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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第六話 絶対破壊者フレア(Ⅳ)~虹揚羽【★挿絵有】

 神、いや悪魔なのか――。


 大陸最強の序列に、明らかに並ぶかもしくは――超えたかも知れぬ魔導の化物、ナユタ・フェレーイン。

 その圧倒的力に、残された者達は恐怖の余韻をぬぐえずにいたが――。


 しばらくしてようやく背筋を伸ばし、息を荒げながらも落ち着きを取り戻してきたキケロが、左手でずれた仮面の位置を直しながら歩み出、バルコニーの手すりに足をかけた。


 その瞬間――。


 その所作を合図にしたかのように、大地に異変が起きはじめた。


 庭内に響き渡る、轟音。そして地中を潜行する、あきらかに何らかの巨大な生物の、動き。


 そう思うが早いか――。


 突如盛り上がった土の中から、勢いよく飛び出した、生物!


 5mほど飛び上がった後、地響きとともに地上に降り立ったそれは――。


 体長4mを優に超える、巨大なる蜘蛛タランチュラだった。


 黒と黃で不気味に彩られた、剛毛に覆われた体表。うねる多関節の、ぞっとするような8本の足。


 それはすばやくバルコニーの真下に移動し――それを見極めたキケロは、一気にバルコニーから飛び降りる。


 そして彼が数十mという高さを飛び降りた衝撃を、自らの多関節多脚をたわませて吸収する蜘蛛タランチュラ


 キケロは一度膝をついた後、まっすぐに立ち上がると、云った。


「まあ良い――あの女はフレア様にお任せするのが最上のようだ。それに比べれば役者不足は到底否めないところではあるが、ミナァン・ラックスタルド、サッド・エンゲルス。貴様らが私の相手というわけか?

このキケロの技と、我が魔導生物ゲゼルバルトの攻撃に耐えきることすらできるとは思えん。一撃で死ぬなどという恥をさらし、この私を失望させぬことを祈るがな」


 ミナァンは蜘蛛のおぞましさに貌をしかめた後、キケロに侮蔑の笑みを投げかけながら、言葉を返した。


「本当よく喋る、気障たらしい男だな、君は。格好つけているところ悪いが、まだ声が震えてるぞ。

膝もまだ、震えているんじゃないのか? ……怖くて、仕方ないんだろう、ナユタが。

分かるよ、その気持ち。だが君の場合蜘蛛からすべり落ちたり、失禁するなどというみっともない事態になったら目も当てられないぞ」


 広げた両手に見目麗しい雪の結晶をまとわせたミナァンに対し、首筋に血管を這わせながら怒りを顕にするキケロ。


「ご忠告、感謝しよう……!! だがそのように取り澄ましていられるのも、今のうちだ。

貴様は氷雪魔導の使い手であり、相棒は奇遇にも、『糸』を使うようだが――。我が重力魔導と、ゲゼルバルトの糸の前には無力極まるという事実、思い知らせてくれる!!!」





 一方、広場の別の場所で、虐殺を生き残った副将一名とレジーナは対峙していた。


 身体を伸ばし立ち上がると体高3mにもおよぶオオアルマジロの魔導生物を脇に従え、進み出た、男。

 柔らかに整った黒い髪、大きな瞳と通った鼻筋をもつ、仲々に美しい貌立ち。中背で作りの細い身体をもつ、少年と云って良い見た目をもつ魔導士だった。


 キケロと異なり、実際にナユタの攻撃を受けた彼は、遠目にもはっきり分かるほどに震えていた。

 だがその化け物に名指しで相手を指定されてしまった。ゆえに戦いに備えるべく魔導を充填する。

 その手に発生したのは――。渦を巻く旋風。風系魔導の使い手のようだ。


 レジーナはキャダハムとともに馬を降り、彼女のシンボルである電磁波の羽を背中に出現させて、相手に声をかけた。


挿絵(By みてみん)


「いやあ、こういう場所で会えるとは思わなかったが、紅顔の美少年てやつだね、あなたは!

けど残念、ナユタやミナァンはどうか知らないがわたくしは、かっこいい男にもきれいな女にも興味はない。あるのは、この世の面白い事象への尽きない興味だけ! あと、自分の力をいかに強く、派手にできるかだけ! 今はリーランドを離れる訳にいかないが代わりがいたら、すぐに放り出して探求の旅に出たいぐらいにね。

そういう意味であなたのアルマジロ、すっごい興味ある! 一体どうなってるんだい、その身体?」


 闘いの場と思えぬ、まくしたてるような喋りで敵に対してそぐわない台詞を放つ、レジーナ。


 本人は真面目そのもので、その積りは全くないが相手を茶化しているようにも聞こえる台詞。それに対し、男は貌を険しくさせて鋭く澄んだ声を返す。


「嘗めるな……! あの化物はともかく、お前などに遅れを取る気は全くない、レジーナ・ミルム。

我が魔導生物ガムルランは、微細な空洞を持つゼオライトでできた装甲で、火炎と熱を遮断する能力を持つ。それでも火傷は負ったが――。

美しく偉大なるフレア陛下の為、このロラン・テュアライダー、お前を止めて見せる!」


 旋風を巨大に増幅させて攻撃に移ろうとする、副将ロラン。


 その動作を阻むべく、レジーナは得意の不意打ちを初撃に見舞う。


「“輝閃光波クーゲルリクト”!!!」


 一瞬のうちに放たれる、強烈極まりない可視光線。近距離で見れば即失明を免れない、恐るべき技。

 しかしロランは予備知識ゆえか、完全にこれを見抜いていた。


「ガムルラン!! 目を閉じろ!!!

……喰らええ!! “真空旋風烈断トゥルナデバイデ”!!!」


 合図で目を閉じ、主人と同じく最強の閃光をやりすごした魔導生物ガムルランは、ロランの魔導に己の魔導力を乗せた。


 それによって強化された、真空の作り出す脅威の竜巻が、レジーナとキャダハムに襲いかかる。


 二人はすかざず耐魔レジストを展開したが――。想像以上に強力な魔導。防ぎきれず、的の大きなレジーナの方が上半身に無数の深い切り傷を負う。その柔い頬も、ざっくりと刻まれ出血する。


「い、痛ったああああああ!!!」


 悲鳴を上げつつレジーナは、怯まず反撃に移る。広げた両手に充填した色鮮やかな雷電を、一気に前方へ打ち出す技。それはかつて仇敵ルーディ・レイモンド、レエテ、シエイエスに向けて放った、強力無比な一撃だ。


「“電光波動ブリッツユンデル”!!!」


 おそらく見た目だけを取れば、この世で屈指の美しさを誇るであろう、七色の電光。


 それは膨大な熱を放ちながら、ロランを真っ直ぐに捉え、完全に飲み込もうとする。


 しかし主人の前に飛び出したガムルランが、その身体を包み込むように身体を丸め、背中の装甲で電光の全てを受ける。

 先程の、ナユタの死の炎竜と同じように。


 八方に散る見目あざやかな軌跡を残し、電光は全てのエネルギーを弾かれた。


 その攻撃の源である、生物を焼き尽くす膨大な熱エネルギーも、ロラン自身が云い放ったように全く通用していないようだった。


 この様子にひるむレジーナ。しかしすかさず、魔導猫キャダハムの激が飛ぶ。


「畳み掛けるのだレジーナ!! 我輩の後に続け!!! あのアルマジロの装甲は突破するに易しであるぞ!」


 云われて即座に前方に踏み出すレジーナだったが、その表情は険しかった。


「さっきナユタが云った、『あんたなら勝てる、レジーナ』って言葉か?

光も熱も通用しないような奴に、わたくしの技を通用させる術があるとは思えないけど――」


「何を云う。よく思い出してみよ。汝の電磁波は、この世で最も多くのものに姿を変え得る魔導ではないか。

奴は、あの通り防御に絶対の自信を持っておる。今がチャンスだ。あの装甲をつきぬけ、奴の内臓と中の主人の内臓を一網打尽にできる。汝の技ならばな。我輩の補助魔導エンハンサーとともに放つのだ!」


「つきぬけ――分かった、そうか! 相変わらず知恵者だなあ、キャダハム! ナユタ、分かったよ!!

『赤い波長』じゃなく、変えるんだ。『微細な波長』にね!!!」


 一転弾ける笑顔を見せたレジーナは、ガムルランの手前3mの位置で停止した。

 そして傍らにあるキャダハムとともに、魔導を放つ。今度は、前方に突き出した手のひらから技を放たんとする。すかさず、キャダハムも補助体勢に入る。


「いっくぞおおおーっ!!! “超細震高熱波ミクロスオンデス”!!!!」


 それは――奇妙な技であった。


 魔導は確かに放っている。魔導士でないものですら刺されるような魔力の波動を感じるはずだ。だが、広げた両手からなんの魔導も放っていないかに見える。何も、見えず音もしない。


 だがその静けさは、死神が忍び寄るのと同じ、死の静寂。

 激烈な異変は、すでに起きていたのだ。


「ゴオオオオオオオオッ!!!!!」


「ぎゃああああ!!!! あああああああああーー!!!!」


 すぐに上がる、ガムルランとロランの、身の毛もよだつような苦痛の叫び声。


 ガムルランの身体を丸めた岩のような巨体は、ガクガクと震えだし、やがて装甲の隙間から異常な熱と臭いを放つ煙が立ち込め始めた。


 

 そして――真横90°に倒れた、ガムルランは、ゆっくりと、丸めた身体を広げ始めた。


 そこには、誰もが目を背けたくなる惨状が広がっていた。



 ガムルランとロランの主従は、すでに息絶えていた。


 広げられたガムルランの身体は内部から焼き尽くされ、体表は多くが溶け出し見るに耐えぬ状態。


 そこからずるり、と地に落ちたロランも、体内から恐るべき高温で焼き尽くされた証左の――。煮えたぎる血液を全身の孔から噴き出し、膨張した体内圧力によって身体も頭部もあまりに醜く膨れ上がり爆ぜ、美しい容姿の一欠片も残さぬ血袋に変貌させていた。


 

 開放される異臭に貌をしかめながらも、レジーナは胸をそびやかしてロランの遺体を見下ろした。


「ざまあないな。わたくしは、ナユタのように優しくはない。悪党は、悪党にふさわしい無残な死を、正義の鉄槌によって与え滅ぼすべきだと思っている。そのことに何の憂いも、感じないんだよ。……ルーディ・レイモンドめの惨めで残酷な死の、ように。

思い知ったか? わたくしの電磁魔導は、波長を変えることでどのようなエネルギーも生み出す。今の微細な波長ならばその鉄壁の装甲をすり抜けて水分を揺らし、内部を真っ赤な大窯オーブンの中のように灼熱地獄にできる。内臓がよく焼けて、苦しかったろ? 遠慮会釈なく、地獄に堕ちていけ」


 冷徹ともいえるレジーナの脇で、後ろ足で耳の後ろをかきながらキャダハムが云う。


「偉そうに云うでない。これ全て、我輩の頭脳と助けがあってこその力よ。

サタナエル副将などという、これまでで最大の大物を仕留める功績を上げたのだ。褒賞は……わかっておろうな、レジーナ?」


 レジーナが頭をかきながら、これに応える。


「まったく……その業突く張りさがなければ、本当もふもふしてかわいくて賢い最高の猫なんだけどな、おまえ。

了解。飛び魚の数は倍増だ。わたくし自ら漁船に乗り込まないといけないな、これは!」


「足りぬ。そのうち10匹は乾燥節にして我輩に献上するのだ」


「あああ!!! わかりましたよ!! わたくしが精魂込めて干しますとも、キャダハム『様』!!!」


 戦いが終わった訳ではないものの、異色の魔導士主従は、一時の勝利の余韻に浸ったのだった。

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