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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第三十二話 魔人ヴェル(Ⅰ)~神話の幕開け

 レーヴァテイン・エイブリエルは、主ヴェルより、レエテの案内と同時にある「密命」を帯びていた。


 それを実行するためには、ヴェルとレエテの闘いの最後を、見届けなければならない。

 彼女はレエテに大きく差をつけられたことに焦り、距離を縮めようとひた走った。


 そして息を弾ませながら、マイエ・サタナエルの墓に到達した瞬間――。

 彼女は、ギリギリのタイミングで己が間に合ったことを理解した。


 これまでに、聞いたこともない大音量の、結晶手同士が打ち合う音。これまでに見たこともないパワーを持つ2つの物体が激突する現場に、出くわしたからだ。


 一方は、レエテ。一方は――“魔人”ヴェル。

 

 おそらくは、現在の世界において一、二を争う強者の二人による、最後の戦争は開幕を遂げたのだ。





 レエテは「衰弱期」の様相を呈してからの奇跡の復活の力そのままに、下段からの斬り上げ技を初撃に選んだ。

 ドミノの、“天翔連斬”を。


 最速の魔物、ダレン=ジョスパンのスピードに並んだ、ヴェル。その彼の目を持ってしてようやく捉えられるその動きは、一撃目の左結晶手、即座に右結晶手を振り上げる二撃目ともにヴェルにガードされた。


 そしてヴェルの巨体は――レエテの圧倒的パワーに押され、高く宙を舞った。


 たいを崩さず着地すると、さらに彼は、後方へ10mほども一気に飛び退る。




 レーヴァテインには、分かった。


 この現在地上最強の魔人たちは――。

 本気の激突を前に距離を、取ろうとしているのだ。


 マイエの墓から。墓所や遺体を傷つけたくないと思っている、二人が愛する共通のひとから。




 そして、墓から50mほども離れたであろうジャングルの只中で――。


 ついに魔物の中の魔物、頂点の存在たちの力は解放された。



 

 先手は、レエテだった。


 彼女の身体は海老反りになるほどにまで反らされ、吸い込んだ大量の空気で上半身が膨らんだ。


 それを見たレーヴァテインの貌が、蒼白となった。


「まずいっ――!!!」


 即座にレエテに背を向け、地面にうずくまって身体を丸め、耳を塞ぐ、レーヴァテイン。



 次の瞬間――。


 上体を一気に前に倒し、死の「音」を激烈にぶつける、レエテ最強の大量殺戮技は炸裂したのだ。



 「ハ ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア”ーーーーッ!!!!!」



 “音弾”。震わせた空気の振動で、生命体の身体を容赦なく破壊していく、死の大絶叫。


 樹々がざわめく緑海の津波が、大災害のごとく突き進む。幹を揺らし枝を揺らし、葉を飛び散らせながら。その中で、樹々にとまる鳥やリスなどの小動物、昆虫や蟲などの即死した大量の生物がざざ雨の如く地に落ちていく。



 死をもたらす神魔の音波が、まさにヴェルに到達しようとした、そのとき。



 ヴェルも、また――。


 身体を反らせ、上半身を膨らませていた。



 そして――上体を前に飛び出させ、筋肉の鎧の胸、女性の胴回りほどもある首の筋肉を痙攣させ――。巨大な口を限界にまで開き、発したのだ。


 よもやの、人智を超えた大絶叫を。



「オ オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ” オ”ーーーーッ!!!!!」


 

 その音は――発したそのときに絶対的な音量を響かせ――。


 すぐに、消滅してしまった。


 レエテの“音弾”に衝突した後――すぐに。


 “音弾”がまるで存在しなかったかのように、跡形もなく消滅させた、直後に。



 レエテは、それを目の前にして刮目し、驚愕して動きを止めた。



 その少し前にうずくまった体勢から立ち上がり振り返って、状況を目の当たりにしていたレーヴァテインもまた、同様だ。



「そ、そんな――! ヴェル様、あなたはまさか――。

レエテと同じ“音弾”を、使えると……!? そう――なのですか!!??」



 ヴェルは、巨大な吐息を大地に向かって吐き出した後、レーヴァテインのその叫びに応える形で、言葉を発した。



「その通りだ、レーヴァテイン。俺は此奴と同じ音の兵器を、使いこなすことができる。

見る限りどうやら同じレベルでな。此奴と相反する音の波をぶつけることにより、相殺による消滅を可能にした。

レエテよ……。かつて俺が貴様の、その忌々しい音の兵器で屈辱の傷を負わされてより今まで、何もせず手をこまねいていたとでも思ったのか?

俺は、不覚をとった相手も、技も――。決してそのまま放置はせぬ。必ずより高みの力を得、必ずその壁を超えて上回り続け、頂点を維持してきた。この声とて例外ではない。

俺の戦闘法には合わぬゆえ、今が実戦での初弾だが。

開眼できたことについては、俺が貴様と全く同じ、始祖に極めて近い血を引いているがゆえの――。ある意味必然によるものだと少々後で知ったが、結果が全てだ」



 歩みを進めず、むしろより後退するヴェル。

 さらにマイエの墓から距離を取りたいのだと察したレエテは、己も同じ考えだったため構えながらすり足で前方へ移動していたが――。


 その表情は、先程までの怨念一辺倒の苛烈なものから、若干の戦慄と緊張を孕んだものに変化していた。


 認めたくはないが、レエテは己に奢りがあったことを悟った。

 

 施設で開放し、同胞の“幽鬼”たちや七長老をも相手にせず虐殺した“音弾”を完全に使いこなした自分の力。それを絶対であるかのように錯覚してしまった。

 そう――絶対などでは、ないのだ。


 相手は、将鬼を子供扱いするほどの、絶対者。組織サタナエルを畏怖させた二大巨頭、紫電帝と狂公を斃した男。

 サタナエル“魔人”だ。

 

 むしろ己が力に劣る挑戦者なのだと、意識を改めなければ、せっかく衰弱期を踏みとどまったこの身体も即座に死を迎えるだろう。


 ギリッと歯を食いしばった直後、レエテは弾丸のように一気に前方へと跳躍した!



 ヴェルにしか捉えられぬだろうその超スピードでの踏み込み。消えたと思った瞬間にはもう彼の眼前にレエテは居り、結晶手での連撃を開始していた。


「おおおおお!!!! あああああああ!!!!」


 雄叫びを上げながらレエテは、突き――斬り上げ――両水平斬り――脳天割り――といった必殺の斬撃を秒間10回以上という超スピードで岩のような肉体に振りかざす。


 対するヴェルは、それらを難なくガードしながら、むしろその度攻撃を弾き返していき――。一方的に攻撃を受ける身でありながらむしろ押しているという、奇怪な状況を作り出している。


 レエテの力が弱い訳では、まったくない。レーヴァテインは身をもってそれを知っていた。レエテはここに至るまで、“純戦闘種”として際限なく成長を続けている。現在の腕力はおそらくサロメやゼノンの全力を片手で止めるほどであろう。まさに魔物中の魔物だ。


 だが――レーヴァテインは己が刃も交えた主、ヴェルの実力を知ってもいる。

 主こそは――神が、この世に創り出してはならなかった、最大の災厄だ。

 その神魔の筋肉の生み出す力は、この状況においても――。



 

 しびれを切らしたレエテは、渾身の斜め上段斬りを真正面からヴェルに浴びせたあと――。


 下に向かった力をそのままに、身体を一気に倒し、倒れた姿勢のまま――前方へと倒れ込んだ!


 長らく使う機会のなかった不意打ち技、スライディングだった。


 レエテの身体は猛烈なスピードでヴェルの左足付近を通り過ぎ――。

 背後に出た、その瞬間を狙い、立ち上がりざまの斬り上げを狙った。


 死角を突く攻撃方向、防御しにくい下段からの襲撃、力の乗った見事な技の流れ。

 申し分のない攻撃といってよかった。おそらくこの攻撃をかわせるものは、地上には存在しないだろう。

 ――ただ一人の例外を除いては。



 レエテは、上空から巨岩が降ってくるかのような、信じがたい圧力を上方から感じた。


 ヴェルが――。背後に回した左結晶手で、己の急所である左胴体部を完璧にガードしていたからだ。


 驚愕に目を見開くレエテの手首は、やや身体を振り向かせた体勢から伸ばした、ヴェルの右手にがっちりと掴まれた。


「ぐ――!!!!」


 焦ってもう片方の結晶手で応戦しようとしたレエテの視界は――。


 急激に反転した。次いで、大地をつかんでいた両足を完全に浮きあがらせられ、空中を飛行する錯覚に見舞われていた。



 いかなる怪物も遠く及ばないであろう筋力をもつ、レエテの肉体は。


 人の姿をした者として最強の筋肉をもつ肉体によって、力の限りに、「投擲された」のだ。



 それは――ボルドウィン魔導王国の活火山ラーヴァ=キャスム山頂から、死海プルートゥリウムに落下していく巨大火山弾に身を変えられたがごとく、直線距離にして50m以上を「飛んでいた」。


 数十本の樹々をなぎ倒しながらレエテの肉体は飛翔し続け、150mの高さをもつであろう巨大樹の幹にクレーターを形成して――。ようやく、停止した。



 その飛翔するボロきれのような姿を――森林の間から視認し、声を上げる者が、あった。



「――!! レエテ!!! レエテええ――!!!!!」



 貌を歪めて叫んだ、その女性は――。

 「丘」を後にして戦場に駆けつけてきていた、シェリーディア・ラウンデンフィルであった――。

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