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サタナエル・サガ  作者: Yuki
終章 サタナエル・サガ
309/315

第二話 流れゆく激動の刻

 この決闘に、立会人は、いない。


 最強の魔導がぶつかり合う、特殊極まりない決闘は、それを見守るものも等しく巻き込むほどのものだ。

 かつて、ボルドウィンで行われた大魔導戦、ナユタ対フレアと同じように。


 防ぐには、危なくなったら空を飛んで逃れるか、十分に通用する耐魔レジストで身を守るしかない。それができる者など、今や大陸に数えるほどしかおらず、その人物のほとんどは――アトモフィス自治領に集中している。

 よってこの決闘の成り行きと勝敗のジャッジは、当人達のみによってなされるのだ。


 開始の合図も、ない。

 それはただ、当人達の意志と呼吸だけが全てとなる。


 口火を切ったのは――。


 皇国全家臣、統候らの反対を押し切り、紅髪の女魔導士の挑戦を承諾した男。

 ヘンリ=ドルマンの方だった!


「“束高圧電砲ホクスパヌングストルム収束コンベルグ”!!!!」


 かつて“魔人”ヴェルにも放った強撃が、初弾であった。

 

 森林を落雷によって一気に火災に陥らせるほどのエネルギーを、直径2mにまで集約した雷撃の砲弾。


 魔導士の通常対峙距離である20mの距離を、一気に詰める砲弾を迎え撃ったのは、耐魔レジストを全面にまとわせた巨大なる氷壁だった。


「“氷河防壁グレッチュアマウエル”!!!」


 厚さを5mにまで拡張した氷壁であるにも関わらず、雷撃砲の馬鹿げた威力は耐魔レジストを突き抜けてそれを粉々に破壊、飛散させる。


 だがその向こうから姿を現したのは、今や通常技にまで容易に使用できるよう鍛え上げた、“獄炎竜殲滅殺連撃フェウリスドラッチェマウエル”の9つの炎竜。


 首を広げる超巨大ヒュドラのような、燃え盛る竜の牙。それをヘンリ=ドルマンは耐魔レジストによって見事防ぎ、散らす。


 が――ほぼ同時と云って良いタイミングで、今一つの攻撃は発動していた。


 それは――周囲の切り立った全ての、「岩山」そのものだ。


「“念動力テレキネシス”!!!」


 ナユタの号令とともに、周囲の切り立った岩山は崩れ、一個直径1~5mほどの巨大岩石100個あまりの塊となり浮遊。

 即座に、引き寄せられる隕石のごとくヘンリ=ドルマンに襲いかかった。


 炎竜を撃退した直後、魔力を消耗していたヘンリ=ドルマン。必死の形相で雷撃のエネルギーを拡散させて岩石を打ち砕いていくが、流石に全てを撃退しきれない。


 残った6個ほどの岩石が、まさにヘンリ=ドルマンを打ち砕くかに思われた、その瞬間。


 彼は左手の魔導義手を空に掲げ、魔力を込めた。膨大な魔力を込められた義手の中のイクスヴァは、急速に巨大膨張し、空中を舞う紫色の刃物に姿を変えた。


「“守護神の手ウェイクドガーディナル”!!!」


 それは、“背教者”ルーミスの“熾天使の手(セラフィグ)”、その兄シエイエスの“蛇王乱舞ダンゼデュザウハーク”の特長を併せ持つ、見事な魔導技だった。巨大化した彼の手は見事に、残り6個の岩石を切り刻み分断し、無力化に成功した。



 ナユタは――己の畳み掛けるような渾身の魔導が見事に防がれたのを見て、冷や汗を一条流しながらも、笑いながら肩をすくめて云った。



「流石としか云いようがない、ですよ師兄。もはやこれほどの力のぶつかり合いにあっては、小細工をいくら弄しあっても、時間が長引くばかりでしょう。

それで提案なんですが……」


「互いの最高最強の奥義を正面からぶつけ合い、その勝敗をもって雌雄を決しよう。そう、云いたいのかしら? 

……ならば、妾は望むところよ。すぐに始めましょうか」


 ヘンリ=ドルマンの応えに、ナユタは再びフッと笑いを漏らし、素早く腰の2本のダガーを引き抜いた。


「あなたはいつも話が早くて助かりますよ。ならお言葉に甘えて、さっさと済ませちまいましょうか。

――“神罰滅火煉獄殺メギッドフェウラー”!!!!」


「“神雷審判災禍スリクターカタストル収束コンベルグ”!!!!」



 互いの、最大奥義の発動が交差する。


 次の瞬間――。

 

 ナユタの両のダガーの範囲に集約された、彼女の最大最強の業火の渦と――。


 ヘンリ=ドルマンが大災害級の雷撃を、己の前面のみに集約した数億ボルトの大電流――。


 天才アリストル大導師が編み出し、教授されたそれをオリジナルを超えて磨き上げた地上最強の魔導技同士が、正面から激突。



 後の世に、数十km先にまで響き渡ったと伝えられる大轟音と、閃光が炸裂――。



 数十秒がたち、それらが収まったとき――。



 勝敗は決したことが、その場の状況により示されていた。


 力なく地に膝を屈するヘンリ=ドルマンと――悠然と立ち、彼にダガーを突きつけるナユタの姿、という状況によって。



「――――見事よ。おめでとう、ナユタ。

妾の、完敗だわ。

イクスヴァで増強したはずの我が雷撃を押し切ったばかりか、己の炎が妾に届く寸前にそれを散らし、敵である妾を救う余裕までも見せた。

妾としては遂に己が超えられた悔しさはあるけれど――可愛い妹弟子がそれを成し遂げてくれたという誇りのほうが、勝っている。

皇帝の妾は立場上それを名乗ることができなかったけど、貴女には名乗ってもらいたい。

“大導師”ナユタ・フェレーイン、とね」


「――謹んで、お受けします。感謝します、我が兄弟子よ」


「そしてナユタ。これは、貴女の主君であるレエテとの交渉が必要な話だけれど――。

貴女はその“大導師”の称号とともに、ボルドウィン魔導王国を統治する気は、ないかしら?」


 ナユタは――ヘンリ=ドルマンの思いもよらない言葉に表情を凍りつかせた。


「……本気、ですか……? それは、あたしにレエテを裏切り、宗主国の敵にもなりうるあなたの実質的配下になれという……。『調略』、ということになりますが。

レエテがどう云うかは知りませんが、あたしにあいつを裏切るなんてこと――!」


「まあまあ、落ち着きなさいよ。最後まで話を聞きなさい。

ナユタ。貴女は地上最強の魔導士になるのが夢だった。そして今、それは実現したけれど――。『その後』のことを、貴女なら当然考えていたはず。大導師を誰より崇拝していた貴女なら。

すなわち、彼が志向した魔導の普及と、この世界への貢献。その意志を受け継ぐことを」


「……」


「それは残念ながら、アトモフィス自治領の将軍位に収まっている現状では決して成しうることはできない。魔導が普及し、魔導士が育つ土壌の地で、拠点をもち腰をすえて望むという環境が無い限り、成しえない。

それに最適な場が――ボルドウィン。すでに魔導が普及しながら正しい意識が育っておらず、新たに魔導を志す者も受け入れうる最適の土壌。

貴女も内心、魅力を感じていたのではなくて?」


「……そ、それは……」


「それにね、ノスティラスの衛星国という位置づけではあるけど、ボルドウィンは独立国家。

女王となった貴女が望めば、宗主国の思惑とは別にアトモフィス自治領との蜜月の同盟だって結ぶことができる」


「でも……あたしは今、娘を産んだ、ばっかりで……。この決闘だって悩みに悩んだ上でなのに……」


「心配しなさんな。そこを何とかしてくれる人間が現れるまで、ミナァンは貴女を補佐してくれる。レジーナ議長だって、立場に目をつぶって、『戦友』である貴女を補佐してくれると云っているわ。

貴女は、アトモフィス以外でだって、一人ではないの。

レエテと、相談してみてくれるかしら?」


「……わかり、ました。レエテ(あいつ)とよく話をして……あたしの母がわりの尼僧シスターともよく話し合います。

お気持ちは、ありがたく受け取りますが……師兄。あなた、自分の大陸でのパワーバランスと、あたしがもたらすであろう魔導技術の恩恵を受けようって計算と下心もしっかりあってのことですよね?」


「……よく、わかってるじゃない? けどそれを理由に断るほど、貴女も子供でも純朴でもないでしょ?」


「当然ですよ。むしろ現実主義リアリストであるあなたを、あたしは尊敬してるんですから。安心しました。

正直、面白くなってきたとも思ってますよ。ご期待に沿い世に貢献することが――あたしの過去に対する『贖罪』だと思って邁進させていただきますよ。レエテもきっと――きっと分かってくれると、思います……」





 それから、レエテの理解・快諾と、サディに院長の座を譲ったラーニアの移住という最高の結果を得て、“大導師”ナユタ・フェレーインは新生ボルドウィン魔導王国女王となった。

 

 もちろんアトモフィス自治領とは国を同じくするほどの蜜月中の蜜月の関係を築いた上で。


 正式な大陸最強の大導師が魔導士の創生の地で門戸を開いたという話は、光の速さで大陸全土を駆け巡り――。

 ひきもきらず入門志望の若者が現れ――。


 かつてのアリストルを超える、魔導士育成と魔導技術の追求機関として、ノスティラスのイセベルグとも情報を共有しながら、発展を遂げていったのだった――。





 *


 サタナエル滅亡より、3年が過ぎた。


 エストガレスの国内安定化により、情勢が落ち着き始めたハルメニア大陸。


 アトモフィス自治領も――サタナエル一族女子や、レエテの元で新国家に貢献したいという外部在野の優秀な人材たちによって、急速に都市国家としての体裁をなしていった。


 中心となるレエテ、シエイエス、シェリーディア以外にも、舵取りを任せられる人材がどんどん育っていたのだ。



 それにより、リーダーとして慌ただしく走り回っていたレエテにも、時間ができた。



 彼女は今――休暇をとりエストガレス王国にいた。

 アンドロマリウス連峰の麓、セルシェ村に。



 ここには、かつてローザンヌの死闘で失った大切な仲間、キャティシア・フラウロスが眠る墓がある。


 それは、かつてのサタナエルの隠れ蓑、ガイドの山小屋の近くにあったのだが――。


 現在ではその様子は一変していた。



 3年の間に、「レエテ一行」の大功績を讃えたオファニミス女王によって、質素ながら手間をかけた立派な墓所が建設されていたのだ。

 石造りで、管理の人員も備え、ハーミアの礼拝施設の中で、キャティシアは祀られていた。


 最初は、元の状態でそっとしておくことを望んだレエテだったが、あることをきっかけに思いは変わった。



 それはかつて、ナユタ、エルスリードとともにバレンティンでソルレオン王に謁見し、ホルストースの命を守れなかったことを詫びてひざまずいたときだった。


 ソルレオンは近づき、手ずからレエテの肩に手を当て貌を上げさせた。


「やめてくれよ、レエテ伯。貌を上げてくれ。

俺はあんたに感謝こそすれ、責める気なんぞ毛頭、ない。あいつは――ホルストースは、あんたのおかげで男としての真の生きがいを見出し、そちらのナユタ陛下という最高の伴侶の命を守って果て、そしてエルスリードという最高の娘を設けた。

最高の人生だったと、思う。本当にありがとうと云いたい」


「……陛下」


「そしてナユタ陛下。あなたが俺に返還したいというドラギグニャッツオは――。ボルドウィンの女王にもなったあなたに、貰っていただきたい。その方があいつも喜ぶ。

そしてあいつの遺体も――。できうるなら仲間とともに、葬ってやってほしい。俺は会いたきゃそっちに行くから。

あいつの遺品は我が国に沢山あるし――国葬だって、もう開いた。墓所も造った。それで十分さ。

――今は少しでも、そちらの俺の可愛いカワイイ孫娘を、少しでも長く抱かせてくれると嬉しい。

――おおおお、おおおお――よしよしいい子だ、エルスリード……。お爺ちゃんだぞお……。ほんと俺に似てくれて……嬉しいぞ。きっときっと、美人さんになるぞおお……」


 相好を崩し、涙を流すソルレオンを見て、レエテは決意した。


 あの復讐行で尊い命を失った仲間たちを、一緒の場所に、ゆかりの場所に葬ってあげたい。


 そして彼らの偉業を、ひっそりと葬るのではなく、できるだけ多くの人に知ってもらうべきなのだと。そう思った。


 その足でローザンヌを訪れたレエテは、己の構想をオファニミス女王に話した。


 オファニミスは――涙を流しながらその思いに同意し、国費をかけて望み通りの墓所を建設すると約束した。


 ナユタの合意も得て、ランスロット、ホルストースの遺体を移送、墓所を移設。「レエテ一行」にて名誉の戦死を遂げた3名、ランスロット、キャティシア、ホルストースは隣り合った、落ち着いた清潔な造りの共同墓所に葬られることになったのだ。

 女王が名付けたその名は――“女神の衛士(ディーゼガーディン)”墓所。




 今まで何度も何度も行ってきた、3人への万感の思いを込めた祈りを、レエテは改めて時間を込めて捧げた。


 そして向かったのは――3つに並んだ墓の対面の壁だった。


 そこには――巨大な「壁画」が描かれていた。


 漆喰の上に絵の具を塗り、石に浸透させていくフレスコ技法で描かれた、その絵は――。


 レエテ自身の天才的な、誰もが息を呑むような精密で美しい絵の技術で描かれた――。


 レエテ、ナユタ、ランスロット、ルーミス、シエイエス、キャティシア、ホルストース。レエテ一行の、勇姿だった。

 

 しかもそれは――神聖画のように美しくはあったが、英雄を描いたというような勇ましいものではなく――。

 レエテの性格が最大限に現れた、心が洗われるような優しい絵だった。

 誰もが、壁から抜け出てくるようなリアルで精緻な筆致で描かれた中で、皆は笑顔で、優しい貌で見つめ合っている、そんな集合絵だった。


「――もう少しで、完成だな。お前がこだわっている、ホルストースの絵を描き終えられれば」


 声をかけてきたのは、同行してくれたシエイエスだった。

 彼の両手には、ホルストースを描くのに必要な、黒、橙、白、肌色といった絵の具のバケツが下げられていた。


 続いて入ってきたのはルーミス。


 そして――シエイエスの傍らを駆けてくる、二人の、幼児たち。


「おかーさんー!! おかーーさんんーー!!!」


「あああ――ううううう――まあまあああーー!!!」


 それは――3歳ほどの、女児と、2歳になるかならないかという、男児。


 それぞれ、褐色の肌と銀の髪、黄金色の瞳という――まごうことなきサタナエル一族の特徴をもった、子供だった。


「こらこら――お前たち」


 それをシエイエスはたしなめるが、子供たちはレエテに突進していく。


 レエテは最大限の慈愛に満ちた表情で両手を広げ、二人の子供たちを迎え入れた。


「――おいで、エイツェル、レミオン。私の、かわいい子達――」


 そう云って――ビューネイから受け継いだ姉エイツェル・サタナエル、自分とシエイエスの子である弟レミオン・サタナエルの姉弟をしっかりと抱きしめる、レエテ。その様子は、母親としての美しい愛情にあふれていた。


「ほら――これを、あなたたちに、見せたかったのよ。お母さんがずっと描いてきた、大事な絵を。

これが、お父さん。これが、お母さん。あの紅い髪の女の人はナユタおばさん。こっちが――ルーミス叔父さんなのは、わかるわね。

おばさんの、肩に乗っているリスさんが、見える? あれが、ランスロットよ」


「あーしってるー! まどうせいぶつの、りすさんだー」


「そうよ。とっても賢くて面白くて、そしてとても勇敢だった。ナユタおばさんの命を守ったのよ。

そしてあのかわいい女のひとが、キャティシアよ。

とても可愛そうな生まれ育ちの子だったけれど――本当に本当に、純粋ないい子で――ルーミス叔父さんの恋人だった。エイツェル。あなたには、あのキャティシアみたいないい子に育ってほしいと、お母さんは心から思うわ」


「キャティシア…………」


 ルーミスは万感の思いを込め、3年の間彼の記憶にあるそのままの精細な姿の、愛おしいキャティシアの絵を見つめていた。


「そしてこれから仕上げるのが――ホルストースおじさんよ。

あなたたちのお友達、エルスリードのお父さん」


「あーー、あーー!! きーたー! ナユタおばさんからー! エルスリードちゃんの、おとーさんだってー!!」


「そうよ、エイツェル。このひととお父さんお母さんは本当の親友だったから、ナユタおばさんはあなたと似た名前をエルスリードに付けたのよ。

このひとは――本当に、最高に心が強くて正しい、戦士のなかの戦士だった。誰も、ホルストースの心の強さには、かなわないの。ナユタおばさんを守り、“魔人”ヴェルだって、ホルストースを認めてたの。レミオン、あなたには、このホルストースみたいな真の男になってほしい。

このひとに、お母さんは絵を描いてるところを見られて、とてもほめてもらったことがあって。いつか必ず、このひとの絵を描いてあげるって、約束してたの。だから、最後にして、すごく時間をかけていい男に、描いてるの。もう少しでできあがるから、一緒に見ててね」


「はーーい!!!」


「ホルストース……。

お前とは……レエテを争った仲で……俺もいい刺激をもらった、最高の親友だと思ってる。

幸いにして俺はレエテに、選んでもらうことができたが……。

男として、人間として、お前は俺よりずっと上の存在だった……。素晴らしい、戦士だった……。英雄としての武勇譚も、最高の形で語りつがれるだろうな……。

今もこうして、レエテに丁寧に一番いい男に描いてもらえるのには妬けるが……それにふさわしい男だよ、お前は……」


 目を潤ませながらシエイエスは、未完成のホルストースの絵に向かって語りかけた。 


「さあ、今日こそ完成させてあげるわよ……ホルストース。

本当に、ありがとうね……私なんかについてきてくれて。そしてナユタの良いひとになってくれて。ほんとにほんとに……ありがとう……」


 いつしか涙を流しながら、レエテは一心不乱に、凄まじい技巧の筆を走らせ続けたのだった。




 *


 同じ頃、シェリーディアは――。


 ローザンヌ城のオファニミス女王の元を、訪問していた。


 天守閣に移された謁見の間の玉座に座る、オファニミス。その傍らには、シェリーディアの来訪を知って駆けつけた、ダリム公国守護、ダフネ中将の姿もあった。


 謁見の間に案内されて入ってきたのは――。


 肩に従僕ザウアーを乗せたシェリーディア。そして彼女の豊満な胸にしがみつきながら抱っこをされている、2歳ほどの――男児、だった。


 ザウアーはすぐさまダフネの元に飛んでいき、久々の再会と友好を温めあっているようだった。


 そしてシェリーディアが抱く男児を見たオファニミスは――。満面の笑みで相好を崩し、玉座から立上がって自ら歩み寄ってきた。


「ああ――なんて、なんてこと――。

わたくしに、良く貌を見せて――! そして、抱かせてちょうだい!!

アシュヴィン――!! お従兄さまの、息子――。わたくしの甥っ子同然の、その子を!!」


 シェリーディアは苦笑し、胸のアシュヴィン・ラウンデンフィルをオファニミスに渡そうとした。


「う……お……かーさ……ん」


 とても激しい人見知りらしいアシュヴィンは、当初泣きそうな貌で抵抗していたものの――。

 事前に母親からよく云われていたらしく、おずおずとだが、オファニミスの腕に抱かれた。


 もう20歳を迎え、雰囲気は大人になったオファニミスだが、身体はあまり成長せず、細い腕で四苦八苦しながら幼い「甥っ子」を抱き上げ、額にキスをした。


「かわいい――かわいいわ! 目はとても貴方によく似ているけれど、シェリーディア。貌の輪郭とか鼻とかくせっ毛とか、口元とかはダレンお従兄さま瓜二つだわ! ああ、もう……どうしていいかわからないぐらい、幸せ……。まるでお従兄さまの生まれ変わりが目の前にいるみたい……」


 シェリーディアは肩をすくめてオファニミスに云った。


「まあそうだな……アタシもダレンによく似てるからカワイイっていうか……。外見もそうだけど人になかなか心を開かないシャイっぷりとかの中身も、あいつそっくりなんだよ。

レエテんところのエイツェルとレミオンがまあ凄え腕白どもだから、いっつもあいつらに泣かされてたり。難しいとこもあるけど……その分カワイイし将来は楽しみな才能の持ち主だな」


 そこで目元にやや影をつくったオファニミスが、シェリーディアに尋ねる。


「となると……あの話はやはり本当なのですか?

この子も……“純戦闘種”だというのは……」


 シェリーディアも口元を厳しくして、頷いていた。


「ああ……間違いねえ。

この子は引っ込み思案だから普段は出さねえが、運動能力は破格の天才だ。アタシの血を引いてるからってレベルじゃあなくな。

おそらくダレンは……生前に自身もメフィストフェレスを服用していたんだ。このことを見越してな。

そして能力が受け継がれた」


「そう、ですか……。

難しい宿命ではありますが……まだまだ波乱ある大陸のこと。それがこの子のために役立つのだと信ずることにしましょう。

にしても、シェリーディア……。こうして来ていただくと本当にそう思うのですが……。

今からでも……どうにかして我がエストガレスに来てもらうことは、できないのでしょうか……?」


「フフッ、今まで何度も声をかけてもらってありがてえが、それだけは聞き入れる訳にはいかない。

アタシの母親と妹の存在もあるが……」


「貴方にひどいことをしておきながら……手のひらを返したように、家族の自分たちも貴族にしてくれと厚かましい要求をしてきた方々のことですか?」


「ああ、アタシは会わず、不自由しない程度の金を渡して縁を切らせてもらった。今後も同じことがあるかもだが、そっちはまだいい。

問題は……やはりこの子の父親だ。

ダレンの純粋さや宿命の事情なんて真の姿は、アタシたち二人しか知らねえこと。

他の人間、それもエストガレスの人間にとっちゃあ、この子は呪われた悪魔の子なんだ。

そんな環境にこの子を置くことは、やはりアタシにはできない。申し訳ないが」


「いえ……わたくしも、それは十分に承知していること。レエテや貴方が、ノスティラスよりも我が国を選んでくれた恩恵を考えれば、贅沢な要求です。それこそ、厚かましいお願いでしたね、申し訳ありません。

おかげさまでようやく我が国も安定してきましたし、これからはなるべくアシュヴィンの貌を見せに、来て頂けると嬉しいですわ」


「ああ、そのへんは義理を欠かないようお邪魔させてもらうよ。レエテらにもときどきは貌を出すように云っておくよ」


 シェリーディアは何とはなしに、レエテ達が現在居るはずの北西の方角に視線を移したのだった――。

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