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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第二十九話 第一席次(ディエグ・ウヌ)(Ⅳ) ~大いなる賭け

「何をしておる――? 血迷ったか、シエイエス!?」


 貌を激しくしかめたクリストファーが、鋭く言葉を発する。

 彼には、シエイエスが行った行為がもたらす地獄の結末が理解できているからだ。


 “背教者”が、己の肉体を武器とする目的で異常活性させる技、血破点打ち。


 他人に用いることもできるが、基本的にそれは禁忌タブーだ。

 血破点は、法力の訓練をしていなければ通常は閉じているものだ。そのような相手に血破点打ちを行うと、入り口だけで出口のない風船を破裂させるようなもので、肉体が耐えきれず立ちどころに死ぬ。

 法力使い以外でこれを受けても平気なのは、イセベルグ・デューラーのような元“背教者”か、法力以上の肉体活性を生まれつき持つサタナエル一族しかいない。


 思想信条から、少年時代に法力の訓練を放棄しているシエイエスがこれを行うのは、当然ながら自殺行為だ。ましてや血破点開放を使いこなす最強クラスの法力使い、ルーミスの全力の法力を受けるなどと。


 シエイエスの肉体は――全身に血管が浮き上がり、筋肉が倍近くに膨れ上がるという異常な状態を呈した。

 明らかに、ルーミスが用いているような制御されたものではない。肉体の異常暴走。

 伸縮性の高い繊維で織られた漆黒の軍服も、瞬く間に破れ散り、人体とは思われない異形の上半身がむき出しになった。肌の色は青紫色に変色し、皮膚の表面には神経と思しき無数の筋がビキ……ビキ……と浮き出してくる。


 これはすなわち、体表に浮上してきた全神経に法力が電気のごとく駆け巡っている状態。全身の全ての「痛覚」に、最大級の電気が流れているということ。


「がああああああああああああ!!!!! ぐうううああああああああああ!!!!! ぎいいいいいいいやああああああああああーーーー!!!!!  がはああああああああああ!!!!!」


 痛みに耐える超一流の戦士であるはずのシエイエスが、白目を剥き地面を転がりのたうちまわりながら、獣の咆哮のような大絶叫を発し続けている。


 今のシエイエスの身体は――数千の刃で深く切り刻まれ続けている激痛。あるいは巨大なハンマーで、全身を叩き潰される激痛。それらが間断なく終わりなく、最大級の強さで襲うのだ。

 通常、人間が数秒でショック死する状態。まさに、この世の地獄だ。


 体験した訳ではないが、どれほどのものか理解はできる。ルーミスは目を背け、貌の皮が張り裂けんばかりに貌をしかめる。


「ぐ……ううう、……兄さん!!!」


 唸るように兄に呼びかけた後、ルーミスは――。 


 クリストファーに向かって、一気に前に踏み出した!



 シエイエスの突如の行動に戸惑いを見せたクリストファーだが、それによっておめおめ隙を作るような甘い相手ではなかった。


 敵は即座に、ルーミスに向かって“触手樹”を発動させた。


 先程から数を増やし、百本近い本数に達そうとしている樹々の触手。槍のような先端を持つそれらの一部が、束となってルーミスに襲いかかる。


 ルーミスは眼光鋭く、一度身体を低く伏せる。そして――まず右側から襲いかかる“触手樹”の束に、右義手を“熾天使の手(セラフィグ)”に変形させて応戦する。


 幅1m、長さ4mにまで巨大化したオリハルコンの手は、数十本の“触手樹”を掴み一気にむしり取った!


 バキバキバキッ――と猛烈な音を立てて折り取られた“触手樹”は、折られた部分だけではなく、根本も部分も、力を失いしなびていった。


「――!」


 クリストファーの目が鋭く細められる。その眼前で、左側の“触手樹”も同様に薙ぎ払ったルーミスは、がら空きになったクリストファーの前まで一気に跳んだ。


 その状態でルーミスがまず放ったのは――。鬼人化したパワーで放つ彼の最大の打撃技、“鉄山”だった。

 相手にもたれかかるような体勢で、背中の筋肉を敵の懐に打ち込む強力無比な体当たり技。“聖壁ムルサークレー”の内側に入り込んだルーミスの身体は万全の体勢で、クリストファーに打ち込まれていく。


 しかし――ルーミスの身体に、岩山のような途轍もなく重い手応えが返ってくる。

 “鉄山”の攻撃は、肥大化したクリストファーの両腕でガードされたうえ――。強靭な足腰によって持ちこたえられていた。

 彼は表情を変えず、ルーミスに云い放つ。


「なかなか良い攻撃だったぞ、ルーミス。

よもや、私の“触手樹”に触れて法力を流し込み無力化させおるとは。少々お前の力を見くびり過ぎておったようだ。

だが今一歩、届かなかったな。懐にのこのこ入ってきたからには――逃しはせぬぞ」


 云うとクリストファーは、半身で背を向けるルーミスの両腕を後ろ手に掴んだ。羽交い締めにした状態のルーミスに対し、膨大な法力を自らの両手に集中させる。


「――くっ!!!!」


 ルーミスは必死の形相で全力の耐魔レジストを行う。

 血破点開放を使うルーミスの強大な耐魔レジストをもってしても――完全には敵の法力を防ぐことはできなかった。


「“過活性放出ディレスプリット”!」


 活性を強制助長させる法力技。現在のシエイエスの何分の一かであろうが、同様の激痛と肉体破壊の脅威がルーミスを襲う。


「ぐうううおおおおおおお!!!! ぬううううううああああああああ!!!!」


 貌や首に血管を何条にも浮き上がらせながら、ルーミスは苦しみ叫び、そこから逃れるために全力の抵抗を試みた。

 前転を行う要領で、後ろ側に強烈な脚力で蹴りを敵に食らわせる。それを“聖壁ムルサークレー”で防御した敵の隙をついて、全力の力を手首に込めて敵の拘束と法力を外し逃れる。


 無我夢中で跳躍し、距離をとったルーミスは、土埃をもうもうと上げつつ足をスライドさせて180度身体を回転させる。

 身を低く低く、敵に向かって攻撃態勢をとる獣の姿勢を維持したまま、ルーミスは肩で苦しげに大きく息をつく。


 クリストファーは鉄壁の、敵ではない。それなりに対抗策は考え着くし、それが通用もする。“操樹ロートス”という異形の技は確かに圧倒的ではあるが、決して無敵という訳ではないのだ。

 だが、「地力の差」という最も高い壁がそびえ立ち、あと一歩というところで及ばない。ルーミスとシエイエス二人を合わせた「地力」がクリストファーを上回ったうえで、協働で仕掛けることができるのならば光は見える。しかし――。


 横目でルーミスが見やった、兄シエイエスの状態は――。

 身体をエビ反りにし大きく痙攣を続け、白目を剥いて口から泡を噴いている有様。いかなる秘策によってなのか活性化による人体破壊による死を免れてはいるようだが、逆に死んでおらぬということは継続的に極限の激痛を受け続けているということ。もはや現時点で正気を保っているような状態だとは到底思われない。


 ぐっと歯を食いしばったルーミスの目前で、クリストファーは再生させた新たな“触手樹”を己の周囲に密集させていた。そう、敵はこの技によって、己の法力が続く限り幾らでも攻撃手段をゼロから生み出し続けることができるのだ。長期戦になればなるほど、ただでさえ不利な戦況はさらに不利なものになっていく。


 クリストファーは、当然ながら現在動ける脅威であるルーミスを、まず最初に始末する気だ。

 彼の目的は、全力で戦った自分達に己が殺され、壮大なる狂気の悪魔の計画に終止符を打つこと。しかしシエイエスが指摘したように、どうやらクリストファーはレエテにだけ殺されることを望んでいるようだ。始祖に瓜二つの絶世の美女に懸想してのマゾヒズムによるものか、それに創始者の子孫の己が殺される運命的状況に酔いしれているのかは不明だが――。

 いずれにせよ、自分達二人をさっさと殺して、レエテにヴェルより先に己を殺してもらおうと焦っているのは間違いない。


「終わりだ、ルーミス。お前をまず先に天に召させてやろう。兄もすぐに後を追わせてやるゆえ、心配はするな」


 冷徹な処刑宣告のあと、クリストファーは“触手樹”を一斉にルーミスに襲いかからせた。


 宣言どおり、真の全力をもって命を奪う気だろう。これまでで最も多数で、最も高密度の樹々の槍の束が自分に襲いかかる様を睨みすえるルーミス。これは――自分の秘策をもってしても抑え込める本数ではない。


「ぐっ――くそっ――おおおおお!!!!

キャティシア――オレは、ここまでかも知れない。オマエに生かしてもらっておきながら――すまない。レエテ――必ず勝ってくれ。オレはオマエを、信じている――!」


 そして、覚悟を決めて目を閉じたルーミスの脳天に――。



 百本を超える“触手樹”が降り注ぐことは――なかった。



 猛烈な破壊音とともに、何かが力ずくで敵の死の槍を薙ぎ払った。そんな風に感じた。


 そして両目をゆっくり開けたルーミスの眼前に――。



 そびえ立っていた。つい先程まで死を免れぬ運命だったはずの、ただ一人の兄の頼もしい後ろ姿が。



 軍服を失い剥き出しになった上半身は、普段他人に見せることがないであろう異形に変形した身体の真の姿を目前にさらしていた。胴体の側面から変形した肋骨が全て突き出し、両腕からは巨大な刃が5mほどにまで伸びている。背中からはもう一本の黒い腕が発生し、天をつく勢いで伸びている。

 怖気を振るうほどにおぞましいが、確実に驚異の生命力と力強さのほどを肌に感じさせる、その姿。


 それは――“背教者”による肉体活性、血破点打ちが成功した証拠に他ならなかった。

 見えてはいなかったが、これらの変異魔導を駆使しての反撃によって“触手樹”の脅威を完全に薙ぎ払ったのだ。


 そうして兄、シエイエスは――。


 苦しげに肩で息をし、貌中に汗を滴らせながら、ルーミスを振り返った。


「――大丈夫か、ルーミス」

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