にとって、まずシェリーディアは自分の組織内の評価を貶める張本人であり、加えて彼女の性格、行動、粗野な割には部下の人望が厚い人気ぶりも含め、全てが許しがたい存在であった。


 もともと彼女ら二人は――同郷同年の幼馴染だった。


 ともに同じエストガレスの小さな山村で生まれ育った。

 当時から大人しく、一人で黙々と何かをする性質だったフェビアンを、明るく人気者のシェリーディアが気にかけてやるという関係だった。

 彼女らの家はともに貧しく、フェビアンは病気がちな母と二人暮らし、シェリーディアは家族を支配する暴虐的な父親から日常的に虐待を受けるという、惨めな環境同士であった。


 ある夜、偶然にも彼女らの大きな出来事が重なった。

 フェビアンはついに母親が病により命を落とし、シェリーディアは自分を折檻監禁しついには陵辱しようとした父親を刺した。


 そして家を飛び出した彼女らは偶然出会い――。互いの出来事を話し合い、ともに故郷から逃げることを選択した。

 当時13歳だった彼女らには、極めて過酷な旅路だったが――。1年をかけて数百キロを旅し、アトモフィス・クレーターへの隧道トンネル付近に辿り着いた。


 サタナエルの存在など知らなかった。ただ、大陸の最果てまで逃げたかったのだ。


 しかしそこで――任務から「本拠」へ帰還しようとしていた組織の女性、当時副将のサロメ・ドマーニュと出会った。

 境遇を聞いたサロメは、彼女ら二人を兵員候補として組織に推挙してくれ、許可されると、クロスボウを中心とした戦闘術を叩き込んでくれた。

 二人はメキメキと実力をつけ、数年後、“投擲スローン”ギルド兵員となった。


 しかしこの頃から――彼女ら二人の間に、考え方・生き方の違いと、溝が生まれ始めた。


 狙撃手スナイパーとしての純度の高い技術をひたすら磨き、それ以外は不要なものと切り捨てるフェビアン。

 強くなる為には取り入れられる技術は何でも取り入れ、組織、チームの中での役割や成功を重視するシェリーディア。


 その姿勢は戦い以外の行動でも如実に現れ――。孤立し一人で標的を仕留め続けるフェビアンと、仲間との連携で戦果を上げていくシェリーディアの対比は徐々に大きくなり、同時にかつてあった友情や連帯感はほぼ無くなっていった。

 最初はそれでもフェビアンを気にかけようとしていたシェリーディアも、フェビアンの剥き出しの敵意に数え切れず接するうち、憎しみを抱くようになっていった。


 やがて彼女らが22歳となった年、サロメが“将鬼”になると同時に互いに副将に昇格したものの、すぐにシェリーディアの方がドゥーマ統括に抜擢されたことで、亀裂・敵対関係は決定的となった。


 自分の方が絶対的に優れていると信じて疑わないフェビアン。邪道なる手段で成り上がったと彼女が考えるシェリーディアに対しての殺意は、揺るぎないものになっていた。


(どこにいる。

どの建物や物陰にいようと、レエテ・サタナエルを狙った弾道から貴様の位置を特定する。

私は貴様を殺す。シェリーディア。

私の人生において最も邪魔な存在。

流れ矢に見せかけてこの機に、私と貴様の因縁に終止符を打ってやろう)



 *


 ついに――時刻は処刑の予定時刻となる13時の数分前となった。

 

 もう、中央広場前は押しかけた老若男女数千人以上の群衆でごった返し、押し合い圧し合いしている状態だった。

 少しでも処刑の見える位置を争い、群衆同士が殺気立っていた。地上だけではない。周辺の高い建物の上によじ登り観覧しようとする者も多数いた。


 中央広場は半径100mほどの円形。

 それをぐるりと取り囲むように建造された建物は、ほぼ隙間なくびっしりと林立しており、まるである種の城壁のようにそびえ立っている。観覧にはうってつけなのだ。


 

 その地上にひしめき合う群衆の中に――。

 暗灰色のフード付きローブで全身をすっぽり覆う2人組の姿があった。

 

 身長はいずれも160cm前後。傍目には男性なのか女性なのか分からないが、胸にハーミアの経文入りアミュレットを付けており――。

 この大陸では珍しくはない、ハーミア教聖地巡礼者と思われる体であった。

 しかし、フードの中から時折覗く鋭い眼光、とくに一方の者のフードよりはみ出る真紅の髪が――。この者達の正体を如実に物語っていた。


 もう一方の若干背が低い方の者が、貌を近づけて囁く。


「――ナユタ。地上の方で確認できるのは、とりあえず4人、だ。

たぶん全員、“斧槌(ハンマフェル)”ギルドだな。一番処刑台に近い、戦槌を持ってる男が取り仕切っていると見て間違いない。

そっちはどうだ?」


 その少年――ルーミス・サリナスの報告を受けたナユタ・フェレーインは、返事をする。


「ああ、建物の窓やら隙間やらから狙いを定めてるのはあたしが確認できた限り、弓で狙ってる奴が二人だけだ。地上からじゃ確認には限界がある。本当はもっと居るはずだから、あとは打たれてから防ぐ、以外には方法はないね。

まあ、どっちにしろ矢が相手の方は、基本的にあたしに全部任せといてくれ。あんたは地上の敵のほうを全面的に頼む」


「わかった……。だがナユタ。何度も云うようだが、オレたちは圧倒的に不利だ。

もっと遠慮無く云えば、勝ち目はないと云っていい。

レエテは緊縛されて動けず、ランスロットはここへ来れない。2人対、少なくとも8人以上の戦。兵士も含めればもっと、しかも複数の副将がいるだろう絶望的な状況。

秘策として一つ、聞いてはいるが……。どうもそれだけでは、決め手に欠けるとしか思えないんだが……」


「おおっと、そう云われるのは傷つくねえ。もうちょっとあたしを信用しておくれよ。ルーミス。

秘策は、敢えて話してなかったが実はもう一つある。

それは処刑が始まると同時に明らかになるだろうよ」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、言葉を返すナユタ。


 それを見て――。この軽薄な見た目や話し方からは想像もつかない、戦略戦術家で戦上手である女性の絶対的な自信を感じ取ったルーミスは、根拠はないものの少し安堵した。


 そして遂に時刻は――処刑の定刻を迎える。


 通路の奥側からドッと民衆が沸き始めるのを聞いて、ナユタが貌を強張らせる。


「来るよ! いよいよだ……レエテが連行されてくる。心の準備はいいかい? ルーミス」


 同じく顔を強張らせるルーミス。

 返事の代わりに、頬から冷や汗を伝わらせて身震いするのだった。

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