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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第二十話 誇り高き戦士(Ⅰ) ~脅威の殺戮兵器

 レエテは、はっきりと記憶に残る施設の廊下を走り抜け――。その先にある扉を開けた。


 すぐさま、まばゆいばかりの直射日光が目に刺さり、一瞬額に手をかざす。


 そこは、2階部分の広大なバルコニーに当たる場所だった。


 30m四方はあるその場所の、手すりの部分に駆け寄り、下を見る。


 そこには――。広大な芝生の広場が、展開されていた。


 300m四方は、あるだろう。中央の広大なフリースペース、端の部分には断崖絶壁前に設置された柵の手前を始め――。様々な器具が設置されている。


 この場所こそが、レエテら一族女子が教官の手荒い訓練を受ける「訓練場」であった。

 通常の基礎訓練をここで行い、ときに実戦のためにジャングルまで降り立ち、鍛え上げられ、来るべき「追放」の日に備えるのだ。


 その訓練場の中央に――。


 20人ほどの一団が、居た。

 いずれも――超越的戦闘者の雰囲気を存分に匂わせる、男達。


 そのうち9割がたは、銀髪褐色肌を黒の戦闘服に包む、サタナエル男子だった。

 間違いなく、総長、副長を失った“幽鬼”の生き残りであろう。


 その後ろに控えるのは、通常人の二人の男。

 一人はローブを身に着け、貌を半分以上隠した中肉中背の男。身振りから察するに、そこそこの老齢のようだ。

 そして今一人は、白い髪と髭をもつ老人ながら、身長2mを超す巨体を誇る、筋骨隆々の男。先程からレエテの名を呼ばわっているのは、どうやらこの男のようだ。場で最上位の存在であると見える。男は、現れたレエテを睨みすえ、叫んだ。


「現れたか!!! レエテ・サタナエル!!!! 始祖の血を色濃く引く存在でありながら、一族始まって以来の大反逆者となりし愚か者よ!!!!

我は、“第四席次(ディエグ・クヴァル)”、元“投擲スローン”将鬼マガルク・チュールザナフ。こちらに居るは、“第五席次(ディエグ・クヴィン)”、元“魔導ソーサル”将鬼ゾイル・エレ=ヴァーユ也。

我らと“幽鬼”の全残存戦力をもって、貴様の抹殺のため参ったものである!!!!」


 レエテは、バルコニーの手すりから跳躍し芝生に降り立った。ルーミスがそれに続き、シエイエスも鞭を駆使してすばやく降り立つ。レエテは降り立つやいなや、戦女神の異名にふさわしい超然たる態度で、“第四席次(ディエグ・クヴァル)”を見据えて言葉を返した。


「私は、産前棟で“第三席次(ディエグ・トリ)”という女からヴェルの居場所を聞いたぞ。奴が直接私を招き寄せているものと思っていたが、違ったのか? こうして刺客が私の行く手を阻むのは、話が違うのではないか?」


「ふん。確かにヴェルは、無駄な犠牲を払うのは愚であるゆえ、我らに待機せよとの命を下しよった。己がレエテ一行もダレン=ジョスパンに与するものも始末してやる、とな。

だがそれは、我ら七長老を愚弄するにも程があるというもの。我らは奴に従う義務はない上、大陸を操作せし天上人、元将鬼たる戦闘者としてかような屈辱に甘んじるわけにはいかぬ」


 “第四席次(ディエグ・クヴァル)”の言に賛同するように、“第五席次(ディエグ・クヴィン)”も全身に魔力をみなぎらせながら、極めて聞き取りづらい言葉を発した。


「左様……! われら……自らの手によって、裏切り者に誅殺を、下す也……!」


 その言葉を合図にしたかのように、“第四席次(ディエグ・クヴァル)”は己の武器らしき投擲斧、フランキスカを両手に構えた。前に控える“幽鬼”の面々も、完全なる戦闘態勢だ。


 一人ひとりが将鬼、副将に匹敵する超越的戦闘者が、20人からなる小隊レベルの規模で一気に――。たった3人の標的に対し襲いかかろうとしている。しかも、遮蔽物の存在しない広大な平地が戦場であり、ゲリラ的戦法も通用しない。人数の不利は、圧倒的な戦術的不利にしかならない危機的状況だ。己らの面子やプライドを口にする“第四席次(ディエグ・クヴァル)”らではあるが、決してレエテ達を嘗めてかかっている訳ではない。勝利を不動のものにする用心深い準備を施してきており、体勢は万全といえた。


 レエテはしかし――。動じていなかった。眉一つ動かしてはいなかった。そしてそれは、シエイエスとルーミスもまた、同様であった。


 レエテはやや後方を振り返り、静かに二人に云った。


「シエル、ルーミス。云うまでもないとは思うけれど、私が攻め込み、殲滅する」


 ――事もなげに当然のように発せられた、大胆極まる発言。しかし二人は、全く動じず、さも当然のごとくこの言葉を受け止めている。

 シエイエスもまた、レエテに静かに言葉を返した。


「了解した。だが、あの七長老二人を同時に相手取るのだけは難しいだろう。お前が多少苦手とする“投擲スローン”のあの大男のほうは、俺とルーミスに任せろ。心配ないと思うが――気をつけてな」


「わかったわ、ありがとう。よろしくお願いね――」


 云い終わらぬうちに、レエテは前進していた。


 迷いのない、真っ直ぐな、恐れのかけらもない自信に満ちた、前進。それの意味するところを感じた“幽鬼”と七長老二人の表情が、みるみる険しさを増していった。


「嘗め、おって……!! 後悔させてくれるわ!!! 貴様ら、掛かれ!!!!」


 “第四席次(ディエグ・クヴァル)”の怒号のごとき号令を受け、自らも傷つけられたプライドに怒りを充満させていた“幽鬼”の一族男子たちは、レエテに対する攻撃を開始した。


 まずは、前衛に居た5人ほどが攻撃体勢に移り、正面、左右――。平面と上方から、全方位の攻撃を仕掛けた。


 結晶手を突き出した、一人ひとりが副将に匹敵する戦闘者の、全力の攻撃。もはや切り刻まれる以外に道はないかのように感じられた。


 しかし――。レエテの身体が一瞬残像のようにぶれたかと思うと、彼女は全くその方向を見ずして――。右上方から襲いかかった男の結晶手をすり抜けて、右手で男の喉笛を鷲掴みにしていた。


「――!!!」


 為す術なく捕らえられた一族の男は、己の肉体が絶大な怪力でもって、強引に仲間の攻撃の前に引っ張り出されるのを感じた。そして――到達した仲間の結晶手に切り裂かれ、視界が暗転した。そしてボロきれのように大地に放り出される。


 敵の肉体で敵の攻撃を防御したレエテは、続けざまに竜巻のように回転させた結晶手で、正面で隙を作った敵2名の頚椎を正確に両断。悲鳴を上げさせる間もなく、絶命させる。


 次いで――力を蓄えた右足から、上段回し蹴りを繰り出し、そのブーツを突き破って姿を現した結晶足によって――。上空から襲いかかった敵二人を、「破壊」した。


 あまりの威力によって胴体をズタズタにされ、「斬った」とはいえない状況ゆえにだ。恐るべき威力であり、サタナエル一族の鋼の肉体がまるで脆い粘土細工ででもあるかのような脅威の攻撃。


 加えて――。最初に盾にした男が、急所を外れて存命していることを確認すると、目に見えぬほど素早い、結晶手の超下段突きによってその首を胴から離し殺し尽くす。


 圧倒的な、強さ。それも、次元の異なる。神魔が乗り移ったかのような超常的力だ。


 将鬼との凄まじ過ぎる戦闘経験、それを超える強敵ドミノに対する勝利、寿命を迎えてしまったことによる切迫の心、絶対の愛情を手にした自信、そして守らねばならない愛おしい存在と出会ったこと。それら全てが、彼女の母方の血、“純戦闘種”としての成長力に強力に作用していた。そして強さを究極にまで引き上げて、いたのだ。


 それだけでなく――。特に、「守るべき存在を得た」ことが影響し、敵に対し一切の容赦逡巡がなかった。情に厚い優しい女性レエテの、迷いに近い「情け」は全く見出すことができない。まるで、敵の命を即座に、正確に奪い続ける、屠殺機械ででもあるかのようだった。

 

 その恐るべき姿を捉えてしまった“幽鬼”の第二陣は、生物的本能とでも云うべきか、根源的な恐怖心のために急停止して前進を止めた。しかし、距離をとったとしても、レエテ・サタナエルという恐るべき「兵器」には、何ら自衛の意味をなさなかった。


 目にも止まらぬ速さで身体を反らして準備を終えていたレエテは、肺を喉を限りに、発動した。

 ――ホルストースとの「殺し合い」で鍛錬を始めた、技。そしてドミノとの実戦を経てものにした、その技。今のこの世でレエテにしか使えぬであろう、「殺戮兵器」というべきその、技を。



「ハ ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア”ーーーーッ!!!!!」



 大気を揺らし張り裂けさせ、眼に見えぬ死の波を広範囲に放射状に敵にぶつけ、大部分が水分で形成される体内組織を揺らし尽くし容赦なく破壊。魔導でも法力でもないため耐魔レジストが通用せず、生物で有る限り為す術無く破壊され死を迎えるしかない――。恐怖の絶技。



 “音弾”だ。



「おおおおおおおおお!!!!!」


「ぎいいいやあああああ!!!!!」


 断末魔の悲鳴を上げて、“音弾”の有効範囲に入った十数名の“幽鬼”一族男子らが次々容赦のない破壊を受けていく。体内組織を全て揺らされ、眼からも耳からも、身体に浮き上がった血管からも大量の血を噴き出しながら悶絶し倒れ伏していく。


 この攻撃の予兆を、流石の百戦錬磨の戦闘勘で身体に感じることができた七長老の二人は退避に転じていた。が、“第四席次(ディエグ・クヴァル)”は体術でうまく有効範囲から逃れ得たものの、魔導士である“第五席次(ディエグ・クヴィン)”は魔導を一時消し、耳を塞ぐ行動がやっと。しかし“声”程度の攻撃ならばともかく、真の力を発揮した“音弾”の前では、そのような行動は焼け石に水程度のものでしかない。


「ぬおおおおおお!!!! おおおおお!!!! おおおのれえ!!!」


 身体を覆うローブを体内からの血で染め、倒れんばかりによろめきながら、魔導を発動させようとする“第五席次(ディエグ・クヴィン)”。もはや、意識は遠のき視力も完全に奪われている。塞いでいたゆえ辛うじて保った聴力で、気配のする方向に魔導をぶつけるしかない。


 そうして彼が戦闘準備を整えようとするわずかな間にも、レエテは死を撒き散らしていた。

 “音弾”を受けたとしても、サタナエル一族の肉体は簡単には死なない。殺し尽くすには、一人ひとり確実に止めを刺していく必要がある。

 それをレエテはまるで、かのダレン=ジョスパンででもあるかのように――。辛うじて残像が視認できる程度のレベルにまでなった敏捷性でもって、地に倒れ伏した“幽鬼”の者共の首を切り離し、あるいは心臓を貫き、同胞に対しても完全に情け容赦のない虐殺を展開していた。

 レエテが恐れているのは、生き残った彼らに施設の子供と赤子を、エイツェルを人質にとられる、もしくは殺されること。それを防ぐためならば、一滴の血も通わぬ虐殺も辞さなかったのだ。


 その姿はまるで、恋人ケテル・デュメルスカールを守るために殺戮の鬼となった、かの始祖クリシュナル・サタナエルの再来を思わせた。


「お、のれ――!!! おのれ!!!! この、ような!!! このようなああああ!!!!」


 恐怖と絶望の念に近い叫びを上げ、“第五席次(ディエグ・クヴィン)”が彼の魔導――雷撃魔導を全力でもってレエテに叩きつける。


「“魔神雷槍災撃サタヌスゲトウィター”!!!!」


 絶叫とともに放たれた、極太に収束された死の雷撃魔導。

 ヘンリ=ドルマンに及ばず、魔力自体も偉大な先達“第二席次(ディエグ・ドゥ)”には及ばぬものの、それに次ぐものとして十分な脅威を内包する災害級の大雷撃。


 確実に標的レエテを捉えた雷撃は、感電させ焼き尽くさんとその身に迫るが――。


 その方向を振り向かぬレエテの前で、大轟音を轟かせながら――。

 何と、全て弾かれ霧散してしまった!


「なっ――!!!!」


 これも、ナユタとの「殺し合い」で確実に身につけた耐魔レジストを、“純戦闘種”の成長によって格段に引き上げたもの。今のレエテならば、万全であればフレアやナユタの魔導ですら耐魔レジストしうるであろう。


 敵の必殺の攻撃を防いだレエテは、すぐさまその発生源に肉薄し――。


 もはや何の躊躇もなく、結晶手を縦に振り抜き――。ズタボロになった老人の細い身体を、左右に寸断していた。






 そして、“音弾”の直接の被害を免れた“第四席次(ディエグ・クヴァル)”も、シエイエスとルーミスの二人に捕捉され、危機的状況にあった。


 彼の強力無比な投擲武器、フランキスカは、重量ある斧として、また威力を秘めた遠距離攻撃として威力を発揮するもの。将鬼としての技巧と未だ隆盛を誇る肉体でもって対抗するも、シエイエスとルーミスの二人の前では、残念ながら赤子も同然だった。


 ルーミスも、ロブ=ハルスとの死闘、ホルストースの死を防げなかった自責の念、掛け替えのない存在レエテの寿命という事実に直面し、心技の成長を遂げていた。


 そしてシエイエスも――衰えた筋肉はルーミスの法力によって完全に回復し、彼自身も最愛の女性レエテを妻に迎えるという愛情の到達点に至り、裡なる“限定解除リミットブレイク”を果たしていた。


 血破孔開放を使いこなすに至ったルーミスと、唯一無二の変異魔導を遂に究極点にまで引き上げたシエイエスに対しては、将鬼経験者とはいえ力が通ずる次元ではない。それも、当然――。彼ら兄弟が望まずして討ち取らねばならない敵、“第一席次(ディエグ・ウヌ)”クリストファー・フォルズは、比較にならない強敵なのだから。


「兄さん!! 奴の動きを止めてくれ! オレが止めを刺す!!!」


 ルーミスの言葉に応じ、胴体から肋骨を突き出させる、“骨針槍撃オスーランチェス”を繰り出すシエイエス。

 その速度、打ち出される骨針の数とも従来の倍になった強力な技によって――。


「ぐおおおおおおおおおお!!!!!」


 逃れようとする“第四席次(ディエグ・クヴァル)”の肉体は、四肢を貫かれて完全に囚われた。


 そこへ――神速の踏み込みで迫るルーミスが、敵の血破孔を両手で捉え、死の法力技を放つ。


「“槍撃天使アンジュデュヴァン”!!!!」


 かつて、将鬼ゼノンが因縁の敵ラ=ファイエットを地獄に落とした技。敵の肉体を徹底的に破壊し尽くす残虐な法力の威力は、長年外道の組織に君臨した老人の肉体を容赦なく破壊した。


「ぎゃあああああああああ!!!!!」


 断末魔の声を上げ――“第四席次(ディエグ・クヴァル)”は、ズタズタの血の革袋の様相となって――地に倒れていった。



 

 レエテも、全ての“幽鬼”の止めを刺し終えた。


 これで、終わったか――?




 そう思っていた一行に向けて――施設の屋根の方向から、尋常ではない強烈な殺気が猛烈に、迫った。


 それは、レエテに対して向けられていた。


 強力極まりない魔導、そして巨大な刃が切り裂く独特の空気の振動を感じながら、レエテは敵に相対した。


 迫りくるのは――まばゆいばかりの光をはなつ、オリハルコンの無数の刃で形作られる回転体。


 レエテはこれを、渾身の耐魔レジストを込めた結晶手を合わせ、迎撃した。


 しかし――その威力は凄まじかった。


 レエテは数mほど押し込まれ、歯を食いしばって筋力を集約させてようやく、その回転体を弾き飛ばした。


 回転体は10mほど後方に下がり、そして丸めた身体を戻して地に降り立ち、大きくはないが堂々たる姿勢にてその場に直立した。


 それが何者であるのかは、気配を感じた段階でレエテは理解していた。

 独特の、闘気と戦法。忘れるはずは、ない。


 敵は、高いトーンの女性の声で――それでいて落ち着いた雰囲気を漂わせる口調で、レエテに語りかけてきた。



「エルダーガルド、以来だね……レエテ。

もう七長老でも、相手にならないか……。すごいねあんた。本当に……。

しかし――それで終わりってわけにはいかないよ。

ヴェル様の元に行きたいのならば――。第一の下僕たるこのあたしを斃してみな。

この将鬼長――レーヴァテイン・エイブリエルをね」


 

 そう、レエテにとってもある意味で、宿命の敵といえる相手との、再会。


 見違えるほどに美しく、そして気高く、かつ強者の雰囲気を漂わせるようになった相手、レーヴァテインを目を細めて見据えながら――。レエテは言葉を返した。



「生きていたのか、レーヴァテイン。

――いいだろう。お前は私にとって、長きに亘る大きな因縁を持つ仇敵。ここで相まみえるのも、何かの宿命というものだろう。

シエル、ルーミス。ここは、私一人で、やるわ。手をださないで。

私は正々堂々たる決闘によって、お前との決着を付けてやる!!!」

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