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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第四章 運命の交差
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第十一話 忌まわしくも甘い追憶(Ⅺ)〜怨念の慟哭【★挿絵有】

「……何てこと。何てこと!!! 大変だわ! こんな、こんなことに……!!!

仲間を、逃がすために、自ら犠牲に……?」


 フレアがうろたえ、青ざめる。


 その視線の先で、ヴェルが、あらゆる感情の綯い交ぜになった、深い険の刻まれた表情で――。己の手の中で、自ら息絶えたマイエをじっと見つめている。

 

「マイエ……貴様、貴様は……」



 そして――。

 

 フレアの直ぐ側、で――。


 魂の抜けたように呆然と立ち尽くし、目を見開き、唇を開いて、停止している――レエテ。


 10秒ほど、その状態は続いた。


 そしてその後――津波のように押し寄せる感情とともに――。

 噴き出す涙とともに――。

 ついに感情の爆発の瞬間は、訪れた。


「マイエ。

いや――マイエ。マイエ!

うっ……ああああ!!! いやあああああ!!!! マイエエエエーー!!!!

あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” ーー!!!!!」


 それは――。


 過去に発現した、レエテのいかなる雄叫びとも――。

 次元の全く異なる、「音の大爆発」だった!


 空気は、震える過程を通り越し、瞬時に張り裂けた。

 樹々は一斉にざわめき、空気の強振によって葉が一気に飛び散る。


 そして音の爆弾は、この場に居る二人の人間にも容赦なく襲撃し――。


 すぐ近くにいたフレアは――。

 耳から、鼻から大量の血を吹き出させ――。

 眼鏡が飛び散り、その下にある両眼からも、大量の血の涙が噴出する。


「ぐ、あ、あ、ああ……」

 

 脳も強振し、脳震盪を起こしたばかりでなく、ほとんどの血管が破れ、意識が飛ぶ重篤な状態となり――。

 白目を剥いてビクン、ビクンと大きく痙攣した後――。

 なすすべなく地に倒れ伏す。

 


 ヴェルにも―― 一瞬の間をおいて襲いかかり、耳、目、鼻から大量の血が噴き出し、ガックリと膝をつく。

 意識を失いはしなかったものの、聴力と嗅覚が完全に失われ、平衡感覚も滅茶苦茶に狂った。

 視界も薄赤く、極度に狭くなっていた。



 声を振り絞って後――。

 

「うああああああああ!!!」


 尾を引く叫び声を上げながら、レエテ・サタナエルは大きく跳躍し、全速力でその場を走り去った。


 


 その足は――。自然に『宮殿』の反対方向、ドミノ達家族4人が走り去った方向に向いていた。


 マイエ、マイエ――私、私――。


 お願い――。まだ無事でいて。

 ドミノ。アラネア。ビューネイ。ターニア――。


 死なないで、皆――お願いよ。生きていて!

 一緒に、逃げよう! 確信はないけど、可能性のある場所を、私知っている!


 私を、一人ぼっちにしないで――。


 心の中で呟きながら、走り抜けること、数分。


 


 強い、血の匂いがして――レエテは、その足を止めた。


 足元を――。

 ゆっくり、見下ろすと――。

 

 一面の、赤い、血の海。


 

 レエテの貌から、一気に、全ての血の気が引いた。


 おこりにかかったように、全身がブルブルと震える。


 目は大きく剥かれ、視点が固定される。


 ダメ――怖い。見たくない。

 やめて――イヤだ――。


 心は拒否するが、その意志に反して――。

 彼女の目は、ゆっくりと、血の海の向こう側に、向いた。


 二つの、女性の、身体がそこに横たわっていた。


 どちらも――。首は、ない。


 それに相対する二つの、首は――。


 その手前に、無造作に、放置されていた。

 いずれも、恐怖の断末魔を、その貌に刻んだまま――時が止まったかのように。


「ふっ……うう……ふぐうう、ううううう……ふっううううう……」


 レエテが、ガックリと膝を血の海に浸け、泣き呻きながらその二つの首をたぐり寄せ抱きかかえる。

 その身体は首ともども血に塗れて凄惨を極めたが、構わず二つの首に頬ずりする。


「ふうっ……うぐうううう、ふぐうう、ターニアああ……! アラネアあああ……! うぐうううう……いやああ……あああああああああ!!!」


 そう、その二つの首は――。

 ターニアと、そしてアラネアの無残な、成れの果てだった。

 

 明らかに、捕らえられ、冷酷非情に処刑された、跡だった。


 涙と血でぐちゃぐちゃになりながら、慟哭し続けるレエテ。


 ドミノと、ビューネイの二人の姿はそこにはなかったが――。

 将鬼の死体が一つもない以上、一方的で絶望的不利な追撃を受け続けているはずであり――。

 ターニア達と同じ姿になるのは、時間の、問題だった。


 と――。レエテの耳に、音が飛び込んできた。


 大勢の――。人間が、近づいてくる、草葉をかき分ける、音。

 周囲の広範囲にわたっている。

 おそらくは――ヴェルが仕掛けていた、二重、三重のサタナエルの追手。



 レエテは、バリ、バリと歯ぎしりし、身体を大きく震わせた。


 激烈な憤怒が、身体の隅から隅まで駆け巡る。

 黒い炎となり、身体を灼き尽くさんとするように。


 そしてその口から、地獄の底からのような怨念が、言葉となり吐き出される。


「許さ、ない――。

許さない――腐りきった外道ども、悪魔ども――!!

お前ら、よくも――よくも、家族を……。

ターニアを、アラネアをビューネイをドミノを! マイエを殺してくれたなああああああ!!!!!

私は、お前らを、殺す!!! 殺してやる!!!  必ず!!!

一人残らず、皆殺しにしてやる!!! 

サタナエルを、この世から消し去ってやる!!!!」


 人とは思えぬ凄絶な、鬼神――いや、魔神の形相をもって天に向かい、悲しみから怨念に変わった自らの思いを打ち放った!

 それは――失われた家族の魂に誓う、激烈なる復讐の宣言だった。


挿絵(By みてみん)


 その声に反応し、追手らしき物音はより確かに、近づいてくる。


 レエテは、手に抱いていたターニアとアラネアの首を、そっと地に置いた。


「ごめんね……。本当にごめんね。ターニア、アラネア。

あなた達を葬ってあげる、時間もない……。

だけど、私は必ず、あなた達の仇を討つ。あなた達の魂に報いる。

だから、許して……。

愛してるわ……さようなら」


 その大粒の涙が、二人の首に落ちると同時に――。


 レエテの身体が、跳躍した!

 そして今度は、家でも、「宮殿」でもない、ある方角へ向けて、全速力で駆け抜けていく。




 もはや、後ろは振り向かない。


 現状を打開する、唯一の可能性に賭け、目的の場所を一心不乱に目指し走るレエテ。


 奇跡としかいいようのない強運だが、その間サタナエルの追手に捕捉されることは、なかった。

 まるで天に上った彼女の家族達が、導いてくれたかのように――。



 そしてレエテはついに――。


 目的の場所へ、辿りついた。


 それは一年ほど前、一度だけビューネイ、ターニアの二人と訪れた禁断の忌諱の地、深淵(アビス)だった。


 そこは、相も変わらず、昼間にも関わらず一切の光を反射することのない真の漆黒の巨穴。


 レエテが目指すのは、その漆黒の闇へ吸い込まれていく――大量の水。

 瀑布だった。


 それは地下水へ通じ、地下水が海底へと通じ、海底から上がった先がアトモフィス・クレーターの外へと通じていると、レエテは書物からの知識で仮説を立て信じていた。


 ただし――専門的な知識のない者の全くの推測にしか過ぎず、それが正しいなどという保証はどこにも、無い。

 

 これから自分の行う行為は、1%の生存の希望に対し、99%の確実な死が待つという、死に際でもない限り選択などできない危険な賭けである。

 いや、もしかしたら、その100分の1の希望すら、無いかもしれない。


 だが、やるしかない。


 レエテは、深淵(アビス)の縁の数百mの距離を駆け抜け、瀑布の入り口に立った。


 その崖から覗く深淵(アビス)は――。

 想像以上の、恐怖の塊、だった。


 遠くの縁から覗くときとは、比較にもならない。


 どこまでも、どこまでも続く、巨大な悪魔の口。

 瀑布から落ちる水は、一切の水音なく――音ごと呑み込まれているとしか思われぬ。

 いったい、何百m、いや、何kmの高さになるというのか。想像もつかない。


 覚悟を決めていたはずなのに、怖気づいた。身体が云うことをきかない。



 その時――。レエテは一つの気配を背後に感じ取り、全身が総毛立った。


 近づいてくる、巨大な殺気の塊。

 奴だ。動けるまでに回復したあの男、“魔人”、だ。


 ここへやって来る。

 今度、奴が目の前に現れたら――。今度は、自分を抑える自信がない。

 激烈な怒りに我を忘れて、無謀にも飛びかかってしまうことだろう。


 マイエ――。私に、力を貸して。お願い――。一歩を踏み出す勇気を!


 脳裏にマイエの姿を思い浮かべてようやく――。


 レエテの身体は、瀑布の中に真っ逆さまに落ちていった!

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