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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第四話 絶対破壊者フレア(Ⅱ)~進撃の嚆矢

 永世中立国リーランドは、その名のとおり大陸のいかなる国家にも加担せず、さりとて敵対することもない中立の立場を標榜する国である。


 だが唯一、西の隣国であるボルドウィン魔導王国とは長く微妙な緊張状態にあった。


 ボルドウィンにとって、リーランドは大陸に陸路を取る際、必ず通過せねばならぬ国。

 その際、本来国境を越えるのには通行手形が必要であり、正式な国交がないのならばそれは尚更だ。


 しかしボルドウィンはそもそも、大導師アリストルに反発する破落戸(ごろつき魔導士が大勢を占めるならずもの国家。そんな国際常識を当てはめるに能わず、無許可で堂々とリーランド領内に分け入り、警備兵と揉め事を起こしたり国民に危害を加えることが日常茶飯事だったのだ。


「……そんな状況だからね、リーランドの国主たるわたくしが、ボルドウィンに分け入るのもお互い様、問題を起こすのもお互い様というわけさ!」


 一行で唯一、この死の旅路を楽しんでいる風のリーランド議長、“虹揚羽”レジーナ。

 もともとよく喋る陽気な性格、周囲の空気を読まない体質であるらしく、ひたすら上機嫌に一人で口を動かし続けている。


「それゆえに政治的にも心配にはおよばない。元々わたくしはね、その越境問題にかこつけて、よくボルドウィン国境には赴いていたんだ。問題を起こした魔導士を成敗しながら、己の魔導を鍛えていた。なにせ、ボルドウィンのラーヴァ=キャスムが発するエネルギーは異常だ! わたくしも自分の魔導の力が跳ね上がるのが楽しくて楽しくて! 進んでこの当たりまでは足を伸ばしたものさ。首都ヴェヌスブルクに行ったことはないが、ラーヴァ=キャスムの目の前にあるならとんでもないエネルギーの力場だろ。もうワクワクして、本当どうしようもないよ!」


 その側を騎馬で往く四騎士サッドが、呆れた笑いを貌に浮かべながらレジーナに云う。


「あんた、お転婆というよりは、だいぶ言葉は悪いがイカれた変人に近いな、レジーナ。

皇国は無骨な国柄だからな。あんたみたいな面白え女はまず見当たらねえ。少しでもそれに近いといえば、失礼ながら我らが陛下ぐらいしか思い浮かばんな」


 そこそこ無礼なことを口走られたにも関わらず、レジーナは都合のいい所だけしか聞いていないらしく、満面の笑みをサッドに返した。


「本当か、サッド!? あの、ヘンリ=ドルマン師兄とわたくしが似ていると!? あああ、嬉しいな! わたくしにとって師兄は本当に憧れた、この世で一番尊敬する存在だ。わたくしに、“紫電帝”と共通するところがあるなんて! 嬉しいいい!!」


 その後ろで、二人乗りで騎乗するミナァンとナユタも、会話を交わしていた。


「……そうか。ホルストース殿下は、亡くなられたのか……。

まだ、お若いのに。本当に惜しい人物を亡くした。お悔やみを、申し上げるよ」


 ナユタはやや意地の悪い笑みを浮かべながら、言葉を返した。


「お悔やみをいただき感謝する。けどそれは、人物として? 男として、かい? どちらの方なのか気になるところだね」


 ミナァンは目を閉じて笑みを浮かべ、その言葉に応じる。


「……たしかに、私は君の大切なホルストース殿下と、祝賀会の折りに男女として愛し合った。

レエテ・サタナエルに振られて傷心の折りだったから、とても荒々しくて、操を奪いとられたかのような刺激的な経験だったが……。男性として限りなく素敵で、心ならずも強い魅力を感じたよ。

人物としてはもちろんだが、男として、もう一度逢いたかったという惜しさが強いのは認めざるを得ないな。

君には申し訳ないが」


「いいや……。それはあたしにとっても、ありがたいお言葉だよ。

あいつは本当にいい男だった。あたしは自惚れ屋だが、自分に勿体無いぐらいの男だと初めて感じたほどの。

ミナァン。あんたほどの最高の女を惚れさせるほどの男だったてことは、これ以上なく誇らしいことなんだよ、あたしにとっても。

ずっとずっと、添い遂げたいって……思うぐらい……愛してたんだから……。愛してた……」


 言葉が震えた。少しでも思い出すと、やはり抑えることができない。恋敵と思っていた女の前で、口を押さえて泣き崩れるのを止めることができなかった。


 ミナァンは哀れみを含んだ目でナユタをみやり、慰めた。


「辛いのは、わかるよ……。私も、添い遂げてきた愛する夫を失ったばかりだから。

でも君と……ホルストース殿下の絆の強さには、叶わないかも知れないと思うよ。

君たちは、あのサタナエルとの地獄の戦闘を二人三脚でくぐり抜けてきたんだろう? 戦友であり……愛し合う間柄。気持ちの強さが伝わってくる。羨ましいよ。

あえて忘れる必要は、ない。想い続けることだ。それが、彼への供養になる……」


 そこで、言葉を切ったミナァン。


 やにわに、鋭い眼光に変わった。



 魔力の気配を、感じたのだ。明確な殺気を込めた、敵対的魔力を。



 すでに、前方を往くレジーナも、それを感じているらしく、目を爛々と輝かせてニヤニヤとしていた。



 やがて――。



 降り注いでくる、無数の稲光!



 晴天の空からレジーナとサッドに向かってくる雷光は、数十条の形態から急速に一本に収束して力を増し、死をもたらそうと襲いかかってくる。



 レジーナは、獰猛な笑顔のまま、叫んだ。



「キャダハム!!! 出て来おい!!!!」



 その声に反応し――。レジーナの背中のマントの中からするり、と現れた、一匹の金色の毛並みをもつ猫。


 猫はレジーナの前で跳躍すると、彼女の障壁バリエレに波長を合わせて魔導を放出した。


 強化された障壁バリエレは、強力無比なる雷撃を弾き散らせ、無力化した。



 猫はしなやかに馬の鞍に着地すると、ペロペロと舐めた前足で貌を洗いながら、人語を喋りはじめた。


「さてさて早くも、我輩の力が必要になったというわけか、レジーナ。

ここからは、ラルカス湾の飛び魚10匹ぐらいの褒賞なくば、我輩の力は貸せぬぞ」


 若い気難しそうな男の声。どうやら「彼」はオスのようだ。

 レジーナは豪快に笑い、猫の魔導生物キャダハムの頭をぐりぐりと上から小突きながら云った。


「ハハハハハッ!! 相変わらずスゲー欲張りな奴! このやろう!!

いいとも、腹いっぱい食わせてやるよ、幻の珍魚をね~~!!!」


 云いながらレジーナは、彼女の異名の由来である、虹色に輝く蝶の羽のような電磁波を身体にまとった。



 戦闘態勢を整えた彼女の前に、敵は姿を現していた。



 大空から現れたそれは、「ペガサス」、だった。


 巨大な翼が生えた、白馬。大きさ、威圧感はフレアのベルフレイムの足元にも及ばぬものの、同じアトモフィス・クレーター内にしか棲息しない希少生物だ。おそらくはフレアの手助けがあって初めて魔導生物化に成功したのだろう。


 それすなわち、乗っている主人にあたる人物が敵たることの証明であった。


 アルム絹で織られた黒いローブですっぽりと全身を覆った、伝統的トラディショナルスタイルの魔導士の男。

 年齢は若いようだが頬はこけ、やや飛び出した目玉は不気味にレジーナをねめ回している。


 同じく不気味な笑みをたたえ、酷薄そうな唇から男は言葉を発した。


「……レジーナ・ミルム。元跳ね返り娘の痛々しい年増女ごときが、仲々忌々しい障壁バリエレを張ってくれるではないか。

俺は“魔導ソーサル”ギルド副将、カルラン・グライフォート。現在偉大なる魔導王となりしフレア陛下のもとで、師団長位を拝命している」


 副将カルランを睨みつけ、興奮を抑えきれぬ笑みを浮かべながらレジーナは返した。


「うっわ、スゲー似合わない! せっかくのペガサスちゃんが、可哀想!

今すぐ降りたほうがいいよ、あなた。

わたくしの障壁バリエレの強力さについては、まあ当然のこと。あなた程度の奴の魔導なら、通じることはないと分かってもらえたかな!?」


「我輩の力が加わってはじめて強力になっているのだ。そこを忘れておるぞ」


 相変わらず自分に都合のいい部分しか相手の台詞を聞かないレジーナと、主人に対しひたすら尊大な魔導猫、キャダハム。


 小馬鹿にされているとしか取れない返しに、副将カルランは貌をひきつらせる。


「……ふざけおって……! まあ良い。今俺は貴様にフレア様のお言葉を伝えにきただけだ、ナユタ・フェレーイン」


 名指しされ、ミナァンの背後でピクリと眉を震わせるナユタ。


「フレア様は、改めて貴様自身をご所望だ、ナユタ。

エルダーガルドで下知したとおり、あの御方は貴様をいたく評価しておられる。過去や現在の怨念などは忘れ、何が求道者の己に必要なことか熟考せよとのお言葉だ」


 それを聞いたナユタは額に青い血管を走らせ、言葉を返す気もないかのように首を横に振った。


「ヴェヌスブルク城までの途上、貴様らの道を阻む者は皆無。

迷うこと無く、真っ直ぐに辿り着くがよい。俺をはじめとする副将5名、統括副将にして元帥たるキケロ・キルケゴール閣下、フレア陛下、各々の魔導生物が貴様らを待つ。

良い返事を携えることを期待してな。

以上、申し伝えたぞ。――さらばだ」


 背を向け、悠然と空に去ろうとするカルラン。それに向け、レジーナはキャダハムのサポートを受け、渾身の魔導を繰り出す。


「逃がすかあ!!! “電光波動ブリッツユンデル ”!!!!」


 鮮やかな虹色に光る、電磁光線の束。強力無比な魔導の力はしかし、ペガサスの尾の付近で――。


 障壁バリエレに弾かれ、虚空に散っていった。


 カルランは貌だけを振り向き、不敵に笑った。


「残念だったな。貴様の魔導もまた、俺には通じんようだ、レジーナ。

再び相まみえることがあれば、相手をしてやろう――」


 声は遠くなり、瞬く間に姿は小さくなり、彼方へと飛び去っていった。



 それに舌打ちをしつつも、レジーナはナユタを振り返り、云った。


「逃げられはしたが――それでもまあ、本当にあなたの云ったとおりだったね、ナユタ。さすがと云うしか無いや」


 ナユタはそれに対し、静かな殺気を秘めた双眸で言葉を返した。


「そう、あのアマはまだ、ヴェヌスブルク以外の魔導士を掌握できていない。どころか敵であり、あたし達が奴らのもとに辿り着くまでの障害は、ない。キケロが自らを廃し、フレアが王座についたからこそそうなった。『今のところは』、ね。

いいかい皆。ここからも、作戦どおりだ。まどろっこしいことはしない。時間を無駄にする気も、ない。あたしの策にしたがい、皆で最短距離を進むんだ。皆にも危険な役目を追ってもらうけど、よろしく頼むよ。

さあ、行こう。ヴェヌスブルクへ。無人の野の最果ての場所へね」


 その言葉にしたがい、ナユタ一行は再び歩みを進めたのだった。


 ヴェヌスブルクへ。最終決戦の、地へ。


 どうにか早く片を付け、レエテが寿命を迎え死ぬ前にどうしてもまた一度、逢いたい。駆けつけたい。

 ナユタのその思いを象徴するように、足早に――。

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