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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第二十二話 剣聖 VS 狂公(Ⅰ)~激突せし絶技の剣

 シェリーディア、そしてレエテら一行がついにジャングルに降り立つ、同じ頃。


 それより一足早くジャングルに先んじたダレン=ジョスパンは――。彼の人類を超越した脚力をもって、すでにかなりの距離を踏破していた。


 そこはまるで、自分が小人にでもなって森に迷い込んだように錯覚する、馬鹿げたサイズの植物群が支配する緑の魔境だった。

 外界ではずば抜けて大きいはずの100m級大樹ですら、ここでは低木の域だった。

 それに絡みつく蔦も、地上で繁栄を誇る食虫植物の数々も、中空を飛ぶ昆虫ですらも、外界の数倍のサイズだ。枝葉に隠れていた真紅の食虫植物などは、直径3mにもおよぶ花弁を使って彼を取り込もうとしてきた。が、目をつむってでもかわせる鈍重さでしかなかった。

 また、無数の植物が発する強烈な刺激臭や、おそらく何万年にもわたって苔むした大樹や大地が発する、独特の臭いが充満していた。身体をなめる空気も、ヌルッとした湿気を放っている。


 植物だけではない。動物ももちろん、全てが怪物と呼ぶべき脅威の捕食者だ。

 外界では見られない禍々しい形状と、何より巨大さをもつ体躯、凶悪な性格。

 ジャングルに降り立った瞬間からそれは感じられた。周囲を覆う、得体の知れない鳴き声。数トン以上の巨体が大地を踏みしめる振動と、もしくは身体を引きずる、身の毛もよだつような不気味な大音量。

 人間など、この場所では本来食物連鎖の下位の存在でしかない。入り込んだ瞬間、ほぼ確実に訪れる死に怯え逃げ惑うしかなかろう。


 サタナエルが生存競争を強いられる地獄を、ここまで駆け抜けてきたダレン=ジョスパンだが、「遊び場としては面白いが、取るに足らぬ場所」が率直な感想であった。


 ケルベロスの群れに遭ったが、止まって見えた上にその動きから中央の頭が頭脳と見破り、30頭あまりを数秒で駆逐できてしまった。


 非常に長いリーチをもつ、体長15mを超えるであろうジャイアント・ヒュドラにも遭った。全方位に迅速で驚異的威力の攻撃を放てる、通常なら途方もない強敵と呼べる怪物であったが、ダレン=ジョスパンにかかっては――。作業のように尾の攻撃を切断して封じ、長い首を順番に寸断していく一連の動きで、駆逐に10秒とかからなかった。


 分かってはいた。分かってはいたが――。やはり地上最悪の地獄の場所アトモフィス・クレーターですら、自分を満足させるものでは到底ないのだ。自分の強さは、そこまでの高みにあるのだ。


(「素材」としてなら――。これだけの種がおれば何らかの役にはたつかもしれん。だが相手にはなり得ぬ。

やはり、お主しかおらぬ。地上最強を謳われる存在、“魔人”ヴェル。そして最高の素体となるはずの我が妹。長くサタナエル最強の存在として君臨したという、マイエ――お主の亡骸だ)


 彼自身は、己の肉体の研究も勿論行っている。通常人とはかけはなれた能力をもたらす“純戦闘種”は、例えば超人的怪力であったり、跳躍力であったり、反応速度であったり、敏捷性をもっていたり、スタミナを有していたりする。操作された遺伝子によって、細胞の出来が通常人とは異なる。全ての能力にすぐれるわけではなく、パワー型であったりスピード型であったりと偏りの傾向が見られる。


 ダレン=ジョスパンは怪力を持たない以外は、全方位に優れた比較的オールマイティな“純戦闘種”だ。だが、その有する能力は同胞と比してさえ、次元の異なる性能を有していた。

 いかなる魔工でも及ばない、瞬発力・持久力を備えた異常筋肉。それを制御しうる強靭すぎる神経。その異常な動きに対応しうる、動体視力、気圧変化に対応する強靭な鼓膜、加速に耐えうるオリハルコン並強度をほこる骨格。何時間動き続けても息一つあがらぬ、恐るべき心肺機能。


 彼自身はひとつとして望まなかった、人の形をしたものとして極めてありえない性能をもつ肉体だったのだ。母ナジードは、メフィストフェレスとの適合性が群を抜いて高かったのだろう。ナジード自身は凡百な“純戦闘種”だったが、残した遺伝子に異常な高性能をもたらしたと思われる。


 真実を知った今となっては、自身と違ってパワー寄りの能力者だったという妹マイエも、同じ異常性能を持ち、葛藤を抱えていたのだろうと推測できる。望まない自身の異常な強さに対して。まして彼女には、サタナエル一族の不死身の肉体もあるのだ。が、マイエの場合はその力を守るべき存在を全力で守ることに向け、救われた。

 

 ダレン=ジョスパン自身は――。同胞を生み出すことに失敗し、己の強さを高め究ることに全てをかけた。そのための究極の目標は、すでに目前にある。冷静な彼も気が早り、足はいつもに増して早くなっていた。


 

 そして、陽の光も遮られるような樹々の密集地帯を抜け、やや開けた、明るい場所に出た。



 そこを抜けるため、真っ直ぐに突っ切ろうとしたとき、突然に訪れた――「殺気」の襲来。

 動物に出せるものでない、人間のみが放つ、闘気。それを、頭上に感じたのだ。


 

 ダレン=ジョスパンの超感覚をもって感じたそれは――実をともなった攻撃に移行するのに、コンマ001秒以下の信じられない僅かな時間しか要しなかった。



 受ければ確実な死をもたらす、鋭利過ぎる白刃の襲来を受け、ダレン=ジョスパンはレイピアを抜き放っての防御を選択した。


 だが――ほんの先端を受けただけで、分かった。数トンの岩を受けたかのような、信じがたい剣圧。受け切ることなど到底できず、潰されるのみだ。

 それを受けて彼が選択し直したのは、凶刃から自身の身体を滑るように受け流して逃れさせることだった。


 恐ろしく澄んだ、はるか遠方まで響き渡るであろう金属音が、木霊した。強鍛造オリハルコン同士がぶつかった場合しか有りえぬ、合刃音だ。


 そして狙い通りその場を逃れ、ダレン=ジョスパンは5mほど離れた場所で身体を翻し、襲撃者に目を向けた。


 滑らされ、勢い余った剣圧で大地を陥没させた襲撃者は、血まみれの黒い岩のごとき巨体の持ち主だった。


 その見た目の印象は、黒字に赤い意匠をあしらった、異国情緒溢れる全身の武装によるもの。

 「羽織」と呼ばれる、イスケルパ大陸特有の上着の下に、独特の形状をした甲冑を身に着けている。

 黒い長い髪を頭頂部で結わえ、十字傷をもつ精悍な面持ちの中で強光をはなつ鋭い眼光。

 何より目を引く――。手に正眼に構える大業物の両手持ちブレード。


 加えてそのいずれもが――元々の衣装にあしらわれた赤色ではない、真新しい赤色、すなわち大量の返り血でことごとく染め抜かれているのを見て、ダレン=ジョスパンは目を細めた。


 そして相手が何者か、事前情報をもつ彼が理解するのは一瞬であった。


「――お主が現れることは予期しておったが、よもや余よりも早く、『本拠』入りしておったとはな。

おおかた、自分の肩書を示して、“魔人”あたりに面白がって迎え入れて貰いでもしたか。

余を待つその間存分に、このジャングルにおいて怪物共を狩り尽くして楽しんだように見えるが?

イスケルパの剣聖、アスモディウス・アクセレイセスよ」


 己の素性を云い当てられた剣聖アスモディウスは、鋭い眼光を崩さず、いつも通りのイスケルパ訛りの言葉で応える。


「“狂公”ダレン=ジョスパン。それがしの素性やお主を狙ウ理由について、司令やダフネから聞いたようだナ。如何にも、それがしがアスモディウスなリ。

先にここに居る理由についてモ、当たっておル。得体の知れぬ使い手を招き入れることニ、大半のサタナエルの者は反対したようだガ、“魔人”が鶴の一声でそれがしの入門を許しタ。

奴に会ったガ、恐るべき使い手ダ。噂に尾ひれはなイ。お主を斃したらすぐに、奴との戦にそれがしは向かう積リダ。

ここの怪物どもも今一つ骨が無いシ、お主に敗れるつもりは無いゆえにナ」


 そして鍔を鳴らすと、すり足で一歩前に出、目の少し下の位置まで上げた正眼の構えでダレン=ジョスパンの目前に立つ。おそらくこのアスモディウスの正攻法の中で最上の状態と見えた。


 ダレン=ジョスパンは、目を見開いて、レイピアを構えた。

 手の平を上方に向けて構え、刃の先は敵に。バランスをとるように左手を中段で水平に広げ、しっかりと大地を踏みしめた両足は敵から見てほぼ垂直になる立ち位置。腰は落とされ、いかなる動作にも対応できる重心が整えられている。


 ダレン=ジョスパンがこれまで、最初から万全の構えで望んだ戦いは、皆無だ。いずれもレイピアすら抜かないか、抜いても足元に向けて下げているだけ。目すらまともに開かない状態が大半だ。


 これはすなわち――剣聖アスモディウスが己に比肩する可能性のある相手と認定し、初めての事態に近い最大限の警戒をしているということ。


 その状態で、ダレン=ジョスパンがこれまでまともに発してこなかったもの――闘気が、尋常ならざる高みのレベルで発せられていた。


 それは甲冑をすり抜けて、アスモディウスの肌を切り裂くように強烈に感じられた。呼応して彼は自らの闘気を高め、ついに――攻撃へと移行する!



 まずアスモディウスが発動したのは――突き技だった。


 正眼に構えた状態からの、恐るべき踏み込み。通常人には、この段階からすでに視認は不可能となり、霞のように消えた状態となる。ダレン=ジョスパンにとっても、突如として眼前に迫ったかのように感じられた。


 しかしダレン=ジョスパンは――難なく反応した。長大な白刃の切っ先めがけてレイピアを見事に当て、流れるような動作でたいを下げ、アスモディウスの身体の左側をすり抜けて一気に抜ける。


 反撃を繰り出す余裕は、なかった。完全にすれ違い距離をとったところで即座に大地を蹴り抜き停止し、180度反転して敵を見やる。


 そこには――有りえぬことだが水平に刃を振り抜き、寸前にまで迫ってきていたアスモディウスの姿がすでにあった。あれだけの強威力の刺突を受け流された、まさに直後だというのに。


 今度は、点でなく、長大な線の攻撃。受け流せないこともないが、パワーで大きく劣る自分にとってリスクを孕む選択肢となる。即座に、回避を選択するダレン=ジョスパン。


 側方に倒れ込むように、左手を地に付き、超下段への回避を試みる。それによって水平斬撃は見事空を切り、斬撃をかわされたアスモディウスの巨体は後方へ大きく流れていく。


 そこで、大地を蹴って踏みとどまり、先程のダレン=ジョスパン同様に180度体を反転させての体勢確立を試みるアスモディウス。


 今度は、その隙をダレン=ジョスパンが突いた。

 超神速で迫る、刺突。今まで、いかなる敵も己が何をされたのか一切の理解をさせぬまま、一撃で葬り去ってきた。最高の形で入る体勢であり、必殺の結果は揺るがないかに思われた。


 しかし――二人にしか捉えられぬ異次元の超速空間の中で、信じがたいことにアスモディウスは――「反応」していたのだ。


 反転し、腰を落としていたアスモディウス。上体は大きく左に捻られ、力を蓄えられた右腕の先の指は、いつのまにか鞘に収められていたブレードの柄にかけられている。

 万全なる、体勢。その状態から――。剣聖は放った。


 「抜刀術」を。


「魔影流抜刀術 “神閃”!!!! 」


 鞘から出た白刃は、それ自身が反射する陽光よりも速く、収束された力を解放し水平の軌跡で放たれていた。


 そして――その火山弾のごとき剣圧をもって、刃は最高の形でダレン=ジョスパンに到達した。




 *


 シェリーディアは、ジャングル内をひた走っていた。


 彼女にとって2年ぶりとなる、懐かしい鍛錬の場所ではあったが、まだまだ勝手知ったるフィールド。

 怪物の生息数の少ないエリアも熟知し、そこを伝うように主の向かう目的地、マイエの「家」を目指していた。

 稀に現れるグリフォンやサイクロップスの群れなどにも、問題なく対応できていたし、時折見えるダレン=ジョスパンの戦闘の痕跡も発見し追跡できていた。


 先程15m級のジャイアント・ヒュドラの屍体を見つけた。初めてのジャングルでも無人の野のごとくに難なく対応しているダレン=ジョスパンの神魔の力。それをを改めて肌で感じ、戦慄していた。


 だがもう、近いはずだ。辿り着くことができる。


 体調は相変わらず、悪い。こみ上げる吐き気をこらえながらで、かつ腹の子供を気にしながら戦わねばならぬ状況は良いものとはいえない。だが彼女は“投擲スローン”を主戦法にする戦士で魔導も得意だ。白兵戦だけの戦士に比べれば対応は容易だったし、リスクはどのみち承知の上で己の戦いを貫いているのだ。弱音は吐けない。



 その彼女は、前方に突如巨大な闘気を感じ、戦慄した。



 間違いなく、人間――それも、超常力の域の強者同士が放ち、ぶつかり合う極度に巨大な、闘気だ。


(まさか――。すでに、ヴェルに接触し、戦闘に入ったっていうのか。それとも或いは――)


 早く状況を確かめたくて足を早めたシェリーディアは、樹々の密集地帯を抜け、開かれたその場所に出た。



 そこで展開されていたのは、驚愕の光景だった。



 目に飛び込んできたのは、二人の、男。


 一方は、忘れようはずもない。つい先日カンヌドーリアの森林で襲撃を受け、完敗の苦渋をなめされられた、自身にとって剣の師の一人である男。剣聖アスモディウス。


 そして、そのアスモディウスが完成し放った魔影流抜刀術 “神閃”の型。

 それをまともに受けたと見える、一直線に吹き飛ばされている一人の、男。


 余りの剣撃と剣速ゆえに、残像のようにしか捉えることができないが――間違い、なかった。


 シェリーディアの主にして愛する男。“狂公”ダレン=ジョスパンに。


 シェリーディアは目を見開き、彼を振り仰いで叫んでいた。


「ダレン!!! ダレンーーーーッ!!!!!」

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