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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第五章 ドゥーマ攻防戦
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第一話 皇国の支配者【★挿絵有】

 ハルメニア大陸北部に位置する大国、ノスティラス皇国――。

 エストガレス王国に次ぐ第二の人口、国力を誇る、成立150年に満たない新興国。


 元エストガレス北部方面総司令官であった軍人、バロム・ノスティラスが突如として祖国に反旗を翻し、自分についた諸侯を従え勝手に皇帝を名乗り興した国家である。

 その成立背景、大陸一の水源であるラムゼス湖とクリスタナ大河を有すること、また度々中原への進出を目論んだことから、成立時よりエストガレスとは敵対関係にあり、未だ国交の樹立は果たしていない。

 

 国家体制は、古き伝統を誇るエストガレス王国とは、様々な点において異なる。

 

 公国や諸侯を従える国王を頂点とする中央集権体制であるエストガレスに対し、皇国を5つに分割統治する「統候」と、それに選出される皇帝との共同統治であるのがノスティラスである。

 実質成立時よりノスティラス家内での世襲となってはいるものの、そういった背景から皇位継承順位というものが存在せず、常に皇帝に最もふさわしい英雄が「統候」の手で選ばれるという部分は、エストガレスと大いに異なる。

 

 また、国家で魔導の習得を推奨し、それを利用した国民の教育水準や、生活水準上昇を狙うという先進的な方針であり、政治家、将軍に多数の魔導士を持ち、軍隊にも魔導部隊を持つ。

 これも、古来よりの武器戦法を至上とする保守的なエストガレスとは異なる点。


 また剛毅で細かいことを気にしない明るい国民性であり、この点でもエストガレスとは対極的である。


 その首都は、ラムゼス湖畔、クリスタナ大河の最上流地点となる肥沃な地に展開する大都市、皇帝直轄領ランダメリア。

 エストガレス首都ローザンヌと違い、質実剛健な機能性重視の建物がびっしりと居並ぶ。


 都市の中心に位置する、「石の棺」とあだ名される皇帝の巨大なる居城、ランダメリア城塞。


 内部の広大な廊下を大股で歩く、一人の騎士の姿が、あった。


 無骨な白銀の重装鎧に身を包み、大剣を腰に帯びている。

 その身長は190cmほど、体重は100kgを軽く超えるであろう筋骨逞しい大男だ。

 年齢は30代後半、と見えた。

 ウェーブのかかった真っ黒な長髪を肩まで伸ばし、口と顎には無精髭を蓄えている。

 美男子とまではいえないが、整った精悍な貌つきの偉丈夫だ。


 彼の右手には、一枚の書状がたずさえられていた。

 そしてたどり着いた一際大きな扉を、左手で勢い良く開ける。


「陛下! ヘンリ=ドルマン陛下! 書状が届いております!」


 大声でこの部屋の主に呼びかける、騎士の男。

 

 その部屋は、巨大だが質素な造りのこの城塞において異彩を放つ、鮮やかな装飾が施されていた。

 タペストリー、天蓋付きベッド、客間に用意された簡易玉座、全てにおいて「紫」を基調とした派手極まりない装飾にいろどられているのだ。

 なおかつ部屋内は香が充満し、入った人間が顔をしかめるほどだった。


 この部屋の主は――その玉座の少し前に、佇んでいた。


 極めて、特徴的な人物だった。

 一度目にしたら、簡単には脳裏から離れてくれない強烈な印象、といって良い。

 

 身長は、180cmほど。年齢は30代半ばか。入念に手入れされ整った長い金髪が腰まで伸びている。

 衣装は、この部屋の装飾と同じ、紫を基調とした豪華極まる装飾のほどこされた部屋着のワンピース。

 その肌も指先の爪も極めて手入れされた、優美な麗人――のはずであった。


 入念に化粧された美しい貌では、ある。長く整った眉に、長いまつ毛で覆い隠されそうな、緋色の瞳をもつ流麗な両眼。細く高い鼻に、真紅のルージュを塗った麗しい唇。


 しかしながら――その外観から当然、その人物が「女性」であってほしいという思いは、わずかに骨太である全体のシルエット、骨格によって裏切られる。

 女戦士のように、元々女性であるものが鍛えてたくましくなったのではなく、もうどのように努力しても明らかに――「男性」である、という骨格は、残念ながら彼の真の性別を明らかにしてしまうのだ。


挿絵(By みてみん)


「もう、何なの……? こんな朝早くから。本来であれば(わらわ)は寝ている時間であることを承知しているでしょう、カール・バルトロメウス元帥。

 それに、何度も云ってることだけど、いかに剛毅な国風の我が皇国とはいえ、淑女(レディ)の部屋に入るときはノックぐらいするのが常識ではなくて?」


 言葉は色気のある女性のものだが、声質が明らかに――多少高いとはいえ男性のものだ。


 この男こそ、「紫電帝」の異名を持つ偉大なる現ノスティラス皇帝、ヘンリ=ドルマン・ノスティラスⅠ世。 

 その人物は極めて剛毅にして大胆、それでいて深謀遠慮。国民の信望厚いカリスマ性を持ち合わせる名君と名高い。加えて一流の魔導士でもあるとされる。


 ――普段の姿からは想像できないとのもっぱらの噂ではあるが。

 男にして女の心を持つその人物像から、「女男(めおとこ)皇帝」と揶揄されることも多々ある――。


「ああ、次からは気をつける! 今は一人だな? 儀礼抜きで話させてもらうぞ!」


「お好きなように。妾と貴殿との仲ですもの。

因みに一人なのは朝だけでなく、夜もよ。それならいつ来てくれても構わなくってよ……一晩お付き合いいただく前提でねえ」


 一国の皇帝に対し余りにも無遠慮な最上位の軍人と、それを誘惑しているつもりの女性的な男性皇帝。

 これを見ているものが居れば、高級娼館か何かにしか見えぬであろう、多大な違和感を醸し出す絵面であった。

 

「謹んでお断りしておく! 人が居たら誤解を招くような表現もやめてもらおう、わが『従弟』よ。さあ、これが届いた書状だ。

差出人の名が伏せられている、奇妙な書状ではあるがな。古代ルーン文字で書かれた、魔導士が作成したものだ。

何でも『かつての妹弟子からだ』と言えばわかる、陛下に上奏してほしいと行商人が言付かって、四騎士のレオンに託したそうだ。それでレオンから俺に渡り、今ここにあるという経緯だ。

どうだ? 読んで心当たりはあるか?」


 カールから書状を受取り、玉座に腰掛けて書状を読むヘンリ=ドルマン。


 その表情が、先程のくつろいだものから少し、真剣味を帯びたものに変わった。


「妾にとって、『妹弟子』といえる女魔導士は2名、いるけど……。

この筆跡からするに、まあ思い出したくもない生意気な女、の方だったわね…….。

妾が最後に会った時は一介の野良魔導士だったけれど…….どうも、今は非常に面白い立場にいるようよ。あの『サタナエル』絡みのね。

こいつが云うには、一ヶ月後に、エストガレスのドゥーマまで兵を率い攻めよ。

そのとき城塞内で混乱が起き、ドゥーマは無血開城するであろう。

一旦、ドゥーマを支配し、その後有利な条件を突きつけて、エストガレスに返還するが良し。

要約すると、そんなことが書かれてるわ」


 カールは難しい貌になり、ヘンリ=ドルマンに詰め寄った。


「そいつがどんな奴かは知らぬが――。天下のノスティラス皇国を、思い通りに操ろうなどとは思い上がりも甚だしい。

確かに、5年前の忌々しい敗戦以来、ドゥーマを落とすことは我が国の悲願だ。

しかし、そんな怪しげな計略などに乗らずとも、我が国の力で充分果たせることだ。

今はもう、ラディーン・ファーン・グロープハルトはこの世にいない。ラ=ファイエットとダレン=ジョスパンだけが相手なら、我が軍の方が上だ」


 ヘンリ=ドルマンは、顎に左手を当て、しばし思案した。

 その思索する姿は先程と打って変わり英雄的であり、一枚の絵画のようであった。


「貴殿の云うことは尤もだけれど、妾はこの提案、受けるわ」


 ヘンリ=ドルマンの結論に、さらに難しい貌になり、向かいのソファに腰掛けるカール。


「正気なのか……? まあ何か深い考えのあることだろう。文句は云わぬが、もし外したら、ちゃんとエストガレスとの綱渡りの外交に対して責任を取ってくれよ?」


「大丈夫よ。心配いらないわ、カール。

うまくいけば、相当に有利な結果を我が国にもたらせる。

妾はね、カール。知ってると思うけどエストガレスのダレン=ジョスパンって爬虫類男が、虫唾が走るほど嫌いでね……。あやつに一泡吹かせることができる作戦があれば、ひとまずやってみたい、という気持ちもあるの。

面白くなってきたわね……。一月かけて、じっくり練らせてもらうわよ、我が『妹弟子』」


 ヘンリ=ドルマンの真紅の唇が歪み、あまりに不敵な笑みが形成されていった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  実を言うとかなり先まで読んでいますが、この段階で感想をば。  悲壮な過去を背負ったレエテが最凶最悪の組織に対し復讐に走り、あまつさえ彼らが牛耳って来た国々と敵対したり、旅をしたりと怒涛の…
2020/07/20 22:15 退会済み
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