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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第四章 運命の交差
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第七話 忌まわしくも甘い追憶(Ⅶ)〜束の間の安息

 絶体絶命の危機を乗り越え、レエテ達は、「カボチャの家」への生還を果たした。

 最も重傷のターニアだけは再生が間に合わず、マイエの背におぶわれて帰ったが、レエテとビューネイの傷はすでに再生していた。

 

 家では、留守を護ったドミノとアラネアが出迎えてくれた。


 レエテとビューネイから事の詳細を聞き、驚愕して涙ぐみ、ドミノなどはビューネイの頭を思い切りはたいたが、最後は皆抱き合って無事を喜んだ。


 そしてやや間をおいて――ドミノとアラネアが部屋の隅に隠し持っていた赤と白の大量の花びらを、レエテに向って大量に上から降らせる。


 そう――。今日は、レエテの誕生日――の9月19日であった。

 年長の彼女たちがそれぞれ分担してドミノが小道具などをセッティングし、料理の得意なアラネアが、一角獣のロースト肉と、上等な樹液のジュースを用意していた。


 あのような結果にはなったが実はビューネイとターニアも、不器用な彼女たちなりに、祝いにレエテに珍しい景色を見せてやりたくて深淵(アビス)へ独断で誘っていたのだ。


 そうこうしている内に、マイエと、ターニアもやってきて、歓声と拍手喝采に家の中がつつまれた。

 

 涙が乾く間もなく――レエテが涙ぐんで皆にお礼を云う。


 宴は楽しく盛り上がり――。ビューネイが騒いで皆をいじったり、調子に乗る彼女をドミノがはたいたりした。

 またレエテのときにはお約束である、蛇の抜け殻のイタズラは、今年は天井から降ってきた。

 心の準備ができていても、お決まりのように泣いて腰を抜かす彼女に、皆が笑い転げる。

 むくれつつも――すぐに幸せな微笑みに表情を変えていくレエテ。



 生死に関わる問題の後に、切り替えが早いともいえるが、いつでも明日にでも死ぬかもしれない彼女達にとっては、貴重な安息の時間を最大限に使うことが常に必要だったのだ。



 *


 宴が終わり、皆が寝静まった後――。

 レエテはひとり椅子に腰掛け、テーブルに本を広げ、ロウソクの火を頼りに読んでいた。


「レエテ。相変わらず精がでることねえ。

危ない目にあった日ぐらい、読書はやめて早めに寝ようとか思わないワケ……?」

 

 後ろから、やや気だるそうな独特の物言いの声がかかる。


「ドミノ……。起きてたの? うん、ちょっと調べたいことがあってね」


 ドミノ・サタナエルは、ゆっくりとレエテの向かいの椅子に腰掛け、両手で頬杖をついて、眠くないときもいつも眠そうなその眼差しでレエテを見る。

 本当に独特の、雰囲気をもった女性だ。

 ときどきボーっとして何を考えているのかよくわからないこともあるのだ。


 そんなドミノではあるがマイエと同年の最年長者であり、戦闘力では彼女にかなわないものの実は非常に頭が切れ、その作戦立案によって皆は何度も救われている。

 いつも素っ気ない口調ではあるが、レエテ達年少者のことも気にかけてくれ、彼女もとても世話になっていた。


「どれ……? 『水の成り立ち――海と湖沼と川と』、だって? ああ……。

どういうワケで今その本が読みたいのか分からないケド、それはあたしたちの恩人、クリストファーがよく読んでいた書だったねえ」


「クリストファー・フォルズが? そうなんだ……」


 その名を聞き、昼間のある一件の記憶が蘇ったレエテは――ドミノには打ち明けてみることにした。


「ドミノ、今日昼に私が闘った相手は、クリストファーと同じ将鬼だったんだけど……。

その男はとても嫌な目で、私の貌と身体をじっと見て、私のことを、お、犯したい……って……。

他にも、同じように私を狙っている男がたくさん、いるって……云ったの。

そしてマイエが――ずっと前からそんなふうに男たちに狙われてきたんだ、とも云ってた……。それを初めて知った。

ドミノ。あなたは、前から知っていたの?」


 ドミノは、ゆっくり目を閉じ、深いため息をつく。

 そして数秒の間をおいて、ゆっくりと答えた。


「まあね、もちろん、知ってたよ……。もうずっと以前から、良からぬ妄想を膨らませた男どもが、時々卑猥な言葉を吐きながらマイエに襲いかかってきてたワケ。

マイエは、負けるワケないから心配ないケドね……。あいつ以外がその標的になると……。

あんたももう大人だから話すケド、例えば3年前に死んだマグノリアやエレナはね、殺される前にあいつらにメチャクチャに姦り尽くされてたのよ」


「……そんな……!」


「あたしたちが隠してたから知らないだろうケド。

とにかくそういうこともあって、マイエもあたしも、だんだん大人になってくあんたらを心配してたの。

まあ子供でも、て頭のイカれた奴もいるにはいるケド――。

もう狙われるのも時間の問題、と思ってたワケ。

特にレエテ、あんたははっきりいってマイエよりもさらに――おそろしく器量良しだし、胸も尻もそこまで大っきく成長しちゃってる。もうすでに目を付けられてるんじゃ――と思ってたら、不安が的中した形ね」

 

「そんな、私のことなんてどうでもいいけど――。皆が――」


「でも、ものすごく気持ち悪かったし、怖かったんだろ? 

そういう事態を防ぐためにも皆で、より慎重に行動しないとってコトよ。

ビューネイのやつは、……バカだからホントにそういう知識自体ないかもしれないケド、ターニアあたりは感づいていそうな気もするね……。そろそろ隠すのはやめて、ちゃんと話して対策をすべきかもな、とも思ってる」


 淡々と低いトーンで話すドミノ。その言葉は真摯で思慮深いだけでなく、皆を思い遣る気持ちにあふれていた。

 それを受けレエテも、うつむき目を閉じ、低く呟くように言葉を発する。


「……みんな、死だけでも恐ろしいのに……。そんな、汚らわしく踏みにじられる恐れまで、同時に感じなければならないなんて……。

やっぱり私思うんだけど、ドミノ、究極の対策は……。みんなでこのジャングルを出て、外の世界で暮らすことしかないんじゃないかな」


 ドミノはチラリとレエテを見やり、頬杖を片手だけに組み替えて言葉を返した。


「また、思い切ったコトを云うね……。

皆が、時々想像はするコトだケドね。それは同時に、ここで最も実現不可能なことの一つでもある。

ジャングルの外八方は絶対に脱出不可能、唯一外界とつながる脱出口である隧道(トンネル)は、サタナエル総本山『宮殿』奥深くに出入口があり――。そこは何百人もの暗殺者が巣食う難攻不落の要塞。

ホント、あたしたち全員に、翼が生えて飛んでいけでもしない限り無理な相談だよ」


「けれど――世の中に『絶対』はない、『発見』と『進歩』により常に可能性は開けるのだ――て言葉……マーカス・エストガレスだったかな? 本にも書いてあった。

私は、今まで何百年も皆が気づいていない何処か、何かに必ず道がある気がする。

そしてその可能性のひとつが、『水』にあるんじゃないか、ていう考えが浮かんで仕方ないんだ」


「なるほどね――。そういえば、昔クリストファーもこんなコトを云ってた。

『私が思うに、これだけの広大なジャングルだ。誰も知らぬ未踏未発見の場所は、無数にあろう。

目には姿が見えぬ、沈黙の場所にこそ、それがある可能性は大きい。見えるものばかりに囚われるな』ってね。

まるで自分が何か見てきたみたいにさ」


「え……? それって……」


 云いかけたレエテの言葉は、ドアを開ける音で中断された。


「ドミノ、レエテ。まだ起きてたのー。もう寝なさいよ。

とくにレエテ、あなた明日お墓のみんなに、19歳になった報告をしなきゃいけないでしょ。

それに、ウトウトしながらロウソクほっとかれたら危ないんだから。もう夜更かしは終わり!」


 ドアを開け、声をかけてきたのはアラネア・サタナエルだった。

 

 長い銀髪を全て後ろで束ね、ゆったりしたチュニックに身を包み、目をこすりながら伸びをする。

 家族の中では、小柄でふくよかな体型、最も穏やかで戦闘には向かない性格ということもあり、家事や年少者の世話役が主な担当の女性だ。

 

 ある意味彼女が家族の中では母親役であるといえ、その視点で見るとマイエは父親役を担当している、といえた。そして彼女より年長のドミノが、実質長女役に回っているのが実情であった。

 

 それゆえ、口うるさく世話をやくアラネアを煙たがりつつも、家族全員皆基本的に彼女の云うことにはしたがうのが常だった。


「わかったよ。ごめんな、アラネア。ついつい話に花が咲いたってコトで。

今日はもう終わりにするよ」

 

「私がつい本を読みふけっちゃったせいなの、アラネア。

そうね、明日は皆に……。アリアにも報告しなくっちゃ。無事19になりました、今まで見守ってくれたおかげだよ、て」


 そういってレエテは本を閉じ、ロウソクの乗った燭台を持って、ドミノとともに寝室へ向かう。



 *


 幸福な時間だった。


 不幸なこともあった。苦しいこともあった。死にたいと思う瞬間もあった。

 

 けれども、皆でともに喜び、怒り、悲しみを分かち合い――。


 いたわりあい、思いやりあい、何よりも、家族全員が互いを愛し合う。

 温かく、身を寄せ合い生きていく。


 それだけで、良かったのだ。幸せだったのだ。


 

 けれども無情にも――。そのような時間は長くは続かなかった。

 

 運命の糸がほつれる瞬間は――あと僅かの時間で、訪れようとしていたのだ。


 そのことを私、レエテ・サタナエルは――この時気付いていなかったのだ。

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