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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第二十五話 頂上戦争 第二幕(Ⅱ)~無言の誓約と別れ【★挿絵有】

 ダレン=ジョスパンが仮にサタナエルに入門していたのなら、ギルド史上最強の逸材となったことは確実だと以前よりシェリーディアは考えていた。

 

 史上最速で“ソード”ギルド将鬼となり、史上最速で将鬼長となったことであろう。

 基本技量はもちろん、フレアが駆使した拘束魔導も、流石にこれだけの人外を極めたスピードの前では命中することも皆無だ。

 そして、いずれは七長老への道も開けたはずだと思う。


 彼がサタナエルという組織をよく知っていながら、それに入門しようと考えなかったのは――。

 一つは己の母ナジードが居るかも知れぬという、憎悪嫌悪感からくる拒否反応。

 今一つは、彼という人物が組織になじまない一匹狼の性質だったこと。

 最後が――そのような軛に好んで縛られずとも、一人でどのような野望も実現できる頭脳と実力を有していたことだ。


 最後の理由について、今ダレン=ジョスパン自身がこうして「本拠」にたどり着き、地上最強の存在をまるで相手にせず追い詰めている厳然たる事実によって――。正しいことが証明されている。


 片や「心」の面において――。ダレン=ジョスパン自身は、従妹であるオファニミスを確実に肉親として愛し、これまでの言動からシェリーディアのことも妾という立場以上に大事に思ってくれているようだ。

 そのような内面の変化を感じれば感じるほど、ダレン=ジョスパンを愛し、彼の子供を宿したシェリーディアの気持ちとしては――。家族として自分たちから愛情を注がれることでダレン=ジョスパンが満足してくれたらどんなに良いか、大望を捨て静かに一緒に暮らしてはくれないだろうかとは思う。


 だが、それは確実に、ない。

 愛情が存在しない、という意味ではない。優先順位が下なのだ。

 この男は根っからのストイックな求道者なのだ。己の大望が達成されない限り、真の満足を得ることは決して、ない。


 シェリーディアとしては――この頂点を決する戦いにダレン=ジョスパンが勝利し、満足を得て――。自分「達」のもとに彼が還ってくることを祈る以外になかった。



 ダレン=ジョスパンは、先刻からヴェルを切り刻み続けている。超常的頑強さを誇る肉体に、思うように刃が通らないことに苛立ちは見せつつも、残像すら見せることなく地上最強の男に傷を負わせ続けているのだ。


 その黒い岩のごとき肉体の足元には、恐るべき量の血溜まりができ芝生を無残に浸している。さしもの一族の肉体でも、再生が追い付いてはいまい。一族の強さを支えるコアではあるが流石に、血の最後の一滴すらも失った場合は機能しなくなってしまう。追い詰められ、絶体絶命であるのは確実に、“魔人”ヴェルなのだ。


 ダレン=ジョスパンは――。攻撃の結果たる噴血のみでしか存在を知りえないほどの、異次元のスピードによる攻撃を一時中断し、ヴェルの目前10mほどの位置に直立して停止した。


 髪も着衣もほぼ乱さず、表情も変えず、汗もかかず、ただ血まみれのレイピアのみが戦闘中であることを表すのみの、超然たるその姿。


 その姿は、悪魔の王というよりは――。罪深き人間に審判を下そうとその小さき姿を見下ろす、超然たる神の姿に見えたのだった。



「ヴェルよ……。

次で、終わらせて貰おう。

まこと刃が通りにくいお主の筋肉であるが、その首にはすでに数撃、入れている。

いかにお主が僅差で身体の位置をずらそうとも、次の一撃が入れば頚椎寸断は免れぬ」


「……」


「さらばだ。地上最強の、男よ。

現在只今をもって余がその称号を受け継ぎ、余は――。血の連なる者の『素体』をもって、ひとり孤高の、禁断の高みを究るに邁進する。

――この一撃をもって、一つの大いなる時代を終わらせて貰う!!!」


 

 叫びとともに、ダレン=ジョスパンの姿は消えた。


 が、しかし――同時に飛び散らされた、受けた者が身体をズタズタにされるほどの巨凶の闘気によって、明らかだ。

 全力の跳躍、斬撃によって、確実に勝負を決めにかかっている。


 予め敵に攻撃の部位を予告するという、真剣勝負にあるまじき行いだが、それをもってしても、最早確実だ。

 ヴェルはその状況下でも、攻撃をかわすことはできない。客観的に、それは厳然たる事実だ。


 

 ヴェルの首が宙高く舞う。それは避けられないこと。

 期待をこめた結果が目の前に現れると、目をこらしたシェリーディアの目前には――。


 

 期待と反する――光景が展開されていた。



 これ以上ないほどの、万全の体勢でレイピアを突き出す、ダレン=ジョスパンの姿。


 それに相対する、ガードを亀のように固めた、ヴェルの姿。


 二人の姿をつなぐ唯一の箇所――。レイピアの先端は、恐ろしく正確に確実にヴェルの首を捉えていた。


 しかし――ヴェルの首は、寸断されてはいなかった。


 彼が巨大な傷のある左側に、やや倒した首の筋肉は――。


 何と、レイピアの刃を「傷口で白刃取って」いた。


 頚椎寸断前に、レイピアの動きに合わせて手で掴むがごとくにそれを「止めた」のだ。



 ダレン=ジョスパンの両眼が――。眼球が飛び出さんばかりに、見開かれる。


 次いで、口角が、貌中の筋肉が釣り上がった。


 そして、素早くレイピアを引き、後方に下がる。



 ヴェルは――傷からの出血の止まり始めた首を、ゴキッと音を鳴らして回し、云った。



「ふむ――。『少し時間はかかったが』、追い付いたぞ。

貴様のスピードにな」



 短く重々しいその言葉を聞いた――2名の反応は、対象的だった。


 シェリーディアは――顔面蒼白となり大量の冷や汗を流し、膝をガクガクと震わせていた。


 ダレン=ジョスパンは――彼の表情にあるのは、あまりに突き抜けた、ふたつの感情。

 「喜悦」と「興奮」を表す、狂気じみた笑いであったのだった。



「ダレン=ジョスパン。貴様は俺の想像の範囲を超えた、恐るべき男。

流石、兄妹よな。マイエ以外で、俺に唯一明確に敗北のプレッシャーを感じさせた。戦端を開いた時点では、明らかに貴様が、地上最強であった。認めざるを得ぬ。

だが、今や見切った。そして追い付いた。よって敗北の要素は皆無。攻撃によって、それを証明して見せよう!」


 そう云うや否や――。


 ヴェルは腕の関節を外す――右伸長手を放った。


 マイエから盗み取ったその技のスピードは――。

 ダレン=ジョスパンが「かわしきれず」、攻撃を防御するしかなかった。

 

 次いで左伸長手も。ダレン=ジョスパンがそれを防御する様、いやそもそも、ヴェルの結晶手に関しても、シェリーディアには視認できるレベルを「完全に」超えていた。音、と彼ら超越者がわずかに時折見せる残像でしか、確認は不可能だった。


 音。これは自分も経験がある。かつてレエテの結晶手を自分の“魔熱風パズズ”の刃で受けたとき発生した、鉱物と金属が打ち合うものと同種の音。材質も全く同じゆえ当然ではあるが。しかし、今目の前で展開している打ち合いは、かつて自分が経験したものとは2つも3つも次元が異なる。


 一進一退の攻防。お互い攻撃を見切り、上下左右、はす、あらゆる角度にて凄まじい合数――。一秒間に数十回レベルの打ち合いを展開している。シェリーディアが目にした中では勿論のこと、確実にダレン=ジョスパンの人生の中でも未曾有の、状況であろう。


 現に――わずかながら時折見える彼の表情の、何と生き生きしていることか。禍々しいながらも、全力を持って事にあたる人間の、最大限の充実感に満たされている。


 上段から打ち掛かる斬撃を、ギリギリで受け切る。突きを刃で外にいなす。

 己の中段の斬撃を同じく際どいタイミングで受けられる。下段から斬り上げる刃を、受け流される。


 それら一つひとつの動作に対して、何か己の人生をかけた弾けんばかりの悦びの感情を、シェリーディアは確実に感じていた。

 このような切迫した戦況でありながら――。彼女は胸が熱くなり、嬉しくなった。そのような状況でないにも関わらずいつまでも、この打ち合いを見ていたかった。


 しかし――それは決して、実現しないこと。


 なぜなら――。ダレン=ジョスパンがスピードでヴェルに並ばれたということは、総合力において決定的に劣るある一点――。その弱点を突かれるという事に他ならないからだ。


 その時は、すぐに訪れた。


 スピードに慣れたヴェルの結晶手が発揮してきた――おそるべき「パワー」によって、ダレン=ジョスパンのレイピアは彼の技量テクニックの限界を超えて大きく弾かれた。


 その隙を、“魔人”と呼ばれる神魔の存在が見逃すはずは、なかった。


 弾いた方と逆の手を伸ばし、結晶手を解除したヴェルの岩のような手は、ついに――。

 ダレン=ジョスパンのレイピアをもつ右手首を捕らえて、しまったのだ。


「いやっ!!!! いやああああ!!!! ダレン!!! ダレンーー!!!!」


 シェリーディアは半狂乱になり、“魔熱風パズズ”を反射的に構え、ボルトを乱射してしまった。


 焼け石に水のその攻撃は、わずかに一本、ヴェルの脇腹に刺さったのみでかわされ――。


 ヴェルは冷静にもう一方の伸長手を――爆発的な威力をもって、放った。


 あの、ホルストース・インレスピータを屠った、必殺の、一撃を。



 それは――。ダレン=ジョスパンの左腕を――。左脇腹から、下を――下半身を、破壊しつくし――。



 右腕、胸部より上だけになった身体を宙に舞わせ、大量の血しぶきで弧を描かせ――。



 無残にも仰向けに、音を立てて倒れていったのだった。



「――あああああ……あああ!!!! あああああああ~~!!!!!」



 涙を宙にほとばしらせて、シェリーディアは無我夢中でダレン=ジョスパンの元に駆け寄った。



 胴を寸断され、屍体同然に横たわる彼。しかし彼は、まだ確実に生きていた。“純戦闘種”としての強力な細胞が、相応の恐るべき生命力をもたらしているゆえか。


 だが、かつて同じような身体になりながら、五体満足と変わらぬ意識レベルで振る舞えていたビューネイ・サタナエルとは違い、あくまでダレン=ジョスパンは通常の人間だった。


 鬼気迫る表情で目を剥きながらも、命の火は急速に消えかかり、会話などできるような状態ではなかった。


 シェリーディアは泣き崩れながら彼に抱きついた。その腕の中のそれは、かつての熱をもった身体ではなく、急速に冷え込もうとする身体。もはや猶予はない。彼女は腹にぐっと恐ろしく力を込めながら、笑顔すら作って、ダレン=ジョスパンに話しかけた。


「ダレン――聞いて。アタシね、妊娠したんだ。

アンタの子供を、授かったんだよ! ほら、ここに――」


 そう云って、シェリーディアは自分の腹にダレン=ジョスパンの右手を当てた。

 ダレン=ジョスパンの目が、シェリーディアのそこに注がれ、やや細められる。


「そうだよ! アタシとアンタの子。アタシは悪いけども、カンヌドーリアでアンタと話したあの時から、公爵夫人のつもりでいたんだよ! アンタが愛を注ぐ、最大の『家族』ができたんだから!

黙っててごめん……でも、アンタが一番大事なものはそれじゃないって分かってたから……このことは云えなくて……。嫌われるのも、怖かったから……。

でも今、誇りをもって云う。必ず育てる、このお腹の子どもに誓って。

アタシは、アンタのこと、世界で一番理解してる。世界で一番、アンタのことが好き。

愛してる……!!! 愛してる、ダレン!!!!!」


挿絵(By みてみん)


 愛情をぶつけ、涙を自分の貌に落とし続けるシェリーディアを――。青白い貌の中で目を細めて、ダレン=ジョスパンはぼんやりとした視線ながらも見詰めた。


 そして右手の薬指を、そっとシェリーディアの耳たぶに沿わせ、撫でた。


 それは――ハルメニア大陸で誰もが、子供でも知っている、ある心の表現。


 「夫が、妻への愛情を表現する動作」だった。



 シェリーディアは――感動に打ち震えながら、ダレン=ジョスパンの身体を抱きしめ、強く唇を重ねた。


 その彼女の背中に、沿わせようとした手は――。


 まるで天からの糸が切れたかのように、だらりと力を失い、地に落ちた。


 同時に、シェリーディアの胸にわずかに響いていた鼓動が、完全に消え去り――。



 ダレン=ジョスパン・ファルブルク・エストガレスは、死んだ。




 唇を離し、薄く開かれたままの両目をそっと手で閉じるシェリーディア。

 そのまま、頬を愛おしそうに撫で続けながら、魂が抜けたように涙を流し震え続けた。




 その後方で、ヴェルが己の脇腹に刺さったボルトを引き抜きながら云う。


「武人として、見事な最後であった。ダレン=ジョスパン。

戦端を開いた段階で勝機が見えていなかった点において、貴様はマイエよりも俺を追い詰めた。

そして、ホルストース・インレスピータと同じ位、俺に命の危険を感じさせた。

最終的にわずかに俺の方が、“純戦闘種”としての成長力で上回ったが――。間違いなく貴様は、これまでで最大の敬意を払うべき、強敵だった。

シェリーディア・ラウンデンフィル。俺を仇と狙うも自由だが、腹にそやつの童子を抱えるならば、俺は望む。

その優秀なる血を育て、偉大なる存在について後世に語り伝えることをな。

さらばだ――俺は戻り、奴の――レエテの到着を、待つ」


 そう云い残すと、大量の血の跡を大地に流し続けながら、“魔人”ヴェルは「家」の方角に向かって――。しっかりとした足取りで歩き去っていった。




 シェリーディアは――それを一瞬だけ見やった後、愛する男の死に顔を見詰め続けた。


「ダレン……。

アンタは……満足、したんだよね? ヴェルに追いつかれて、互角の戦いをしているときのアンタ……。

まるで無邪気な子供みたいに、楽しそうだったもん……。

きっと最後に、そんな身体に生まれちまった自分の孤独の呪いを、打ち払ったんだよね……?

アタシは、それが一番うれしい……。そして望みがかなったから……アタシとこの子を受け入れてくれたんだよね……?

一番じゃなくていい……最後に、妻として、愛してくれた……それだけでアタシは最高に……最高に幸せ……。幸せよ……。

アンタという人の本当の姿、わすれないから……アタシだけは。アタシはずっとずっと……アンタを愛しているから……ダレン……」


 安らかに――微笑んでいるようにさえ見える、その貌。


 “狂公”などと呼ばれ、忌み嫌われ化物扱いされた悪魔の貌は、どこにもなかった。


 後世まで汚れきった呪いをかぶる存在ではあるだろう。だが――孤独と戦い続け、最大の希望の達成と、ささやかな愛を手にした彼は――満足だったのだろうか。


 それは、似た境遇を経て魂を共有するに至った、愛すべき存在にしか分からぬのかもしれなかった――。

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