第七話 ドゥーマへの連行【★挿絵有】
ドゥーマ北部森林地帯における激戦は、組織サタナエル側の勝利、レエテの敗北に終わった。
実質指揮を取っていた副将ガリアンの戦死を受け、レイドがドゥーマ大隊長・兵士に指示し事態の収拾に当たった。まずはレエテが回復して動き出さないよう、用意していたオリハルコン製の枷と鎖で厳重に身体を緊縛したのだった。その上で、担架に乗せ、市民の目に触れることのないように布で覆って移送を始める。
次いで、ガリアンの遺体とメイスを同じく担架に乗せて回収し、丁重に葬儀に回すよう指示した。
それを終えると、レイドは百人余りのドゥーマ兵士を伴い、さらなる奥深くにある野営地へと到着した。
レエテ一行が張っていた野営は片付けられておらず、生活の環境が手付かずのまま残されていた。
前情報によれば――レエテの仲間にはあと、紅い髪の女魔導士と“背教者”の少年の二人がいるはずだ。が、この二人はここ数週間日中専らドゥーマ市内へ出張っているとの前情報があったとおり、姿はどこにも見当たらない。
状況からすると、留守を預かったレエテとランスロットが、近づいてくる敵の気配を感じ取り迎撃したものと思われた。
「さあて……どうかな? レエテ。お前の仲間どもは、お前を助けに現れるかな?
シェリーディアは『あの女』を除く在ドゥーマの“投擲”ギルドの狙撃手全員と、俺ら“斧槌”ギルドの総力を結集するつもりらしいが……。
俺も、無事お前の『死刑執行』が執り行われるよう見守っててやるよ。元教官として、な」
レイドは担いだ戦槌でポンポン、と肩を叩きながら不敵な笑みを浮かべて調査の終了を告げ、兵士達とともにドゥーマへ引き揚げていった。
*
その後――正午前、ドゥーマ市内。
市をぐるりと取り囲む50mもの城壁の、アンドロマリウス連峰最西端の山ハイラクス山を背に立つドゥーマ城塞。
これに併設する、ドゥーマ監獄内の、地下牢。
主に政治犯など、他の囚人と同居させられない上に苛烈な拷問などを必要とする、特別な囚人向けに設置された堅牢極まりない区画である。
その拷問部屋と思しき一室。
窓一つ無い、灯された燭台のロウソクの火のみの薄暗い部屋に、赤黒く変色した数々の拷問器具が台に並べられている。
洗った血などを流すであろう排水口や床からは、鼻を付く血の臭いと腐臭が漂う。
外の市井とは隔絶され、音一つない空間だ。
その中央にある、鋼鉄製の拷問台の上に、レエテの姿はあった。
血の染み付いた戦闘服やブーツは、特に隠し武器も無いことから、脱がされもせずそのままであった。身体には、相変わらず鈍く銀色に輝くオリハルコン製の鎖が何重にも巻かれ、その上で手・脚・首にそれぞれ枷が嵌められていた。枷の鎖は、壁の柱に固定されている。
すでにあの森林地帯での戦闘から半日が過ぎ、彼女の身体の傷も、完全に回復しているようだった。ひしゃげた左肋骨より下の胴も、陥没し欠損していた頭蓋と左脳と左目、ボルトで撃ち抜かれた右脳と右目も。
その上で、口にはオリハルコン製の猿轡がはめられ、つたった涎が地に落ちている。
すでに意識はあり、目は油断なく周囲を見回しているようだった。
現在のところ、見張りはドゥーマの刑吏らしき二人のみ。
そこへ――。
古びた蝶番が軋む音を立てながら、ドアを開けて入室する一人の女性。
トレードマークの黒い帽子の端を指で上げ、邪悪な笑みを投げかけるシェリーディアの姿がそこにあった。
「やあ、レエテ・サタナエル。大陸一の有名人に会えて嬉しいぜ。
アタシは、ドゥーマ拠点、サタナエル“投擲”ギルド統括副将、シェリーディア・ラウンデンフィル。
アンタと話がしたくてねえ……ちょっとお邪魔しに来たのさ。
おい、刑吏共。ちょっとその猿轡を外してくれるかい?」
すると、両側にいた刑吏が、錠前を外し、レエテの口から猿轡を引き剥がす。口を開かされていた為、大量の涎が糸を引き顎に滴り落ちる。
「やれやれ、可愛げないアクセサリーを外してやったってのに……。美人が台無しじゃねえか。
それにしてもまあ……実際に見るのは初めてだけど、本当にゴキブリ以上の生命力だな、アンタらサタナエル一族は。
ここへ来たときには、ほとんど死体で、頭なんて左半分無かったんだぜ? それがどうよ。今じゃ完全に無傷、体ごと取っ替えちまったみたいだ。ずっと見張らせてたアタシの部下の女も怯えちまって、大変なもんだったよ。
……まあムダ話はそんな所にしとくか」
シェリーディアは、近くにあった椅子を引き寄せ前後を逆にし、背もたれに手と顎をよりかからせる姿勢をとった。
近づいてくると、この血生臭い場所に似つかわしくない、清涼な香水の香りが鼻をくすぐる。
「まずは、ウチの貴重な手練を一人、よくも殺ってくれたねえ……。
いや、正当な闘いの結果だ。アンタをそこまで責める気はねえが、あいつ、ガリアン副将はいい奴だったんで一言云いたかっただけさ。
……最後にちょっかい出してきたってクズ女のことは知らん。ガリアン副将が命がけで確保してくれたアンタの身柄、ムダにするわけにいかねえ、てのは分かるよなあ?」
ここでレエテが、口を開きボソリと言葉を発した。
「ああ、彼は敵ながら、尊敬に値する戦闘者だった。
差は紙一重だった……。殺したことは気に咎めないが、彼と戦えたことは光栄だったと思う」
それを聞き、シェリーディアの貌に無邪気な笑いが広がった。
「おお! 喋ってくれたじゃねえか。嬉しいねえ。
それに、敵であるあいつをそう思ってくれたことにも礼を云っとこう。
でまあ話を戻すと、捕らえたアンタを今すぐにでも殺したいのが、アタシたち組織の考えなのはわかってるよな?」
「……ああ」
「今それをしない理由は三つ。
一つめは、ドゥーマ伯が甥のラディーンの仇として、同じく恨みを持つ市民の前でアンタを公開処刑したいから生かしとけって依頼があったこと。
二つめは、それに乗じ、反逆者のアンタがサタナエルの力で捕らえられ処刑されたって事実を通じた大陸全土への見せしめの為。アンタのお陰でウチの存在が大陸に知れ渡り、権威が失墜してきてるんでねえ。
三つめは、不穏分子になるかもしれないアンタの仲間を、処刑場におびきよせることで一網打尽にするため」
「……!!」
「おっ、顔色が変わったじゃねえか。いいねえ。
そういうことだ。アンタも大人しく処刑されてやる気はねえだろうけど、もしその場でアンタが逃げるようなことがあっても、あぶり出されたお仲間は命を落とす、てことさ。
因みにそのために、アタシを含めた狙撃手が3人、“斧槌”所属の兵員4人が、処刑場でアンタ達に標的を定めてるから忘れねえようにな」
「お前……!」
「おお、怖いねえ。そういうことで、アンタらが何をしようがムダ、て云いたかったのさ。
まあアタシがここまで教えてやるのは、少しアンタにシンパシーを感じてるからってのもあるけどなあ」
シェリーディアが貌を少し前に突き出して続ける。
「アンタはあのジャングルで組織に原始的で危険な生活を強要され――あの深淵を通じて外の自由な世界に脱出した。
同じように、アタシはエストガレスの小さな山村で、暴虐的な父親に支配されて餓死寸前の生活を送ってたところから――。脱出し、子供の身でエスカリオテを抜け、数百キロの彼方のアトモフィス・クレーターに自力で辿り着いた。
そして組織に入り、地獄のような訓練と実戦を突破し――。今の自由の身があるってわけさ」
「……」
「処刑は、あと2時間後だ。悔いのねえよう、自分の行いを振り返るなり、ハーミアに祈るなりしとけや。何か、最後に云いてえことはあるか?」
レエテは一瞬の沈黙の後、低く、低く呟くように云った。
「一つある。『サロメ・ドマーニュ』は、今も元気か?」
その名を聞き、シェリーディアの表情が凍りつく。
目を剥いて、レエテに詰め寄る。
「なぜその名を知ってる……! そうか、マイエ・サタナエルを通じてか!?」
「“将鬼”の名は、一人残らず忘れるものか……。
その様子なら、元気なようだな。
なら伝えておけ。“投擲”ギルド“将鬼”サロメ・ドマーニュ、お前は私の家族をその手で殺した。絶対に、許さない。
私は、必ずこの手でお前の首を切り落としに行く、とな」
シェリーディアは、血相を変えてレエテの頬を平手で思い切り打った。
舌を噛んだか、微量の血がその口から流れ落ち、大量の涎と混ざる。
「調子に乗るんじゃねえ……この家畜風情が!
サロメ様は、アタシの恩人だ。戯言でもふざけたこたぁ云わせねえ!」
「ほう、お前はサロメの弟子なのか?
ではお前を殺して、奴に私と同じ思いを味あわせてやろうか――」
その言葉は、シェリーディアのさらなる殴打で途切れた。
拷問器具のスパイクロッドを手に取り、その頭を思い切り殴ったのだ。
レエテの貌半分が、血で赤く染まるのを見て、
ぜえ、ぜえと息を荒げながらスパイクロッドを放り捨てるシェリーディア。
「……刑吏共、もう一度猿轡を嵌めておけ。
ようくわかった。アンタは直々にアタシの矢で仕留めてやらあ、レエテ・サタナエル。覚悟しとけ! 二度とその口開けねえようにしてやる!」
荒々しく床を踏み鳴らして去るシェリーディアの背中を、じっと見詰め続けるレエテ。
(とりあえず、一人分の矢は私の方に引きつけた……。
ナユタ、ルーミス……。どうか、気をつけて。絶対に、死なないで……)
再びオリハルコンの猿轡を嵌められながら、レエテは大切な仲間の無事に、思いを巡らせていた。




