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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第十二話 アトモフィス・クレーター

 ボルドウィンのラーヴァ=キャスム山頂にて、ナユタが遂に宿敵フレアを討ち取ったそのときを遡ること、およそ半日――。


 

 エスカリオテ王国南部、アトモフィス・クレーターにつながる隧道トンネル前。

 そこに、馬に騎乗する3人の男女の姿があった。


 レエテ・サタナエル、シエイエス・フォルズ、ルーミス・サリナスの一行である。




 彼女らはナユタと別れたエグゼビア公国北部森林地帯を出発後、丸二日の時間をかけ、公国とエスカリオテ王国を縦断してきた。


 手近な街に入り、馬を購入。走り倒すと馬を交換購入し、休憩時間を削って行軍を続けた。


 レエテには、時間がない。若くして寿命を迎えていることからして、「衰弱期」に入るまで1週間も猶予があるという保証はどこにもない。


 レエテという最強の戦士を失ってしまったら、サタナエルを壊滅させヴェルを殺すなどという最終目的を果たせる可能性は消滅する。ここまで来てそのような状況になってしまったら――レエテのこれまでの凄絶な死の道程ロードは全て意味を失う。水泡と化す。

 

 一刻も早く、「本拠」へ。その思いでひたすらに駆けた。


 幸いにして、エグゼビア公国でもエスカリオテ王国でも、サタナエルやそれに与する国家の魔の手は襲いかかってはこなかった。


 やはり、サタナエルはノスティラス皇国との総力戦によって確実に消耗し、危機に陥っている。

 もはや外部で活動する余裕などなく、「本拠」に完全に引き上げたのだ。

 皇国の多大な犠牲は、決して無駄ではなかった。


 そうして、辿り着いた王国南部の森林地帯。


 そこには、幾つもの軍施設やキャンプがあった。

 「本拠」につながる隧道トンネルが存在する場所ゆえ、200年もの間厳重な警備体制、情報漏洩の備え、補給体制における中継地として整備がなされていたことは想像に難くない。


 だが、全ての軍施設は例外なく「全滅」していた。兵士、将校全てが、斬り殺されて。


 首をはねられた者、頭蓋を両断された者、胴体を刺突あるいは両断された者。

 様々な方法で斬殺された屍体を見て、シエイエスは厳しい表情で云った。


「これは――ダレン=ジョスパンの、仕業だ。

全ての傷口が、細身で鋭利なオリハルコンの刃で斬られた裂傷だ。奴のもつ特注のレイピアの傷に酷似しているし――。ほとんどの者が武器も抜かず、戸惑いのまま恐怖にとりつかれた表情をしている。

奴の、常人の目に止まらぬ神速の剣技で、僅かな時間で全滅させられたと見て間違いない」


「!! そう、なのね――。奴が、私達よりも先に『本拠』へ? 一体なぜかしら。私を狙っているとばかり思っていたけど」


 当然の疑問を呈するレエテに、シエイエスは首を振った。


「わからないが――お前を狙っていたのと同様、人体実験に絡む個人的な目的であることは間違いないと思う。奴はそういう男だ。

そして奴が来たということは、配下であるシェリーディアやダフネら“夜鴉(コル=ベルウ)”も従って来ている可能性が高いだろう。こちらからクピードーを通じて、オファニミス陛下にご協力を依頼している件もあることだしな」


「――シェリーディア……!」


 シェリーディアの名を聞いて――レエテの表情が緩みほころんだ。かつての共闘で友情を育んだ彼女のことは、今でも好きで――。寿命の前兆が現れてからというもの、最後に一度でいいから会いたいと思っていたからだ。

 

 


 いずれにせよ、ダレン=ジョスパンのお蔭で障碍もなく隧道トンネルに辿り着くことができた。


 ここは――シエイエスの知識ではサタナエルギルド兵員の見張りが哨戒しているはずの場所であったが、それらしき者3名ほどはすでに王国警備兵同様に刻まれて屍体となっていた。




 ルーミスが、大きく生唾を飲み込む音が聞こえた。もう、覚悟はできているはずだったが――。


「ここが――隧道トンネル。この先に、アトモフィス・クレーター、サタナエルの『本拠』が……!」


 遂に、ここまでやってきたのだ。かつてレエテからその存在を聞かされ、同行するようになって以来いずれ辿り着く場所と想像はしていた。だがそれを実際に目にしたルーミスの心臓は早鐘を打ち、緊張に身体が震えるのをどうしても止めることができなかった。


 それは、形容しがたい威容を備えていた。

 比喩ではよく用いる「地獄の入り口」というものが本当にあるのなら、それは間違いなくこのような物であろうと実感させる、深い漆黒の穴。


 高さ30m、幅100mほどの穴が、山の麓に口を開けている。普段は樹の枝や板などによってある程度覆い隠されているようだが、それらは全て切り刻まれて地に落ちていた。

 ダレン=ジョスパンの仕業と思われた。彼は自分が突き進む以外にも、後に続く者を意識して露払いしているかのように見受けられた。それは、“夜鴉(コル=ベルウ)”の存在を確信させるものであるとともに、あるいはレエテら一行の事すらも意識しているのではないかと思わせるものだった。


 そのお蔭で、馬に騎乗したまま隧道トンネルに入り、駆け抜けることができた。

 サタナエルの手で地面にも石畳が整備されて平坦にならされており、軽快に走ることができたのだ。


 内部は、つい先程まで人の手が入っていたのだろう、壁にかけられた架台で赤々と内部を照らす松明はまだ真新しい。


 しばらくは、出口すら見えぬ薄闇が眼前にひたすら続く情景だったが――。


 3kmほどを走り抜けたと思われるころ、変化が現れた。


 隧道トンネルに接続する、明らかな人工物が出現したのだ。

 石畳で覆われた、四角い床、壁、天井の――廊下だった。


 おそらくは、この場所が――死の山岳とアトモフィス・クレーターとの境界線なのだろう。

 食料を搬入する際、隧道トンネル出口で飛行生物に襲われないようにするための方策と思われた。


 その廊下を50mほど走り抜けると――。自然光が無数の窓から漏れ出す、200m四方ほどの広大な広間に出た。

 ここからはすなわち、「本拠」の中でサタナエル総本山というべき、「宮殿」にあたる場所だ。


 無骨な石造りのその空間は、「接続の間」と呼ばれる場所だった。


 物流をやり取りし、サタナエル人員が出発する際の身支度、帰還した際の物品や金銭の受け渡しをするための場所。そのためのあらゆる設備が整えられ、物品が置かれている場所だった。ダリム公国首都デルエムのような貿易港の規模にも匹敵するかと思われた。


 この場所も例にもれず――。サタナエル兵員、もしくは副将と思われる者の無数の屍体が累々と重なり倒れていた。


 実際にダレン=ジョスパンが戦う様子を見たことのないレエテにとっては、彼がそこまでの化物であったことに驚愕と戦慄を禁じ得なかった。しかし――ここにある屍体は、ダレン=ジョスパンの斬撃だけではない、他の手段で殺害された者も散見されていた。

 重力魔導による衝突死や、レイピアより遥かに長い抜き身の剛剣で一刀両断にされている者、そして――。レエテにとって見覚えのある、クロスボウのボルトで身体を撃ち抜かれ、かつ身体が焼け焦げている者。

 親しい人間の痕跡をみとめ、厳しい中にも再び少しだけ貌をほころばせるレエテだった。


 そこより先は、細い通路の階段を登る必要があるため、馬はここで置いていくことにした。


 徒歩で、正面にある最も大きな間口の階段を上っていく、一行。

 レエテは結晶手を、シエイエスは両手首から“骨針槍撃オスーランチェス”による骨剣を、ルーミスは“血破点開放”の法力を活性させて右手義手の発動準備を抜かりなく用意していた。


 その階段を上がった先は、“謁見の間”。


 魔人ヴェルや将鬼が閲兵を行ったり、敗北などの掟に抵触する行為を行った兵員らの裁定が行われる場所。


 それらの用途を考慮し、大理石などの比較的豪華な装飾のなされた、直径50mほどになる円形の間だった。


 周囲の壁には純白の太い柱が建ち、その中の中央の2本の柱の間に、光が漏れる出口があった。


 外へ出ると――そこは、広大なバルコニー、いや、修練場だった。


 300m四方はあるだろう。石畳に覆われ、その外側に柱の柵があり――その向こうに果てしなく、広がっていた。

 アトモフィス・クレーターの、風景が。その面積のほとんどを占める、ジャングルの光景が。


 澄んだ青空の下、にわかには信じがたい高さの異形の樹々が、どこまでも広大に広がる幻想的な緑の風景。その向こうに霞がかってそびえ立つ壁のごとき、樹々が一本も生えない死の山脈。

 遥か遠くからでも聞こえる、得体の知れない怪物の声が幾重にも重なる、不気味な音。

 点のように小さくはあるが、おそらく近づけば翼長数十mはあるであろう、巨大鳥や翼竜が上空を飛び回る姿。


 この世のものと思われない非現実的な風景を、初見のシエイエスとルーミスは目を見開いて食い入るように見詰め、レエテは――。限りない懐かしさと同時に、忌まわしさも内包した複雑な表情で見詰めた。


「とうとう――帰ってきた。ここへ。アトモフィス・クレーター……。

今の私が始まる前の場所。懐かしい故郷。そして――。

私の最後の、目的地」


 そして周囲を見回したレエテは――。修練場にも累々と横たわる屍体を確認し、そしてその向こうに――。


 ただ一人の生きた人影を、認識した。


 金髪三つ編みの髪に黒い帽子を被り、抜群のスタイルの身体を軍用ジャケットに包み、怪物的改造クロスボウを片手に、こちらに背を向けた女性。


 その姿を認識したレエテは、たちまち破顔し――。


 結晶手を解除してその女性に向かって走り始めた。


「シェリーディア!!」


 呼びかけに気付いたシェリーディアは後ろを振り返った。そして彼女も破顔し、手を広げて近づいた。


 その胸の中へ飛び込んだレエテ。両手を背中に回してしっかりと抱きしめた。


「やっぱり、来ていたのね、シェリーディア……。あなたに、会いたかった……」


「レエテ……無事で、何よりだ。アタシも、会いたかったよ、アンタに。

ちょうどこの辺りのサタナエルの連中を、あらかた掃討し終えたところだ。これで、宮殿内に詰めてる奴らはほぼ全滅したと見ていいぜ。

アンタ達が来る頃だろうと思って、アタシは一人でここで待っていたのさ。懐かしいジャングルを眺めながらな」


 レエテの後ろから、シエイエスとルーミスも歩み寄ってきた。


 シエイエスが、シェリーディアに話しかける。


「シェリーディア。お前が来ているということは、ダレン=ジョスパンと“夜鴉(コル=ベルウ)”も当然ここに来ているという事で間違いないか?」


「ああ、シエイエス。小僧も――元気そうだな。来ているよ。ダレンもダフネ達も。

途中見ただろうが、ほとんどの敵は最初に到着したダレンが斬り殺しちまってた。アタシ達はあいつの早足に置いてかれてたのをようやく追いついたんだ。

あいつは今、『施設』にいる。レエテ、アンタにとっては生まれ育った場所である、あそこだ」


「――!!」


「……!!!」


 それを聞いたレエテとシエイエスの貌が、緊張にこわばった。


「あそこには、アンタ達サタナエル一族の名簿や系譜、組織サタナエルに関するあらゆる記録や蔵書があるんだろう? それらを読み解くことがダレンの最初の目的だからさ。

レエテ。アンタが着いたら案内して来るようにも云われてるんだ。アンタも、出生に絡む謎やなんかを確認したいだろうし――『子供たち』も、放ってはおけないだろ?」


 それを聞いたレエテは、目を見開いて――瞳を潤ませた。


「そう――そうよ。私と同じ境遇の、施設で育てられている女の子たち。彼女らを将来の追放から護り、保護してあげたいと思っていた」


「それじゃあ、行こう。アンタも宮殿そのものの内部は詳しく知らねえだろう。案内するよ」


 踵を返し、施設に向かうシェリーディアの後に続く、一行。

 

 レエテは、ダレン=ジョスパンが施設の女子をよもや「素体」になどと考えていないだろうか、という不安を――。


 シエイエスは、祖父クリストファーが云い残した、サタナエル創生およびフォルズ家の秘密に辿り着く事に対する緊張を――。


 抱えながら、もはや引き返せぬ運命の第一歩を、踏み出していったのだった。

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