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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第三十五話 魔人ヴェル(Ⅳ)~最終決戦

 ナユタ、シェリーディア、レーヴァテインという敵味方の強者たちが静かに見守る中、レエテは一歩一歩、足を踏みしめながらヴェルに向かっていく。


 対するヴェルも、気力を取り戻したレエテの様子を見て不敵な笑いを浮かべ、歩み寄っていく。


 これまでの超スピードの中で展開された激闘からは想像もつかない、静かな立会いだ。


 

 云うなれば剣の試合が始まる前、互いに挨拶をかわしながら位置につくときの――動の前の静。嵐の前の、静けさ。



 それは、互いが手を伸ばせば触れる位置にまで歩み寄った、瞬間――。


 一気に、暴風雨の動へと姿を変えた!



 初撃は、レエテが上段回し蹴り、ヴェルが中段突き。


 いずれも、相手のガードに阻まれる。


 次いで、首を狙ってきたヴェルの水平斬りに対し、すかさず地に伏せて回転足払い。


 ヴェルはそれを跳躍してかわし、今度は手刀を脳天から突き落とそうとする。


 それに対してレエテは、片手を地に着けた状態のまま、たいを逆さまにして結晶足による蹴り上げを行う。

 結晶足は結晶手と打ち合う形になり、音を響かせて一旦両者が離れる。



 これだけの一連の動きに両者が費やした時間は、わずかに一秒未満。


 見守る三人の中で、最もすぐれた動体視力を持っているシェリーディアの目ですら、幾つかの残像が捉えられたに過ぎなかった。何をしたか完全にはわからないが、この只中にいたら自分ですらも初撃で身体を破壊され、即死するであろうことは理解できた。神と悪魔の戦いであることは理解できた。

 そして――レエテの動きと力が向上した。シェリーディアとしては嫉妬ジェラシーを感じるが、親友ナユタの喝によって心が見事に整えられてのことなのは、明らかだった。さらには戦法を変えてきたことも分かった。確実に「蹴り」を主体とした戦法に変化している。ヴェルの圧倒的腕力に対抗するために、脚力で、結晶手に対抗しうる結晶足で勝負に出ようとしている。



 それを証明するかのように――レエテは跳躍し、身を翻しての蹴り技、ソバットによる結晶足の攻撃でヴェルの首めがけて襲いかかった。


 凄まじい破壊力が込められた結晶の足を、上にかざした結晶手で受けるヴェル。その動作を見たレエテは目を光らせ、そのまま、まるで絡みつく荒縄のようにヴェルの腕に身体を這わせた。そして上腕と前腕をホールドし、肘を破壊しにかかる。それはまさしく、ドゥーマ攻防戦において葬った強敵“斧槌ハンマフェル”副将ガリアンに対し使った技。一気に形成逆転を遂げた強力な関節攻撃だった。慣性をかける必要がある伸長手は、腕を固定された状態からは使えない。そのまま骨を粉砕する腹積もりだ。


 一気に全身の力を込めるレエテ。しかし――今回は相手が悪すぎた。

 全く、微かにも、動くことはなかった。

 絶大な腕力によって腕の破壊を防いだヴェル。そのまま彼は、レエテが絡みついたままの腕を振り上げ、次いで彼女を地面に叩きつけようとする。


 対するレエテは、再び目を光らせ、身体を密着させるヴェルの動作の「力点」を見定め――。


 両手を放して地面に着きタイミングを見計らって腰を捻り、叩きつけられる下への衝撃力を全て側方への回転力に変換させた。

 それによってたいを崩され、地に横倒しとなるヴェル。未だ彼の上腕部に身体を巻き付かせた脚を移動させ、首に絡み付かせようとする。狙うはレヴィアターク戦において決め手となった、絞め技だ。闘いは寝技の応酬となった。


 急所に攻撃が及ぶのを全力で避けるため、すかさずヴェルはレエテの脚を掴みにかかる。片手が見事にレエテの左膝を捉え、ヴェルはブーツごと激烈な握力でそれを握りつぶした。


「――がっあああああ!!!!」


 脳天に突き抜ける激痛を、レエテは全力で堪えた。そして掴みにかかったことでわずかに見えた隙を寸分も逃さず、彼女は無事な右足の結晶足を縦に一閃させた。


 その恐るべき力の斬撃は、ヴェルの右半身を見事に切り裂き――腹から肩口までを寸断した!

 レエテがヴェルに対して加えた、初めてのダメージだった。


 痛みに対して絶対の耐性を得ているヴェルは、うめき声すら上げず――かすかにも表情を変えることなく、レエテに対し左肘で苛烈な打撃を加えて吹き飛ばし、距離を置いた。


 そして5mほどの距離を空け立ち上がり、両者は睨み合った。


 レエテは千切れそうな状態でぶら下がる左脚を、体重をかけて無理やり接合させている状態。そして激痛に貌を歪める。腹の傷は再生を続けており、大分塞がりかけている。


 ヴェルは右半身をほぼ寸断されるまで深く縦に刻まれている。切断された肋骨の先端を傷口から取り出し、その後に左手で右肩を固定しながら接合する。


 両者とも、戦闘の続行に支障ある負傷であるため、互いの再生のためにしばし停戦している。

 傷の状態からして、おそらく2、3分もあれば再生を終え戦闘を再開するであろう。


 それにしても――。両者ともこの時点で通常人なら命に関わる重傷を負っているのに、再生を遂げる身体であるがゆえに痛みに耐え、戦闘を続行しなければならない。何度も、何度も――。

 彼女ら一族にしかわからない、通常ならば正気を保つのも難しいあまりに過酷な試練といえよう。


 ナユタはそう感じながらも、睨み合う両者に何かを感じていた。


 

 そこへ――背後から大声で彼女に呼びかける二つの声が、あった。


「ナユタ!!! ナユタなのか!!!!」


「無事だったのか、ナユタ!!!! 良かった!!!」


 極めて聞き覚えのある、男性達の声。


 ナユタの掛け替えなき仲間達の声に、間違いなかった。

 

「シエイエス、ルーミス――!!! あんた達こそ、よく、無事で――」


 振り返ったナユタは、駆け寄ってきた二人としっかりと、抱き合った。


「あたしはフレアに勝ち、地獄に落とした。あんた達は?」


「ああ、俺達も――宿命に、打ち勝った。

我が祖父クリストファーは、“深淵アビス”へと落ち――そのまま地獄へ、落ちていった」


「そうか……良かった、とにかく……。あんた達とこうして生きて会うことができて」


 そして三人は――後ろを振り返った。


 最後の戦いに臨む、最愛の人物を。間近に迫った寿命に全身全霊で抗い、全ての復讐を遂げようとしている、ひとを。


「レエテ……!」


 悲痛な表情で、最愛の妻を見やるシエイエスに、ナユタは云った。


「今あいつは集中の極致にいる。話しかけるのは我慢しな。一度心が折れかかったけど、なんとか持ち直してくれた。もう大丈夫だ、絶対に勝ってくれるって信じてる。それに――」


 目を細めて言葉を切る、ナユタ。シエイエスは彼女の言葉を待った。


「見てみな。レエテの貌を。それに――ヴェルの野郎の貌も。

それ見て何ていうか――強く、感じないかい――?」


 それを聞き、両者を見たシエイエスとルーミスは――。


 ナユタの云わんとすることが分かったような、気がした。


 レエテとヴェルは、互いの燃え盛る怨念、サタナエルの存亡をかけて戦っている。

 それは血塗られた忌まわしい、宿命の戦いだ。


 だがそれと同時に――二人は確実に漂わせていた。奇妙ではあるが、ある「健全さ」を。

 

 縁により、同じ母親の腹から同時に生まれし、兄妹。だが全く違う環境で育ち、全く違う心と思想を持つにいたった。そして運命は最悪の形で二人を出会わせ敵対させ、決して同じ天を戴かぬ関係を決定付けたが――。

 今この最後の戦いを通じて両者が持った、互いを尊重リスペクトする人間の心。同じ孤高の特殊な能力を持った者同士の、共感。それらによって確実に、戦いを通じて肉体と精神の相互疎通コミュニケーションを交わしている部分が存在していたのだった。


 

 やがて、再生反応の煙が収まり、傷はほぼ塞がった。


 声を発したのは、ヴェルだった。


「行くぞ――」


 レエテは応えた。


「ああ――」


 それを合図に――

 神話の激闘は、再開された!



 まず仕掛けたのは、ヴェルだった。


 一歩を踏み込んだ震脚の響きの後、両の手を伸長させての、怒涛のラッシュを仕掛けてきたのだ。


 それは奇しくも――かつての頂上戦争でマイエがヴェルに対して仕掛けたものと、同じ、攻撃。


 亀のようにガードを固めて後ずさるレエテに打ち掛かる、暴虐的刃物の嵐。周囲に猛烈な音と旋風を撒き散らし、樹々を切断し続け岩をも両断する、圧倒的暴力。


 まったく只の人間などが立ち入る余地のない、次元の異なる戦いの力場。全力の魔皇の攻撃を受け続けるレエテは徐々に肩、腕、腿などに斬撃を入れられ、片耳は吹き飛び貌の半分をざっくりと切り裂かれた。


「ぬっううううう――おおおおおおおおおおお!!!!!」


 裂帛の気合とともに、ついにレエテは反撃に出た。


 一瞬の隙を突き、彼女が繰り出したのは――結晶足による前蹴り。


 問題なく反応したヴェルの、結晶手を交差させたガードに阻まれはしたが、その激烈な衝撃はヴェルの巨体を大きく後方へと吹き飛ばした。


 そして――距離を空けることなく、ヴェルの肉体を追う形で前方へと殺到し――。


 凄まじいスピードと威力での、右側方蹴りの連打を打ち出した。上段、中段、下段全てを打つ秒間20発近い蹴りの嵐を。


「結晶足――“百烈槍蹴”!!!!」


 一発一発が、レエテという神魔の怪力の持ち主の「脚力」という最大筋力による攻撃。膂力で勝るヴェルも、手の3倍という筋力の全力の前には押されざるを得ない。


 先ほどとは立場が逆転し、ラッシュに押され続けるヴェルの身にも――。


 ガードしきれない、無数の深い傷が刻まれていった。

 先刻のダレン=ジョスパンに負わされたそれに匹敵、するように。


 数分間ラッシュを続けた後、体力の限界を迎えたレエテが、一旦大きく後方へと、退いた。


 そして二人は距離をおいてまたも並び立つ。


 しかし――その様子はこれまでと、大きく異なっていた。


 両者ともに傷だらけの身体から、止めどない血を流し続け大地に吸わせている。

 大量の出血により体力は急激に低下し、苛烈なめまいと悪心に襲われているのだろう。

 肩で大きく息をし、顔面は蒼白となり、極めて苦しそうな様相を呈している。


 並び立ち、互いを傷つける状態になった両者。もう、限界が近いのだ。体力的にも、気力的にも。


 おそらくは、次の――。次に放たれる、一撃こそが――。



「……ハアッ……ハア……! ヴェル……いや、ヴェールント……」



「……」



「殺してやりたいと……恨んでいたし……それは今でも少しも変わらない。

けれど……苦しみも、あったけれど……。

正直今……少しだけ……幸せ、だった……」



「フッ……。

そう、だな…………」



「これで……次の、一撃で……終わらせる!!! 恨みを、晴らす!!!!」



 絶叫し、レエテは動作に、移った。



 話している間、地面に突き刺して力を溜めていた、右結晶足。


 その力を開放し――腰を中心に連続回し蹴りのように大きく身体を旋回させながら、結晶足を突き出してヴェルに、襲いかかる!


「結晶足――“死旋螺突”!!!!!」


 

 発動された奥義の危険度は、瞬時にヴェルに理解された。



 彼はカウンターを取るべく、腰を落とし、関節を外す準備をした右結晶手を超高速で打ち出し、最強の伸長手撃を持って万全に迎え撃つ。



 伸長手は、回転を続けるレエテの左胸を見事に捉え、タイミングも狙いも完璧だった。

 そのまま、心臓を突き抜けると確信したが――。



 ほんの僅かな、蓄積ダメージの差。

 ほんの少しだけ上回った戦闘センスで生み出された奥義の、スピード。

 それが、明暗を分けた。




 ヴェルの結晶手はミリ単位でレエテの左胸を逸れて表面をえぐった後――。



 かわされ、そのまま旋回を続けるレエテの身体は――。



 ヴェルの直前で宙に浮き上がり、神魔の回転力を腰から――結晶足に伝え――。



 回転のかかった結晶足は、それに反応して正確にガードして出した左結晶手を「破壊し」突き抜け――。



 回転力が生み出した超常の貫通力を、ヴェルの左胸に届かせ――。



 集約された直径1cmほどの太い針状になった貫通衝撃は、心臓の中心を正確に突き抜け、内部から破壊。背中にまで完全貫通した!



 硬直したまま、左胸の前後から噴血を流す、魔皇。




 驚愕の表情から、万感の思いを込めた笑みに変化させた表情の中で――。




 穏やかな目をレエテに向けた彼は、一言、呟いた。





「見事……だ……妹よ」




 

 そう、云うが早いか――。引き戻した伸長手を戻した右手を、貫かれた左胸に、自ら突き入れると――。



 自らの心臓――。一族のコアを、最後の力を振り絞り掴んで外に引きずり出した。



 翡翠の鮮やかな緑色に光る、コア。中心から赤い血を流し赤く染まってはいるものの、脈動を打っていたそれはすぐに、停止し――。



 ――称賛した“神槍の王子”のごとく仁王立ちしたまま。右手で高々とコア、己の心臓を掲げた状態のまま――。



 “魔人”ヴェル、ヴェールント・サタナエルは、死んだ。

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