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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第五章 ドゥーマ攻防戦
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第四話 旧き仇敵【★挿絵有】

 ドゥーマ内部、サタナエルのアジトにおける密談より数時間後――。


 すでに空は白み始め、朝靄の中に鳥の囀りが木霊する、目覚めの時間帯。


 ドゥーマ北部に位置する森林地帯において、その澄んだ爽やかな空気を引き裂くような、大人数の――兵士の行軍が行われていた。

 極力、音を忍ばせながら樹々の間を進むその兵士の数は、数百人ほど。

 優美なデザインの軽装鎧は、エストガレス軍正規のものであり、主に辺境警備やレンジャー部隊に支給される機動性と静粛性に優れたものだ。

 すでに長剣を抜き放った上に小型の盾を装備し、臨戦態勢の構えのまま、隊列を作り行軍していく。


 ――と、ここで――。

 突然兵士たちの行軍がピタリと停止した。


 各分隊長が手を上げ停止の合図を出したのだ。

 そしてさらに前方で手を上げ、彼ら分隊長に指示を出した大隊長。


 大隊長の隣には、二人の男が随行していた。

 いずれも、歴戦の強者と呼ぶにふさわしい、屈強な男たちだった。


 一人は、数時間前、サタナエルのアジトでシェリーディア統括副将の司令を受けたばかりの、“斧槌(ハンマフェル)”ギルト兵員、レイド・ドノヴァン。


 そして今一人は――。彼よりも頭一つ高い、大男だった。

 全身を、青みがかった重装鎧で覆っている。その下は筋肉の塊であろうことが窺い知れる、ゴツゴツとしたシルエットの肉体。

 頭髪は黒のオールバックで、目庇(まびさし)も鼻も大きく張り出した強面であり、口許はこわい髭で覆われている。年齢は40代半ばか。 

 何よりも彼を象徴しているのは、両の腰に下げられた二本のメイスだった。

 八角形の円柱状の太い棒形状を成しており、長さはそれぞれ80cmほど、直径15cmほど。

 鍛え抜かれた鋼鉄が芯まで詰まっていると見え、一本の重さは重量50kgを超えると推測できる。

 一振りで、大木をへし折る代物であろう。


「大隊長。ここより先は我々二人で行く。

仮に逃亡しようとするものが居れば、即座に捕らえよ。特に、わかっていると思うが……レエテ・サタナエルだけは逃がすことまかりならぬ。

レイド。行くぞ、お前が先導しろ」


 低く、威厳あるこの男の言葉を聞いて、レイドは肩をすくめて歩みを進めた。


「承知……。このレイドなら、奴の『目の敵』になって囮の役目を果たせるかもしれませんからね。フォローはよろしくお願いしますよ、ガリアン副将」


 男――“斧槌(ハンマフェル)”副将ガリアン・オクタビアは、ふん、と鼻を一つ鳴らして早く行けとレイドを促す。


「頼んだぞ……。伯爵たっての希望で、可能な限り生きたまま捕らえることになっているのでな。

相手の頭に血が上っていてくれた方が、仕事がやりやすくなる。

仮に失敗したときの……我らが『じゃじゃ馬姫』殿の反応を想像すると、憂鬱極まりないからな。

俺も舐めてかかるつもりはないが、慎重にな」


 彼ら二人は同じ一人の女上官の顔を思い浮かべ、苦笑しながら歩みを進めた。


 

 しばらくすると、道が樹々に覆い隠され、途切れていた。


 生い茂った枝や葉をどかして道を作ろうと、レイドが手を伸ばした瞬間――。


「レイド!!! 上だ!!!」


 ガリアンが叫び声とともに、右のメイスを瞬時に取り出し、飛び上がる。


 その警告どおり、上空から襲いかかる一つの影に対し、メイスを振り上げ――。

 それは、敵の刃物らしき武器と衝突し、高らかな金属音を放った!


 奇襲を跳ね返された影は、鮮やかな身のこなしで着地し、油断なく二人に対し構えを取った。


挿絵(By みてみん)


 銀の髪をなびかせ、両の手に結晶手を出現したレエテ・サタナエル、であった。

 新調した戦闘服に身を包んでいる。

 すぐ側の岩の上には魔導リス、ランスロットの姿もあった。


「おーおー、危ねえ! 恩に着ます、ガリアン副将!

罠を仕掛けて奇襲、とはやるねえ! レエテ・サタナエル、だよな?

昔あんだけ出来の悪かったガキが、随分立派になったなあ? まあついでに云うと、女としてもどえらく、立派になったもんだが……」


 背中の戦槌を取り出し、構えながら馴れ馴れしく声をかけるレイドを見て、レエテの顔色が変わった。

 まるで旧知の間のような台詞に、その声、その貌……。


 それはやがて過去のおぼろげな記憶にある一つの、思い出したくもない忌まわしい貌――と一致した。

 レエテの貌は見る見る紅潮し、両眼は大きく剥かれ、肩はブルブルと震え出した。


「まさか……。まさか、お前は、サタナエル『本拠』訓練施設、の……」

  

「おお! 覚えててくれたとは嬉しいねえ。

そう、俺は11年前、他のガキとともにお前を教育した『教官』、レイド・ドノヴァンだ。

今は戻れたが、当時はヘマやったお陰でお前らの相手をやってた時期でな……。

正直いうと、最近までお前のことなんて綺麗サッパリ忘れてたんだが。最近お前が有名になってから一所懸命思い出してみたら――。特に出来が悪くて手を煩わせてくれたこともあって、思い出せたよ……。

あの谷からジャングルへ『追放』して以来の再会だなあ? おい!」


 おそらく作戦であろうが――神経を逆撫でするようにぺらぺらとよく喋るレイド。


 レエテの眼が、彼の台詞一つ一つに対して燃えさかり、怒りが充満していく様を見て、ランスロットが声をかける。


「レエテ! ダメだよ! 落ち着いて! ヤツに乗せられちゃあダメだ!」


「そういやあ……あの出来がよくていつもお前と一緒にいた、仲のいい子は、元気か?

『アリア』て云ったか? お前が生きてる位だから、きっと大丈夫かと――」


 その名を――よりにもよって、「アリア」のことを軽々しく口に出され――。

 ついに、憤怒を抑えに抑えていたレエテの中で――何かがプツンッ!と切れた。


「うあああああぁぁぁぁ!!!」


 ランスロットの忠告も虚しく、レエテは鬼神の形相でレイドに向って突進した!


 速い!

 驚愕の表情で、防御しようとするレイドだが、到底間に合わない。

 その結晶手が到達する前に――。横合いからのメイスの一撃で、レエテの身体は弾かれた。


 ミシミシッ! と嫌な音を立てて吹き飛ばされ、上体を大きく崩すも、下半身はどうにか踏みとどまる彼女。


 ガリアンは、間髪入れず追撃を加えるべく、両の手のメイスを振りかぶりレエテに殺到する。


 体勢を崩したレエテに代わり、ランスロットが十字の氷の刃をガリアンの前に形成する。


「チィッ……!! このネズミが!」


 毒づきながら、一旦後方に下がるガリアン。


 ランスロットは、素早くレエテの肩に乗り、耳元に話しかけた。


「レエテ――! 今ので少しは落ち着いた?」


「うう……ええ、ご免なさい、ランスロット」


「今ので分かる通り敵は、ほぼあの副将のガリアンって奴一人で、しかも君に引けを取らないパワー派だ。あいつに注視し、技やスピードで隙をつくのが君の役目。

あのレイドって奴は僕が注意を向けて相手をするから、奴の方は見ず、云うことにも耳を傾けないで。

ナユタも云ってたろ。覚悟を持ってる君を甘やかすつもりはないし、トム・ジオットを完全に上回り、鍛錬を積んできた君ならできる、と。いいね、今は冷静に対処して」


「……わかった」


 その返事を合図に、レエテとランスロットは左右に別れた。


 

 ランスロットは、氷矢を放って注意を引きながら、レイドの方に向かう。


 レイドは、これには充分な反応を見せ、耐魔(レジスト)しつつ氷矢を正確に打ち砕く。

 そして尚も横を向き、レエテを揺さぶる言葉をかけようとするレイド。


「この……ちっぽけな畜生が! ジャマをするんじゃねえ!

レエテ! もう一つ思い出したぜ……!!

お前と同じ年で、『ビューネイ』ってガキもいたな。すばしっこくて、反抗的な奴だったから、よく覚えてる。聞いたとこじゃあ、こいつもお前の――」


 その「ビューネイ」という、またも決定的な名を出され、大きく肩を震わせるレエテ。しかし今度は、首を激しく横に振り、辛うじて激情を抑え込んだ。

 言葉を続かせまいと、ランスロットが素早く攻撃に移る。


「こいつ……それ以上は云わせないぞ! 酸素排疎(オキシディウェイ)!」


 岩の上に飛び乗ったランスロットが、魔導を発動した。


 すると――。

 眼には見えないものの、大きな変化がレイドの周辺に生じる。大気が――変化し、その中の酸素の割合を――大幅に低下させたのだ。


「ウッ!? グ、グウウウウウウ!!」

 

 途端に、呼吸が困難となり、意識が混濁し始めるレイド。膝を地に付き、戦槌を地に投げ出して両手で喉を押さえて苦しみ始める。


「ちょっとは、その口を閉じようって気になったかい?

まあ、酸素減退の効果自体はほんの一時だから、数分もあれば回復するけどね。

その間に……そっちの決着を付けてくれよ、レエテ」


 そう云うと、ランスロットもぐったりと岩の上で身をへたらせた。それだけ、大きく消耗を余儀なくされる魔導だったのだ。

 

 以前の彼は、落ち着きなく、すぐに動揺する、臆病で頼りない性格だった。

 が――彼も、レエテの凄惨な過去を聞いてから、意識に変化が訪れた。

 結果まだ未熟な所はあるものの、こうしてレエテを叱咤激励し、戦局を見極めて活躍できるまでになったのだ。


 そのレエテは――先刻にて横合いから受けたガリアンからのメイスの大打撃に、半身の骨の多くにダメージを負った状態ではあったが――。痛みをこらえ、この場で最大の強敵へ向け歩みを進めていった。

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