第十一話 絶対破壊者フレア(Ⅸ)~魔女の滅び
ナユタの、明らかにこれまでとは違う絶対の自信を持って宣言された、宿敵フレアへの処刑宣告。
火口の上空で、己の魔導によって操った巨岩の上に立ったまま、彼女は緑色の魔導の光をさらに膨張させて火口の周囲の岩石を大量に己に引き寄せた。
数十個か、数百個か――。ナユタを守護する下僕の如くに彼女を取り巻く岩石群は、緑の光をまとったまま――。
隕石群のごとくに、フレアに向けて落下した!
「ぬぐううううう!!!! おおおおおおおおおおお!!!!!」
怒りと無念と絶望がないまぜになった、冷徹な彼女が上げたこともない獣のごとき咆哮を、フレアは高らかに上げた。
「“負極活性殺”!!!」
そして、巨大な絶対破壊魔導の防壁を築き上げ、それら上空を埋め尽くす岩石をことごとく消滅させていく。まるで、次元の壁に飲み込まれて行くがごとくに。
アリストルから奪い取った、絶対破壊魔導の書に記された数々の絶技。その中で、唯一つ天才フレアが習得できなかった最高難度の秘奥義――“念動力”。
この世のあらゆる物質を下僕に従える絶対君主となれる、その魔導。絶技の中で最も魅入られ、必死で鍛錬に励んだが――フレアの才を持ってしても習得することは叶わなかった。そして密かに自らの才能の壁に歯噛みしていた、忌まわしい技だったのだ。
それを――昨日や今日に絶対破壊魔導を習得したばかりの目の前の女が、易々と手に入れたというのか。それも書を見ることなく独学と閃きで。
女が秘めた才能は、理解していた。だからこそ同じ天才として一目置き、己のパートナーとして最後に欲する相手となったのだ。
それでも自分よりは下だと思っていた。超えられることなど全く想定していなかった。
だが突きつけられた事実は、絶対破壊魔導を編み出したアリストルよりもさえ、女が才能で上回ることを証明していた。
天才ナユタ・フェレーインの頂の力を、認めざるを得なかった。
フレアは歯ぎしりの音を響かせながら、己の魔導の力で一気に跳躍した。
「“斥力磁場” !!」
足下に発生させた斥力で、瞬時に火口の上――ナユタの眼前にまで迫る。
そして魔力を弱めて継続させた斥力磁場によって空中に滞空し――。
そのままの体勢で攻撃を仕掛けた。
「“絶対無負極爆波”!!!!」
先程の発動と異なり、無数の赤い矢を前方のナユタに向けて打ち出す方式に変更していた。
それにより、魔導の破壊力を集約させて突破を図るつもりだ。
ナユタはこれに即座に反応した。念動力の岩石では、敵の魔導にあえなく消滅させられ己に攻撃が届いてしまう。これに対抗するには――「同じ力」が最もふさわしい。
「“絶対無負極爆波”!!!!」
フレアの赤い矢を迎撃する、全く同じ赤い矢。
それが正面からぶつかり合い、周囲に強烈な衝撃を拡散させる。数が多いがために、それらが合算された衝撃力は凄まじく、術者であるナユタとフレアを容赦なく襲う。
「ぐううう!!!!」
「うああああ!!!!」
互いに衝撃力で数mずつ後退し、なおかつ魔力を放った直後ということもあって防ぎ切ることができず、身体の至る箇所から墳血した。フレアは、アリストル門下を離れてから初めて、魔導によって傷を負うこととなった。
身体の苦痛そのものには、日常から慣れきっている。感じるのは、心の苦痛。
念動力に加え、自分の最大秘奥義を同レベルに使いこなしたライバルの天才ぶりへの、極限の悔しさと嫉妬と絶望。フレアは美貌を崩すほどに歪めた貌で、さらなる攻撃を放った。
「“原子壊灼烈弾”!!!」
円錐状ではなく、帯状の形で真っ直ぐに放つ、破壊消滅魔導。狙った先は――。
ナユタが足場としている、岩石だ。念動力は自分自身を動かせない。フレアのように高度な重力魔導を駆使できないナユタは、足場を崩されれば火口に落下してしまう。
表情を固くし、下方に向けて耐魔を張る。
それを見たフレアは間髪入れず、敵に初撃が届く前に第二撃を放った。
「“核振動熱波”!!!!」
レジーナ・ミルムの“超細震高熱波”の上位技といえるこの技。原子分子のレベルで敵を超高温状態に持ち込むため、氷結による冷却という手段は通用しない。
ナユタは原子壊灼烈弾を右手で、核振動熱波を左手で耐魔し、対抗する。
ナユタの身体の前面で、赤とオレンジ色の巨大な爆発が起き、その衝撃の余波を受けた足下のマグマがエネルギーの供給を受けた形で一気に噴き上がる。
「ご……ふっ……!!!」
ナユタは全ての攻撃を防ぎ切ることができず、足場の岩石を1/3ほど削られ、自分自身もはらわたを熱されて損傷し、吐血した。
技術では圧倒的に上回ったものの、魔力量では若干であるがフレアが勝るようだ。
もとより、おそらくは「快楽」という感情の“限定解除”によって幾度もの魔力強化を経てきたフレア。サタナエル最強の魔導士として君臨してきた実績は伊達ではない。
その上フレアが目論んだとおり、ナユタは現在の地獄の環境下で生命維持を図るべく、多大な魔力を消費していたことも影響していた。
そして――腹を押さえたナユタが貌を青ざめさせて心配したこと。
それは、自らの胎内に宿る、新しい命のことだった。今の熱線で、子宮の中は大丈夫なのだろうか? と。
ホルストースの子である確信が持てず――心の奥底で、ロブ=ハルスの子である可能性が高いことを憂慮していたこともあって、全力で愛情を注げないでいる、初めての自分の子供。
だが愛する人の子である可能性があるし、授かった子供に罪はない。守らねばならない。
そのためにも、フレアに子供の存在を気取られることは全力で防がねばならない。
「――“獄炎竜殲滅殺連撃”」
腹を押さえながらやや身体を丸めたナユタの背から、再び巨大な9つの炎竜が姿を現した。
四方八方から襲いかかる炎竜に対して、フレアは侮蔑の笑みで口角を上げた。
そして身体の前で交差させた両腕から、絶対防御の技を繰り出す。
「もう、大分魔力が減退しているわね――。先程よりも弱まった技では、私に届かせることすらできないわよ! “負極活性殺”!!!」
9つの炎竜は一瞬爆発の業火でフレアの視界を塞いだ後、あえなく消滅させられていった。
そして、視界が晴れたその時――。
前方のナユタの前に、驚くべき物体が浮遊していることを、フレアは認識した。
またしても余裕の表情から一転、驚愕と恐怖の表情に支配される、フレアの貌。
ナユタの手前2mほどの場所で浮遊し、フレアに先端を向けているその「刃」――。
赤銅色に支配されたその刃の「材質」を認識したことが、フレアに絶望をもたらしたのだ。
「ア――アダマン――タイン!!??」
それを聞いたナユタの貌は、哀しみに陰っていた。
そして静かなトーンで発される、ナユタの言葉。
「そう、アダマンタインさ。シュメール=マーナの主神ドーラ・ホルスが創造したといわれる神代の神器。“太陽を貫く槍”、ドラギグニャッツオだ――。その刀身を、柄から切り取ったもの。
あたしの大切な人、最愛の人だった、ホルストース・インレスピータの武器。
死んだあのひとの墓に、一緒に埋葬するつもりだったけど――。どうしても……離れがたくて……ホルスの魂が一番宿っているこの槍を、手放すことができなくて……。いっとき借り受けることに、したんだ。
レエテも賛成してくれて、結晶足で刀身を切り離してくれた。そうして柄だけを埋葬し、袋で背負って肌身離さず持ってたんだ。ホルスが一緒にいてくれて、あたしは力を増すことができた。
そして念動力を得た今、あたしはホルスと一緒に戦うことができる」
「ぐ――!!! お――のれ、おのれ、おのれええええええ!!!!」
「そうだよな、怖えよな。そう思っていた。
フレア。てめえの絶対破壊魔導が、この地上で唯一破壊できない鉄壁の分子構造をもつ、物質。
それがこのアダマンタインだ。
これを使った武器をもつ将鬼、レヴィアタークとサロメがてめえに勝てなかったのは拘束魔導の存在があったからだ。
それが通じず、かつ念動力で自由自在の射程で刀身を操るあたしに、てめえが対抗できる術はない」
「ぬっ――ぐうううう!!!! ベル――ベルフレイム!!!!」
己の死を肌で感じ大きく動揺するフレアは、背後の高台で待機を命じていた、己の魔導生物に向かって叫んだ。
「ベルフレイム!! 許可、するゆえ――“極武装化”を行い、変化しなさい!!!!
主人を護るのよ!!! 早くなさい!!!!」
この場で死ね、と云う事と同義の、血も涙もない命令。
ベルフレイムは悲しげな表情で、ゆっくりと首を振った。
「フレア様……そうできれば良いのですが、残念ながら不可能です。
事実を申し上げますが――私に情を向けられず、絶対君主として虐待してこられた貴方に、身を案じた私の左目を奪った貴方には、どうしても絶対の信頼と愛情を向けることができませぬ。
心がそうである以上、許可頂き私がいくら念じても“極武装化”の行使は不可能です」
「ぐっ……この恩知らず!!! 恥知らずめが!!!!
ならば今すぐここへ来て私の盾になりなさい!!! 私の代わりにアレに貫かれるのよ!!!!
私を護りなさい!!!!」
あまりにも非道な命令に従い、こちらに飛翔しようとするベルフレイムの前に突如――。高さ30m、幅100mにおよぶ獄炎の壁が、出現した。
ナユタの遠隔魔導だった。
「そうはさせないよ、ベルフレイム。というか、あんたのような忠実者が、こんな奴のために命を落とすことはない。
フレア。よく分かったろ。傲慢かもしれねえが、これが『人間』であるかどうかの差だ。
あたしはランスロットのことを家族のように思って――ありがたくも信頼関係を得た。ありがたくもあいつはあたしを護るために自分から、“極武装化”を志願してくれた。主人から命じるようなものじゃあ決して、ない。
命の危機にも自分を守ってくれるもののない、今の丸裸のその姿が、てめえの真実だ。
てめえ一人の欲望のために身勝手に生き、他人に一切与えず奪い尽くし殺し尽くしてきた、てめえの末路だ!!!」
そしてナユタは――最大出力の念動力をドラギグニャッツオに込め、フレアに向けて放った。
「う、あ、あああああああ!!!!」
フレアは必死の形相で、斥力磁場を全力で行使した。
迫りくる刃の減速と、己の身体の後方への回避のために。
しかし――。
フレアが手に入れられなかった念動力の真の力は、想像を遥かに、凌駕していた。
ドラギグニャッツオは重力魔導を受けてもほぼ減速することなく飛翔し、フレアが回避を開始するよりも遥かに速い速度で――。
フレアに到達していた。
ドラギグニャッツオは、フレアの鳩尾に先端を突き刺し――。
そのまま背中まで、完全に胴体を貫いた!
「うぐうううう!!!!! がっ――はああああああああああああ!!!!!」
フレアは、大量の血を吐き出し、苦痛と無念の断末魔の叫びを上げた。
ナユタはそれに対し、なおも攻撃を仕掛ける。
「それだけで、終わらせはしねえ――。最後は、あたし自身の爆炎で止めを刺してやる!!!
大導師最大奥義の、爆炎でなあ!!!!
せめて地獄で、てめえの悪行を、悔いやがれ!!!!」
ナユタは腰からダガーを抜き放ち、前方に突き出す。そして、全身から業火を噴き出す。
大きくはなかったが、マグマなど遠く及ばぬ高密度の炎であることが、手に取るようにわかる。
そして、2本のダガーの先端から、炎は巨大な螺旋を描き、フレアに向けて放たれる!
「“神罰滅火煉獄殺”!!!!」
天から放たれる神罰の火のごとく――。
ナユタと、ナユタに全てを託した大事な人々の強い想いを託した最強の業火は――。
瀕死のフレアに到達し、なけなしの耐魔を無き物のように突き破り、その身体を瞬く間に覆い尽くし、焼き尽くさんとする!
「おおおおおおおおおおお!!!!! ああああああああああ!!!!!」
服を失い髪を失い、黒焦げとなり、重力魔導の力を失ったその肉体は――。
空中に残ったドラギグニャッツオから抜け――足下のマグマに向かって、真っ直ぐに落下、していった。
「――ナユタ――!!!!! ナユタああああああああああああ――――!!!!!」
残る力を振り絞り、怨念の叫びの尾を引きながら――。
フレアの身体は、マグマの中に落ち沈んで、いった。
そして間を置かず――マグマの中から巨大な爆発が起き、大量のマグマを噴き上げた!
絶対破壊者と呼ばれた魔女が、生命の残り火を燃やし尽くしたかのような、爆発だった。
最後の将鬼にして元将鬼長、魔導王たるフレア・イリーステスは、ついに――滅びたのだ。
ついに6人のサタナエル将鬼全てが、この地上から滅び、姿を消したのだ。
ナユタは――。一度マグマの一点を見詰め続けたあと、静かに目を閉じて天を振り仰いだ。
「アリストルお師匠――。エティエンヌ――。レエテの家族の皆。ランスロット、キャティシア、ホルス――。
終わったよ。あたしの、戦いは――。
フレアを、斃した。あんたたちの魂に、報いた――」
そして数秒し、目を見開いたナユタの眼光は、すでに次なる目標を見据えていた。
炎の壁を解除し、その向こうに滞空するベルフレイムに向けて、ナユタは云った。
「ベルフレイム。見てのとおり、あんたの主人フレアは、死んだ。あたしの手によって。
魔導生物の掟にしたがい、主人に勝利したこのナユタの命令を、聞いてもらうよ。
あたしをその背に乗せ、全速力で、向かえ。
まずは皆に事態を知らせるため、ヴェヌスブルク城へ。
その後、南東の方角――アトモフィス・クレーター、『本拠』へな」
ベルフレイムは、数秒、何かを思うようにじっと目を閉じて思いに沈んだ。
自分に愛情のかけらもなく忠誠を向ける価値もない人物ではあったが、自分を生み出してくれた、これまで自分の全てをかけてきた主人の死を、万感の思いで悼んでいるのだろう。
それが、悪の権化として孤独な人生を終えたフレアにとって、唯一の救いであったのかもしれない。
そして目を開けると、ゆっくりとナユタに向かって飛翔し、その背を差し出した。
ナユタはドラギグニャッツオを回収し、袋に入れて背負うと、背の鞍にまたがった。
すぐに、ベルフレイムは上空へ飛翔し、一路、ヴェヌスブルク城へと飛行を開始した。
ナユタは、最終決戦の舞台となったラーヴァ=キャスム山頂の火口を一度だけ眼下に見、正面に視線を向けた。
そしてまずナユタは、腹を優しくさすって、胎内に向けて呼びかけた。
「大丈夫かい……? 『母さん』は、勝ったよ……あんたのことも、守れたって信じてる。安心しな。
……って本当に、柄でもないね」
己の現状に苦笑すると、次に南東――すなわち「本拠」に鋭い視線を向けた。
「レエテ……まだ、間に合うとあたしは信じてる。
戦いに加わるには遅いけれど――あんたは必ず生き残るって信じてる。
そして、寿命が尽きるまであんたを、支えるんだ。一緒に居るんだ。
すぐに、行くよ、待っててくれ」
そうして親友への強い思いを、新たにするのだった――――。




