第二十一話 誇り高き戦士(Ⅱ)~魂の変貌
将鬼長として、以前と見違えるほどの存在となったレーヴァテイン・エイブリエル。
逞しい長身のレエテの前で、子供のように細く小柄な姿で並び立つ、稀代の魔導戦士。
過去から幾度となく相まみえてきた旧知の間柄からか、親しみさえ込めた柔らかい口調で、レーヴァテインはレエテの言葉に応える。
「宿命――たしかにそうかもねー。あたしは、あんたが宣戦布告をしてからの最初の刺客にあたる。
それがこうして、あんたの最後といえる戦いの相手として相まみえているってのはね。
最初に云ったけど、あたしはずっと、あんたと直接やりたかったてのもあるしね。
ただナユタの奴がいないのは残念だね。あいつはフレアを殺しに、行ったんだろ?」
「ああ」
「親父は、どうなったか知ってるか?」
「死んだ。ナユタと、ルーミスが殺した」
「……そう、か……」
レーヴァテインは、一瞬表情を陰らせ、悲しみともとれる感情を表出した。
それを見たルーミスの表情も――歪んだ。
ロブ=ハルスを手に掛けたことに後悔など寸分もない。だが死んで当然の外道とはいえ――あの男もこのように娘をもつ、人の親だったことに思い至らされたからだ。
「……死ぬんだって分かってたら……もうちょっと、優しい言葉かけてやりゃよかったかなぁ……。
本性は人間のクズではあったけど、あたしには優しい親父で……恩もあったから。
死んだのを悲しんでやれるのは、あたししかいないだろうから……。
あたしは仇の一人である、あんたに挑む! レエテ!!!」
そして戦端は――。
対話の余韻もなく、開かれた。
レーヴァテインの両手は瞬時に目前で交差され、その手前に強光の球体が形成されたかと思うと――。
幅1mを超す極太の白い光線が、レエテに向けて一直線に放たれる!
「“光束轟射砲”!!!」
速い。避けきれる速度ではないと瞬時に判断したレエテは、両腕を前面で交差させ、耐魔を展開する。
「ぐうううううっ!!!」
光線が到達し、自らが弾く白光に包まれるレエテ。
それが晴れたとき――彼女の身体には5、6箇所の孔が穿たれ、出血していた。
強力な魔導力ゆえに、散らしきることができずに被弾してしまったのだ。その魔力の強大さは、もはや師フレアに匹敵するかもしれない。
そして、もう既に眼前からレーヴァテインの姿は消失していた。
殺気で――捉えることはできている。彼女の位置は――足下だ。
「“光束回転殺”!!」
地面すれすれの超低空を、滑るように迫りくる、光の回転体。
レエテは連続での発動を余儀なくされた耐魔とともに、下方へ両結晶手を繰り出す。
大音量の、高らかな金属音。飛散する、弾かれた白光。
レエテはどうにか連撃を受け流し、レーヴァテインは左斜め後方に進行、着地。
だが――。彼女は着地と同時にかすかな残像を残し、なんと再び――レエテの元へとって返した。
今度は、横方向でなく縦方向の回転で、かつ今のレエテに防御しにくい上段での攻撃だった。
「――くっ!!!」
レエテの方も、以前の彼女ではない。尋常ならざる体捌きで身体を起こし、右結晶手を横に薙ぐことで、回転体の斬撃を受けきった。
攻撃を受けられたレーヴァテインは、後方へ飛びすさっていく。
シエイエスとルーミスは、かつてアンドロマリウス連峰で、才能を開花させた直後のレーヴァテインに奇襲攻撃を受け一蹴された。
以前よりナユタの強力なライバルとして戦いを重ねてきた彼女と、直接相対する機会はそれ以外なかった。が、自分たちが成長しているのと同じように、レーヴァテインもまた成長を遂げていることを肌で感じさせられた。
「――凄い。今のレエテとまともに戦えるのはヴェルと祖父だけだろうと思ってたが、あの女も決して劣っていない。
あそこまで、魔導力を引き上げてきて――高台を利用せず自力の脚力だけで、あれほどの斬撃を繰り出すなんて」
敵ながら感嘆を禁じ得ないルーミスの言葉に、頷くシエイエス。
「ああ、危険だ。あの動きでは、『音弾』もおそらくかわされる。放出直後の隙も大きいあの技には頼れない。それにレエテも使いこなしてきたとはいえ、魔導を得手とする戦士に耐魔を連発する今の状況は長続きしない。
勝機を見出し――短期決戦を仕掛けなければ」
決闘を宣言された以上、手出しはできない。が、レエテならば十分に分かっているだろう。
その表情にはまだ余裕があり、眼光も鈍ってはいない。必ず突破口を見出すはずだと二人は信じた。
レーヴァテインは、一度地に降り立ち、低く構えた姿勢でレエテを正面から睨みすえた。
レエテとの対戦は初めてだが、戸惑う要素はない。
「音弾」という超常の技を除けば、レエテの戦法そのものは師マイエと同様、サタナエル一族として極めてオーソドックスなものだ。奇襲戦法を得意とする自分にとって、本来翻弄しやすく与しやすい相手だといえる。
だが、その状況と裏腹にレーヴァテインは、「追い詰められている自分」を自覚していた。
強者になればなるほど自然に身につく確かな「目」によって、自分と比較にならない敵の総体的な地力をすでに感じ取っていたから。そして何かをやってくるだろう、という根拠のない、油断も隙もない勝負師の雰囲気も嗅ぎ取っていた。この感じは、そう――ライバルとして自分の成長に寄与したといえる、紅い髪の女とどこか共通するものだ。
ならば――自分の最大の技で応戦するしかあるまい。
レーヴァテインは覚悟を決め、渾身の跳躍力で上空に跳んだ。
その脅威の跳躍力は――14~15m。サタナエル随一とされるドミノ・サタナエルのそれには及ばないものの、もともとの優れた才能が伸長した跳躍は――。トップスピード自体はドミノを超えているのではないかと思わされた。
そして、跳躍の頂点に達したレーヴァテインは、虎の子の現時点最大の技を一気に開放した。
身体をしならせながら、光魔導の潜在力の全てを下方に展開。回避を不可能にさせる、広範囲で密度の高い光の雨を放射し頭上から降らせる。急所を避けることかなわず、致死の攻撃を受けた相手に、止めとなる頭上からの回転斬撃を加える必殺の大技。
「“光束鬼雨掃射撃”!!!! ――」
と、その時――。
技を発動しようとしたレーヴァテインの目が一気に、見開かれた。
眼前に、信じがたい「モノ」が、迫って来ていたのだ。
それは、結晶手よりも一回り大きい、結晶の「足」。
結晶足。
硬度、密度ともに、手のそれを大きく凌駕する、黒光りの刃。
これほどの絶好の力点、角度、威力で入るのであれば、防御は無効化されることが明白な、死の刃。
それは、発動未完の“光束鬼雨掃射撃”を、刃に込められた耐魔によって弾き――。
かつ己の、武器を兼ねる刃の鎧のエッジを、先端から破壊し――。
レーヴァテインの肉体そのものに「攻撃」を命中させ――。その身体を地に叩き落とした!
「うっ――があああああああ――!!!!!」
悲鳴とともに、地に落下していくレーヴァテイン。
そして――轟音と、猛烈な土煙を伴って、地面に激突した。
煙が晴れた、その場所で、シエイエスとルーミスの眼の前に展開していたのは――。
大地にめり込み、大の字になって倒れ伏す、レーヴァテイン。
その眼前に、結晶手を突きつけていた、レエテの姿だった。
レーヴァテインに、外傷はなく、地面に落下した衝撃で咳き込み血を吐いていたのみだった。
ルーミスが驚愕しつつ言葉を発する。
「勝っ――た。――圧倒的、じゃないか。
兄さん、オレには正直見えなかったが、今のレエテのあの技は――」
シエイエスも、目を細めつつそれに応える。
「ああ、複合技だ。“死十字”と“円軌翔斬”のな……。
地面にめりこませ、渾身の力を溜めていた右結晶足を解放し、天に向けて蹴り上げた。
次いでその威力を殺すことなく、上方への全力の垂直飛翔により、天に突き上げる弩弓の落天撃を実現した。
それはレーヴァテインの凄まじい跳躍スピードを軽く凌駕して、奴が脅威の技を完成させる前に、完膚無きまでに叩きのめした。実際、俺は今理屈で技を理解しただけで、その動きは――全く目で捉えられなかったほどの、スピードで。
しかも、それに加えて……」
レーヴァテインは、苦しげな声で、レエテに云った。
「……見事……だよ、レエテ……。
あたしの、負けだ……やっぱ、強すぎるよ……今のあんた……とても、敵わない……」
そしてもう一度、血を吐き、それを頬に伝わらせると、言葉を続けた。
「で……? 何、してんのよ……早く、殺しなよ……。
あんた……あたしの身体に届く直前に、結晶足を『解除したよねえ』……? それがなければあたしは今頃、とっくに地獄に堕ちてる……。
まさか、とは思うが……。
情けをかけようだなんて……ふざけた甘っちょろいこと考えてんじゃあ、ないよねえ……!?」
敵の言葉を受けても、結晶手を突きつけたまま表情ともども全く動かないレエテを見て――。
レーヴァテインは貌中に青筋を巡らせて目を剥き、激昂した。
「ふっざけんなああああああああ!!!! 何の、つもりだあ!!!!
てめえ、あたしの覚悟を、命を侮辱する気か!!??
あたしは、戦士だ。ヴェル様に貌向けできない醜態さらした今、生き恥さらす気はねえ!!!
それに忘れたのか!? あたしは、てめえの大事な家族を、ビューネイを奴隷として責めぬき、死に追いやった女だぞ!!! 殺すって云ってたろう!? 復讐のために地獄をくぐり抜け、ここまで来たんじゃねえのか!!! あああ!!??
腑抜けが! 今すぐ!! その結晶手で!!! あたしの心臓を突きやがれええ!!!!」
レーヴァテインの絶叫の余韻が消え去っても、レエテは微動だにしなかった。
そしてややあって――静かに口を開いた。
「私は――。お前を、殺さない、レーヴァテイン。いや――。
殺すことは、できない」
「――!!!」
「お前は、とても変わった。最初にコルヌー大森林で会ったときとは、まるで別人だ。
父親と、組織という狭い特殊な世界しか知らなかったものが、ナユタとの戦い、様々な経験や、出会いと死別をへて――変わったんだろう。
フレアや父親の誘いも断り、ヴェルに筋を、忠義を通したんだろう?
そして私に正々堂々戦いを挑み、卑劣な手を使わず、負ければ潔く相手を認め、矜持を貫いて死を望む。
今のお前は――心の清らかな、とても忠義に厚くて誇り高い、一人の立派な戦士だ」
「……」
「もちろん、お前がサタナエルの一員としてしてきた悪行、そしてビューネイにしたこと自体は、許し難い……。あのときお前にぶつけた怒りは、今も私の中で渦を巻いている。ビューネイの最後の表情と、ともに。
けれど、あれはフレアに命令されてやったことだし――。何より伝わってくるんだ。変わったことで、後悔しているんだろう? 自分がビューネイにした非道な仕打ちと、死に追いやってしまったことに対して」
そしてレエテは立ち上がり、結晶手を解除して続けた。
「そんな今のお前を前にして――私の中で怒りより、許したいという気持ちのほうが勝ってしまった。
殺すことは、できない。
今のお前なら、施設の子供たちに危害を加えるような卑劣なことも、しないだろう。
だから私はこのままここを去り、“第一席次”と、ヴェルのもとに向かう。
お前は、自分で命を断つのも、どこかへ行くのも――好きなようにするがいい」
云い終えると、レエテは踵を返し、歩いていった。
彼女が知る、ジャングルに降りていく階段通路の方に向かって。
シエイエスとルーミスも、敵に向けるものではない、やや敬意さえ感じさせる視線を一度レーヴァテインに向けた後、レエテの後に続いていった。
レーヴァテインは貌を歪めながら上体を起こした後、力なく笑いを浮かべた。
「……完敗、だよ。完膚なきまでのね……。そこまで云われちゃったら、仕方ないねー。
あたしは……実はヴェル様に、あんたの案内役を頼まれただけだった。勝負を挑んだのは、あたしの一存なんだ。
だから……本来の役目を、果たさせてもらうとするよ。あんたらを、先導する……」
そう云ってレーヴァテインは、強い痛みの残る背中と手足をかばいながらも立ち上がり、レエテらの後を追ったのだった――。




