表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サタナエル・サガ  作者: Yuki
第三章 王都と聖都
29/315

第九話 逆襲(Ⅱ)【★挿絵有】

 午前4時、暁の法王府。

 寝静まり、未だ1人の礼拝者、巡礼者も訪れぬこの聖なる都はすでに混乱の極みにあった。


 法王庁直属の聖騎士団、白豹騎士団と金狼騎士団が何者かの襲撃を受け、甚大な被害を被ったのである。重傷者の救護にあたる者、破壊・焼き討ちされた兵舎から生存者を救出する者。また寝静まる他の騎士団関係者を叩き起こして事態の収拾に当たろうとする者もいた。


 なおかつ金狼騎士団の方を襲撃した狼藉者は、逃亡しつつ無人の礼拝堂を見つけては放火を繰り返しており、消火活動への人手も要した。 

 もはや襲撃者たちの思惑どおり、彼らを追跡・捕縛する余力は、聖騎士団には残っていない状況である――かに見えた。


 法王庁正門にほど近い広場――ここに、唯一襲撃者を捕捉し、戦闘に突入している聖騎士がいたのだった。

 白豹騎士団団長、ドナテルロ・バロウズである。


 対する襲撃者――“背教者”ルーミス・サリナスと、魔導リス・ランスロットの2名を相手取る状況でありながら、彼は圧倒的優勢で彼らを追い詰めていたのであった。


「ハッッッ――!!」


 繰り出される突風のごときランスの一撃が、跳躍し襲いかかるルーミスの左腕をかすめ、軽装鎧を切り裂いてその腕から血を吹き出させる。

 

 着地したルーミスに、傍らのランスロットがおののきながら云う。


「うう、かなりマズイよ、ルーミス。彼がドナテルロだろ? 法王庁最強と聞いてはいたけど、正直勝てる気が全くしないよ。僕の氷矢は撃ち落とされ、君の攻撃も届かない」


「ああ、10年に亘り法王庁の内乱を鎮め外敵を防ぎ――100人とも言われる“背教者”を斃してきた男だ。本来なら勝てる相手じゃない……。だが、オレには目的がある。こんなところでは死ねない」


 ドナテルロが馬の鐙を操りながら、ルーミスに対し少し斜めに構えた状態を取る。

 彼はこのように馬を自分の身体の一部のように操りながら、その人間をはるかに超える馬の筋力を最大限に己の攻撃に乗せ、ランスの強撃を生み出しているのだ。

 いかに血破点打ちによって強化した肉体でも、これを力づくで掻い潜ることはできない。

 さらに、その限界による時間制限も刻一刻と近づいている。


「目的? クリストファー・フォルズの件に絡む、貴様の『母親の死』のことか?

やめておくが良い。敵はサタナエル、あまりに強大だ。ここで私の手に掛かって死ぬ方が、はるかに楽であったと後悔することになるぞ」


「え……?」


 ルーミスに絡む情報の一端を口にするドナテルロの言に、ランスロットが目を白黒させる。


「知ったように云ってくれる……。今のオレはそれに加え、レエテの元に戻らなくてはならない。こんなところでは死なん!!」


 再び、馬上に向けて跳躍するルーミス。

 慌てて、ランスロットも氷矢を放ち援護する。


「何度来ようが、同じだ!」


 ドナテルロはすぐにランスを横に一閃し、たやすく数本の氷矢を砕き落とす。

 そして回転させた勢いを殺さず、後方から前方へ向けて、一気に全力でランスを振り抜く!


 繰り出される強風圧により、ルーミスの身体は吹き飛ばされる。

 そして、地に爪先を接した、その瞬間!


 これまでと異なる動作が展開された。地を這うように身を屈めつつ、片足で地を全力で蹴りぬき、地面スレスレを飛ぶ矢のように突進する。

 そしてドナテルロの乗馬の脚の間を摺り抜け――。腹の下で急停止し、馬の腹に掌底のアッパーカットを法力とともに打ち込む。

 

 瞬間、馬が狂ったようにいななき、前後左右に暴れだし――。主であるドナテルロを中空へ放り出す。


「ぐっっっっ――! 貴様あ!!」


 体勢を立て直し、着地した眼の前に、すでに血管を浮き上がらせた鬼気迫るルーミスの貌が眼前へと迫る!


 すぐにランスの弩弓の突きにて応戦するドナテルロ。が――、馬の力の相乗のないその攻撃は、突出した法力による血破点打ちのルーミスの身体能力に紙一重の差で及ばなかった。


 髪をはらりと削ぎ落とす位置でルーミスはランスを躱し――ついに、ドナテルロの身体をその手に捉えた。


経穴導破法(ケイオン)!!」


 ドナテルロの右脇腹を捉えたその手から、彼の血破点へ渾身の法力が流し込まれる。

 瞬時に耐魔(レジスト)するドナテルロ。が、今回の法力の強さは明らかに前回を上回っていた。

 次の瞬間、彼の体内で異常促進された血流と細胞分裂により、右半分の胴が爆ぜ――鎧の隙間から血の噴水が上がる。

 そして偉大なる聖騎士は、ゆっくりと仰向けに地に倒れていった。

 と同時に――ルーミスは血破点打ちの制限時間を迎えたのか、肉体が元の状態に戻っていった。


「……見事、だ。ルーミス。私の……完敗だ。

どうやら……生への執着の差、が出たのか……。目的ある、貴様と、主君への忠誠を失い……心の裡で死に場所を求めていた……私との」


 倒れ伏し死の間際のドナテルロの前で、ルーミスが膝をつく。


「いいや、どちらが敗れてもおかしくない、紙一重の闘いだった――。あなたの騎士としての意志の強さは、オレを心底脅かした……。あなたのことは、決して忘れないだろう」


「……汝の目的が、達成されることを……主に祈る。さ、ら……ば…….」


 その言葉を最後に、聖騎士ドナテルロは息を引き取った。

 ルーミスは、ドナテルロの瞼を手で閉じ、ランスロットに向けて云った。


「さあ、急ぐぞランスロット。レエテとナユタとの合流地点、法王府南大門外へ」



 * 


 同時刻、法王府南大門付近――。

 法王府の外周をぐるりと取り囲む、高さ10mになろうかという城壁。

 この上を、北の方向より途轍もないスピードで移動してくる影があった。やがてその影は南大門に達し――一気に城壁から跳躍。10mもの高さを飛び降り、芝の茂る地面に足をめり込ませつつ着地した。


 その人影は、一人の男をその両手に抱え上げた状態であった。

 黒ずくめの儀礼用の僧服に身を包んだその男を下ろし、真っ直ぐに立ち上がったその人影の人物の方は、女性であった。

 

 ダブラン村で調達された、おそらくは女性騎士用に誂えられたと思しき、動きやすさを重視した装備に身を包み――。ナユタの手で髪や眉などをある程度整えられ、それまでとは見違える容姿となった、レエテ・サタナエルであった。


挿絵(By みてみん)


「ここが仲間との合流地点だ。アルベルト司教、まずは突然押しかけての非礼を心からお詫びしたい。私は、レエテ・サタナエルという者」


 うやうやしく頭を下げるこの女性の姿を改めて認識し、アルベルト・フォルズ司教は驚愕を新たにしていた。


 驚かされることばかりではあった。聖餐の儀の途中に突然襲撃されたまではまだしも、仮にも成人男性である自分を女性の身で軽々と抱え、なおかつ人外の跳躍力で城壁に飛び上り、ここまで来る走力も体感する限り尋常のものではなかった。


 そして自らサタナエル、を名乗りその事実どおりの白銀の体毛、褐色の肌、黄金色の瞳、逞しい肉体をもつ女性。

 彼も立場上、サタナエルという組織の存在を知り、今回この女性がダリム公国コロシアムを皮切りに引き起こした一連の騒動も耳にしてはいたが、このように目前にいることは容易に信じがたい感覚であった。


「……レエテ・サタナエル。君のことは色々と耳にしている。目の前に居る以上聞いてみたいことはあるが、まず何よりも……。君が一介の聖職者に過ぎぬこの私に、一体何の用があるのか、それから問うても良いかな?」


 落ち着いた口調で語りかけるアルベルトに対し、レエテも穏やかな口調で言葉を返す。


「失礼した。まずあなたに伝えなければならないのは、あなたの父、クリストファー・フォルズについてだ」


「我が父、か……。大方の予想は付く。死んだ、のだろう? おそらくはサタナエルに処断されて」


「……そう、仰るとおり。今から10年ほど前、罪に問われた彼は斬首により処断され、この世を去った。その罪状は、サタナエル『一族』の女子との独断での接触。

けれども、彼は私や同じ境遇にあるサタナエル『一族』の女子に対し、計り知れない助力と貢献をしてくれ、確実にその中の多くを人間として救った。

あなたも知ってのとおり動物のようにしか扱われない『一族』の女子に、人道と教育を施し救ってくれたんだ。教育を受けた者はまた次の世代へそれを伝えた。私は次の世代として恩恵を受け、こうして幸運にも外の世界へ出、まがりなりにも人間として生きることができている」


 レエテの語り口は熱を帯び、どうにか自分達を救ってくれた大恩ある人物の為したことを理解してもらいたいという訴えが感じられるものになっていった。

 アルベルトも、これに応え、言葉を継いだ。


「なるほど、ありがとう……。よくわかったよ。君を見ていればわかる、レエテ・サタナエル。こうして会って接してみると、君の印象は私がこれまで聞いていたサタナエル『一族』のそれとは全く異なるものだ。礼節を知り、人の道を知り、情愛を持っている。

我が父クリストファーはただ死んだ訳ではなく、大いなる遺産を残したのだ、ということ。理解できたよ」


「そういうこと。さらには、あんたの父親は外道の組織を壊滅させるための端を開いた、ともいえる」


 背後からかけられる女性の声。2人が振り返ると、そこにはようやく南大門を抜けてきたナユタの姿があった。


「あたしはナユタ・フェレ-イン。アルベルト司教、あんたに対して、またそれだけでなく法王府を混乱させたことを心よりお詫びするよ。ただ、あたし達も聖騎士に襲撃を受けて命を狙われたし、あんたとレエテを面会させるという目的上、止むを得なかった」


 アルベルトは、ゆっくりと頷き、ナユタに言葉を返す。


「わかっているよ。法王庁の腐敗に対し、我らが主の下された天罰だと理解する。サタナエルと通じて地位と富を得、汚い謀略にまみれていたのはハドリアン大司教だ。が、それを知りながら彼を止められなかった法王庁にこそ咎がある。

レエテ・サタナエル。私の父の件を伝えてくれたこと、心より感謝する。だが、今回このような行動に出てまで私と面会したかった用件は、それだけではないのでは?」


 アルベルトの疑問に、レエテが答えようとしたそのとき――。


「レエテ! ナユタ! 無事か?」


 ナユタのさらに背後から、馬の蹄音とともに声がかけられる。

 ドナテルロを斃し、彼の乗馬でここまでやってきたルーミスとランスロットであった。


 馬を降りたルーミスは、レエテとナユタの無事を確認すると、やや顔を伏せながらゆっくりとアルベルトに近づいた。


「これは――驚いた。今回の件、お前も関わっていたのか、ルーミス。

我がフォルズ家より勘当したはずの不肖の息子が、まさか戻ってくるとは……」


「……お久しぶりです、父さん……」


 アルベルト、そしてルーミスが発した、それぞれの呼び名――。

 レエテ、ナユタ、ランスロットは予想もしなかった事実に、驚愕の表情で彼ら2人を見比べるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ