第五話 気高き戦闘者と――地獄よりの復讐者
レエテ・サタナエルと“斧槌”ギルド副将ガリアン・オクタビアは、遂に一対一で相対した。
175cmの女性と、2mに届きそうな体躯の大男。
その身長差は30cm弱、体重差は100Kg弱。
武器と体格によるリーチ差は、1m20cm以上。
数値の上では比較にもならない格差だ。
が、そこに表れないサタナエル一族の持つ先天的肉体は、充分にそれを補って余りある。
腕力はレエテが上、武器を含めた破壊力はガリアンが上。
移動スピード・跳躍力はレエテが上、攻撃の先端スピードはガリアンが上。
そして戦闘経験とセンスといった技術面は、ガリアンが圧倒。
が、攻撃を受けて即死に至る急所は、レエテは頸部と心臓のたった二つであり圧倒的有利。
総合的に互角に近い両者が、残る精神面で如何に優位に立つかは、一つの重要な要素だ。
その先手を打ったのは――ガリアンであった。
彼は低く厳かな口調で、レエテに話しかける。
「レエテ・サタナエル。俺は“斧槌”ギルド副将ガリアン・オクタビアという。
幸か不幸か、レイドと違い俺と貴様は、過去『本拠』の訓練ですら出会うことがなかった。だが――俺は、マイエ・サタナエルとは、訓練において相まみえている」
マイエ――その名に激しく反応し、目を剥いてガリアンを睨みつけるレエテ。
構わず、ガリアンが続ける。
「8年前のことだった、と記憶している。
貴様は子供ながらすでにコミュニティにいたのだろうな。そのときすでにマイエはサタナエルの誰一人、太刀打ちのできない最強の存在だった。先代“魔人”でさえも奴を恐れ、宮殿からジャングルへ出ようとはしなかった。
そんな中、俺は他のサタナエル暗殺者20名余りと、訓練として奴に対峙した」
レエテは、しばし動きを止め、ガリアンの話に聞き入った。
視線を彷徨わせながら、戦闘中であるにも関わらず、敵の話の先が気になる。
「忘れもしない。貴様らのアジトに迫った我々を、ジャングルの途上で迎え撃つべくマイエは単身現れた。
こちらには、我々副将もいれば、将鬼も一人いた。兵員も含め、ほぼ同時に襲いかかったと記憶している。
――が、次の瞬間、奴の伸びた腕の先にある結晶手が、ほんの目の前にまで迫り――。
俺は一時、意識を失った。
そして次に目覚めたとき、傷つき地に伏した俺が目にしたのは、俺以外の全ての連中が血と肉塊に変わった様と、背を向け無傷でその場を後にするマイエの姿だった」
「……」
「その時俺の中に湧き上がったのは、仲間を殺られたことへの怒りでも、殺されかかった恐怖でもなかった。
ひたすら、その天の高みにあるかのような強さに対する憧れと、純粋なる崇敬の念だった。
当時から仲間の中には、淫らな邪念でマイエとの闘いを志すものが多く居たが、俺はそれを嫌悪した。
いつか再戦をと望み、鍛錬に励んだものの――。残念ながら、俺は『本拠』外への配置を命ぜられたまま戻って来られず――。
マイエは現“魔人”ヴェルの手にかかり、死んだと聞いた。よって、レエテ・サタナエル。マイエより教えを受けた弟子である貴様を斃すことで、俺はその無念を晴らす。
――どうだ? さっき俺が不意を打った打撃の傷は、少しは回復したか? ならば構えろ。可能な限り万全な貴様を、俺は斃す」
そして、二本のメイスを油断なく構えるガリアン。
レエテは今や、先程までのような「怒り」ではない、「戸惑い」による動揺に襲われていた。
分かっている。相手は老獪な戦闘者だ。怒りを誘う言葉で充分に動揺させられないと見るや、真逆の言葉で揺さぶりをかける、戦法としての目的もあろう。
しかし――そうではあっても、同時に伝わっていた。彼の話には一切嘘偽りはなく、また語るその心情も、本心からであるということが。
敵ながら戦闘者としての気高い心を持ち、対等の条件を望む潔さ。同じ求道者でもトム・ジオットとは違い、優れた敵を尊敬できる謙虚さ。そして曲がりなりにも自分と同じく、マイエを崇敬する存在。
このような相手に対し、闘う動機、殺意が減退していくのをまざまざと感じていたのだ。
「どうした? 腑抜けたか? 来ぬならば――俺から行くぞ!!!」
ガリアンが掛け声とともに、右のメイスを振り上げつつ一気に踏み込んだ!
鮮やかな軌跡を描きながら、振り下ろされる鉄塊。
それはレエテの手前の――地面を強烈に叩き――土、砂、小石、枯葉を爆発的に吹き上げた。
一瞬視界を遮られたレエテの手前で、感じる横方向の鋭い空気の動き。
読んだレエテが右結晶手を構えた先に、打ち掛けるガリアンの左メイスの強打!
ガァンッ!! という強烈な打撃音とともに、レエテの身体が左方向に吹き飛ばされスライドする。
レエテは、その勢いで傾いた上体のエネルギーを使用し、腰を中心に上半身を回転させる。
その回転力を駆使した、鋭い上段回し蹴りを放つ。
頭部にヒットすれば、ガリアンを即死に追い込める攻撃であったが――。
読まれていた。
なんと戻した両のメイスを十字に交差した部分で脚を受け止め、そのまま強烈なひねりを加えてレエテの身体を中空に持ち上げる!
そのまま身体を曲げ、背面に脳天から、受け身を取る間も与えずレエテを投げ落とす。
普通の人間なら下手をすれば頭蓋・頚椎・脊髄を損傷し即死の攻撃であるが、サタナエル一族の鋼の肉体によって強烈な脳震盪を起こすダメージで済んだ。
「どうした!! 俺は貴様の精神の揺さぶり、視界の遮蔽、物理的隙を突いた攻撃、持てるあらゆる手段を用いて闘っている。全力だ。
貴様はもうその程度で腑抜け、手心を加え、俺を侮辱するか。それでも復讐に身を投じているつもりか。マイエの遺志を継ぐものとして、恥とは思わんのか!!」
本来ならば敵にかける言葉ではないが、レエテの不甲斐なさに、ガリアンの口をついて出た。
胸にズキリ、と響いた。
追放され、自分をかばってトロール・ロードに喰い殺されたアリア。将鬼5名の手にかかり命を落としたアラネア、ターニア、ドミノ、ビューネイ。“魔人”ヴェルの前に敗北し、自分に逃げる決断をさせる為に自ら命を絶ったマイエ。
愛する人の無念が、生きられた筈の尊い命の怨念が、自分の中に息づいている。
それは目の前の薄甘い感情などで見失い、忘れて良いようなちっぽけな物ではないのだ。
燃やせ。
怨念の業火で、私の体内を燃やしつくせ。
焦がされても構いはしない。
殺せ。
相手が、どんな人間であろうが、あいつらと同じく人を殺めて来たサタナエルの一人だ。
それだけで、万死に値する。
この男を仕留める。そして。
まず私をビューネイを、そしてアリアを虐待した上、あの谷から罵声とともに突き落としてくれた、憎んでも憎みきれない悪魔を、この手で殺し復讐の一つを遂げる。
その改めて燃え盛る黒い怨念の炎――憎悪の波動は、ぐらついていた脳を一気に覚醒させた!
その眼光は、すでに人間のものというより、剥き出しの純粋なる殺意で満たされた、獣のものだ。
その射殺されそうな目に、満足の武者震いを覚えるガリアン。
レエテの攻撃は――直ぐに始まった!
まず猛獣のように身を低く、低くかがめて力を蓄えに蓄え――。
一気に開放し跳び出す!
左の爪先、脹ら脛。太腿から腰。腰から背筋。背筋から左腕に伝えた強力極まりないバネを、左結晶手に集約させ襲いかかる。
その速さ、圧力に気圧され、半歩下がるガリアン。
防御は間に合い、右手のメイスで攻撃を受ける。
が、何という威力か。
受けたメイスが弾かれてガリアンの右胸にめり込み、強烈な打撲傷を与える。
「ぐうっ……」
痛みに身体を丸める間もなく、眼下に着地したレエテが、下半身のバネを使い今度は右手での攻撃を仕掛ける。
先程の攻撃を上回るかもしれないスピードとパワーの一撃。
ガリアンも流石の反応を見せ、左メイスを攻撃に合わせるも――軸がずれた上攻撃を止めきれず、左腿を斬られた!
血飛沫が噴き出し、たまらず数歩後方に下がるガリアン。
先程と同一の相手とは思えぬ力量を発揮するレエテ。
おそらくこの女性がその甘いともいえる優しい性格によって、闘争本能と身体にかけていたリミッターは想像以上のものだったのだ。
10ヶ月もの間逃亡を続け鍛錬もできなかったブランク、元々の戦闘経験不足は解消していない。が、復讐という名の闘争心で心を塗りつくした今、その不利を補って余りあるかつて以上の力を一時発揮しているのだ。
ガリアンは痛みを堪えて口許に笑みを浮かべ、両のメイスを構え直した。
まだ、迎撃を得意とし、必殺の一撃をもつ彼には充分に勝機があるのだ。
「面白い……。
獣となった貴様の強さ、とくと体感した。
これを打ち破ってこそ、俺の積年の思いも晴らされるというもの。
行くぞ……勝負はまだ、これからだ!」