第一話 変化せし大陸
「あああああああ!!!! あああああああああーー!!!!」
室内に、自分の絶叫が木霊する。
何て、痛さだろう。かつての世界一過酷な戦争の中で、自分は十分に、激痛というものを味わってきた。
たしかに、これよりも痛みの刺激では上回るものはいくらでもあったかもしれない。しかし――この痛みは、種類が違う。
決して逃げることは許されず、強まっていくことはあっても弱まることはなく、ずっとずっと、続く苦痛だ。内臓が、下腹部を裂いて中から爆散するのではないか、というほどの。
これが――これが、そうなのか。
「ナユタ!!! 気を確かに!!!! もうひと踏ん張りだ!!! 頑張るんだよ!!! あたしが教えたとおり、落ち着いて呼吸しな!!!」
叱咤激励の叫びを上げる、この世で自分の母と呼べる唯一の存在、ラーニア・ギメル。
そう、ラーニアの手で、もう少しで乗り越えようとしているのだ。
「産みの苦しみ」、陣痛を。
傍らでは、自分の幼馴染にしてルルーアンティア孤児院職員の女性、サディが助産の手助けをしているのが見える。
そして――。
少し離れて自分の出産を見守る、魂を分けた親友。
目に涙をため口を両拳で塞いでオロオロと身体をよじらせている、現在世界最強の人間といえる、あまりにも美しい、銀髪褐色肌の女性。
レエテ・サタナエルの姿が視界に入った。
「ナユタ、ナユタ……。お願い、頑張って……!! なんとか頑張って……!」
熟練のラーニアに全てを任せるしかない、レエテ。
その彼女のお腹も――。
確実に、膨らんでいる。新しい命が宿っている。
そうだ――。
もうすぐ生まれる、レエテの子供の、親友にする予定の自分の子。
流したりしてたまるか。絶対に無事、産んでやる――あんたを!
「ふうっ、ふうっ、ふううううう――!!!! ああ、ああああああ!!!!!」
その、最後の振り絞った力で――。
感じた。新たな生命が、産み落とされたまさにその、感触を。
「ぎ――やあああああ!!!! ほぎゃあああ!!!! おぎゃああああ!!!!」
それを聞いた瞬間――。
産み落とした本人、ナユタ・フェレーインの全身に、鳥肌がたった。
今まで、想像の中にしかいなかった、己のまだ見ぬ子。
それが、声を上げて泣いた。まさに暴虐的なまでに現実と感じさせる感覚に、総毛立ったのだ。
それは、生まれてきてくれた、その喜びと感激をともなう感情と、同時に――。
「恐怖」をも、内包していた。
そこに居る、己の子。その貌を、今から確認しなければならない。その、恐怖に。
「天使の子」なら、いい。もしも―
「悪魔の子」、だったら?
それは、見守るレエテも同様で、彼女は思わず目をつぶってしまっていた。ラーニアが赤子の胎盤や血液を清め、産湯へ浸らせる間、ナユタは血を失った理由からではない蒼白な貌で、ブルブルと震えた。
やがて――純白の衣に包んだ赤子を、ラーニアは母ナユタの元へ、差し出した。
反射的に、貌をしかめて目を反らす、ナユタ。
ラーニアはそのナユタに笑みのこぼれそうな嬉しそうな貌で、云った。
「何て反応だい、母親が。まあ、気持ちはよくわかるけどもねえ……。
怯えるこたあない。よく、見てみな。ほらレエテ、あんたもこっちへ来て。
女の子だ……。とっても、美人さんだよ……。かわいい、かわいい……ね……。あたしの、お孫ちゃんだよ……。
あたしは貌を見たってわかりゃしないけど、これが悪魔の子の貌だってんなら、誓って今すぐにでも尼僧を辞めてやるよ……ナユタ」
その言葉に、恐る恐る目を開けた、レエテ、そして――ナユタ。
目を細め、しっかりと像を結んだ視界で、赤子の貌を意を決して確認する。
そして――。
二人の目からは、見る見る、涙が溢れ出した。
「あ……あ……ああああ………」
「ああ……神様……あたし……。
今まで、あんたをロクに信じてこなかったけど……。
本当に本当に今……あんたに、感謝したい……」
ブルブル震える手で、女の赤子を、娘を受け取る、ナユタ。
その視線の先にいる、両手ですっぽり抱え込めるほどの、小さな、命。
「彼女」の貌は――。
赤子なのにすっきりとした顎、細身で高い鼻、少し下がった、優しそうな眼尻、うっすらと見える、明るい青の瞳――。
抜けるような白い肌と、頭を覆う紅い髪の毛こそ、母ナユタの特徴だったが――。
それ以外のほとんどの特徴が、雄弁に物語っていた。
「彼女」が悪魔の子、などではなく――。
母の愛する男の血を受け継いだ、天使の子であるのだということを。
「ナユタ――!!! 良かった、本当に……本当によかった……うううううう……!」
「ああ……ああ……本当に……!
あんたは、あんたの、父さんはね……。大陸の、語り継がれる、英雄なんだよ……誰よりも、勇敢で……誰よりも、カッコいい、いい男……。
ホルストース・インレスピータ、て人なんだ……。
もう、名前も決めてある……。あんたが女の子なら、名前は……。
エルスリード……。エルスリード・インレスピータ・フェレーインだ……。
よろしくね、“エル”……。あたしの、あたしの可愛い可愛い、娘……!」
ナユタは、義母や親友たちに見守られながら――。
赤子を大事に大事に、そっと抱きしめながら、その頭に頬ずりをし続けた。
自分を守り、満足して死んでいった、最愛の男性。その血を受け継いだ、新たにこの世で最も大切な存在となった、愛娘に――。
*
ハルメニア大陸の絶対支配者、サタナエルが滅亡してより、半年以上が経過した。
かつてレエテが大陸に公に姿を現したときもそうだったが、劇的な物語というものは瞬く間に人々の間を伝搬する。
語り継がれ、吟遊詩人は戯曲として早々と世にそれを広めていく。
名を成した女英雄、“血の戦女神”レエテ・サタナエルが宣戦布告どおりに巨悪サタナエルを滅ぼしたという、劇的以外に表現し得ない心躍る物語。
それと同時に組織サタナエルの真の姿も詳細に白日のもとにさらされ、民衆は200年にも渡って存在さえ知らなかった天上人のごとき悪魔達に支配されていた事実を、克明に知るに至った。
それを機に大陸は、否が応にも劇的に、変化した。
まず最初に現れた変化は、やはり――。
治安の悪化だった。
これまで無秩序な野盗、山賊、海賊の類を密かに抑制していたサタナエルの不在もさることながら――。
最大の原因は、大陸最大の国家の座を争った、エストガレス王国とノスティラス皇国の弱体化。
ことにエストガレス王国の無秩序ぶりは過度に進行し、国内は暴徒や賊に荒らされた。
中には、中規模領主や貴族までが暴虐の徒と化し――。王の威厳が失われたのを良いことに、民に重税を化し搾取し、強制労働や虐殺までを行う例が頻発した。
しかもそれらの背後には――外界へ逃れたり、野放しとなったサタナエルの残党の一部が存在し、確実に糸を引いていたのだ。
そのような国難の中――。サタナエルの滅亡から3ヶ月、ようやく最低限の整備を終えた王都ローザンヌに凱旋を果たした、女王オファニミス。
僭王ドミトゥスによって奪われていた王冠を奪回、ようやく正式な戴冠式を済ませたオファニミス。彼女はこれまでの苦い経験を生かし、己を殺して苛烈な政策に一時邁進した。
まず、強きエストガレス王国の復活のため、体制確立を短期間で成し遂げる。
元帥にはイーニッド、宰相にはドレークが任命された。ダルシウス伯爵は暫定のカンヌドーリア公王に任命され、ダリム公アルフォンソはダレン=ジョスパン公爵に対する陰謀の罪で罷免。暫定の統治者として“夜鴉”のダフネ・アラウネア大佐がダリム公国を押さえた。
周辺国家とも協力体制を粘り強く交渉し、リーランドのレジーナ・ミルム議長からですら、中立を一時撤回しての全面的協力を取り付けた。
イセベルグとともに帰還したノスティラス皇国のヘンリ=ドルマン帝、ドミナトス=レガーリア連邦王国のソルレオン王、ジャヌス自治領のジマール・ドラッケン伯爵は云うに及ばず。
ボルドウィン魔導王国に留まり暫定統治を継続する、ノスティラスの統候ミナァンは右腕サッドの存在があるものの現状維持がやっとであり、さすがに派兵には至らなかった。
現在のところ自発的行動のできないエスカリオテ王国のゲオルゲⅦ世、根っからの計算高い暴君であるエグゼビア公国のトゥルダーク公爵は梨の礫だったが、それは計算のうちだった。
むしろオファニミスの一番の拠り所は――。
新国家“アトモフィス自治領”だった。
それは――。
アトモフィス・クレーターを領地にもつ、大陸に23年ぶりに出現した新国家。“レエテ・サタナエル女伯爵”を領主とする、形式上エストガレス王国オファニミスを国王と仰ぐ自治領。
レエテは、サタナエル滅亡後、「本拠」に留まり活動を続けた。
常に行動をともにする、右腕にして夫、シエイエス。
同じく一時帰国したエストガレス王国から帰還し、約束どおりレエテの友となり協力者となったシェリーディア。
皇国や法王庁と行き来を繰り返しながら、尽力するルーミス。
そして――自分を必要とする皇国との間を行き来しつつ知恵と力を最大限に貸す、レエテ最大の協力者にして親友、最強魔導士ナユタ。
彼女らは「本拠」内のサタナエル女子を次々と救済。
敵が存在しなくなった真実を知り、続々と宮殿に集まったサタナエル女子。
そのコミュニティ数は15、人数は子供から大人まで総勢80名、施設の幼児を加えれば150名を超えていた。
ともに安心して暮らせる環境を作ろうと、レエテは彼女らを説得した。
最初は戸惑い、どうして良いかわからない様子の女子達だったが――。
噂にだけは聞いていた史上最強女子マイエ。その義妹で現在は“魔人”を斃し最強の座に就いた美しい女性。決して力を振りかざさず、慈愛と理解をもって対話する態度と優しい性格にほだされ、程なく皆レエテに協力の意志を表明してくれた。
そして、これまたレエテの粘り強い説得で、彼女によって保護された一族「男子」の幼児たち10名も、受け入れられた。英才教育とプライドを植え付けられた彼らには手を焼かされたが、最終的にはレエテの根気強さ、優しさを目前にして沈黙。徐々に態度も軟化させていった。
ザウアーの脅しに屈しゲオルゲ王が派遣したエスカリオテの工兵らとともに、宮殿、施設、七長老居住区を自分たちの住処に徐々に変えていった。怪物を撃退する武力も、元のサタナエルが整備した設備を生かして整えた。
そうして――卓越した指導力を発揮して、「本拠」を城塞都市レベルの小国家の体としたレエテに対し――。
当然ながら、喉から手が出るほど欲しい人材として――。各国、とくにオファニミスとヘンリ=ドルマンは、彼女に対する友情や信頼もあるが、強い秋波を送った。
彼女や仲間達、大陸でも頭抜けた最強の戦闘集団となった人材達をまるごと手に入れられればそれでも良いが――。自分の叙勲を受け、属国となってくれるだけでも――。
レエテに限ってそのようなことがないのは分かっているが、「第二のサタナエル」となりうるほどの超脅威を鎮め、今後の絶対の安心を手にすることができるからだ。
それらの声に対し、レエテは頑なに拒否し続けた。
自分はそのような意図で「本拠」をまとめたのではない。ましてや自分たちは復讐に邁進した殺人者として、贖罪を果たさなければならない罪深い存在なのだと訴えた。
だが外部からの説得の声はやまなかった。どころかその内レエテのもつ魅力、カリスマ性に感化された一族の女子からも、自分たちのリーダーとして国家を率いてほしい、という声が出始めた。
レエテ、シエイエス、シェリーディア、ルーミス、ナユタは一同に会して長きに渡り協議を行った。様々な思い、意見が出たものの――。
サタナエル一族という、大陸に放たれれば危険をもたらし、差別の対象となりうる難しい存在。そして彼女らも最終的に故郷として捨てられぬアトモフィス・クレーター。これらを立場があやふやなままで、他国家から独立独歩で成立させるのは無理がある。どころか、幾世代か後にはサタナエルのごとき危険な存在となる可能性も秘めている。それらを何とか軟着陸させる知恵を絞り、大陸に貢献できる術を探すのは、立派な贖罪の一つなのではないか。
そう暫定的に結論付けた彼女ら。レエテは最初謙遜し、クリシュナルの過ちも頭をよぎり固辞したが――。ナユタとシエイエスの説得で折れ、ひとまず自らがこの小国家のリーダーとして立つことを了承した。
そして、ヘンリ=ドルマンには謝罪しつつ、皇国よりはるかに疲弊したエストガレス王国を支えることが自分たちの貢献になると結論付け、最終的にオファニミスに下ることをレエテは選択した。
レエテが統候になってくれることを望んだヘンリ=ドルマンだったが、ナユタの説得もあり、深追いせずにそれを快諾した。
こうして、女王オファニミスの叙勲を受けたレエテ・サタナエル女伯爵による新国家、“アトモフィス自治領”は成立したのだった。
そしてオファニミスの願いを聞き入れたアトモフィス自治領は――混乱に陥ったエストガレス王国の無秩序分子に対して、恐るべき神魔の力を発揮した。
サタナエルを滅亡させた、空前絶後の戦闘者たち。
彼女、彼らが出陣すれば、本気を出す必要もなく、無駄な血を流さずして事は解決した。
とくにレエテ、もしくはナユタが軍勢の前に姿を現せば、たちまち敵は戦意を失い恐怖の極致に陥り、降伏していった。
こうして、エストガレス王国が徐々に安定し始めた頃――。
アトモフィス自治領の中心人物の「女性」たちは、相次いで臨月を迎え始めた。
最初は、ナユタ。その次がダレン=ジョスパンの子を身籠もった、シェリーディア。
そしてついに、リーダーであるレエテ自身も――。
念願である、夫シエイエスとの愛の結晶である子供を、授かっていたのだった。
*
そこは――。
殺意と謀略に満ちた、場所だった。まごうことなき、戦場だ。
城塞を、大軍が、攻め落とす。そういう、情景だ。
殺気に満ち、死臭はする。だが、想像するほどには人間は死んではいないし、血が流れても、いない。
その中で、自分は二人の人間が相対する様を目の当たりにしていた。
一人は、燃えるような真紅の髪を風になびかせる、白衣の魔導士の女性。
もう一人は、この世で最も豪奢と思しき戦車の上から、極まる高貴さを漂わせる雰囲気とともに女性に声をかける、「女性的な男性」。
その男性が、女性に声を、かける。
極めて親しげな、澄んだ声で。
「妾はどうしても――レエテ・サタナエルに会ってみたいの。
何とか、ここへ連れてきてもらいたいのだけれど――」
それに対し、女性ではなく、なぜか「自分が」、それに応えようとする、その場面で――。
一気に覚醒し、「自分は」ベッドから跳ねるように上体を起こした。
新たな命を宿した、腹をかばいながら。
――決して、悪夢ではない。
だが――心を昂ぶらせるものがあった。
その理由は、自分でも分かっているが――。
「――どうしたんだ? 珍しく、穏やかじゃねえ目覚めのご様子だな。
嫌な夢でも、見たのか?
――レエテ」
開けたドアの縁に手を付いて自分に呼びかける、親しげな声に反応する――自分。
レエテ・サタナエル。
「嫌な夢、ていうわけじゃないわ、シェリーディア。
昔の、夢を見ていた。
そうか、もう――1年以上も昔になるのね。
ドゥーマであなたを倒し、駆けつけた場所で見た――。
ヘンリ=ドルマン陛下と、ナユタの対面の場の、夢を今見ていたのよ」
若干の忌々しいその思い出を聞いたから、という訳ではないが――ゆったりとした黒のネグリジェ姿のシェリーディアは、鞠のように突き出た腹部を優しくさすりながらも、嫌悪感を表情に表した。
「ナユタか……。親友のアンタには悪いが、相変わらずあいつの行動にはいちいちムカッ腹が立つよ。
この間、無事娘を産んだばっかりだってのに、自分の最強の証明のために、ヘンリ=ドルマンに挑戦状を叩きつける。
ずっと付いててやらなきゃいけねえ子供を放っぽって好き勝手やる態度は、到底理解できるもんじゃないよ」
レエテは苦笑した。もう慣れはしたが、自分が大好きな親友と思っているこの二人の女性は、残念なことに互いにとても仲が、悪かった。
互いに親友の仇であったり、嫌悪するサタナエルの一員であったわだかまりからでは、ない。その件は元凶であるサタナエルが滅んだそのときに、お互いに大人同士として水に流した。
そうではなく――。元来、表面的に気が強く譲らない性格同士であり、相性が悪い。それでいて、内面的にレエテという存在に依存し愛情をもつ、お互いに対する相容れない嫌悪感というのか――もっと平たくいえばやや子供じみた、嫉妬のような感情がお互いを遠ざけているのだった。
「もう、相変わらずね、あなたたちの仲の悪さは。どうにかして仲良くなってくれると私、嬉しいんだけど。
でも、分かってあげて。シェリーディア。ナユタにとって、最強魔導士になるという夢は――決して軽いものじゃ、ないの。
ナユタはちゃんと冷静に物事を考えている人よ。エルスリードの面倒は尼僧が快く看るし、今のタイミングで行動する意味も、ちゃんとあるんだと思う」
シェリーディアは、頭をかきながら貌をしかめて、云った。
「……それぐらいは、分かってるよ。さすがのアタシにだってね。
まあ、負けることはないにしても、“紫電帝”の雷撃を脳天に喰らえば、あいつの性格ももうちょっとは真っ直ぐになるかねえ。そうなることを願いたいね」
そう云い残して去っていくシェリーディアに、レエテは思わずほくそ笑んだ。口は悪いが、何だかんだ云って彼女もナユタを認めているのだ。
そしてレエテは、遠くノスティラスにある親友の身を、案じるのだった。
「ナユタ……大丈夫だとは思うけど、無理は、しないでね……」
*
そこは、荒涼とした岩場の広がる、場所だった。
平原の中の、荒れ地。
かつて、伝説的な戦闘の現場となった、場所だ。
エルダーガルド平原――。
おそらくノスティラス皇国内で、最も人払いが可能な、広大な土地。
ここを戦場に選ぶ者は、間違いなく大規模破壊を可能にする魔導を用いる、究極の魔導士同士。それに他ならない。
まさに、証明するかのように――。
二人は、並び立っていた。
一人は、紅髪をトレードマークの髪留めで飾る、白衣の女魔導士。
ナユタ・フェレーイン。
今一人は――。女性かと見紛うほどに美しい、すらりとした長身の男性。
紫を基調とした豪華絢爛たる魔導衣から覗く身体には――。通常と異なる点が、あった。
それは左半身の殆どが、光り輝く紫色の、魔導義肢で形成されていたこと。
魔導義手の鋭い爪の先をナユタに向け、その人物――ヘンリ=ドルマンは口を開いた。
「ようやく、この時が来た。そう云って――良いのかしらね、ナユタ」
ヘンリ=ドルマンの言葉を聞き、笑みを含んだ口を開いて、応えを返すナユタ。
「そう云って――いいでしょうね、師兄。
あたしは、このときを待ち焦がれてましたよ。かつて恋した幼馴染に誓った夢。そして恋された人と母代わりの人に誓った夢。最も愛した男に誓った夢。何より――あたしの現在の主君にして、親友に誓った夢。
それを証明するため、あなたを今日倒しますよ。アリストル大導師一の弟子、ノスティラス皇帝ヘンリ=ドルマン――」




