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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第三章 王都と聖都
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第八話 逆襲(Ⅰ)【★挿絵有】

 7月の現在、ハルメニア大陸西部の気候は乾季。

 陽の長いこの季節であっても、未だ空も白み始めぬ午前4時。空気は乾いて澄み、気の早い鳥は少しずつさえずり始める、静寂の空間。心の中まで濯われるような情景が法王府の上空に広がっている。


 何の特別な事もなく、只々日常の平和な一日が始まると信じて疑わぬ一刻。

 しかしながら、今日が「極めて特別な日」となるべき予兆は、すでにそこかしこに現れていたのである。


 法王庁外壁に屋根を接する、白豹騎士団兵舎。

 法王府の人々の大半が眠りにつくこの時間、白豹騎士団は臨戦体勢にあった。

 ある者は弓矢の手入れをし、ある者はランスの手入れをし、ある者は団長より云い渡された作戦の相互確認に余念がない。

 その人数は、およそ100名といったところか。


 そのうちの一人が、便所にでも向かうのか一人兵舎を離れ、厩舎の方向へと向かう。

 ランスと弓は兵舎に置き、短剣のみを身に帯びた軽装だ。


 薄暗い暁道を、30mほど歩いたその時。

 彼は前方に明らかな異変を感じた。


「何だ……? 馬の鳴き声……?」


 言葉を発し終わらぬうちに、馬のいななきは、はっきりと聞きとれるほど大きくなり、そして――。それが1頭の馬から発せられるものでないことがすぐに分かった。

 それはおそらく10頭――は居ると思われる白馬の群れがこちらに向かって突進してくる、にわかには信じがたい非現実的な光景だった!

 馬たちは、一様に白目を向き、首から顔にまで木の根のような血管を浮かび上がらせ、極限にまで興奮し完全に正気を失っているのだった。


「うああああ! 止まれえええ!!!」


 叫び声もむなしく、騎士はあえなく馬の下敷きとなり絶命した。


 そしてそのまま、馬たちは駆け抜け続け、白豹騎士団の兵舎の木の壁を次々に突き破る。

 

「何だ! 何が起きたあ!!」


 騎士たちの怒声が響きわたる。馬たちは正気を失っているだけではない。通常の馬という動物の水準を超える突進力・筋力を発揮しているのが傍目にも明らかだった。まるで「活性化してでもいるように」。


 壁を突き破った馬たちは、さらにその場にいた騎士たちを蹴散らし踏み潰し始め、相手のいない馬は自分の身体を壁や柱に叩きつける。

 やがて――柱の多くを折損した木造2階の兵舎はゆっくりと傾き――音を立てて崩れ始めた!

  

「逃げろ!」


 数十人の騎士達が、這々の体で兵舎外へ逃れる。

 ランスのみを持つ者、弓のみを持つ者、であればまだしも、武器を持たないままの者も多かった。


 そこへ――。突如として襲い来る数本の氷の矢!


「ぐあっ!!!」

「あああああ!!」


 数人の騎士が脳天や喉を貫かれ、絶命する。

 そして周囲を警戒する騎士の背後から―― 1つの影が音もなく襲い来る!

 その人影は、2人の騎士の背後まで一瞬で忍び寄り、両手でそれぞれの心臓の位置に掌を合わせ、叫ぶ。


経穴導破法(ケイオン)!!」


 血破点に法力を注入され、一瞬にして心臓が内部より破壊、絶命する騎士たち。


 それをもたらしたのは――ルーミス・サリナスの“背教者”としての人体破壊術に他ならなかった。

 すでに彼は血破点打ちを使い、不自然に筋肉と血管が膨張している状態だ。


 ルーミスは素早く白豹騎士団の被害状況を視認し、充分と見たのか、付近に待機させていた白馬にまたがり叫んだ。


「来い、ランスロット!!! もう充分だ!!! 脱出に移行する!」


 その呼びかけを受け、城壁の上から一匹の小動物がルーミスの肩に飛び降りる。

 ランスロットだ。城壁に待機し、氷矢で騎士たちを狙い撃ちしたのだ。


「こっちはうまくいったね! 行こう、ルーミス!」


 ランスロットの声かけを受け、すぐに馬の腹を蹴り走り出すルーミス。

 目指しているのは――彼らが来たであろう北とは真逆の方向の「南」であった。


 そして100mほどを駆け抜けたところで、彼はやにわに巨大な殺気の存在をその身に感じた。

 突然にその目の前に――長大なランスが伸びて道を阻む!


「うわあ!」


 ランスに馬が激突した衝撃で、宙に放り出されるルーミス。が、活性化した身体能力により、まっすぐに地面への着地に成功する。


「ランスロット、大丈夫か!?」


「どうにかね……。ところで、ルーミス。今襲ってきたあの御方は、君のお知り合いじゃないのかい?」


 互いの無事を確認し、自らを襲撃した相手に視線を移す彼ら。その姿を視認したルーミスは、ランスロットの問いに答える。


「そうだな……、古くからの知り合いさ。しかもつい最近、とても世話になった、な」


 その目前に居るのは――白馬の鞍の上にて、純白の鎧と兜を身に着けた、騎士然とした威厳と威圧感を振りまく男。法王庁より兵舎へ向かう中途の白豹騎士団団長、ドナテルロ・バロウズその人であった。


「おや、これはまことに奇遇。こんな暗い早朝より礼拝に向かうとは感心であるな、ルーミス」


 冗談交じりの言葉とは裏腹に、その目は大きく剥かれ、手にしたランスを真っ直ぐにルーミスへ向けるドナテルロ。ルーミスも目は油断なく相手を見据えつつ、口角を上げて微笑む。


「ああ、どうしても我らが主に一言お詫び申し上げたくてな。畏れ多いが、騎士団長殿にご随行いただけるものと思って良いのかな……?」


「そうしたいところだが……残念ながら魔導生物などという異端の徒を連れ歩く“背教者”には、さしも寛大な我らが主でも御慈悲をいただけぬ。代わってこの私が、最大の慈悲をくれてやる。その業深き人生の終焉という慈悲をな」


「なるほど、ありがたいお言葉だが、その台詞そっくりそのまま返そう。このオレの手で、オマエへの慈悲を!!」

 

 叫ぶと同時に、ルーミスは馬上へ向けて跳躍した。



 *


 ルーミスとランスロットが、避けたかった最大の難敵に遭遇するという不運に見舞われているちょうどその頃――。


 白豹騎士団の兵舎と、法王庁を挟んだ反対側の城壁に居を構える“金狼騎士団”の兵舎でもまた、異変が生じていた。 

 その木造の兵舎は、すでに赤々と立ち上る炎によって、半分が焼き尽くされんとしているところであった。脱出し、荷を運び出そうとする者、消火にあたろうとする者。混乱の極みの騎士たちでごった返していた。


 その30人程からなる騎士達の目前に、突如現れ出た一つの影。

 彼らを焼き尽くさんとした炎と同色の真紅の燃えるような長い髪。それとコントラストをなす純白のアルム絹で織られた衣装。不気味な笑いをたたえた美しい顔立ち。その手に握られたダガーには――。もはや彼らの兵舎を焼いたものと同一であることが疑いようのない、紅蓮の炎が燃え盛っていた!


挿絵(By みてみん)


「はっはっは。朝早くからお騒がせして悪いねー、聖騎士諸君!! 任務忠実なるあんたらに、このナユタ様から、灼けるように熱いプレゼントだよ!! さあ、できる奴はちゃんと耐魔(レジスト)しな、魔炎煌烈弾(ルシャナヴルフ)!!!」


 その女――魔導士ナユタ・フェレーインは叫びとともに両の手に分散させた強力な魔導を、騎士達の集団に叩きつける。


 一瞬にして彼らは吹き飛ばされ、炎に包まれる。

 耐魔(レジスト)した者もいるようだが――残念ながら彼らの魔力ではこの圧倒的爆炎の前で塵に等しく、ほとんどの者が焼き尽くされ戦闘不能となった。


「そこで大人しくしてな、へっぽこ騎士共!! ……さて、ルーミス達、そしてレエテの首尾はどうだろうね……」


 ナユタもまた己の襲撃での敵への被害が充分と見たか、呟いた後くるりと踵を返し、脱出へ向け南方向へ駆け出してゆく――。

 

 

 *


 同時刻、法王庁南に位置する“聖餐の石道”――。


 幅10m、長さ300mにも及ぼうかという石畳の敷き詰められた道。その脇に高さ3mほどの、装飾の施された石柱がほぼ5m間隔でびっしりと居並ぶ。


 ここは、聖なる父、主ハーミアが、日に二度行う「食事」を運ぶ、「聖餐の儀」を執り行うための場所。

 夜は6時、朝は――4時きっかりに、儀式は始まる。

 ハーミアに直接聖餐を手渡す、という意義のある儀式であるため、どのような位の聖職者でも務まるわけではない。日替わりで数人の司教がこれを受け持つ決まりとなっていた。


 この日の担当司教と思われる、一人の男が石道を歩いていた。

 手には、この日神に捧げる聖なるパン、スープなどが乗った盆を持っている。

 そして身体には黒を基調とした、厳かな聖衣を身に着けている。

 背は高く、年齢は、40代後半といったところか――。白いものの混じった黒く長い髪を後ろでまとめ、目尻などはシワも目立つものの、非常に気品を感じさせる細面の仲々の美男子であった。


 彼が石道の中間付近までさしかかった時だった。


 突然――! 何かが上空より覆いかぶさるように襲いかかる。


「うわ! な――何だ?」


 男は驚愕の声を上げ、聖餐の乗った盆を地に落とした。上空よりの襲撃者は、そのまま彼に姿を見せることなく背後に回り込み、その背に厚手の刃物を突きつけた。

 そして、襲撃者が耳元で男に囁きかける。


「静かに……。抵抗しないで。手荒なことはしたくない。あなたはアルベルト・フォルズ司教。間違いはない?」


 それは――予想に反し艶やかな女の声、であった。それに、これも行動に反して非常に穏やかで理知・理性的な話し方だ。


「……いかにも、私はアルベルト・フォルズだ。突然やってきた君の方は……一体何者だ?」


「それは場所を変えて話したい。ちょっと乱暴な運び方になるけど、今だけでも私を信じて大人しくしててくれる?」


 男――アルベルト・フォルズは、この突然の来訪者が自分に危害を加える気はない、ということを直感的に判断した。多少の興味もある。この申し出には応じることにした。


「……いいだろう」


「それじゃ、ひとまず舌を噛まないようにだけ気をつけていて。行くよ」


 云うが早いか――襲撃者は両の手で軽々と彼の身体を抱え上げ、一気に数m上の城壁まで跳躍した。そしてそのまま一気に南の方角へと、凄まじいスピードで駆け抜けて行ったのであった――。

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