第十話 明かされし真実【★挿絵有】
法王府、南大門。その外部に広がる草原地帯。
司教アルベルトを拉致したレエテ、合流したナユタ、ランスロット、そしてルーミスは、一同に介したが――。ここで衝撃の事実が発覚したのだった。
「ルーミス……今あなた達が云ったこと、本当なの?」
レエテが、ルーミスに問いかける。ルーミスは、頷きつつ返答する。
「ああ、オレの本名は、ルーミス・フォルズ。ここにいるアルベルト・フォルズ司教の次男だ。
“背教者”となったことで、フォルズ家より正式に勘当を受けた形となり、母親姓のサリナスを名乗ったんだ」
アルベルトは、かぶりを振りながら噛みしめるように言葉を発する。
「そのこと自体は褒められたことではないが――。“背教者”となるに至った気持ちは理解している。ルーミス。
レエテ。先程の話ではないが、我が父クリストファーが家族を人質にとられ、サタナエルの一員となることを強要されたのは知っているな?」
問われたレエテは頷きながら言葉を返す。
「ああ。だが家族は解放された、と私は聞いたけれど」
「己の行いも原因の一つゆえ、口外できなかっただろうがな。実は父は人質を取られても、己の信念からサタナエルの申し出を一旦拒否している。このとき――奴らは人質としていた私の妻、ルーミスにとっては母親にあたる女性を無残に殺害したのだ」
アルベルトは語りながら両の拳を握りしめて自分を抑えているようだった。ルーミスもうつむきながら唇を噛み締めている。
「……!!」
「この次は、血の繋がった私や孫たちの命を奪う、と――。さらなる脅しを受けた父はこの時点で膝を屈したのだ。その経緯があり、この子は聖職者の道を歩んだ。最初から、法力を習得した時点で“背教者”となって母の復讐を果たす、その目的だけのためにな」
アルベルトの言を受け、ルーミスが言葉を続ける。
「父さんは、何度もオレに翻意を促したが……オレの意志は変わらなかった。やがて“背教者”となったオレは烙印を押され、父さんの計らいもあり追放処分として自由の身となったんだ」
クリストファー、アルベルト、そしてルーミス――。3代にわたり血の連なる人物達の事情を聞き、すべてを飲み込んだレエテとナユタ。
やがて、レエテが重々しく口を開く。
「あなたの……奥方のことは、お悔やみを申し上げるしかないが……。私も、家族として共に生きたかけがえのない存在を、奴らに奪われている。心の裡の思いは、同じはずだ。
アルベルト司教。私のあなたへのもう一つの用件は、サタナエルをこの世から葬り去るため、その力を貸してほしいということだ。
法王府に居ながらにしてでも、あなたほどの人望と影響力があれば、各地を転戦する私達への助力をお願いできるはず。どうか、聞き届けていただけないだろうか」
これを聞いたアルベルトはしばし目を閉じ――そして開くと、断固とした口調で云った。
「いいや……。私から君たちに手は貸せない。お断りさせて貰う」
その言葉に目を丸くするレエテとナユタ。彼女らが何かを云おうとする前に、ルーミスが父親に向けて猛然と抗議していた。
「父さん! いい加減に目を覚ましてくれ! もちろんあなたの博愛主義は理解している。我らが主の意向に叶った教義を貫くあなたを尊敬している。
だがオレたち残された者の思いはどうなる! 一旦はあなたの云うとおり、その思いを他者を救うことに向けようとした。が――、現実は救えない者はあまりに多い。まして救う側の法王庁のほとんどの連中は、教義など眼中にない腐りきった奴らばかり。
ならばこの世の不条理を生み出す悪を討ち、罪なく奪われた命に報いることの方が、何倍も価値あることじゃないのか!」
アルベルトの胸ぐらを掴むルーミス。
静かにまた目を閉じ、彼は息子に言葉を返した。
「ルーミス。それは違う。私やお前にとっては、復讐は価値あることで、達成すればそのときは充足を得るのかもしれない。だが復讐を行うことで、今度は滅ぼしたサタナエルの者の家族が、我々に復讐を誓うだろう。そうして私達の代に留まらず、憎しみの連鎖は途切れることなく続く。
納得はいかぬかもしれないが、私は己の憎しみを崇高なる神への使命にゆだね、復讐を捨てる。これは自己犠牲、ではなく滅ぼすより生み出すものであれ、という私の理念だ。」
ルーミスはこれを聞いて、ガックリとうなだれ、アルベルトの胸に顔を埋める。
「そうかも……そうかも知れない。けど……けれども、オレは……」
その時だった――。アルベルトの表情が瞬時に変化し、やにわにルーミスの身体を両手で突き飛ばす。
「ルーミス!!」
後ろへ突き飛ばされたルーミスの眼前で――。敬愛する父の身体から、巨大な刃が「生えて」いた。右肩からザックリと、腹部まで――。巨大な刃物に切り裂かれていたのだ!
「父さん!!!!!」
悲痛なるルーミスの叫びが木霊する。
それをあざ笑うかのように、野太い男のいやらしい不快な声が彼の耳に届く。
「おやおやー? よく私の気配にお気づきで、アルベルト司教。ご子息をもろとも、この私の両の手のジャックナイフで切り裂く予定でしたものを!! さすがは卓越せし法力の持ち主。
法王府を出たのは運の尽きでしたな! 中に居ればサタナエルの戒律により、私もあなたに手を出せませんでしたのに!」
血飛沫で赤く染まった身体を、ゆっくりと地に倒れ伏せゆくアルベルトの後ろに立つ、一つの巨大な人影。
それは、2mに及ぶ大男であった。
髪も眉もない、岩のようにごつい頭部とまびさしに隠れた凶悪極まりない眼光。
筋骨隆々たる肉体を黒の軽装鎧に包み、両手には――果たしてそれをジャックナイフ、と呼んで良いものか疑わしい、刃渡り50cmにおよぶかと思われる巨大な折りたたみ式の刃物2本が不吉な輝きをたたえて握られている。
この容貌に、この場で2名、驚愕の声を上げる者達がいた。
「ナ、ナユタ……あ、あいつは……!」
「ああ……。まさか、『あいつ』がサタナエル、だったとはね」
冷や汗をかき、目をむく彼女らに、男はいやらしい笑いとともに言葉をかけた。
「おや、おや……これはお客様。ご機嫌うるわしゅう。私の自信作、紅玉のペンダント、気に入っていただけたようで何より。ここでせっかく再会できたからには、さらなるサービスを差し上げなくては。
このサタナエル“短剣”ギルド“将鬼”、ロブ=ハルス・エイブリエルからの死というサービスをね!!」
それは――。ナユタが昨日訪れたダブラン村「ブラックオニキス・アクセ」店主、ロブ=ハルスであった。
しかも、名乗った所属ギルド、姓には、ナユタは聞き覚えがあった。
「ほう、“短剣”ギルド“将鬼”、しかもエイブリエルってことは、あんたレーヴァテインの――」
「そお!!! よくお気づきで。私、あなたがその魔導の炎で身体の半分を焼き尽くした相手、レーヴァテインの父でして。
今あやつは治療と、不甲斐ない敗北を喫した罰として本拠に送り返し『再教育』を施しておる最中。この法王府エリア在住の唯一のサタナエル一員としてちょうど良い機会、あなた方にぜひぜひお礼が申し上げたくてねぇ!!」
店主であったときと変わらぬ満面の笑顔ではあったが、その額にはピク、ピクと血管が浮き上がっている。恐るべき憤怒の充満が見て取れることが、この男ロブ=ハルスの底知れない不気味さを感じさせた。
一方――。胴を左右に裂かれてなお、まだ辛うじて息のあるアルベルトに駆け寄り、死に物狂いで法力をかけ続けるルーミス。
「父さん、父さん!! しっかり、しっかりしてくれ、死ぬな!」
法力で出血は止まったものの――。サタナエル一族ではない通常の人間。絶望的致命傷であり、もはや法力の回復などでは到底間に合う容体でないことは、火を見るより明らかであった。
アルベルトの顔色は、みるみるうちに青白い死の相に変化していく。
これを目の前にした――レエテの両眼が激憤に燃え盛り、両の手を結晶手に変え、ロブ=ハルスに殺到する!
右手で斬りかかるレエテの上段攻撃を、まったく事も無げに左手のジャックナイフで受け止めるロブ=ハルス。
そして右手のジャックナイフでレエテの胴を狙う!
そこへナユタの、援護の爆炎が襲う。しかし、左手でレエテをブロックしたままの体勢で、ロブ=ハルスは何と――その爆炎を丸々跳ね返した!
「ぐあ!」
自分の爆炎を耐魔で打ち消しつつ、後方へ吹き飛ばされるナユタ。
「ナユタ、大丈夫かい!?」
「うう、あんまり大丈夫って感じじゃないね。あいつ片手間で、耐魔の最上級、全反射をしてきやがった。
さすがは“将鬼”、正直にいって化物だよ。あたしたち全員でも相手になるかどうか」
その間にも、レエテはその左脚で相手の脇腹を蹴り込み、次いで左手の結晶手を打ち込まんとする。
しかし――ロブ=ハルスはまたも右手のジャックナイフでこれを易易と防ぎ、空いた左手のジャックナイフを素早く地につきたて、その手でレエテの左脚を掴み――持ち上げ、何と頭上で一回転させて彼女の身体を投擲した!
レエテは一直線に付近の岩に激突し、飛び散る破片とともに地に倒れ伏す。
「ふふ……あなたが聖騎士の馬で行ったという戦法を参考にしました、レエテ・サタナエル。
それにしても……不甲斐ないにもほどがある。その程度の力で、本当にトム・ジオットを殺せたのですか? まあ……あやつも恐るべき剣技を持ってはいましたが、根はあくまで基本に忠実なバカ真面目な剣。あなたに剣筋を一度読まれてしまったら敗れるしかありませんか」
明らかな不満を表情にたたえ、ゆっくりとロブ=ハルスはレエテに歩み寄る。
その時――立ち上がったナユタが、手に魔力を充填させつつ、叫ぶ。
「レエテ!! 行け!!」
自らは爆炎を発し、ランスロットは氷矢を渾身の5本、ロブ=ハルスに向けて放つ。
それを視認したレエテは、背後の岩を蹴り砕きながら爆発的速度で、“短剣”“将鬼”に結晶手をもって襲いかかる。
ほぼ同時に繰り出される、3方向からの攻撃は、勝利の希望を見出すに充分であった。
しかし――現実は無情であった。
一瞬ロブ=ハルスの姿がフッと消えたかと思うと、次の瞬間、爆炎は方向を曲げて反射され氷矢は全て溶解し消滅。そしてレエテの眼前に出現し、突き出した右手結晶手を左手のジャックナイフでブロックし、レエテの左手結晶手を掻い潜った右手のジャックナイフが――左脇腹を切り裂いた!
「ぐ――ああああ!!!」
悲鳴とともに地に倒れ伏し、脇腹を抑えるレエテ。
切り裂かれたボディスーツから、噴血と腸がはみ出し、血の海に膝をついたまま起き上がることができない。
「はは……狙った心臓は身体をずらしてうまく躱したようですが……つまらん!!! 全く! つまらん!!!
こんなふざけた戦力差でぇ!!! いたぶり殺すような状況は、私の矜持が許しません!!!」
これまで以上に血管を額に浮かべ、圧倒的優勢にもかかわらず怒り狂うロブ=ハルス。
付近の岩にジャックナイフを振るい、細断し、それでも気が済まないのか地に狂ったように刃を突き立て、辺り構わず叫び散らす。
眼にしたナユタは、方向性は違えど娘レーヴァテインと共通する倒錯した狂気をこの男に感じ、怖気をふるった。
「……止むを得ぬ。今日のところは、見逃して差し上げましょう。組織には、法王府に逃げられ手出しできなかったとでも報告します。
ハドリアン大司教猊下は、サタナエルとしては切り捨てる方針。すぐに法王に処断されるでしょう。手駒を失いましたが、法王庁に絶大な影響力をもちながら我々に従わぬ、目障りなアルベルト司教を始末できた収穫もありましたし。
レエテ、あなたとは過去に一度本拠で手合わせしていますが、覚えていますか? まあ、あの時は忌々しいマイエ・サタナエルめにしてやられましたが……。今自分がどう思っているかは知りませんが、あなたの力はこんなものではない。
再戦を望む! 次回会うとき、そのときまでには、完全なる本来の力を取り戻すがよい!」
ジャックナイフをレエテに向け再戦を布告すると、ロブ=ハルスはその悪夢のような恐怖の姿を朝靄とともに消し去り、彼女らの目の前から去った。
一瞬、思いがけず絶体絶命の危機から逃れた安堵感から脱力したレエテとナユタ、ランスロットだったが、すぐに気を取り直した。ナユタが立ち上がりレエテに手を貸すと、共にアルベルト司教のもとに駆け寄っていった。