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サタナエル・サガ  作者: Yuki
終章 サタナエル・サガ
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第四話 甦る怨念と、贖罪への問い

 やがて、アトモフィス自治領元帥、シェリーディア・ラウンデンフィルは戦場に到着した。


 レエテより2つ年上の彼女は三十路を目前に控え、トレードマークの帽子と三つ編みはそのままだったがさすがに、以前のような露出の大きな派手な衣装を着なくなってはいた。が、子持ちと思えぬほどスタイルは全く崩れず張りを保ち、身体を覆う黒いスーツから見て取れるシルエットは生唾を禁じ得ないほど妖艶であった。

 オファニミスに夢中でそれを争う間柄のムウルとジャーヴァルスはそうでもなかったが、マルクは大いに好色な視線を向けて一つ口笛を吹いた。


「よお、久しぶりじゃねえか小僧ども。あれから少しは腕を上げたのか? んん?」


 馬上のシェリーディア から屈託のない声をかけられたムウルとジャーヴァルスは、会釈をして言葉を返した。


「どうも、シェリーディア様。上げましたとも。この間は完全に手も足も出ませんでしたが、次は俺が勝てる自信がありますぜ」


「ご機嫌麗しゅう。僕も腕を上げたつもりですが、少々自信には欠けます。シェリーディア様の赤影流をもう少し伝授してもらえたら、勝負はわかりませんけれどもね」


 それぞれ態度は違うが、若さゆえの抜き身の刃のような闘志を感じたシェリーディアは満足の笑みを浮かべた。


「それでいい。アンタらにはまたいつでも胸を貸してやるぜ。

さて……レエテ。とりあえず陣は敷いたみてえだな。3カ国の連合軍とは思えねえ、定石どおりの見事な構えだが――。

敵が本当にサタナエル級のやつらで構成された一個中隊レベルなら――。

張り子の虎に過ぎねえってもんだがな」


 レエテも表情を厳しくし、それに応えた。


「ええ……。兵だけで決着をつけるのはまず、無理と思っているわ。ムウルとジャーヴァルス、それに後方から奴らを挟撃する手はずのシエルが出ないことには、勝負にもならないだろうと予想はしている……。

けれど、何よりもまず、人質を取られてしまっている状況を打破しなければ、攻撃にすら手をかけられない。その状況を変えることができるのは……大陸でただ一人、あなただけよ、シェリーディア」


 主君でもある親友からの信頼の言葉を受けた、シェリーディア。こと白兵戦においては、現在大陸でレエテに次ぐ第二位の戦士である彼女が今最も必要とされる訳。その一つは背負われ鈍い光を放つ、最強の個人兵装“魔熱風パズズ”の存在であった。


 さらにもう一つの決定打――。それは背ではなく腰にぶら下がった、やや小ぶりなクロスボウ。

 派手さはないが、見事な手入れをされた業物である様子がひと目でわかった。

 

 シェリーディアはその小ぶりなクロスボウの方を手に取り、ウインドラスレバーを巻き上げると取り出した「紅い」色のボルト一本を装着して狙いを定めた。

 前方に何気なく狙いを定めたシェリーディアは、片目で照準を覗いた状態のまま、レエテに呼びかけた。



「来やがった、ようだぜ――レエテ。

やっこさんどもがよ……!」



 ハッと前方を見やるレエテと周囲の男たち。



 シェリーディアの言葉どおり――。おそらく1km近くは先であろうがかすかに、横一線の状態で近づいてくる集団が辛うじて見て取れた。

 列の長さからして、おそらくその人数は200名ほど。



「相手の貌が、見える? シェリーディア」



 レエテは訪ねた。射撃手スナイパーとして魔工式での裸眼視力11.0を誇るシェリーディアは、目を細めて敵の貌を見、それに応えた。



「ああ……。どいつも、こいつも……貌こそ知らねえが、良い面構えばっかりだ。やはりサタナエルを思い起こさせるな。

ん……何人かは、見知った貌がいやがるようだ……。それでそれで……? ああ……こいつ……いや、こいつらだな、首謀者は。

人質の、ルシウス伯と、キメリエス王子を縛って引っ立ててる馬に、並走してる、男と、女だ。

他の奴らとは、明らかに次元が違う戦闘者だ。こいつらに間違いねえだろう」


「首謀者……。二人、いるのね……?」


「ああ、それで、そいつら二人にへいこらして付いてるガタイの良い爺が一人。

レエテ、マルク。あんたら二人と縁浅からぬ『元』ダリム公アルフォンソに間違いねえ」


「ダリム、公……」


「う……そして、あいつ、いや、あいつらは……!」



(……マルク外相)


 頭に直接語りかけるような念話を感じ、マルクは気を引き締めた。


(クピードー。情報が、得られたんだな?)


(はい。私の情報を、レエテ伯とシェリーディア元帥にお伝えのほど)


 遠隔での情報伝達技をも身に着けた最高の諜報者、シエイエスの従僕、蛇の魔導生物クピードー。念話では相手の姿と、息のかかるような密着感を感じてしまうゆえに――蛇の彼女のそれを聞くのはもっぱら、マルクの役目であったのだ。


(まったく……神の域の強さなのに蛇だけは死ぬほど怖えって……。お二人とも本当、ギャップが可愛い過ぎる女だよねえ……)


 ニヤニヤしながらも、マルクは口を開いた。


「お二方。クピードーからの情報です。

まず――敵の首謀者は、グルガン・エイブリエルという魔導戦士の男と――。

ジェラルディーン・フラウロスという、“背教者”の女だそうです。」



「――!!!!」


「!!!」



 己が告げた名を聞いた瞬間、極限まで目を見開き、蒼白の貌で自分を振り返るレエテとシェリーディア。その迫力に思わず股間が冷たく縮むのを感じたマルクだが、言葉を続けた。



「そいつらは、それぞれサタナエル将鬼と統括副将の血を引くと主張し、7年前ダリム公国を追われたアルフォンソに接触し結託。共通の敵、『レエテ一行』に復讐し亡き者にすると誓ったと。

アルフォンソがコルヌー大森林に密かに隠し持っていた莫大な財宝を元に、ヴィンランド島に地下要塞を建設。元サタナエルの仲間や準構成員を隠密に招き寄せ、武力を増強し機会を伺っていた様子です。

中々打って出る機会に恵まれていなかったのですが、決定打になった、ある強大な勢力の合流。それが――」


「マリーエンヌ・サタナエル率いる、サタナエル女子勢力10名。そして男子、ラクシャス・サタナエル。2年前、アトモフィスを出奔し行方不明になった、な。そうなんだろ、マルク――」


 低く、つぶやくようにシェリーディアがマルクの言葉を先取りした。

 レエテが驚愕の表情でシェリーディアを見る。


「そういうことさ、レエテ。それが動かしようのない、まさに今アタシがこの目で見た真実だ」


「そんな……! そんな、マリーエンヌ達がまさか、そんなことを!!

たしかに……彼女は私達のやり方に反発した。そして私が聞き入れなかったことで姿を消した。

恋人である、ラクシャスと一緒に。

大陸のどこかでひっそりと暮らしているんだろうと、思っていたのに――」


「思っていたのに、あいつらは最も過激な方法でアンタに敵対する道を選んだ。今のあいつらの貌はな、殺気に満ちていやがるぜ。人質なんて卑怯な手段を使ってでも、レエテ、アンタを殺す気だ。

グルガン、ジェラルディーンとやらの、首謀者どもからはそれ以上の圧倒的憎悪を感じる。

――それに関しては今のマルクの話を聞いた以上、アタシ達にはありすぎるぐらい心当たりが、あるがな……」


 ザウアーに何事か呟いて飛び立たせたシェリーディアの話を聞きながら、レエテの貌は見る見る悲しみと苦悶に満ちていった。


 彼女がここまでの苦悩を露わにするのは数年ぶりのことであり、周囲の者達の心にもまた、苦悩を与えていったのだった。


 一度下を向き、ギリッと歯を噛み締めた後――。


 レエテは決意に満ちた表情でただ一人、馬を進めた。


「レエテ様!! 何を!?」


「危険です。我々も同行を――」


 驚愕するムウルとジャーヴァルスを、レエテは手で制する。



「ダメよ……。今、敵の正体が全て、分かった。そしてそれによって、この事態を引き起こしたのが、全て私の責任だと分かった以上――。

私は一人で、行く。私が全てを解決する義務が、あるの」


 思いつめたような表情で馬を進めるレエテに、シェリーディアが鋭い声を投げかける。


「レエテ!!!!

一人で行くのは、アタシが許さねえ!!!!

せめて、ムウルとジャーヴァルスを連れて行きやがれ!!!!」


 その余りの迫力に、周囲の猛者達は不覚にも心臓が飛び出しそうなほど驚き、レエテは――。

 黙って馬を止めた。


「思いつめやがって……。そんな状態であいつらの所へ行き、罵声を受ければ――。アンタのことだ。自分で死を選びかねねえ。

いいか。これだけは云っとく。『アンタ一人のせい』なんかじゃ決して、ねえ。

ムウル、ジャーヴァルス。レエテを見張れ。アンタらを利用して悪りいが、アンタらの存在がこいつへの抑止力になる。

レエテ。人質は、アタシに任せろ。アンタの期待どおり、無傷で救う道筋を作ってやる。だから行くなら、20mは近づき、人質救出の体勢を整えろ。

その後は、絶対えに容赦するな。殺せ。どんな事情があろうと、そのために罪もない人間を何人犠牲にしようが構わねえってド外道どもだ。サタナエルと、同じだ。それを忘れるな」


「……」


 レエテはそれに、反論しなかった。そして黙って、馬を進めた。


 シェリーディアの目配せに応じ、レエテを師とも姉とも深く慕うムウルとジャーヴァルスは、すぐさま彼女の馬に追随した。


 それを確認したシェリーディアは――その場で、再びクロスボウを構えた。


「頼んだぜ……フェビアン」


 そう、そのクロスボウは――。

 7年前のドゥーマ無血占領後、サタナエルの一員として共同墓地に葬られていたフェビアンから接収された、彼女愛用の形見のクロスボウ。

 ヘンリ=ドルマンを通じ、数年前偶然に入手することができたものだったのだ。

 熟練の手入れがされ、“匠弩マスターギュス”と名付けられた百発百中の精度を誇る銘器。

 それを動かず水平に構え狙いを定め、超精度で継続するシェリーディアだった。




 “再生の(リジェオン)サタナエル”の軍団200名余りは、敵総大将であるレエテの前進を前にしてすぐさま進軍を停止した。


 その様が――物語っていた。

 敵軍勢の目的が、他の何でも誰でもない、レエテ・サタナエル本人であるのだということを。


 

 軍勢の目前、20mほどにまで近づいた、レエテ。それに追従するムウルとジャーヴァルスの、3名。


 その目前に展開するのは――。

 マルクとシェリーディアの言葉が物語っていたとおりの、サタナエルそのものと見紛う超越的戦闘者の軍勢、そしてその首謀者たちと協力者、人質の姿だった。


 

 後方に控える頑強な老人、元ダリム公アルフォンソが口を開く。体格こそ衰えてはいないが、禿げ上がった頭から白い髭に覆われた顎まで、皺だらけの疲れ果てた様相。7年前の威厳など見る影もないみすぼらしさに変貌していた。


「レ――レエテ・サタナエル!!! 私は、私は貴様のせいで、全てを失ったあああ!!!!

今こそ、今こそ復讐をおお――ぐううああああ!!!!」


 手元で爆発した“光弾(バル=リグーレ)”によって左手の指数本が弾け飛び、騒々しい喚き声を上げるアルフォンソ。

 その発生元の――“背教者”と思しき、栗色の髪をポニーテールにした、20代半ばと思しき美しい女。彼女は、侮蔑と嫌厭の目をアルフォンソに向け、云った。


「三下の出る幕はないわよ……黙って見てなさい。

さて……レエテ・サタナエル伯爵閣下。私たち“再生の(リジェオン)サタナエル”が何者で何が目的なのか、あなたを崇め奉る優秀な“信徒たち”ならもう、突き止めているわよね?」


「……」


「分かりやすい、良い貌するわね、あなた。改めて名乗らせて頂くわ。私は元サタナエル“法力ヒリング”ギルド統括副将メイガン・フラウロスが孫、ジェラルディーン・フラウロスよ」


「……キャティシアの……お姉様、なの……? あなたは……?」


「ええ。腹違いではあるし、彼女とは会ったこともないどころかお互い存在も知らなかったけれどね。そういった大勢の中の一人同士ではあったのよ」


 ジェラルディーン・フラウロスと名乗る美しい女性。その貌を見たレエテには、情報や名乗りを聞くまでもなくすぐに素性は伝わった。

 髪の毛や、大きな目、面差しがあまりにも良くキャティシアに似ていたから。


「私は、潜入暗殺者として育てられた彼女と違い、純粋な戦闘者として育てられた。だからお祖父様はね……私にはとてもとても優しい、ただ一人の大事な肉親だったの。大好きだった。

それが、虫けらのように無残に命を奪われた。悪魔ルーミス・サリナスの手で。すなわち奴を主導した、レエテ、貴様の手によってね……!!!」


 突如、地獄の鬼のごとき凄絶な表情に変貌する、ジェラルディーン。


 レエテは怯えたような表情で蒼白となり、苦悶のあまり胸に拳を当てた。

 キャティシアそっくりの彼女が、かつての自分のような、復讐に身を焦がす鬼となって目の前にいる。憎悪を自分に向けて。その事実は、レエテの精神に巨大なダメージを与えるに十分だった。


「その悪魔が、のうのうと生き英雄のように大陸の王族どもに崇められ、一国の王になり、家族までもって幸福を享受している。思うだけで吐き気が、したわ。ずっと苦しんできた。絶対に許さない、あの魔女を殺してやる……!!! それだけを思って生きてきた……! 

ここに居る同士はね。経緯は様々だけど皆想いは同じなの。こちらのグルガンは、ほぼ私と同じ境遇よ」


 視線を向けられた――。長い金髪を風になびかせる偉丈夫の男。2m近い逞しい身体、貌立ちを見たレエテには、こちらも名乗られるまでもなく男の素性を感じ取るに十分だった。


 ロブ=ハルスと――行方知れずとなったレーヴァテインとも共通する容姿を備えていたから。


「元サタナエル“短剣ダガー”ギルド将鬼、ロブ=ハルスが息子、グルガン・エイブリエルだ。

レーヴァテインの兄にもあたる者。

恩義ある偉大な父のあだを討つ。俺もまた、そのためだけに生きてきたのだ。大陸史上最悪の魔女、レエテ・サタナエルよ……!!! 

かつてサタナエルに身を置き、貴様のために露頭に迷った者達、貴様に不満を持つ同士を集め――。身を鍛え上げ、計画を練り続けてきた。

そして機会を伺っていた我々の元へ、つい先ごろ――。こちらに居る強力な同士が、現れたのだ」


 そして視線を向けた先に居たのは――寄り添うように馬を並べる、男女。


 いずれも銀髪褐色肌のサタナエル一族だった。

 男の方は、サタナエル滅亡時、“第一席次(ディエグ・ウヌ)”クリストファーの虐殺を生き延びた元“屍鬼”の一員、ラクシャス・サタナエル。


 女の方は、長い巻髪を後ろで束ねて流した、気の強そうな美人であった。


「久しぶりだね。レエテ様。お元気そうで何より。

だけど――よく、分かったでしょう? あなたが決して正しい存在ではないのだということが。

あなたは殊更、自身を含むサタナエル一族の特殊性が人々から悪用され、迫害の対象になるのだと被害妄想を募らせ続け――。あたし達一族の自由を制限して移住すら禁じた。あたしは反対意見に耳を貸さないあなたを見限り、ラクシャス(このひと)や仲間と一緒にアトモフィスを逃げ出したけど――。外界の人びとは、とてもあたし達に優しかった。こうして分かりあえて、手を携えて同じ目的に向かうことだってできている」


「マリーエンヌ…………!」


「今のあたしとラクシャスの目的はね、残り少ない人生を費やして、かつてのサタナエルと同様に一族を支配するあなたを排除し――。サタナエル一族を“解放”することよ」



「うう……うううう……」



 あらゆる方向から一気に心を切り刻まれ、ついに涙を流して身体を震わせたレエテ。

 

 わかってはいた。かつての自分の復讐は私怨であり、罪を重ねていたのだと。

 だから、苦悩してきた。自ら命を断つべきかも視野に、仲間たちと悩み苦しみながら、それでも大陸のために献身することが道だと信じて、今まで進んできた。


 一族のことも、他の人々に対する以上に考えてきた。奴隷から解放した一族女子を、いかにして大陸のいち市民という存在に変化させていくか。強く不死身でかつ短命な一族は、人々とあまりにも違う。アトモフィス国内では皆人生を謳歌できる自由を与えたが、外部に対しては時間をかけて慎重に対処してきた。寿命が迫る世代には酷だが、渡航は許しても移住は禁止せざるを得なかった。


 身を粉にして考え、尽くしてきたつもりだったが――やはり、贖罪は成しえないのか。呪縛からは逃れられないのか。


 そして――。自分がかつて持っていたあらゆる憎悪の感情を翻って自分に向けられる状況は、レエテの繊細すぎる心に絶望的なダメージを与えていた。



「ごめん……なさい……。私は……私は……あなた……たちに……」



 心が折れようとするレエテに対し、ムウルとジャーヴァルスは必死に呼びかけた。



「ダメだ!!!! レエテ様!!!! 

あなたは何一つ、間違ったことはしていねえ!!!! それを俺達は知ってる!!! 気を確かに持ってください!!!!」



「そうです!!! お気を確かに!!! そいつらの云うことは、詭弁です! あなたはかつての復讐のとき、そいつらのように罪のない人間を進んで殺したり、人質を取ったりなどは決してしなかった。マリーエンヌも、結局あなたが危惧したとおりに利用されている。あなたは正しいのです!!!」



 叫びながらも、ジャーヴァルスは歯噛みした。人質がいる以上、こちらは攻撃の手も反撃の手も出すことは許されない。

 だが、敵も思いのたけを吐き出した直後で感情的になっており、またそれによって心が揺らいだ仇敵レエテのもとに意識が集中している。


 ジャーヴァルスは、はるか後方で狙いを定める、超常戦闘者に振り返らずして心で声を向けた。


(――今です、シェリーディア様――!)



「――分かってるよ、ジャーヴァルス――。今しか、ねえ。

ナユタ。アンタの技をフェビアンの得物に乗せるのは気が進まねえが――。託したぜ」


 

 そう云うと――シェリーディアは髪の毛一本以下の精度まで狙いすました、長距離射撃のトリガーを、引いた。


 

 超スピードで放たれた紅いボルトは、まるで引き寄せられるがごとく、“標的”である――。


 アルフォンソの額の正中心を、正確に射抜いた!


「ぐあああああああ!!!!!」


 断末魔の叫びを上げる、アルフォンソ。それと同時に、まるで吹き出す鮮血をすすり姿を変えたがごとく――。

 真紅のボルトから、暴虐的に出現したのは――。


 天を突くように巨大な、炎の竜。


 ナユタの、“獄炎竜殲滅殺連撃フェウリスドラッチェマウエル”の9つの炎竜だ。

 ボルドウィン魔導府の新技術により、ボルト内に封入された彼女の魔力が、命中と同時に発動したのだ。



「なっ――ぐうう!!!」


「うおおおお!!!」



 驚愕の表情を貼り付け、これに反応するジェラルディーンとグルガン。そしてマリーエンヌとラクシャス。

 ――反応、防御が間に合ったのは、ある水準を超えた強者である彼女ら4名だけだった。


 それ以外の、周囲の残りの戦闘者たちは――。アルフォンソの身体を燃やし爆散させて展開する炎竜に、為す術なく焼き尽くされていった。人質であるルシウス伯とキメリエス王子両名の馬を残して。


 敵の混乱を見極めた、キメリエスの反応は早かった。

 彼は猿ぐつわをはめられ、両手を後ろ手に縛られた状態のまま、身体を前に倒しての頭突きと、膝での蹴りだけで馬を反応させ、前進させた。そして隣のルシウス伯の馬に体当たりさせてこちらも走らせ、レエテに向けて一直線に走らせたのだ。

 大陸一といわれる馬術を誇るキメリエスの、流石の機転と技だった。


 だが――。



「逃がす、かああああああ!!!!」


 凄絶な表情で、後ろ上方からキメリエスに飛びかかる、一つの影。


 おそらくは敵で最強の戦闘者である、ジェラルディーン・フラウロスだった。


 馬上から人智を超えた跳躍力で襲いかかる彼女の手には、巨大極まりない光弾バル・リグーレが形成されている。その人外の身体能力、法力の強さからするに、かつてのゼノン級の“血破点開放”の達人であることに疑いの余地はなかった。


 その光弾バル・リグーレが、死を覚悟した表情のキメリエスに到達しようとした瞬間――。



 その間に、強力無比な耐魔レジストとともに立ちふさがった影――。

 地上最強の、戦闘者。


 彼女の結晶手と光弾バル・リグーレが反応し、反発力で弾かれるように、ジェラルディーンは後方に飛ばされる。

 その間に、キメリエスらは無事にムウルとジャーヴァルスの手引きで、安全な間合いへと逃れきっていた。



「――ッ!!! おのれ――レエテええええええ!!!!!」



 激昂し歯ぎしりするジェラルディーンに、地上で相対するレエテ。その表情からは、まだ迷いが払拭されてはいなかったものの、構えを取る姿からは明確な闘気が感じられた。



「ジェラルディーン……。私は、自分の罪を自覚している。あなたたちの責めを負う、覚悟もできているけれど――。

そのために、罪もない人、私の大事な人を殺させは、しない。

だから、あなたたちをこの場で、止める。お願い――私に、あなたを殺させ、ないで――」

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