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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第二十三話 剣聖 VS 狂公(Ⅱ)~異次元の高み

 ようやくその背中に追い付いたシェリーディアの目前で、攻撃を受け吹き飛ばされる、ダレン=ジョスパン。


 シェリーディアは己の目を疑った。


 これまで愛妾として彼と寝食をともにし、ときに鍛錬もし、その魔の身体能力と天の高みの強さを肌で感じてきた。

 結果として彼女が、地上でいかなる奇跡が起ころうともあり得ないと考える事象の、最たるもの。

 それこそが、「戦闘でダレン=ジョスパンが攻撃を受け、斃される」という事象であった。


 そのあり得ない事象が、目の前で現実のものになっている。そう感じた。

 

 余りの速さに像を結んでいないが、確かにダレン=ジョスパンの細長い肉体は、地上2mほどの高さを一直線に吹き飛んでいる。

 10m――15m――20m。放たれた矢のごとくに飛翔していく彼だったが――。急に、両足を蹴り上げるように回転し始めた。胸部に受けた衝撃を利用し、後方宙返りのような体術を駆使したのだ。


 そして、後方に迫った大樹の幹に、両足の裏を付け、屈伸させ――。衝撃を吸収しようとした。

 

 その対処方法は、ダレン=ジョスパンが身体に受けるはずだった衝撃と衝突の力を全て樹の幹に伝達することに、成功した。

 バキッ、バキバキッ! と大轟音を立てて、直径6mを優に超える大樹の幹はひしゃげ、潰されていった。


 そして、ようやく吹き飛んだ衝撃力から吸収されたダレン=ジョスパンは、大樹から跳び、地上に降りてガックリと膝をついた。


「ダレン!!!」


 顔面蒼白となったシェリーディアが、ダレン=ジョスパンの元に必死で駆け寄る。

 彼は依然、膝をつき身体を丸めたまま貌を下にさげて微動だにしない。大きなダメージを受けたように見え、それこそ絶対強者のごとき様を見せつけてきた彼には、間違っても見られなかった様相なのだ。


 

 そして――。

 

 そのダレン=ジョスパンに対し、正面からの対決で互角以上に戦い、あまつさえ決定的な一撃を「当て」、ダメージを与えたかに見える相手。剣聖アスモディウス。


 全身から黒い闘気が立ち上るかに錯覚する禍々しい姿は、その巨体も相まって数倍の身体をもつトロール・ロードよりもさえ大きいものに錯覚された。そしてすでに鞘に収まったブレードの柄に左手を置き、大きく息を吐き出し、胸をそびやかして前方へ踏み出し始める。

 


 そこへ突如として響き渡る、空気をつんざくような怪鳥音。



 次いで上空から――2体の怪物が、樹々をかきわけ折り散らかして現れた。


 翼長7mの堂々たる被覆の翼、ドラゴンの頭部、蛇の胴体、紫色にヌメヌメと光る、硬質な鱗。


 樹々にも入り込みやすい身体を活かし、どのような場所からでも急降下して獲物を狙う強敵、ワイアームであった。

 おそらくつがいで、この組み合わせで襲いかかる際の連携攻撃は、熟練のサタナエル強者でも手を焼くほどの厄介なものだ。


 上空からも容易に感じられる、強烈な闘気に吸い寄せられてやってきたのであろう。



「ギイイイイ――アアアアアア――アアアアアアアアア!!!!!」


 非常に甲高い、威嚇の声。地上に巣食う怪物のほとんどを震え上がらせる鳴き声とともに、空の強者は一斉にアスモディウスに襲いかかってきた。



「――!!!」


 ダレン=ジョスパンのもとにたどり着き、その肩を抱いて介抱しようとしたシェリーディアだったが、その有様に貌を振り返り、戦慄の表情を浮かべた。


アスモディウスは凄絶な怒りの表情で、ブレードを弓なりに曲げて構え、その切っ先を大地に触れるほどにまで引き絞り力を溜めていた。


 そして同時に――シェリーディアに強く感じられたのは、強烈な「魔力」だった。


 その肉体に、溢れ出んばかりの強い魔力をみなぎらせた後――。


 アスモディウスは、充填された力を、一気に解放した!


「邪魔ヲ、するなアア! 雑魚めらがアアア!!!」


 怒声とともに、天空に向けて放たれた――激烈な白光を放つ、巨大な弧を描く刃。


 身体から離れるほどに巨大な弧に変化していくその光の刃を見て――シェリーディアの口から、驚愕とともにある技の名前が、口をついて出ていた。


「き――“氣刃”――!!??」


 ついには、直径10m以上にまで成長した刃――“氣刃” はものの見事に、2体のワイアームの巨体を、身体の中央から上下に分断していた。


 降り注ぐ肉片と血液の一部を頭からかぶり、地獄の修羅の様相となったアスモディウスは、止めていた歩みを進めてきた。

 そして、射るような殺気が放出され続けている表情の中で、口を動かしてシェリーディアに云った。


「司令……お主には、かつて鍛錬の中で話したことがあったナ。

それがしは過去ある仕事のさなかデ、サタナエルのソガール・ザークと出会い、死合ったことがあっタ。

結果は、それがしの惨敗。技の強度精度の未熟もさることながら、“死十字”よりモむしろこの“氣刃”に対処する術をもたぬことが敗因であっタ。この地上でソガールしか持ち得ぬ絶技を振るう、地上最強の剣士に及ばなかったのダ」


 そしてシェリーディアらと7mほどにまで距離を詰めると、上体を大きく捻り、見るからに壮絶な技を放つ準備に入っていたのだ。


「その屈辱かラ2年余リ……それがしは正気と狂気の境に己を追い込ムまでに鍛錬を重ね、ついにこれを体得するに至っタ。それも、ソガールめを超える領域でダ。

このようにナ!!!」


 叫ぶが早いか、アスモディウスの上体は瞬時に姿を消し――。

 代わって、またしても巨大な光刃が二つ、上空に向けて放たれた。


 それは巨木の幹を両断し、上半分の巨大な重量物たる二本の樹を、枝をなぎ落とす大轟音とともにダレン=ジョスパンとシェリーディアの頭上に落ちかからせてきた。


 それだけで、終わらなかった。


 まるで爆発するかのような闘気とともに、視認できない無数の軌跡から、大量の“氣刃”――。それらを上段、中段、下段を問わずに無数に乱射してきたのだ。


 受ける方にとっては、避ける隙間すら見当たらない“氣刃”の斬撃で無残な肉片と化すか、上空に避けても10トンはくだらぬ大樹の下敷きになるという、絶望の極みの状況。


 一人の人間に作り出せるはずもない、大量破壊と殺戮の現場。真の実力を解放した剣聖アスモディウスは――地上最強に並び立つ至高の存在にまで上り詰めたようだった。


 絶対絶命というべき状況の中――。ダレン=ジョスパンを守り、彼と自分の子供も守り抜くためシェリーディアが決意の回避行動をとろうとした、そのとき。

 思いもよらぬ、介抱の相手からの、裂帛の叫びを聞いたのだった。


「お主は――そこで構え、全力の耐魔レジストをもってあれを斬れ!!!!

余には構うな!!!!」


 シェリーディアは驚愕するも、流石の超一流戦士の反応力でもって立ち上がり――。


 最大級の耐魔レジストをまとわせた己の刃を、敵の何重もの“氣刃”に向けて振り下ろした。


「おおおおおおっ!!!!」


 シェリーディアの強力な耐魔レジストをまとった刃は、縦に一閃された見事な太刀筋に沿って、彼女を避けて左右に展開、大樹を切り刻んでいった。


 そして――ハッと彼女が、もう一つの迫る脅威、落下する二つの大樹に目をやると――。


 突然、数十等分に寸断されたそれは、空中で切り刻まれた威力で周囲に完全に飛散していった。


「ダレン!!!!」


 姿こそ全く見えないが、その絶技を行ったのが彼であることを瞬時に理解したシェリーディアが、喜びを含んだ叫びを上げる。


 現に、ダレン=ジョスパンの姿は彼女の足元から、煙のように姿を消していたのだ。


 そして――さらに驚くべき光景が、眼前に展開される。


 空中にも放たれていた“氣刃”をかわし、周囲の大樹を恐るべき脚力で蹴り飛ばした“結果”だけが、発生する。明らかにギシッと音を立てながら枝がたわんでいるのだ。それも――まったく同時に数箇所で。


 それは目が追いつくこともできぬままアスモディウスに近づき――。そう感じた瞬間、彼の左肩の甲冑が斬れ、内部から大量の血を噴き出した。


 剣聖と呼ばれた高みにいる男の、シェリーディアが見る初めての負傷であった。


 そして大地を陥没させんばかりの衝撃音とともに、アスモディウスの背後5mほどに着地し、その姿を現した、男。


 血のついたレイピアを払い、背中越しにとてつもない邪悪な視線を敵に向けて放つ、ダレン=ジョスパンの姿だった。


 彼は――極めて軽やかに直立していた。着衣は乱れたり破れたりしておらず、当然負傷も出血もない。立ち姿からして、骨折や打ち身を発生した様子も見られない。

 全くの、無傷であった。


「――素晴らしい。心の底から、悦びを禁じ得ぬ……!」


 そう口を開いた彼は――。裂けそうなほどに上げられた口角、刮目した両眼。極限の愉悦を現した表情となっていたのだった。


「フハハハハハッ!!!! 余のスピードに追いつき、あまつさえその抜刀術のスピードにおいては、余のそれを凌駕しよった!!! 防御するのが、やっとであった! 素晴らしい!!! 全くもって、素晴らしい!!!」


 哄笑を上げ、体を振り向かせたダレン=ジョスパンに対し、獣のごとき殺気を絶やさぬままたいを向けるアスモディウス。


 彼の中の警戒レベルは、なしうる中で最大のものに引き上げられていた。

 元々、事前に収集した情報から“狂公”の強さの最大の秘密が、文字通りの人外の超スピードにあることは見抜いていた。そして情報の範囲内では、それに対し自分は十分対応できると踏んでいた。敵の云うとおり、抜刀術では圧倒できるとも。


 しかし――敵は抜刀術のスピードを上回れなかったとはいえ「防御」した。

 あまつさえ――。大樹を細切れにし、暴虐的な“氣刃”の嵐をくぐり抜け、「自分の身体に刃を当てた」。

 この一連の行動に対し、アスモディウスの眼では――。


 ダレン=ジョスパンは続けた。


「それに加え、圧倒的なパワー、ソガールの唯一無二の技を習得しよった技量。

将鬼ですら、余には取るに足らず落胆しておったが――。お主のような男を、余は待ち焦がれておった、剣聖アスモディウス。本当の意味で、人智を超えた真の強者を。

――喜ぶがいい。これまでは凡夫どもの目から消える動きができれば十分ゆえ、余は云うなれば『60%』程までの力しか発揮しておらぬ。

今お主の肩を斬るまでに見せた動きが、『100%』の全力だ。

お主を史上最上の戦力と認定し、これより余は、待ち焦がれた全力での攻撃を行う。

さあ、心ゆくまで愉しもうぞ!! 『全力の殺し合い』をな!!!!」


 アスモディウスは――。

 全身の毛が総毛立つのを感じていた。


 そう、先程シェリーディアの前より姿を消してから、己の肩を刻むまでのダレン=ジョスパンの動きを、アスモディウスは全く「視認できなかった」。

 抜刀術を当てる先刻までは難なく見えていたゆえ、本人の云うとおりその時点まではあろうことか「手を抜いていた」ということなのだ。


 アスモディウスの人生にとり、初めての戦慄すべき事態だ。

 もはや、たいの動きで追いつけるなどと思うべきではない。おそらく唯一ダレン=ジョスパンの「100%」の速さに匹敵する動作、抜刀術を当てることに全力を注ぐ以外にない。


 そのような敵の思いをよそに、ようやく己と対等の強者を見つけたと思い込み、悦びに震えるダレン=ジョスパン。身の毛もよだつ哄笑を浮かべたまま、攻撃に入った。


 先程に見せた、万全の戦闘態勢のレイピアの構えを見せたかと思うと――。

 文字どおり煙のように、姿を「消した」。


 ――アスモディウスには見えぬ以上、先程の敵の太刀筋をたよりに動きを読み、それに合わせて抜刀術を放つしか無い。

 ダレン=ジョスパンの武器や技の性格からして、水平に薙ぐ攻撃は主ではない。ましてアスモディウスのように的の大きな敵に対するのならば、最後は間違いなく芯を捉えた突き技を用いるであろう。


 幼い頃の初陣以来、感じたことのなかった強い恐怖心により、武者震いをするアスモディウス。

 もはや当てにならない目を完全に閉じ、聴覚と触覚に全ての神経を集中した。


 そして――。敵が眼前に迫ったと見た、その瞬間!


 一気に目を見開き、アスモディウスは最大最強の奥義を、放った。


「――魔影流抜刀術 “神光の閃”!!!!!」


 地を這うように低く構えた姿勢から、神魔のスピードで放たれる、地から天に向けての抜刀斬撃。


 豪剣の刃と超音速は、衝撃波を作り出し、地を裂き、数十m先の大樹を轟音とともに切り裂き真っ二つにした。

 その剣の軌跡上に、果たして敵は居たのか――?


 その期待は――儚くも、裏切られることになった。


 アスモディウスは、四肢に、熱いものを感じていた。


 強い火を当てられたような、焼け付くような痛みを、骨の髄から。


 最初に視認できたのは――肘の上からずるり、と落ちていく、自分の右腕だった。


 そこに絶大な握力で握られていた、己のブレードとともに。


 次いで、自分の身体が、斜めに落ちていく、感覚。


 どうっという音と同時に、背中から倒れた自分の目の前に直立する、己の両足。



「ぐっ――うううおおおおおお!!!!!」


 

 叫び声が、木霊した。痛みによるものではない、無念の極みの、慟哭だ。



 その傍らに、敵はやってきた。


 アスモディウス自身に引導を渡した男、ダレン=ジョスパンが。


 彼は直立してアスモディウスを見下ろしていた。その表情は――ダレン=ジョスパンがこれまでに見せたこともない失望と怒りの綯い交ぜになった感情を形成していたのだ。


 そして低く、口を開いた。


「お主も……その程度、だったのか。存分期待させておいて、失望させおって。

その程度が、全力。余に本当の意味で並び立つ、強敵となりえる存在では、なかったのか。

――おのれ……! 余は一体、どこまでいったら……どうしたら……!!

この有様では、“魔人”ヴェルも、到底期待などできぬな……!!!」


 憤然と踵を返し、ダレン=ジョスパンは東の方角に足を向けた。


 そして、貌だけを振り返り、淡々と言葉を放った。


「剣聖。もはや利き腕もなく両足も失ったお主は、剣士としての生命を断たれた。

数十年におよぶ研鑽も修行も、このダレン=ジョスパンという得体の知れぬ悪魔の天才の前に一蹴され、水泡と化したのだ。

無念であろうし、イスケルパの風習として、剣士は己で命を断つことで誇りを得るという事も耳にしておる。よって、左腕だけは残してやった。

余は、予定どおりヴェルの元へ向かう。あとは――好きにするがいい」



 そして、ダレン=ジョスパンの姿は再び煙と消えていったのだった。



 それを見やった後。、シェリーディアは、アスモディウスの元に歩み寄った。


「剣聖……」


 アスモディウスは、身体を震わせ貌を歪めて涙を流していた。

 無理もない。敵に云われるまでもなく、己の人生の全てであった血のにじむような研鑽と修行の全てが残酷にも踏みにじられたのだ。


 失った右腕からも、両足からも、夥しい出血をしている。このままでも死ぬであろうが、ダレン=ジョスパンの云ったとおり、彼らイスケルパ剣士には誇りの慣わしがある。アスモディウスは残された左腕で甲冑を外し、腰から「脇差」という短刀を取り出し抜いた。


 憐れみの目で、シェリーディアは云った。


「アタシが……『介錯』、しようか……?」


 それに対し、アスモディウスは首を振った。


「気遣いハ、受け取ろウ。だが、無用!!!! さらばダ、司令!!!!!」


 裂帛の叫びを上げると、アスモディウスは高々と上げた脇差を腹につきたて、激痛に耐えながらそれを十字に切り結んだ。


 夥しい噴血とともに脇差を抜くと、次に――己の喉元に、まっすぐにそれを振り下ろしたのだ。


 脇差は、見事に垂直に刺さり、アスモディウスの首を地面に固定した。


 同時に――偉大なる剣聖、アスモディウス・アクセレイセスは、最後に壮絶な己の誇りを守った満足を浮かべた表情で、刮目して絶命していた。


 シェリーディアは目を閉じ、アスモディウスの瞼に手をやって、その瞳を閉じさせた。


「さらばだ、剣聖。せめて安らかにな――」


 そしてシェリーディアは、すぐさま己の愛する男の後を、追ったのだった。

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