第三話 闇に蠢きし獣ども【★挿絵有】
レエテら一行による、キャンプでの計画が話し合われて後、2日後の夜――。
城塞都市ドゥーマ、内部。
夜半を過ぎ、50mの城壁に取り囲まれた大都市は、今や完全に寝静まり返っていた。
その中――昼は人いきれでむせかえるほどの人間でひしめく、中央市場付近。
残飯をあさる野良犬、野良猫以外の影は見当たらない往来に、足早に駆けていく一つの人影。
黒いフードを目深に被り、それを両手で押さえながら走っていく。
170cmほどとやや高めの身長ではあるが、その腰などに丸みを帯びたシルエット、所作から女性であると知れる。
女は、市場の途切れる路地で、裏手に向ってスッと脇道に反れた。
そしてさらに入り組んだ路地を進み――。
ゴミや小動物の腐った死体の、鼻をつく臭いが強くなる、奥深くの袋小路に位置する建物に辿り着く。
ドアを開け、そこに長く続く地下への階段を下っていく。
30mほど進むと、扉があった。
女はこれに向かい、小声で声をかける。
「……クレーター」
すると、中から男の声で返事がある。
「……漆黒の闇」
すかさず、女が答える。
「深淵」
すぐに、3重の錠が外され、ドアが開いた。
「待ってましたぜ……フェビアン・エストラダ副将。
奥で、統括副将がお待ちですよ」
女に声をかけたのは、180cmを越える筋骨たくましい男。
角型に切りそろえた短髪で、年齢は30代半ばか。
どちらかと云うと風采のあがらない男だが、その眼光の迫力と背中に帯びた巨大で使い込まれた戦槌が、歴戦の強者であることを証明する。
「チッ……。
ご苦労、レイド・ドノヴァン。
さも遅れたかのように云われるのは心外だし、本来は『あの女』にいかなる指図をされるいわれもないと、私は常に思っているのだが」
女――フェビアン・エストラダは、 一つ舌打ちをしてフードを取り払い、苦虫を噛み潰したような表情をレイド・ドノヴァンに向け、足早に奥へ向けて歩き始めた。
その黒く真っ直ぐな、さらさらと指通り良さげな腰までの長い黒髪、きつい顔立ちではあるが美人と言って良い器量。
鍛えられた、細く引き締まったスレンダーな体型を、飾り気のない濃い緑の戦闘服に包む。
その腰に時折覗くのは、鉄製の鈍色に光るクロスボウと、ボルト。
年齢は20代前半であろうか。
仲々の美女ではあるものの、その貌には、右の額から鼻梁を経由して左頬につたる巨大な傷跡。
首筋にも生々しい火傷の跡がある。
法力を使えば消すこともできようものを、敢えて自分の身体に残しているようだ。
それら刻まれた勲章も含めて、堅気の女ではない、戦闘者としての凄みにあふれているのだった。
通路の奥に到達したフェビアンのその手が、目の前の扉を勢い良く開ける。
同時に――中から、お世辞にも品のあるとはいえない粗野な、女の声が投げかけられる。
「遅えなあ! フェビアン・エストラダ! どこほっつき歩いてやがった。
捜索を中断し、すぐ戻って来い、と伝えたのによ……。
アタシに対する当てつけ、て訳じゃねえよなあ……。
このドゥーマにおけるサタナエル指揮官、シェリーディア・ラウンデンフィルに対するなあ!!」
その地上での外観から及びもつかない、整備された広大な室内空間。
最も奥に位置する机の向こうで、椅子に腰掛けて足を組み、尊大に胸をそびやかす一人の女。
非常に、派手な印象だった。
金髪の長い髪を、一本の三つ編みにして左肩に垂らしており、その頭には金の羽飾りで覆われた黒い帽子が乗っている。
その身体は魅力的なグラマラス体型で、露出度の高い黒革の鎧の上に濃茶色のジャンパーを羽織り、同色のミニスカートからはみ出した太ももの下に黒いブーツという出で立ち。
顔つきはそれでいて可愛らしいとさえ云える童顔、その口からは八重歯が覗く。
年齢はおそらくフェビアンと同年代だが、外見からしてことごとく、対極的な二人だ。
このシェリーディアの眼前の机上にも、一つの禍々しいクロスボウが置かれている。
これも、フェビアンが腰にさげる、職人気質の洗練された狙撃弓とは対極の、いかつい装置がごてごてと付けられた一種の「重機」だった。
おそらく背面に設置されたレバーを前後に操作することで、横に引かれた帯上にならんだボルトを連射する、大量殺戮に特化した機構を備えていると見える。
「同じ、“投擲”ギルド副将の誼で忠告しておく。
権力に囚われ過ぎ、盲目にならぬことだ。
私は、法王府手前まで捜索した直後に召喚を受けてすぐ、早馬と駆け足でここに馳せ参じている。
なんら、貴殿に恥じることはしていないが? シェリーディア統括副将」
目を細め眉をしかめ、不快感を最大限抑えつつ言葉を返したつもりの、フェビアン。
が、それでも全く充分にすぎるほどに、挑戦的な内容となっていた。
シェリーディアは、こめかみに幾つも筋を浮かび上がらせ、ピクピクと震えながら椅子の上で半身になった。
「ほお……? それはそれは失礼したねえ……副将殿。
ただ、上官に対する反抗的な態度は、毎度毎度頂けねえよなあ?
いい加減、素直に認めたらどうだよ。
そうやって過去の傷も消さず、ストイックさを強調し、いくらカビの生えた狙撃術にこだわろうが……。アタシとアンタには、戦果において差があり、それが今の地位に結果として現れてるんだってなぁ!」
それを聞いてギリッと歯を噛み鳴らしながら、フェビアンも語気を荒らげる。
「果たしてそうかな? 私の目には、違う事実が見えるが!?
貴殿は狙撃手として決定的に欠けた資質を、その見苦しいガラクタの力を借りて補い――。
かつ、その二枚舌で言葉巧みに将鬼たちに取り入り、中途半端な昇格で全てを手に入れたように勘違いしている、という事実が!」
その言葉に、目を剥き顔を蒼白にし、椅子を蹴倒し立ち上がるシェリーディア。
もはやあと一歩――ほんの僅かなきっかけで両者ともに理性の留め金が外れ、クロスボウに手を掛ける寸前の一触即発の危険な空気。
そこへ、たまらずレイドが叫び声を上げる。
「そこまでです!!! お二人共!!! 落ち着いてくださいよ。仲間同士いがみ合ってる場合じゃないでしょう。
ほら……そろそろ来客の時間じゃないですかい? 統括副将」
それを聞いて、ようやくシェリーディアは軟化し、落ち着いたようだった。
「ああ……そう、だな。もう来ても良い頃だな」
フェビアンも、少し頭が冷えたか、大きく深呼吸する。
レイドも――彼女と意味は大幅に異なるが――深呼吸というか、ため息を吐いた。
正直なところ、頭が痛いを通り越して、うんざりであった。
“投擲”ギルド副将にして、ドゥーマ統括の地位を兼ねる、シェリーディア・ラウンデンフィル。
同じく副将、フェビアン・エストラダ。
いつも、この二人を同じ拠点に置くことを許した組織の正気を、疑いたい気分になる。
彼女らも、元来ここまで自制心のない、暗殺者・戦闘者の資質を疑われるような人物ではない。
どちらもこの若さの女性の身で副将にまでのし上がった、超人的な精神と実力の持ち主だ。
ただ、同ギルド内での長年にわたるライバル関係に加え――。人間同士には、根本的な相性、というものがある。
彼女らは、この世で決して出会ってはいけない程に絶望的な、救いのない程の最悪の相性同士だったのだ。未だに殺し合わずに済んでいるのが奇跡なほどの不仲であり、二人面と向かうと、手がつけられないのである。
先にドゥーマの配置が決まったシェリーディアが、自らの権力で思うように指示を出し、あわよくばその存在を消し去る目的でフェビアンの配置を将鬼に申し出、許可された経緯があり二人はここに居るのだ。
普段は、レイドの上官にあたる“斧槌”副将、ガリアン・オクタビアがこれを仲裁しているが、今は暗殺任務のため出払っている。
貧乏クジを引いた己の運命を呪いたくなる。
そこへ――タイミングを計ったかのように、部屋のドアを5回、ノックする音が響きわたった。
レイドが街側の扉、そして部屋の扉を開けると、そこには黒いローブに身を包んだ、一人の背の高い初老の男が立っていた。
「時間通りですな……。
ようこそ、ドゥーマ配備サタナエルのアジトへ」
レイドが声をかけた初老の男――。
白いものの混じった長い金髪と口髭を持ち、その端正な貌立ちには深いシワが幾つも刻まれている。
年齢は50代後半といったところだろう。
その佇まいは貴族然としており、教養有る上品さを漂わせていた。
「これはこれは! 約束通りお一人で来て頂けるとはねえ。
ライオネル・グロープハルト ドゥーマ伯爵閣下!
アタシはサタナエルのドゥーマ統括、副将のシェリーディア・ラウンデンフィル。
その男は部下のレイド・ドノヴァン。
もう一人の……そっちの女は副将のフェビアン・エストラダ」
シェリーディアが、椅子に座り直し、貴族に対するには無礼といえる態度でドゥーマ伯に声をかけ、各人を紹介する。
ドゥーマ伯は、眉間に皺をよせて言葉を発した。
サタナエルとの力関係ゆえ仕方ないが、このような教養もない若造どもに見下されている不快感を押しとどめているようだった。
「あのコロシアムで、我が最愛の甥、ラディーンが命を奪われて後――。
ワシはその仇であるレエテ・サタナエルという女の行方を血眼になり探した。高額な懸賞金までも用意してな。
その甲斐あり――。昨日ついに、奴らのキャンプと思しきものを発見したと、我が部下より報告があった」
「何!? そいつは本当かい!?」
シェリーディアが椅子から身を乗り出す。
フェビアンやレイドの眼の色も変わった。
「居場所こそ特定できたものの、話に聞いておるレエテらの強さからすれば、我が兵をいくら差し向けようと死体の山が築かれ被害が増すばかりであろう。
そこで、件の事件でその存在が明るみにでたおのれらサタナエルであれば、奴らを仕留めることができよう、と考えた。
そこでどうにか、おのれらを探し出してコンタクトをとったというのが経緯だ」
「なるほど……よく見つけたもんだ。あれほど隠れまわって尻尾を掴ませなかった連中の居場所をよ。さすがは肉親の仇への執念、てところかねえ」
シェリーディアは、椅子から立ち上がり、ドゥーマ伯の前まで歩みを進めた。
そして不敵な笑みを浮かべつつ、云った。
「そうと分かれば、すぐに仕留めないとなあ。レエテ・サタナエルを。
奴らの仲間には、かなり頭の切れる奴も居ると聞いている。おそらく、アタシ達をあぶり出し、向こうから攻撃を仕掛けるくらいのことは考えてるかもな。あとは、アタシ達の能力や陣容の推測もよ」
シェリーディアは、レイドを指差し、云った。
「レイド。アンタはすぐに、ガリアン副将を呼び戻しな。そしてドゥーマ伯からキャンプの場所を聞き出し、すぐに急行させろ」
次に、ドゥーマ伯に向けて云う。
「ドゥーマ伯、アンタはアタシ達の攻撃の外で壁を作るべく、兵を用意してほしい。そうだなあ、1000人は貸してもらいたいところだな」
最後に、苦虫を潰した貌でフェビアンを睨む。
が、シェリーディアが何か云う前に、フェビアンは背を向け、ドアに向って歩き出していた。
「悪いが……私は、貴殿の指図は受けない。私なりのやり方で、レエテ・サタナエルを仕留めさせてもらう」
「テメエ! 待ちやがれ! フェビアン!」
シェリーディアの怒声も無視し、フェビアンはドアを勢い良く締めて出ていってしまった。
レイドはまたしても深い溜め息を吐き、首を横に振るのだった。




