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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第二十四話 頂上戦争 第二幕(Ⅰ)~頂点の激突再び

 ダレン=ジョスパンは、周囲の視界が歪む、彼の超スピード移動の最中でしか見ることのできぬ世界で――。

 あまりに強い、しかしどこへ向けることもできぬ怒りの感情に支配されていた。


 「本拠」という、人間が立ち入るべきでない魔境。そこには、己の超常力に比肩するか超える存在がいるのではないかと密かに期待した。

 人外の怪物であろうが、人外の能力をもつ人間であろうが、人間とは呼べぬ能力をもつ一族であろうが構わない。自分が全ての力をぶつけることのできる、生きている実感をもたらしてくれる存在が少なからず居てくれるであろうと。


 だがその期待は、現時点でほぼ裏切られた。

 どこにも、そのような存在はいない。どこにも――。

 唯一、自分に全力を出させるに至った人間は先刻現れた。だがその男も、自分の全力の攻撃の前にもろくも一瞬で崩れ去ってしまった。


 身体が砂になって空洞化してしまうような、究極の虚無感。世界に一人きりだという、絶望でしかない孤独感。それは、どのように足掻こうが拭い去ることはできないのか。


 そのような、身を引き裂かれる苦しみを感じつつも、ダレン=ジョスパンは足を止めることはできなかった。

 足を止めれば、その時点で自分という存在の死を認めるも同然。

 まだ向かうべき到達点がある以上、進むしかないのだ。

 仮に、自分と戦える者が存在しなくとも、より高みにまで自分を引き上げうる「素体」は存在している。

 そこまでは、足掻き、足掻き尽くしてやろう。



 そして――。


 ダレン=ジョスパンが、産前棟書物庫の地図において確認した、マイエの「家」。貌も知らぬ彼の妹と、レエテが10年の間生活していたという場所。同時に――マイエに求婚したヴェル、将鬼6名、ドミノが、彼女と彼女の家族を虐殺したと云われるその場所。


 その場所へとようやくたどり着き、ダレン=ジョスパンは足を止めた。



 そこには、異様な光景が広がっていた。


 大樹の間に、数千数万と思われる膨大なツタが絡みつき、「カボチャ」ともいうべき形の建造物を形成している。直径は、30m前後といったところだ。外壁を形成するそのツタは、近づいただけで分かる膨大なる神聖な「氣」を放出しており、怪物どもが嫌い、近づかないであろうことが明白だった。


 これが、「家」なのであろう。そして、ここに――。


 ダレン=ジョスパンは、ゆっくりとした足取りで、その「家」の裏側へと回った。


 そこには、ハーミア聖架で造られた、数十もの大量の墓が並んでいた。

 マイエの「家族」となりながら、無残に死んでいった子供たちのものだろう。


 墓は、八の字を描くように広がった形状で立てられ、その最奥部にひときわ大きな墓が一つ、あった。


 他の墓と違い、ジャングルに群生する無骨な樹ではなく、この場所では決して入手できない――。ハーミアにおいて正式なスギの素材で造られた、聖架だった。


 その前に、一人の男が、ダレン=ジョスパンに背を向けて佇んでいた。


 尋常ならざる、男だ。2mを超え、200kgに及ぶであろう筋肉に包まれた巨体だ。金の装飾に彩られた豪華絢爛なボディスーツに身を包んでいるが、引き破れそうなほどの密度を感じる。


 そしてゆっくりと、男は振り返った。


 短く刈られた白銀の髪、褐色の肌、黄金色の瞳を持つ鋭すぎる眼光。サタナエル一族だ。


 男は悠然とダレン=ジョスパンを見下ろし、威厳に満ち満ちた低い声で語りかけてきた。


「――貴様の方が、早かったか。外界最強の男、“狂公”ダレン=ジョスパン・エストガレスよ。

ようこそ、この場所へ。貴様の同腹の妹、マイエ・サタナエルが人生をかけて築き上げた、サタナエル一族女子の砦――『家』へ。そして、マイエが眠る、この墓へ」


 ダレン=ジョスパンは、男から目線を離すことなく、笑みすら浮かべながら、歩み寄った。


「ご丁寧な歓迎のお言葉、いたみいる。サタナエルの頂点、“魔人”ヴェルよ。

やはり、ここに居ったのか。その不相応に立派な墓は、マイエに愛情を抱いたというお主があつらえたものか。貌も知らぬ妹とはいえ、心を尽くした計らいに対し、兄として礼を云わせてもらわねばな」


 ダレン=ジョスパンはまっすぐに歩き、ヴェルの途方もない巨体の脇を恐れげもなく通り抜け――。

 マイエの墓標の前に進み出た。


 そして右手を額に当て、胸までまっすぐに降ろして斜めに上げるハーミアの簡易印を切り、短い黙祷を捧げた。


 ヴェルは両目を閉じ、ダレン=ジョスパンのその様子に言葉を投げかけた。


「――屍体を利用しようとしている行為への、罪滅ぼしのつもりか?

せっかく不届きな墓荒らしが去ったというのに、こちらの身にもなってもらわねばな」


 ダレン=ジョスパンは、不敵な笑みを浮かべてこれに応えた。


「今のはお主同様、純粋にマイエの死を悼んでのものだが? 余は己を人間として見ぬゴミクズでない限りは、血のつながった人間への愛情は人並みに持っているつもりだからな。

それゆえ自死とはいえ、お主のせいでマイエが死んだということは、余は仇としてお主を討たねばならぬ」

 

「……白々しいな」


「……そうだな、それは認めよう。余がお主を訪ねてきた理由は別にある」


「ここでは、墓場を破壊しかねん。場所を移す」


 そう云ってヴェルは、ダレン=ジョスパンについてくるよう促した。




 100mほど歩いた場所に、それはあった。


 ジャングルの中に唐突に現れた、空の開けた場所。裾野直径150mほどの、なだらかな芝生の丘だった。


 その裾にあたる、平野に近い場所でヴェルは立ち止まり、ダレン=ジョスパンを振り返る。


「ここはな……一族女子どもの間で『丘』とよばれ親しまれた憩いの場所だ。

この周囲に植生するカムバネラの樹は、先程の『家』を見ても分かる通り怪物どもの嫌う神聖な氣を発する植物。長大な根をもち、この丘の地下全体にそれを張り巡らせておるのだ。

稀有の安全な場所であるゆえ、女子どもの訓練場としても機能していたようだ」


 そう話しながら、両手に結晶手を出現させる、ヴェル。

 かつて見たどの一族の者のそれより大きく禍々しい結晶手を目にしたダレン=ジョスパンは、若干の滾りを両眼に漂わせて、レイピアを抜いた。


「なるほど……それゆえ、我ら頂点の存在の戦いの場所に選んだ訳だな? 邪魔者の現れないこの場所を」


 レイピアを振り、全力の構えをとる、ダレン=ジョスパン。その太刀筋から、先程付着したばかりのアスモディウスの血液の飛沫が軌跡を描いて飛び散った。


「お主が迎え入れたという剣聖、アスモディウスは先程余が始末した。

初めて余の動きに追いついた男で、期待したが本気を出した途端に弱者に成り下がりおった。

正直、お主にもさほど期待はしておらぬが、曲がりなりにも地上最強の称号をもつ存在。これ以上余を落胆させぬことを切に願うぞ。その頂きを超えることこそ、余の目的なのだからな」


 ヴェルは、やや口角を上げ笑ったような表情を形作ると、ゆっくりと一歩を踏み出した。


 

 ――それが、開始の合図となった!



 ダレン=ジョスパンの姿は、一瞬で消え失せた。


 それは従来の動きなどではなく、先程見せたばかりの「100%」の己の力を引き出した全力の動き、だった。


 ヴェルは――最初からそうすると決めていたかのように、右腕でくるむように首を、左腕でくるむように左胸を、覆って身を低くしていた。


 そして、目に見えぬ敵からの容赦ない斬撃が、ヴェルの左肩、脇腹、頬から耳までをざっくりとえぐった!


 出血するヴェルの後方、6~7mほどの場所に出現したダレン=ジョスパンは、直立状態で血のついたレイピアを振り、歯ぎしりしながらヴェルを振り返った。




 この時点で――シェリーディアはダレン=ジョスパンに追い付いた。さすがに息を切らしながら、30mほど離れた場所で膝に手をつく彼女の視界に――。捉えられぬ動きで“魔人”に出血をさせた、ダレン=ジョスパンの姿が飛び込んできた。



 ダレン=ジョスパンは、歯の間から押し出すように言葉を発する。


「――やはり、お主もその程度、なのか。このダレン=ジョスパンの全力の動きが、全く見えておらぬのか! 急所を防ぐのが、やっとだというのか!!

なぜだ……なぜ、余だけが、これほどに孤独なのだ! 人間としても受け入れられず、戦闘者の世界でも突出しすぎ、相手になるものがどこを探してもおらぬ!!!

神というものが居るのなら、なぜ余を生み出したのだ!!! 一体余に、何をさせるために生を与えたというのだ!!!!

地獄の苦しみを与え続け、地獄を作り出させ続け、地獄の環境から解放することなく、最後には己が地獄に墜ちる!!!! そうせよと!!! それが答えなのか!!!!

いいだろう……それが望みならそうしてやる。究極の地獄を創り出したあと、己のこの手で地獄に堕ちてやるわ!!!!!」


 つぶやきは、徐々に絶望の炎をまとい、呪いの絶叫へと姿を変えていった。


 それを聞いたシェリーディアの目からは――たちまち大粒の涙が流れ落ちた。口を押さえても嗚咽が漏れた。

 胸が引き裂かれるように苦しかった。ダレン=ジョスパンの思いを真の意味で唯一理解する彼女にとっては。愛する男への憐憫の情と、愛おしさが溢れて止まらなかった。


「……ダレン! うううう……アンタは……本当に……! ダレン……ダレン……!!」


 ダレン=ジョスパンは、絶望の表情のままヴェルに攻撃を仕掛ける。


 もはや誰にも捉えられぬ動きを継続し、ガードを固めて動けぬヴェルを、数撃ずつ切り刻んでいく。


 反対側の肩も脇腹も、太ももも、側頭部も、全身のありとあらゆる場所を。鮮血が噴き上がり、筋肉で形成された肉体を文字通り血だるまに変えていく。


 ヴェルがアスモディウスと異なるのは――。圧倒的な肉体の強さ。サタナエル一族のコアがもたらす硬化された筋肉と強力な骨格により、アスモディウスのようにやすやすと腕や足を切り落されることはなかった。刃が表面までしか入らない状態と思われる。

 加えて、目でわずかながら見えているのか、驚異的反応速度によるものかは不明だが、数mmの単位ながら決定的急所への攻撃到達を逃れている。現に、他の全ての部分を切り刻まれても、両眼と脳、頚椎と心臓だけはガードしきっている。ダレン=ジョスパンがそこを狙っている状況にも関わらずだ。


 しかし――ヴェルに反撃に到れる兆候は全く、ない。防御に徹し続けても、ダレン=ジョスパンは数時間動いても息のきれぬ人外のスタミナの持ち主でもある。そして、卓越した“純戦闘種”である彼はこの短時間でも成長を見せ、すぐさま活路を見出すであろう。

 いかにサタナエル一族の肉体をもつヴェルでも、このままでは遠からず斃されるしか道はない。


 図らずも、かつてのマイエに代わって兄であるダレン=ジョスパンが参戦した、「頂上戦争」の第二幕――。

 このまま押し切り、地上最強の存在をも容易に斃し、ダレン=ジョスパンが最強の称号を手にするのか?


 シェリーディアは固唾をのんで、祈るような気持ちで戦の趨勢を見守るのだった――。

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