表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サタナエル・サガ  作者: Yuki
第四章 運命の交差
36/315

第四話 忌まわしくも甘い追憶(Ⅳ)〜恐怖の深淵【★挿絵有】

*


 レエテ・サタナエルはアトモフィス・クレーター内ジャングルへの追放の儀を受け、同じ日にマイエ・サタナエルのコミュニティへの加入を果たした。その刻から、およそ、8年の後――。

 

 ギイィィィン――!!


 金属――いや、硬い鉱物同士が衝突しこすれ合う独特の衝撃音が、ジャングル内に木霊する。

 サタナエル一族のみが持つ、結晶手同士が打ち合わされた音だ。


「おぉい! どおした、レエテ!! 踏み込みが甘えぞ! 本の読みすぎで、腕が鈍ってんじゃねえかー!?」


 後方に飛び退り、威勢の良い大声を張り上げる一方の結晶手の持ち主。

 サタナエル一族としての、銀髪褐色肌。身長は165cmほど、敏捷性を感じさせる、優れた筋肉をもつ肉体。身体にまとうのは、彼女たちにとってはお決まりの、毛皮の簡素なチュニックだ。

 年齢は、17,8歳か。彼女を最も特徴づけるのは、その髪型だった。


 サタナエル一族はその激しい細胞分裂、代謝の速さから、毛髪が伸びるのも常人の数倍早い。そのため維持するのも大変なためあまり見かけないが、男性かと見紛うほどのさっぱりと刈った短髪だった。顔立ちも整ってはいるが、それに見合わぬ気の強く猛々しい、男性的なものを感じさせた。


「あなたは、鍛錬ばっかりじゃなくて少しは本を読んだ方がいいよ、ビューネイ。マイエもいつも云ってるよね、『文武両道』って!」

 

 同じく後方に飛び退ったのは――。現在とほぼ同じ体格の大人にまで、成長した、18歳のレエテ・サタナエル。違うのは、切らずに腰まで伸びた髪型、それにどこかまだあどけなさの残る雰囲気、だけか。


「ぬかせぇ! こんなところで外の知識やごたくなんざぁ役に立つか! 力が強きゃ、それでいーんだよ、ボケ!」


 彼女――ビューネイ・サタナエルは、再度の攻撃を仕掛けるべく、レエテに向って跳躍する!

 相変わらず、恐るべきスピード――かわしきるのは難しい、と判断したレエテは、地をはうように身を低くし直進した。そして、接触点でアッパーカットを打ち上げようと、結晶手を地から振り上げる。


「ハハハ、バーカ! その手は4回戦位前に喰らって、お見通しなんだよぉ。せっかく鍛えたおつむも役に立ってねーなぁ!」


 高笑いし叫ぶと、突如ビューネイは空中で前転、レエテのアッパーカットは空を切った。

 そして背後に回り込み、レエテの首筋に結晶手を突き当てる。


「はい、スパッ――と首ちょんぱで終わり。ビューネイの勝ち、レエテの負け!

ということはつまり……。深淵(アビス)へのツアー決定よね!」


 ビューネイの側の右手を高々と上げ、明るくトーンの高い声で宣言したのは、闘いを見届けていたもう一人のサタナエル一族女子だった。


 闘いを繰り広げた二人より、明らかに年下だ。13、4歳位だろうか?150cmに満たない身長、細身の身体。前髪を眉で切りそろえ、サイドと襟足を肩の部分で切りそろえた幼い髪型。

 顔立ちも丸く大きい眼とやや下がった眉、小ぶりな鼻と口と可愛らしい。


「ありがとよ、ターニア。そういうことだ、レエテ……。まあ、あたしとしちゃあ、またしてもオメーが手加減したような気がして気に食わねえところはあるが……勝ちは勝ちだ。同年同期のダチとして何回も闘ってきたが……今回で多分100対99のあたしの勝ち越しのはずだぜ?」


「ええ、いまいましいけどその通り。しょうがない、今回は付き合ってあげるけど、本当に少し見るだけよ? マイエからはあれだけずっと、深淵(アビス)には近づくなと云われてる。モタモタしてもしもバレたら――どうせいつものように、説明して謝るのは私の仕事になるんだし」


「わかってるじゃねーか……そんときはよろしくな! さあ、善は急げだ。深淵(アビス)に向かうぜ!」


 一人でずんずん先へ進むビューネイの後を、大きなため息をつきながら追うレエテ。

 それを見たターニアも、その後に続いていく。


 8年前――。レエテがマイエのコミュニティに加わった時、その人数は幼い者から大人まで、総勢12名いた。

 それから毎年1人か2人、新規に加わる「追放」を受けた女児たちがいたにも関わらず――。

 現在の人数は、たったの「6名」。


 最年長のマイエとドミノ、26歳。その下のアラネア、23歳。続いてレエテとビューネイ、18歳。最年少のターニア、14歳。


 それ以外の女子は全て――。ジャングルの鳥獣、怪物の餌食となったか、もしくは――。サタナエルの男子やギルドの暗殺者の訓練において標的にされ、その命を落としていった。


 特に、訓練として彼女らが受ける攻撃は熾烈を極めた。

 多い時は日に2度。攻撃が止むことは1週間と続かず、間隙なく襲い来る。ギルドからの攻撃も、名だたる“副将”や、ときには“将鬼”が加わることもある。


 サタナエル一族女子のコミュニティは、ジャングル内に20以上存在するはずだとマイエは云っていた。

 その中でも彼女らのコミュニティは、群を抜いて標的となる回数が多いのだ。

 その理由は――マイエの存在だ。


 マイエは星の数もの闘いで無敗を誇り――。いかなる将が相手でもほとんど勝負にすらならない、最強の戦士として名をはせていた。群をぬくパワー、スピード、テクニックは勿論、最大の武器はその関節を外して倍以上に伸びる両腕のリーチ。

 鞭のようにしなり、超高速を誇る両腕の結晶手を一閃すれば、多ければ10人以上にもおよぶギルド兵卒を一瞬で葬ることが可能だった。

 

 だがその力を使い、自分の仲間、いや「家族」を守ろうとすればするほど――。

 強き訓練相手を欲するサタナエルの者共は群がり、攻撃は激しくなり、巻き添えで結局多くの家族が犠牲になっていく。

 そのジレンマに、マイエは苦悩していた。そしてそれを、一番間近で見ていたのが、家族の中で誰よりマイエを敬愛するレエテだった。


 家族に犠牲を出したくないと、マイエはここ3年ほど特に、狩りや外出について年少の女子に制限を設けていた。


 これに反発していたのが、ビューネイだった。

 彼女は、レエテやアリアと共に育ち、共に「追放」を受けた同年齢。ドミノに保護されて家族に入った。施設にいた当時はほとんど話したこともなかったが、家族となったことで無二の親友となった。

 荒々しく教養を嫌い、無鉄砲で自分勝手な性格はレエテと対極で喧嘩ばかりしているが、その実仲間思いで優しい心の裡はレエテはよく理解していた。


 ――けれども、実際こうして彼女に振り回されているそのときは、本当に絶交してやろうかと思う。その尻を思い切り蹴り上げてやりたい衝動に何度も何度も駆られる。本当に勝手でワガママなんだから、こいつ――と。

 それを見たターニアが横から上目遣いに声をかけてくる。

 

「レエテ? 大丈夫? すごく顔が怖いんだけど」


「え……ああ、何でもない、何でもないよターニア。深淵(アビス)がどれだけ危険か、についてつい深く考えちゃってね」


「そう……? レエテってふだんは優しいのに、キレるとめちゃめちゃ怖いし、レエテにしかできない大声だすからなぁ……気をつけてよ? 前にも声でビューネイ吹っ飛ばして、マイエに怒られてたじゃん。

それに――考えるのはいいけど、もう着いちゃったみたいだよ、深淵(アビス)に」


「え……?」


 ターニアに云われてハッと前方を見るとそこには――ジャングルという異世界の中でも、さらに異世界というべき光景が広がっていた。


 高さ100mにおよぶ異常繁殖した樹々が密集するジャングルにおいて、空が開けている場所は皆無。せいぜいまれに、直径10mほどに形作られた枝葉の隙間から空が垣間見える程度で、基本木漏れ日しか差さない場所なのだ。


 しかしここ、深淵(アビス)上空は――。桁違いに広大な空が広がっていた。

 その広さはおそらく2,000平方km。一つの都市に匹敵する広さだ。

 最初は晴れやかな、あまりに美しい澄んだ空の情景に目を奪われた3人だが―――。深淵(アビス)の本質はそこにはない。


 すぐに彼女らの視線は、下へ――足元に広がる巨大な巨大な、漆黒の穴へと移動する。


 空と同じ面積の巨大な穴において――視認できるのは周囲を形成する岩が確認できる100mほどの下部まで。それより下は――。何も、見えない。何も――。ただひたすらに広がる、この世にあるどのような「黒」も遠く及ばない、真の漆黒。光も届かず、行き先は地獄以外のものではない、まさしく深淵(アビス)だった。


 この深淵(アビス)は、ジャングル最大の川がその水量の全てを吐き出し流れ落ちる場所でもある。

 幅数十mの川が、これだけの落差を流れ落ちる滝となれば、ダリム公国のレナウス瀑布のような大音量の水音が響きわたる筈だ。

 しかしその滝は、深淵(アビス)の底へとただ流れ落ち――。一切の音が無かった。あまりの途方もない高低差に。

 見た目威容を誇る瀑布にある筈の水音なき状況は、より一層この漆黒の穴の不気味さを倍増させていた。


 普段は蛮勇を誇り、強気の言葉しか発しないはずのビューネイが、ゴクリ、と生唾を飲み込み云った。


「……これは……マイエが正しいかもな。こんなトコ、万が一落ちたら、地獄の一番底まで真っ逆さまだぜ。見てるだけで魂を吸い取られそうだ。――もう、見るだけ見れたし充分だ。帰るか」


 ターニアの顔も青ざめ、言葉を発することが出来ないようだった。

 彼女らはすでに、ピクニック気分でここへやってきたことを激しく後悔していた。


 レエテも戦慄を感じてはいたが、しかし、同時に純粋な興味も湧き上がっているように見えた。

 彼女はマイエの今は亡き師、元ギルド“将鬼”のクリストファー・フォルズが家に遺した大量の書物を読み漁り、家族の中でも博識であった。その知識から感じた疑問を口にする。


「たしかに、恐ろしい場所だけど、色々不思議な点がある。川は山に染み込んだ雨水が地下水になりそれが湧き出して流れていくのよ。直接滝になることもある。けど、ここはその逆で、川が滝を通じて地下水を供給してる。そして溢れてない以上、この穴が下で閉じていることはなく、とても広い地下の空間に溜まり――どこかへ通じているんじゃないかしら。湖なんかではそういう場合もある」


「どこか、てどこだよ?」


「分からないけど――例えば海の底とか」


「それが本当だったとして、だから何だよ? 色々ご託は云ってくれるが、あたしたちにとっちゃ、『ここに落ちたら死ぬ』。ただその事実があるだけで充分さ。考えるだけムダってもんだ。さあ、こんなクソみてえな場所、長居は無用だ。とっとと帰るぜ」


 ビューネイは踵を返し、家の方向に歩みを進める。

 それに続いたターニアが――突如、身体と表情を凍りつかせて歩みを止めた。

 

「止まって!!! ビューネイ!」


 突然叫びだすターニアに、ビューネイ、そしてレエテの動きも止まり、凍りついた。

 彼女らは知っていた。この妹分が、家族でもずば抜けて優れた五感を持っていることを。

 それが耳と目と肌をもって何かを感じ制止するということは、確実な危機が迫っているということ。

 そして、この場で危機、といえば――。


「前から、来る――。2人よ。たぶん、男。どっちも――すごく、大きくて、たぶん、強い――」


 そのターニアが見極めた情報に耳を傾け――目は前方を凝視するレエテとビューネイ。


 もう、すでに彼女たちの耳でも足音が聞き取れ、姿が視認できる位置までそれらは近づいていた。


 現れたのはターニアの言葉どおり、2人組の、大男。


 一人は、2m弱の身長、岩のようにごつく筋骨隆々の肉体を黒の軽装鎧で覆う。白い肌と相まって、より強く鈍く光る黒。おそらく年齢は40歳前後。

 髪も眉も一本もなく、身体と同じく岩のようにごつい頭部、顔は、見るものに恐れを抱かせる強面。

 すでに両手に武器を抜いておりそれは――遠近を錯覚しているかと見紛うほどの、刃渡り50cm以上に渡るあまりに巨大なジャックナイフ2本。


 今一人は――。筋骨隆々のジャックナイフを持つ大男が、貧相に見えてしまうほどの巨体かつ怪物的な肉体を備えていた。

 2mを超える身長、岩石と表現されるにふさわしい、並の男10人分には匹敵する筋量を、極限まで引き絞ったかのような鋼、いや黒いダイヤモンドのような肉体。

 短く刈り込んだ髪は銀髪、肌は褐色。身につけるのは禍々しい紋が掘られた黒のボディスーツとブーツのみ。紛れもなくサタナエル一族の男子、であった。一見そう見えないが、よく見れば若々しく、レエテやビューネイと同じ位の歳か。


 すでに、その両手は結晶手化している。

 しかしこの男の最も印象的な部分は、その超肉体をも凌駕する、その貌にあった。

 美男子といっていい、整った顔立ちであるが、その釣り上がり、余りに鋭すぎる眼光。サタナエル一族の黄金色の瞳と相まって、蛙を睨む蛇の眼力と、集約された陽光のような熱量を同時に感じさせるその眼に、3人は完全に気圧されていた。


挿絵(By みてみん)


「ごきげんよう、一族女子諸君。あなた方は、マイエ・サタナエルのコミュニティの子らに間違いないですね?

私は、ギルドの“短剣(ダガー)”将鬼を務めるロブ=ハルス・エイブリエル。

そして――こちらにおわす御方は、次なる“魔人”の継承者であらせられる、ヴェールント・サタナエル殿。

一つ、お手合わせ願いたいのだが、良いかな?」


 ジャックナイフの男――ロブ=ハルス・エイブリエルの言葉に、すでに結晶手を出現させていたレエテ、ビューネイ、ターニアの3人は、一斉に臨戦体勢の構えをとった。

 武者震いしつつ、ビューネイが啖呵を切る。


「……選択の――余地はねーんだろ? あたしはビューネイ、こっちはレエテとターニアだ。

偶然にもちょうど今、地獄の底ってやつをのぞいてきたところさ。テメエらはそこへ、この手で真っ逆さまに叩き落としてやるよ!!」


 その中で、少なくともレエテは相手の最悪にして絶望的な戦力を見取り、半ば以上死を覚悟していた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ