第十七話 廃王女ナジード(Ⅱ)~鴉達の、最後の戦い
シェリーディアが“第三席次”ナジードと戦端を開くのと同時に、もう一つの激戦も、幕を開けていた。
シェリーディアの策によって下階の運動場に共に落とされた、ダフネ、デレク、ビラブド、そして羽ばたきながらそれを追ってきた隼の魔導生物、ザウアーら――“夜鴉”の面々。
彼女らは、予めシェリーディアからこの策について聞かされていた。よって、この状況下においては、敵よりも先んじて戦闘態勢を整えることができるはずであった。
にも関わらず――。不意打ちを受けたはずの敵は、もう万全の体勢で攻撃に移行していた。
なぜだ。なぜこの老人は、冷静そのものの貌で自分たちに迫って来られるというのか。
この“第七席次”なる老人は。これが、将鬼というものの格の違いなのか。
「刃ああああああ!!!」
気合一閃――。跳躍しつつ回転し、変形ファルシオンを振り回す人間凶器となった敵は、ほぼ一塊になっていたダフネら3人の中心に向け、猛烈に突っ込んでくる。
「うう!!! あああああ!!!」
狼狽しつつ二刀ブレード“旋”をギリギリで抜くビラブド、重力魔導を発動させるデレク、風元素魔導を発動させるザウアー、半身に抜いた“心眼”を構えるダフネ。
それぞれの防御手段を弾き飛ばし、四散させた!
四方へ吹き飛ばされ、壁に激突したり、体勢を崩させる面々。恐るべきパワーと技巧を示した“第七席次”は一時構えを解いて彼らの中心に立ち、云った。
「久々の実戦にて、貴様ら程度が相手とはこの“第七席次”――元“短剣”ギルド将鬼マクシミリアン・ヴァンデミオンとしては大いに不満ではあるが。ならば苦しむ間もなく片付け、溜飲を下げるとしよう!!」
云うが早いか、“第七席次”の怒涛の攻撃が開始される。最初の標的は――ビラブドであった。
ビラブドはどうにか体勢を立て直し、回転連撃による迎撃を試みる。が、敵の禍々しい二刀ファルシオンはまるで生き物であるかのごとく巧みに動き、なんと鉤爪のような刃の部分に“旋”を絡め取り、強引に弾き飛ばしてしまった。
防御手段を失ったビラブドの身体に――。容赦なく、二本の刃の縦の斬撃が、命中。
ビラブドは――断たれた胴から血と内臓を噴き出しながら、絶望の表情で崩れ行く――。
「しょ……うさ……!! 俺は……おれはあなたを……!!……」
「ビラブド!!!! ビラブドおおおおおお!!!!!」
ビラブドの断末魔と、ダフネの悲痛な絶叫が広間に響きわたる。
だが――“第七席次”の動きは止まることがない。今度は、ビラブドの攻防の隙に魔導を充填させ決死の覚悟で前に出た、デレクとザウアーの元に迫ってくる。
ダフネは涙を流しながら、叫んだ。
「やめろっ!!! 二人共!!!! 相手は“耐魔”の達人だ! お前たちでは多分相手には――!」
だが二人は――ダフネを振り返らなかった。
「ザウアー。少佐のため、俺にお前の命をくれるか?」
不敵な笑みを浮かべたデレクに対し、ザウアーもギラついた決意の目線で応じる。
「ったりめえだろおおお!!!! ご主人!!!! あんたの覚悟はおれの覚悟だ!!!! いつでも使ってくだせえよおお!!!!」
そして――もう眼前に迫った、元将鬼という強大な災厄。それに向けて――。
デレクは、右手で渾身の重力魔導を放った。
「“瞬動斥力波”!!!」
放射される、黒く禍々しい帯。命中すれば、相手を吹き飛ばすと同時に内臓に再起不能のダメージを与えうる技。リーランドのレジーナ・ミルムと同期に大導師に師事した彼の、奥義だ。
だが――強力なその技は、“第七席次”の眼前であえなく、“全反射”され、そのままの力が術者であるデレクに跳ね返っていく。
しかし――それと入れ違いに、何かが自分の元に急激に迫るのを“第七席次”は見た。
それは、デレクが左手で放った斥力によって高速で打ち出された、ザウアー。風元素の真空波をまとった魔導生物そのものだった。
ロブ=ハルスには及ばぬ“第七席次”は“全反射”を使用した直後に、十分な耐魔を練ることまではできない。
彼の作り出した耐魔は――。風元素魔導を打ち消し損ね、胸や貌に真空波の衝撃を食らった上――。ザウアー本人の「特攻」を受けることになったのだ。
「おおおらあああああ!!!!!」
「ぐっ!!! おおおおおおおおお!!!!! おおおお!!!!!」
ザウアーは、その鋭い嘴を“第七席次”の左目に深々と突き刺すことに成功した。
“第七席次”は片手のファルシオンを取り落とし、その手で大量の出血とともにザウアーを引き抜くと――。もう一方のファルシオンでザウアーの身体を一閃。ザウアーは鮮血を上げて吹き飛んでいった。
と同時に――デレクの眼前に、180度跳ね返された重力魔導は迫る。
避けることが不可能な己の魔導を、彼は両手を広げて迎え入れた。
次の瞬間――魔導は主の胴体に命中し――。大量の血煙と身体の破片を周囲に爆散、させていた。
「いやあああ!!!! デレク!!!!! ザウアー!!!!!」
ダフネの悲鳴を聞きながら、“第七席次”は片目を押さえ呻いていた。が、すぐに床に取り落としたファルシオンを拾い、前方に残された右目をやった。
まだ、爆散したデレクの放った血煙が視界を覆っていた。一瞬、動きを止め逡巡した彼の隙が――その後の運命を、分けた。
血煙の向こうから踏み込んできた、女の上半身。悲痛と、異常な激憤に駆られた表情のその女は、低い姿勢で手をかけていた腰のブレード“心眼”の柄に手をかけており――。
そう見えた瞬間には、女の最大奥義は完全に整い、仇敵の正中線を捉えていたのだ。
「死ねえええ!!! 鬼影流抜刀術、“昇陽の閃”!!! !」
かつてレ=サーク・サタナエルを討ち果たした鬼影流抜刀術最大奥義は、“第七席次”の股下から完璧な形で刃を入れ――。
脳天までを、容赦なく切り裂いた。
あまりに鮮やかな抜刀の冴えに、断末魔を上げることすら許されずに、左右真二つにされた敵の肉体は――。ゆっくりと左右に分離して倒れ、血しぶきをダフネの白い髪にかけ赤く染め上げた。
そしてあまりに尊い犠牲のもと勝利を得たダフネは、“心眼”を鞘に収めることもせず取り落とし、悲痛に貌を歪めながら――。部下にして愛しい仲間である者たちの元へと、走り寄っていったのだった。
「ビラブド、デレク、ザウアー!!!! あああ……いや、いやあああ……!!!」
*
一方、離れた場所で攻防を繰り返すシェリーディアと、“第三席次”ナジード。
火花を散らす鍔競り合いの後、距離を置いたところで、シェリーディアはダフネの胸を裂くような悲しみの絶叫を、聞いた。
そしてそれによって――己の部下である仲間が、幾人か確実に命を落としたことを悟り、目元口元を歪めて衝撃を受けた。
“第三席次”は笑みを浮かべ、シェリーディアに云った。
「どうやら我が同士は、一矢は報いたものの敗れ去ったようだな。残念ではあるが――。あの抜刀術使いの女一人ならば私の敵ではない。シェリーディア、貴方さえ破れば――私の勝利は確定する!!!」
言葉を終えぬうちに、“第三席次”は悪魔じみた速さで踏み込み、攻撃に移る。
この女は息子には遠く及ばぬとはいえ、“純戦闘種”としての高い才能をもち、将鬼を努めたほどの化物だ。それは老境に入った今でも鍛錬を欠かしていないのか、遜色のない脅威のレベルだ。シェリーディアも天賦の才において引けを取るつもりはないが、残念ながら「ある理由も手伝い」身体能力そのものにおいては少々分が悪いことは認めざるを得ない。ベテランでもある敵に対し、いかに技術で上回れるかが鍵といって差し支えない。
敵が発してきたのは、突進しながら放つ氷冷の刺突技だった。
「“凍結槍殺”!!!」
先端に触れればあえなく全身凍結し、凍死を免れないであろう恐るべき技。
本来であればシェリーディアとしては“赤影流断刃術 紅蓮槍 螺突の撃 ”レベルの大技でこれに対抗せねばならないところだが――。
彼女がとった手段は、正攻法ではなく搦手だった。
敵の死の刺突を紙一重で避け――腕に氷雪による凍傷は負ってしまったが――壁に向かってまたしても衝撃力重視の爆炎ボルトの一撃を放つ。
ボルトは壁に突き刺さるやいなや石材を爆散させ、壁に巨大な穴を開けた。
そこへ迷わず飛び込み、シェリーディアは産前棟の外へと出たのだった。




