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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第三十話 第一席次(ディエグ・ウヌ)(V) ~落ちかかる天罰

「兄さん!!! 無事だったんだな!!!」


 貌を輝かせるルーミスに対し、不快感と敵意をむき出しにする敵、クリストファー。


「シエイエス……貴様、何をした。

法力に対して素人同然の貴様が、ルーミスほどの使い手の血破点打ちを受けて生きておるなど、ましてや――活性を成功させるなど、天地が引繰り返ってもある訳がない。

どんな手段を用いたというのだ」


 シエイエスは――あまりの激痛による死と狂気の縁から生還したダメージからか、人相が変わるほどに険しい貌となっていた。苦しそうに息を継ぎ、しかしはっきりと彼は応えた。


「俺は――ひねくれ者だ。当初は父さんの跡目として取り組んだがいつしか無神論者として、法力の修行を拒否し――それは母さんの死で決定的になり――未だに本質的に神の存在を信じきれない身。

そんな俺が常々考えていたのが、法力とは信仰が必ずしも源ではないのではないか、ということ」


 話す間にもシエイエスの上半身は蠢き、弾けそうなエネルギーの内包を感じさせる。

 一歩を力強く踏み出すと、彼は続けた。


「現にハーミアだけでなく、シュメール・マーナの信仰者であっても法力は習得可能だ。尊いものによって魂の浄化を遂げるのが条件なら、尊い対象が神である必要は必ずしもないはずだ。俺はその持論に基づき過去に試技を繰り返したが――成功にはいたらなかった。

だが今まさに――成功した。それは紛れもなく、以前にはなかった程の“強い愛情”によってだ」


「何だと――?

ならば貴様は、克服の儀を、神に対してでなく別のものに対して行い――。

いわばこの場で突然『法力使いとなり』、血破点を開き活性化に成功したというのか?

そのようなこと――ハーミアの使徒として決して認められん。そもそも、そのような真似が可能な筈はない」


「俺は修行は終えていないが、内容は知っている。法力使いはあえて苦痛をその身に受け、それを神への強い信仰によって乗り越える克服の儀を経る。俺はその信仰を――家族への、仲間達への、そしてレエテへの一心の愛情に置き換えることによって遂げた。通常の何倍もの強烈な激痛という、あえての激烈な試練に打ち勝てるほどのな」


「そんな――!」


 ルーミスは絶句した。シエイエスの云う事は確かに理にかなっており、それだけを聞けば一見実現可能なことに思える。だがそれがいかに困難な業かは、法力の正統な修行を経たルーミスには分かる。

 通常なら7割の脱落者を生む、半年~一年に及ぶ時間をかけて行う苦行。それを成功の保証もないこの凄まじい短時間で一気に実現させる、その有り得ない困難の程が。


 だが裏を返せば――自分を含む、誰よりレエテに対する強い愛情がそれに打ち勝てたということ。その一途さと途方もない精神力に、改めて兄への敬意が蘇るルーミスだった。

 

「その愛する者への想いとともに、俺はルーミスとともに貴方に打ち勝つ、クリストファー。

貴方は――サタナエルとフォルズ家に疑義を持った。祖先の過ちを修正すべきだと強く感じ、行動した。そこまでは、良かった。正しかった。

だが――盟友ノエルの言葉に耳を貸さず、歴史上類を見ない大量の血を流させる悪魔の計画を、貴方は実行に移した。短期間でサタナエルを滅ぼせる唯一の方法だが、猛毒でしかない劇薬を用いた。

貴方は己を、情に流されず理想と正義をもって行動した聖人と思っているかもしれないが――。

その内実は、途方もない自己陶酔と、倒錯した欲望と自殺願望に満たされた――歪みきった人類史上最悪の犯罪者でしかない」


「貴様には……貴様ごときには決して分からぬ、シエイエス」


「一つ、聞こう。貴方は、血のつながった家族を道具のように扱い無残に殺し、あるいは殺そうとした。

そのとき、何を思っていた? どういう思いで、それを実行したんだ?」


「……心が痛んだ。だが……致し方ないこと。大いなる業を成すための尊い犠牲。そう思っていた」


「それが――“偽善”だというのだ!!! レエテが云ったようにな!!!!」


 シエイエスは耐えきれずに激昂した。鬼のように引き歪む怒りの表情に連動して、体中から突き出る異形の産物が激しく摺動し蠢いた。


「貴方の口からついぞ聞かれなかった、最も大事な言葉。

『すまなかった』、すなわちレエテや家族、犠牲にした者達への最低限の謝罪の言葉だ。それが自然に出て来ない事が、証明している! そして二言目の言い訳が、証明している!!

心が痛んでなどいない。貴方は自身と、自身の理想が何より大事なんだ!! それは自己愛と欲望しかない卑小な存在と己を認識していない分、貴方が殺したドミノよりも遥かにたちが悪い。

俺は、俺達は――決して貴方を許さん!!! これから貴方の信ずる神に変わり、天罰を、下す!!!!!」


 絶叫ととともにシエイエスの姿は――。


 その場から忽然と、消えた!



 次いで驚愕するクリストファーの目前に、一瞬でその姿は現れた。

 

 そして先程までとは明らかに次元の異なる――猛烈な連撃が開始されていた。


 六本の骨針の、正面からの怒涛のラッシュ。


 左右からの、双鞭の襲撃。それが終わってからの、手首から伸びた刃の襲撃。


 上方からの、第三の腕による酸の攻撃。


 まるで一個師団の一斉攻撃、放火のごとき大規模戦術レベルの攻撃が、一気に襲いかかった。


 しかもそれら一つひとつは――数倍の重さと鋭さ、危険さを伴っていた。


「おおおおおおおおおおおお!!!!!」


 血破点打ちで活性化した肉体。そしてその内なる激烈な怒り、激情。


 それらは数と質において膨大な攻撃力の向上をもたらし、サタナエルナンバー2の強者といえるクリストファーを、瞬く間に追い詰めていった。


 防戦一方になりながら必死に増強する“聖壁ムルサークレー”。しかし最早それは打ち破られる寸前となった。

 両手を斜め前方に突き出し壁を展開するクリストファーの表情は極限の危機に歪んでいた。


「ぬううう――おおおおお!!!!!」


 クリストファーは、完全に不意を突かれたことで後手に回った“操樹ロートス”を駆使した。


 己の周囲に待機させる百本の“触手樹”を、一斉にシエイエスに向けて攻撃展開させた。


 太陽光を遮りながら己に迫る、死の樹々。しかしシエイエスは、血走った目でそれを睨みながら、絶叫した。


「させるかあああああ!!!!! “蛇王乱舞ダンゼデュザウハーク”!!!!!」


 そして――シエイエスは、ついに変異魔導最後の技を、開花させた。


 それは――「毛髪」。


 シエイエスの長い白髪は一瞬にしてほどけ、まるで生き物のようにうねり始める。そしてそれは幾つかにまとまり、数十本の天を指す触手のようになった。次いでその太さが猛烈に膨張を始め、シエイエスの毛髪は伝説のゴルゴーンのような――数十匹の白い大蛇のようになった。


 それが上空に展開し、先端を刃のように鋭く変形させ、“触手樹”を迎え撃ち刻み、切り落としていく。毛髪は、硬度はないが刃がカミソリの何倍もの鋭利さをもっているようだった。そして特筆すべきは――そのスピード。動きは全く、捉えることができなかった。ただ土砂崩れのように落ちかかる“触手樹”の残骸というべき樹々が落下する結果だけが、攻撃の凄まじさを物語っていた。


 人智の及ばぬ領域で、猛烈な斬撃を繰り出し続ける“蛇王乱舞ダンゼデュザウハーク”だったが、百本もの“触手樹”全てを切り落とすことは流石にできなかった。


 残った“触手樹”が白蛇の弾幕を抜けて、シエイエスの頭上に襲いかかる。


 そこへ――遥か後方から繰り出される、巨大な「手」。


「兄さん!!!!!」


 ルーミスの、“熾天使の手(セラフィグ)”だった。彼の巨大なオリハルコンの手は、先程同様に法力を流しながら破壊することによって、“触手樹”の束を根本的に無力化させていった。


 そして――全ての“触手樹”が無力化されたと見た、シエイエスは。

 ルーミスに鋭く、云った。


「止めを刺すぞ!!!! ルーミス!!!!!」


「ああ!!!!!」


 兄弟の声が連なった。

 シエイエスは再び連撃を開始し、先程に加えて“蛇王乱舞ダンゼデュザウハーク”を用いたラッシュを展開する。


 もはや――それらがもたらす「音」が猛烈な強さに増強されたのと同時に、真の大陸最強の法力使いが展開する“聖壁ムルサークレー”も風前の灯火だった。


「ぐっ――おのれ!!!! このような――ことが!!!!!」


 無念の叫びを上げるクリストファーの眼前に迫ったのは――。


 ルーミスの、姿だった。

 “熾天使の手(セラフィグ)”に突進の慣性をも込めた万全の兵器は、横面から巨大なる「張り手」を壁に喰らわせた。


 その瞬間――二人の攻撃量の和に限界を突破した“聖壁ムルサークレー”はついに、消滅した。


 その隙を――シエイエスは、逃さなかった。


「地獄へ、堕ちろ!!!!! 

骨針墜聖神槍撃グルートダイギルドス”!!!!!」



 六本が一つにまとまり、極太の「聖なる槍」と化した、骨針。


 それはクリストファーの鳩尾部に深々と突き刺さり――。


 長く長く伸び続け、クリストファーの身体を断崖よりもさらに押出し、“深淵アビス”の上空にまで動かした。


「ぐっ――おおおおおおおおおおおお!!!!!」


 大量の血を吐き、傷口から流すクリストファー。その血は音もなく、全てが“深淵アビス”の闇に吸い込まれていった。


 異形の攻撃者は、最後に憐れみを含んだ眼差しで、敵に言葉をかけた。


「貴方の巨大な罪は俺達が己の罪とともに――あがない、精算することを誓う。

さらばだ、祖父よ――」


 その言葉を最後にシエイエスは、骨針を引き抜いた。



 支える物のなくなった、クリストファーの身体は――。



 どこまでも続く“深淵アビス”の漆黒の闇の中に落ち、吸い込まれ、消えていった。


 ――最後の“第一席次(ディエグ・ウヌ)”となった、史上最大の巨悪の、あまりに静かな、最後であった。



 


「――っハアっ!!!! ハア!! ――ハア、ハア――!」


 全てが終わった戦場で、シエイエスは最後の糸がきれたようにガックリと膝を着いた。


 ルーミスがすぐに、それに駆け寄る。


「兄さん!! 大丈夫か!!!」


 その手から強力な法力を受けながら、シエイエスは微笑み返した。


「大丈夫……だ。さっきの血破点打ちで、内臓をやられてはいるがな……。すまないが回復を頼む。俺も……自分で回復できるようになったとはいえ……な」


「ああ、少し休んでくれ。レエテを追えるよう、できるだけ早く回復するから。

――しかし本当に、流石だ、兄さん。あの強敵を、オレたちは斃した。勝ったんだ」


「いや――お前がいなかったら、この勝利はなかった、ルーミス。お前の成長と心の強さがあってこその――勝利だ。ありがとう」


「礼を云うはオレの方だ。だが――同時に、大きな罪も、オレたちは犯した。

祖父殺し、という」


「そうだ。それはこれまでの復讐と同様、これから精算をしていかなければならない。

祖父が犯した罪の、贖罪も含めて」


「わかっている。それは――簡単なことじゃないが――オレたちが協力すれば、必ず、成し遂げられる。今はとにかく――回復に、集中しよう」


 レエテを追いたいという、はやる気持ちも抑え、回復に専念するその間――。



 巨凶の真実とともに、文字通り「地獄に落ちた」呪われし祖父が吸い込まれていった“深淵アビス”の闇を――。


 

 二人はただひたすらに、見詰め続けていたのだった。

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