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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第五話 絶対破壊者フレア(Ⅲ)~解き放たれし、魔導の化物

 ナユタ一行の進軍は、極めて早かった。


 馬を()く走らせ、街道を突き進んだ彼女らは、150kmほどの距離を半日あまりで走破した。


 その間街道沿いに点在する魔導士の村々は、不気味なほどに静かで、何の危害も加えてはこなかった。


 やはり、彼らは“紅髪の女魔導士”ナユタ・フェレーインの武名に恐れをなし、そしてまた――。それと相対する余所者の新魔導王、フレア・イリーステスの実力のほどを見極めようとしているのだ。


 

 そしていよいよ――。街道の果てに現れた、魔導王国首都ヴェヌスブルクの姿は、壮観であった。



 城郭と堀に囲まれた、おそらくリーランド首都ラームッドと同等の、5~10万の規模の都市。その中心にそびえ立つ、ヴェヌスブルク城の天守閣。


 それ自体は、何の変哲もない地方の城塞都市の佇まいでしかないのだが――。


 問題なのはその背後にそびえ立つ、遠近感が狂ってしまったのではないかと錯覚する巨大火山、ラーヴァ=キャスムの存在。標高5000mに達すると云われるその巨大火山の背景に、小さく張り付くように見えている都市の姿こそが、異様だったのだ。


 サッドは、生まれてはじめて見るこの威容、大自然の奇跡と偉大さを備えた景色に心ならずも感嘆した。


「凄いな……。何てバカでけえ火山だ。こんな神の怒りの象徴みてえな恐ろしい場所に、人間が住めてるってことが信じられん。

これも、あの粉塵やら噴き出す溶岩やらが、全部反対側の“死洋(プルートゥリウム)”の方にいっちまってるなんて奇跡があるから、なんだよな」


 それにミナァンが応える。


「そうだ。その奇跡ゆえに、あの火山のエネルギーを間近で享受する事ができるという、もう一つの奇跡的現象が実現している。

お前には分からないだろうが、サッド。ここへ近づくほどに高まっていた我ら魔導士3名の魔力は、今頂点にまで高まっているのだ。

自分の魔力とは信じられないこの力に、身震いするほど興奮しているよ」


 そう話すミナァンの表情は、確かにクールな彼女が見せることがないほどの喜びと興奮に満ちていた。身体が震え、昂ぶっていることが手に取るようにわかる。もちろん、背後にいるナユタもだ。


 これを最大の楽しみにしていたレジーナなどは、云うに及ばず。戦闘時でもないのに無意味に虹の羽を出現させ、興奮しきって大声で喋り続けている。そして、魔導猫キャダハムにたしなめられていた。これが通常の隠密の行軍であったら、彼女を黙らせるのに気絶させなければならないところだが――。

 

 当のヴェヌスブルクは不気味なほど静まり返り、一行が発する声だけが空に木霊している状況だ。


 敵は当然のことながらこちらの動きを逐一把握しており、間近に迫ったことも周知であるはずだが――。本当に、迎え撃つ気はなくただ静かに待ち構えているようだ。



 緊張しつつ、開いた城門をくぐる一行。



 城郭の内部もまた、ひたすらに静まり返っていた。ここの住人である魔導士たちを一斉にかからせることもできるはずだが、ナユタ一行の力の前には無意味であることを見越し、あたら貴重な民を失う愚を犯さぬつもりのようだ。待機命令か、もしくは避難命令が出ているのであろう。


 これも、ナユタが見抜いたとおりだった。想定内の状況に、緊張と警戒はしつつも歩みを止めることなく進み続ける一行。


 

 そして遂に辿り着いた、ヴェヌスブルク城天守閣前広場。


 そこでようやく――敵は次々と姿を現したのだった。



 天守閣周囲の城壁に隠れ潜んでいたと思われる、一団。

 それは5人、居た。いずれも魔導生物を伴った、一流の魔導士だ。


 一人は――フレアの使者として国境付近に姿を現した男、副将カルラン・グライフォート。

 ペガサスを駆り、上空に待機している。


 その他には、大熊の魔導生物を伴った女性魔導士、ケルベロスの魔導生物にまたがった男性魔導士、巨大牛の魔導生物に乗った女性魔導士、オオアルマジロの魔導生物を引き連れた男性魔導士の計4名が居た。


 いずれも、カルランと同格の副将であることは間違いのない、並々ならぬ魔力を内包した強力な魔導士と知れた。



 そして天守閣の頂点に近いバルコニーへ、城内からゆっくりと歩み出てきた男。


 ミナァンは先刻から、感じていた。城内から発散される、誰よりも大きな、漆黒の気配を持つ強力極まる魔力の波動を。

 その持ち主こそが、まさにこの男――無表情な銀の仮面で貌のほとんどを覆った男であったのだ。


 男は瀟洒な身振りで身体を覆うマントを払いのけると、慇懃無礼な仕草と口調で話し始めた。


「ようこそ……ナユタ・フェレーイン、ミナァン・ラックスタルド、サッド・エンゲルス、レジーナ・ミルム。我がヴェヌスブルク城へ。

我が絶対の主、フレア・イリーステス魔導王陛下の命により、まずは我らが貴殿らのお相手をつかまつりたい。

私は、建国王ディオス・キルケゴール嫡子の前魔導王にして、元サタナエル統括副将キケロ・キルケゴールと申す者。以後お見しりおきのほど」


 そう云って礼をとった後キケロは――。

 己の銀仮面に手を伸ばし、それを一気に剥ぎ取った。


 その下から現れたのは――。全面が醜く焼けただれ、鼻はなく、赤黒いミミズ腫れで覆われた、目を覆いたくなるような無残な素顔だった。


「――!!!」


 ナユタも、ミナァンも、レジーナも、男勝りに性根の座った、気の強い戦闘者の女性なだけのことはあり、それを見て悲鳴をあげるようなことはしなかった。が、あまりの嫌悪感に激しく貌をしかめた。


 今回の戦いで難敵となると見定めた真打ちの男がついに登場したところで、ナユタはミナァンの助けを借りて馬を降り、キケロに言葉を発した。


「そのバケモノ貌は――フレアの(アマ)にやられたって訳かね? 奴に義理立ててあえてその傷を治さない、あんたの変態っぷりには突っ込まないでおいてやるから、聞いておこうか。

あのクソ(アマ)は、今一体どこにいる? あたしが知りたいのはそれだけだ。奴をこの手でブッ殺すためにね」


 予想に反するフレアに対する侮辱、己の人格に対する侮辱、まるで自分たちが眼中にないと云わんばかりのナユタの尊大な態度に、醜い素顔を引きつらせるキケロ。


 そして素早く銀仮面を装着し直すと、キケロは言葉を返した。


「……ほおおおお!? 何と、あの御方の寛大なる御慈悲を無視し、愚かにも対決を望む、と?

全く、度し難いな。身の程を知らぬ、もそこまで来ればもはや罪悪とさえいえる。

――殺せ。思い知らせよ。この無知なる愚か者に、魔導王の名のもとに鉄槌を!!!!」


 高々と上げた右手を勢いよく振り下ろすその動作が――合図だった。


 広場に展開した副将5名は、一斉に、ナユタ一行に向けて攻撃を開始した!


 強力なる魔導が己らに集約する緊張感に、一行の表情が凍る。


 ――ただ一人、ナユタを除いて。



「――獄炎竜殲滅殺連撃フェウリスドラッチェマウエル


 静かに唱えたナユタの一言ともに――。



 ナユタの身体から、異常な熱量の爆炎が、一気に立ち上った!

 同時に地を揺らすような轟音が周囲を振動により震わせる。



 あまりの脅威に、近くに居たミナァンは恐怖の表情で即座に馬を後退させ離れる。



 まるで火山の爆発の一部ででもあるかのようなエネルギーが凝縮された爆炎は、上空で9つの帯に分離した。


 分離した帯の先端は、形を変え――ある生物の、頭部のそれを形作った。


 「ドラゴン」であった。


 ナユタから長い長い首を伸ばした、9つの竜となった地獄の業火は、災害級のエネルギーを伴ってうねり、5名の副将とその魔導生物に向かって攻撃を仕掛けていく!


 それを目にした副将らは、一気に絶望を塗り固めたかのような表情になり、動きを止めた。


 一流の、魔導士であるだけに――。

 一瞬で理解、したのだ。その地獄の炎竜は、神魔の域のものであり、自分たちただの人間には、及びもつかない次元の絶対力であることを。



 幾人かが、耐えきれずに悲鳴を、上げた。



「うあああああ!!!! あああああああああ!!!!!」


「いやあああ!!!! た、助けてえええええええ!!!!!」



 その悲鳴も、虚しく――。



 炎竜は、無慈悲に標的を食い尽くした!



 竜が到達しないうちに標的の身体は爆発的に燃え始め、口が到達した瞬間、消し炭になって一瞬のうちに消し飛んでいったのだ。


 まるで踏み潰される、虫けら。なすすべなく、絶対の力の差の前に、いとも容易く消し飛ばされていく小さな命たち。


 

 まるで地獄そのものに、迷い込んだかのような悪夢の光景だった。


 

 瞬殺されたものは――この世にいた痕跡すら残さず、完全にその存在を消された。



 残ったのは――。

 主カルランを完全に失ったペガサスと、オオアルマジロに包まれて難を逃れていた男性魔導士、一人だけであった。


 どちらも、恐怖のあまり震えて縮こまっていた。絶対の力を、前にして。



 ミナァンも、サッドも、レジーナも――。恐怖に貌を凍りつかせて、ただ固まっていた。


 確かに、ナユタから策として聞いてはいた。フレアの手下の“魔導(ソーサル)”ギルドが一斉に襲いかかるそのとき、自分がそいつらを一掃すると。時間が惜しいゆえ、圧倒的力をもつ自分が露払いをし、それですぐに仕留められないしぶとい相手と、強者キケロ・キルケゴールの相手を頼むと。

 

 だが、いくらなんでも、こんな状況は想定していなかった。

 いくらかは誇張で、自分達が出なければならないことになるだろうと考えていた。


 しかし――蓋を開けてみれば出るまでもなく、一流の魔導士たる副将のうちカルランを含む4名、魔導生物3体が一瞬にて消滅。恐ろしい。まさしく、魔導の化け物だ。力はヘンリ=ドルマンに比肩するほどであり、それに加えて圧倒的に容赦ないドス黒さを伴ったパワー。

 ラーヴァ=キャスムのエネルギーを最大限に受け増長はしているが、それを差し引いても結果に変化はない、恐るべき魔力というしかなかった。


 味方であるのに――。敵ではなくナユタに対して、一行は恐怖しきっていた。

 気丈なはずのミナァンも、乙女のように貌を青ざめさせ、呼吸を浅くして震えていた。



 であるゆえ――。敵であるキケロの恐怖はそのはるか上を行っていた。



 彼は仮面の上からでも明らかな極限の恐怖、恐慌状態に陥っており――。腰を引けさせて後ずさり、見苦しく身体を震わせてうろたえきっていた。



「こ、こ、こん――こんな、バカなことが――!!! ま、まるで――あの、お方と、同じ――いや、もしやそれ以上の――ち、力!!! こんなことが、あってたまるものかああああ!!!!」



 炎竜を収めたナユタは、一歩踏み出して、言葉を発した。



「おい――そこの、ペガサス。あんた、名は――?」



 主カルランだけを焼き尽くされ、怯えて縮こまっていたペガサスの魔導生物は、ビクッと身を震わせた。



「は、は、ははあっ!!!!

ゼラーナ――ゼラーナと、申します――申します!!!! ど、どうか、お助けを!!!!」



 女性の声で、悲鳴のように名を名乗るペガサス、ゼラーナ。敵であるにも関わらず、服従を前面に出した敬語になっていた。それは、魔導生物の掟にもよるものだったが。


 ナユタはそれを聞いて、手招きをした。


「来い、ゼラーナ。魔導生物たるもの、主を斃した相手に服従するのが掟のはずだ。

あんたを生かしたのはな、その翼だけが目的なんだ。命拾いしたな。

あたしを乗せて、向かうんだ。

ラーヴァ=キャスムの、山頂へな。

どうせそこに居るんだろ……フレアは。忌々しいが、あの(アマ)の考えることは、手に取るように分かる」


 ゼラーナは一も二もなく、全力でナユタのもとに参じ、足を曲げて背にナユタを迎え入れた。


 ナユタはそれに、どっかりと腰を降ろした。


「一つ云っておくとな、あたしは運動音痴で、バランスが取れず馬に乗れない。あんたは魔導生物だからそこは自分で気を使えるよな。もしあたしを振り落とすようなことがあったら、そのときは……わかってるな?」


 その脅しを聞いたゼラーナは全身を使って震え上がった。


「はい!!! 決して……決して落とすようなことはいたしません!!! ナユタ様!!!!」


 そしてナユタは、ミナァンらに目を向け、云った。


「それじゃ後は、作戦どおりに。

そこでオオアルマジロに包まれて難を逃れた鉄壁の奴は仲々厄介だが、レジーナ、あんたの技ならば、対抗できるだろう。

キケロは、やはりあたしの技一撃で殺れる相手じゃないから時間が惜しい。ミナァン、サッド。あんたらが協力して奴を討ち取るんだ。

頼んだよ――。あたしはとうとう、大導師の最大級の奥義をも使える身になった。仲間の皆の――そしてホルスのおかげで。

必ず、ブチ殺して帰ってくる。フレア・イリーステスをね。あんたらも、決して死ぬな――」


 そう云い残し、飛び立つゼラーナとともにラーヴァ=キャスムへ向かっていく、ナユタ。


 小さくなっていくその姿に呆気にとられていた一行だったが、すぐに場の指揮権が自分に移ったことを自覚したミナァンが、ギリッ――と歯を噛み鳴らしながら全員に叫んだ。


「聞いたわね、二人共! ナユタはフレアを討ち取る! そして私達は――残るキケロと副将を、掃討する!!

かかれ!!! 忌まわしい仇サタナエル残党を、討ち取る!!! 必ず、勝利を掴むのだ!! そして必ず、生き残る!!!!」

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