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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第三話 絶対破壊者フレア(Ⅰ)~最悪の魔女の、生誕

 大陸南西端、ボルドウィン魔導王国。


 元サタナエル将鬼長、フレア・イリーステスが三代目魔導王の地位についてから、およそ4日が過ぎた。


 戴冠の儀式を済ませ、前魔導王たる配下、キケロ・キルケゴールを宰相兼元帥に指名したのを始め――。首都ヴェヌスブルク内の勢力についてはおおよそ把握し、完全なる支配下に収めた。


 しかしながら――。ここボルドウィンは古来より、他国家と比較にならぬ弱肉強食の地。


 キケロは強大な魔力を背景にボルドウィン全土を支配下においてはいたものの、事情を知らぬ国内魔導士勢にとってはフレアへの禅譲は彼の完全なる敗北を意味するのだ。

 強者から弱者へ転落した彼を斃し成り上がろうとする者、復讐を目論むものは国内に星の数ほど居る。

 ヴェヌスブルク外に巣食う有力魔導士の勢力は、キケロを斃し、王に成り上がった余所者の小娘を斃し、己が権力の座に座ろうと虎視眈々と玉座を狙うような連中だ。すでに首都の外には、キケロの命令すなわちフレアの命令に従う者は皆無と云って良いだろう。

 フレアは王座に座ったからといって安泰ではなく、これから国内勢力を屈服させるべく力を見せつけ、台頭勢力を潰していかねばならない仕事が待っている。


 だが――それについて不安を抱えるものなど、ヴェヌスブルク城内にはおらぬ。


 “絶対破壊者”フレア・イリーステスにとって、ボルドウィン内の魔導士など赤子以下の存在。

 彼女たった一人でも、王国全土を統一するに一週間とはかからぬであろう。


 そして――キケロが温めていた玉座に足を組んで尊大に座り、眼鏡の奥の美麗な目をじっと閉じて瞑想を続けるフレアには、もう一つの手っ取り早い国内掌握の手段が見えていた。


 それは、己に復讐の怨念を抱き、ごく近いうちに必ず己を狙いここまでやってくるであろう、二人の女。

 “血の戦女神”レエテ・サタナエルと、“紅髪の女魔導士”ナユタ・フェレーイン。

 今や大陸全土に突出した武名を轟かす、この二人のいずれか一人でも斃せば、己が手を下すまでもなく王国は自ら膝を屈する。

 そうフレアは考え、あえて敵の到着を待ち構えていたのだった。


 そしてフレアは、両名のうちナユタ・フェレーインがここへ来ることを熱望していた。


 エルダーガルド平原の戦いでも見せたように――。ナユタがそうであるようにフレアもまた、別の意味で彼女に執着していたのだ。


 何とかして、手に入れたい。自分の配下に、したい。きっと、自分と分かりあえる存在だと思っているから。

 似た境遇をもち、強烈な上昇志向と野心をもち、同じ優れた頭脳、同じ強大極まる魔導の天才である、彼女ならば――。






 *


 フレア・イリーステスの出生地は、ノスティラス皇国ノルン統候領の都、バルテュスの極貧街スラムだ。魔工で栄えたノルンだが、一部の者が富を享受するようになれば、そこには貧富の差が生まれる。生まれるべくして生まれた闇の中が、生誕の場所だった。


 物乞いであった両親の元で、餓死寸前状態だったフレア。両親は早々にフレアを売り渡す決断をした。当時3歳のフレアが、銅貨10枚という叩き売りのような状態で人買いに連れ去られた場所。そこが、ラムゼス湖南端で隆盛を誇った娼婦と男娼の都、大歓楽街ゾラドス。


 光ある場所には必ず、影がある。質実剛健で清廉な皇国の闇の部分の象徴、正しき表面に対する裏の部分の掃き溜めとして、ゾラドスは長きに亘り大陸中の淫らな男女を満足させる欲望の都として君臨していたのだ。そしてここは――。まごうことなき、サタナエルの収入源としても機能している場所だった。


 その中でも最大級の売上を誇る大娼館、「マダム・キュベリイ亭」に買取られたフレア。主人である美しい中年女キュベリイは、嗜虐的で冷酷非情で、傍若無人な絶対君主だった。


 フレアは来て数年の間は日がな一日鞭で打たれ服従させられ、奴隷としての訓練をきっちり施された上で、疲労で倒れるまで雑用に従事させられた。地獄の毎日の中で、やがて彼女は己の感覚を遮断する術を覚えた。辛さが極限に達すると、何も感じない人形になるようになったのだ。


 だがそれこそが、キュベリイの意図する「教育」であった。やがて8歳になったフレア。同年代でも最も可憐な美少女に成長した彼女はキュベリイに目を付けられ、淫らな技を教育された。そして――幼女性愛の高級賓客の相手をさせられていった。


 年齢が上がるにつれ、客層もその趣味も微妙に変化していった。毎日のように続いていく、終わりのない地獄の、最下層。まともな神経でいたら、たちまち正気を失う。フレアは感情を遮断し続けた。しかしふと夜中に目が覚めると、岩で押しぶされるような苦しみが身体中を駆け巡った。叫び出したかったが、そんなことをすればキュベリイからの死より辛い仕置が待っている。ひたすら、もがき苦しむしかなかった。


 そして13歳になったときのこと。ある魔導士の客の相手をした後、客が忘れていった一冊の魔導書をフレアは手に入れた。酸素操作魔導の書だった。


 それを必死で見つからぬよう、己の暗い地下の居室に持ち帰ったフレア。以来、ロウソクの僅かな光を頼りに、貪るようにそれを読み続けた。読めない難しい文字も独学で解読した。厠や浴室などの個室で、独学で訓練も重ねた。

 必死だった。生まれて初めて手に入れた、「力」に繋がる道。決して手放したくはなかった。絶対に、これを糸口に地獄から抜け出す。そう誓った。


 14歳のときのこと。勉学がたたり、フレアは極度の近視になってしまったことを客に悟られ、それを伝え聞いたキュベリイに知られることになった。

 居室を徹底的に調べられ、魔導書を発見されたフレアは激しく殴打され、鎖に繋がれ拷問を受けた。フレアの貌を掴み、下卑極まる罵声を浴びせ続けるキュベリイを前に、遂に――。フレアの才は覚醒したのだった。


 至近距離に居たキュベリイは突如苦しみだし、泡を吹いて倒れ――。そのまま窒息死した。

 身体を雁字搦めにしていた太い鉄製の鎖はたちまち錆びついて崩れていった。悠然と立ち上がったフレアは、自分をいじめ抜いてきた年上の娼婦たちを瞬時に窒息死させた。

 そのまま娼館内を練り歩き、目につく醜い客の男どもや、娼婦仲間たちを無差別に虐殺していった。最後に囚われの子供たちをも皆殺しにし、娼館に火を放って逃亡に成功したのだ。

 

 教育もろくに受けぬ身で魔導書を読破し、しかるべき訓練を受けねば習得不可能な高難度魔導、酸素操作魔導を独学で、しかも僅か一年で完璧に習得、実践。

 天才魔導士、フレア・イリーステス誕生の瞬間だった。


 天才は、すでに内面も怪物と化していた。

 凄絶な生い立ちの影響はもちろん絶大だが、怨み積もるクズどもを皆殺しにしたことに、極度の快感を感じていた。可哀想な子供たちの苦しみを絶ったことも、善行としか思わなかった。殺人を行ったことへの罪の意識など、塵ほども感じなかったのだ。それは彼女の生来の悪魔が目覚めたことに他ならなかった。


 生まれて初めて自由を手にし、金を手にし、力を手にした少女は、もはや歯止めのきかない魔女となっていた。

 力を試したい。ただそれだけの理由で、行きずりの旅人を何百人と殺した。宝石を奪い、豪華な衣装を奪い、贅沢を満喫した。


 肥大した邪悪な心は、フレアの心をある方向へと強力に吸引していった。


 すなわち、「支配」への渇望である。


 これまで支配され続けてきたことへの復讐。この世に蔓延するクズどもを支配しつくし、思うがままの生殺与奪の権を握る。己が命じれば、欲にまみれた豚どもも、高慢で強欲なキュベリイのような女も、己を売ったゴミのような両親も立ちどころに死ぬ。全てが私の、思うがまま。何と素晴らしいことか。必ず、「支配」の頂点に立ってやる。そう誓った。


 そのまま、魔導を強化する術を見つけるべく放浪していたフレアは、若いがゆえのミスを経験する。

 街道に近い場所で犯行を行ってしまい、たまたま近くに駐留していた法王庁の聖騎士、金狼騎士団に取り囲まれ為す術なく囚われてしまったのだ。


 そして残虐な強盗・大殺戮の事実を知られ第一級殺人の罪で投獄。上手く看守を殺し牢獄を脱出し、隣の牢にいた美少年、ゼノン・イシュティナイザーを解放し共に脱出したのだ。

 このとき、フレアは15歳になっていた。


 このときの経験でフレアは悟った。己は、力を絶大だと思っていた井の中の蛙だった。もっと強力な、力を得なければ。そのために、全力を尽くす。

 そんなときゼノンから聞いた、大導師アリストルの名。これしかない、と思った。

 弟子入りし、今度こそ並ぶもののない絶対の力を身に着けてやる、と。


 娼館時代に密かに耳にして知っていたサタナエルでの再会を誓ったゼノンと別れ、前歴を偽ってアリストルの弟子となることに成功したフレア。

 今度こそ、間違っていなかった。アリストルこそ、大陸最強の魔導士。この力を手にすれば、今度こそ最強の存在となれる。フレアは野望に邁進しようとした。


 その中で――。自分よりも早く弟子入りを果たしていた、同年16歳の少女が、いた。


 ナユタ・フェレーイン。燃えるような真っ赤な髪をした、天真爛漫で男勝りな性格の少女。


 すぐに魔導生物の生成も果たし得たその魔導の力は、自分をはるかに凌駕していた。初めて芽生える、妬み。仲間と群れるナユタの様子を蔑む素振りを装いつつ、ライバル視し、自分に目を向けさせるように執着した。


 裏で卑劣な工作を行い、学友を負傷、挫折、あるいは死亡させ、大導師の秘術を誰よりも自分に伝授してもらえるよう暗躍した。その甲斐あって、ヘンリ=ドルマンに次ぐ第二位の弟子の地位を得るまでに上り詰めたが――。


 第三位に甘んじたナユタは、何も知らず、友人の一人として自分を笑顔で祝福してきた。そして、孤児であった身分と、大陸最強の魔導士になりたいという野望を無邪気に語ってきた。


 フレアの心は揺らいだ。背景は違えど、自分と似たような境遇、野心を持つ相手。汚い手を一切用いずして実力を発揮する確かな才能。魅力を、感じた。彼女とともに歩みたい。そう思ってしまった自分に戸惑った。


 21歳のとき。その思いを振り切るかのように、フレアは最終手段に出た。

 己が望まずして手に入れた性的魅力と、あらゆる性の手練手管。それらを最大限に駆使した、アリストル暗殺と、絶対破壊魔導の入手。


 アリストル門下は崩壊し、ナユタとは決別する結果となり、フレアは強大な魔導の力とともにサタナエルに参入。


 その天才的頭脳と絶対破壊魔導、“短剣ダガー”ですら軍門に降らせた拘束魔導により、将鬼長という頂点に上り詰めた。


 その後は――。ノスティラスに舞い戻り、バルテュスの極貧街スラムで生存していた両親を虐殺。極貧街スラムを殲滅。人買いなど、あらゆる憎悪の対象も殺害。

 ゾラドスに舞い戻り、サタナエル司令官という最高の地位で、思うがままに支配することで復讐を達成。

 皇国とノルン統候領も、レヴィアタークをけしかけたり、メフィストフェレスを蔓延させ――サタナエルとの大戦争を実現し死を撒き散らせることで溜飲を下げた。

 最後に――。ゾラドスの支配者であり、己の地獄の運命を決定づけたサタナエルを不可避の滅びに向かわせるという復讐を果たした。

 「支配」という欲望も、王座を手にした今限りなく頂点に達する可能性を手にしている、絶頂のはずだ。


 しかし――どこか、心にぽっかりと孔が空いた空虚な状態。

 認めたくないその屈辱を、全力で否定してはいたが――。


 それは、生まれて一度として得ることを許されず、己の悪魔の本性がみずから遠ざけてきた、「愛情」への歪んだ渇望だった。


 誰かを愛したい、愛されたい。


 その思いが、魂の奥底で、くすぶっているのだ。


 ゼノン、ヴェル、キケロ。他にも数え切れぬほど男を取替え引き換え、無自覚のままにあがいてきた。


 そうして今、男としてはシエイエスを。

 そして共にある友人として、ナユタを。

 妄執なまでに執着を向ける対象としているのだ。


 しかしそれは、成就することは永遠に、かなわない。


 なぜなら望む愛情は、自分に対して向けてほしいだけのものであり、他者をいたわり思いやり愛することのまったくない歪んだものだから。


 さらに自分のしてきたことに、罪の意識などは全くない異常さ。あれだけの仕打ちをしてきたナユタと、未だ和解ができる可能性があるなどと自分に都合よく曲解する、尋常でない精神の持ち主なのだから。


 それを自覚することもできぬまま、暗い業火を心の奥に燃やし続ける、災厄の魔女。



「シエル……。……ナユタ……。ナユタ・フェレーイン……!」



 力を得てはならなかった存在。現在大陸最強となった魔導士、フレア・イリーステスは――。

 

 赤い爪を噛みながら、敵が攻め寄せるはずの東の方角を、睨み続けるのだった。

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